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「さてランディを探しに行くか」

「なんだかすみません。オスカー様のお客様ではないのにお手を煩わせてしまって」

「たまたま通りかかったのも縁だ」

 それからオスカーはギャビーを見下ろした。


「ランディに会う前に話しておきたいことがある。偏見が入るかもしれないが、君のショックを少しでも和らげたい」

「……公爵様はシナバーをお嫌い、とか?」

「……察し済みか」


 ミアはあの時、ローレンスも許していると言った。

 そんなはずがないとギャビーは直感でわかっていた。ルヴァリスの息苦しさは当然それを治める者の考えに影響される。


 ギャビーが名家ヴェスパー家の者であり、そして公にはシナバーではないとされているがゆえに、ギャビー自身はまだ我慢できるくらいの差別と孤独しか感じていないが、貧しい家のシナバーが、多くの人間によって暴行死を受ける事件も年に一回は聞く。そしてその犯人がうやむやになることも珍しくないのだ。


 ローレンスが今までの風習をあっさり裏切ってシナバーを大らかに受け入れるとは思えなかった。

「時代は変わると思う。でも老人の考えを変えるのは大変だ」

「承知しております」

「それともう一つ」

 まだ何か衝撃的なことがあるのかと思わずギャビーは足を止めてしまった。


「……ランディはランディなりに君の妹を好きだったと思う。でもミアはもういない」

 いない、という言葉に反発し、けれど彼の偽りない思いやりは理解できる。

 ミアはいなくなっただけだと信じるギャビーはその死を受け入れていない。おそらく亡骸を見つけるまでは受け入れることができないだろう。だから言葉を選ぶこと自体オスカーは優しいのだ。

「人は進んでいく」

 その言葉の意味が解るのは、次の扉を抜けて応接室に入った時だった。


 楽しそうな声が入る前から聞こえてきていた。

 扉を開ければそこにいたのはランディだった。美しい布張りの長椅子に座って隣の誰かに親し気に語り掛けている。

「ランディ」

 オスカーが眉をひそめて弟を呼んだ。


 婚約者が死んでまだ半年、それでこの明るい声をあげられる弟をたしなめる口調だった。オスカーは極めて普通の感性を持っているのかもしれないと、ギャビーは緊張を解く。その一方でランディへの怒りに似たものが沸き上がって来ていた。

 確かに、ミアはもう死んでしまったのだと思うのもやむを得ないだろう。

 それを嫌悪するのはギャビーの都合だ。でも、まだ半年なのに!と怒鳴りたくなる。


 ランディは立ち上がった。さすがった失った恋人の姉……しかも恋人と瓜二つの顔をした女を前にして多少気は使ったらしい。

「ギャビー、待っていたよ」

 今見られたものなどまったく頓着しない屈託のない笑顔でランディはギャビーに歩み寄り、親愛の情をもって軽く抱きしめてきた。それを受け止めてギャビーは怒りより先に呆れてしまう。


「会いたかったよ」

 ランディは真剣な表情だった。

「ミアを失って、君も大怪我をして。ミアの葬儀でも君と話をする機会がなかったからずっと何か……なすべきことを忘れているような気がしていたんだ」

 ランディもオスカーも柔らかい茶色の瞳をしている。きっとこれはローレンスからの受け継ぎなのだろう。と、今はとても関係ないことをぼんやりと考える。ランディはオスカーのような迫力はないがその分気さくさを感じるハンサムな青年だ。


 ……そうだ、だから次がすぐ見つかっても仕方ない。

 ギャビーはランディから視線を外し、彼の肩越しに語り合っていた相手を見た。


 品の良い穏やかな動きでソファから立ち上がり、こちらを向いたのは、ギャビーよりいくらか年下の、まだ二十歳にもなっていなのではないかと思われる娘だった。

 思わず息を飲む。

 ミアを世界中のどんな女性より美しいと思っていた。その明るさと思いやり、美徳をたくさんもった性格も含めて、美しさは彼女の表面に現れて光り輝くものだった。


 でも今、目の前にあるものは。

「はじめまして。ランディからお話は伺っておりました」

 娘はこちらに進み出た。まるですべての音が消えうせたように彼女の言葉しか入ってこない。

 それほどに、圧倒的に美しい娘だった。


「モル・キンケイドと申します」

 肌は、ミルクを流し込んだ白磁の様に白く透明感があり、頬だけに淡い薔薇色が差し込んでいた。髪は黒。ブルネットとは違う、深夜の吸い込まれそうな空のような黒だった。艶やかなそれは梳られ、美しく結われていた。何よりも印象的な瞳は黒曜石を思わせる色だった。


 これほどに黒い髪と瞳は、大アルビオンには存在していないと思っていた。色彩だけならまるで噂に聞く東洋人のようではないか。けれど彼女の顔立ち自体は大アルビオンのものだ。ツンととがった鼻に華奢な顎、細く長い首、大きな瞳。


 モルは手を差し出してきた。そっとギャビーの手を握る。赤い唇が開いた。

「ご不幸、本当にお痛ましいことでございました」

 全く崩れることのない貴族の発音に、育ちの良さがすぐにわかる。身に着けている衣装もギャビーですら違いのわかる高級品だ。

 上流階級の資産家の令嬢であろうということは明確だった。


 けれどなぜか、その美貌には惹かれなかった。ギャビーの好む美しさはミアのものであった、それだけかもしれない。でもギャビーは不気味に思ったのだ。

 モルの表情や顔立ちからはその内面が全く感じ取れないと。


 美しい言葉を発する唇からも、大きく開いてこちらに何かを問いかける瞳からも、彼女の中身のようなものは全く掴みとれない。まるで人形のようだ。

こんなに美しく優し気で年下の娘の何を、自分は恐れているのだろう。

 その読み取れなさに不安が背筋をじわりと伝う。


「ギャビー」

 ランディが話しかけてきてギャビーは我に返った。

「実は、モルと結婚しようかと思っている」

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