貴族のオンとオフの差の激しさは、何かおかしいです
というわけで来てみました。ハート伯爵のお屋敷。
門の前でたむろしているヤンキーといった風情のモヒカン二人に声を掛ける。ちなみに、整髪料らしきもので髪を固めているので、化学系モヒカンと思われる。
「ハート伯爵にお目通り願いたい」
「ヒャッハー! なんだてめえは!」
モヒカンたちに、そりゅあまぁそうだろう、という対応をされる。
「この国の第二王子レオンだ。伯爵にお目通り願いたく、ここへ参上した」
自分の身分を明らかにしてみる。
「ヒャッハー! この国の第二王子様だってえ? どういうこった? 共の者もつけずに、王子が一人で来るってかあ?」
「怪しいぜ、怪しすぎるぜ、ヒャッハー!」
警棒を舐めながら、二人のモヒカンはぼくに詰め寄ってくる。警棒、舐めたらおいしいのだろうか。
「いや……しかし、待てよぉ。確か、第二王子、卒業パーティーで婚約破棄からの結婚拒否をして、タッグマッチを挑まれたって聞いたぜえ」
「ヒャッハー! それなら俺も知ってるぜえ。そんだけの啖呵を切ったってことはだぁ、誰の力も借りずに一人でやれ、と、そういう風に放逐されたのかもしれねえなあ」
「ヒャッハー! それで、うちの親父に力を借りに来たってか? まぁ、それなら納得できるかもなぁ!」
ヒャッハー! とか言っているくせに、理解力が高い。やはり、できるモヒカンたちだ。
「ヒャッハー! ちょっと待ちなぁ。ちょっくら、第二王子の人相書きを確認してくるからよぉ」
「くれぐれも逃げるんじゃねえぞぉ! こっちはてめえを歓迎してやるつもりなんだからよぉ!」
と言って、一人のモヒカンは屋敷の中へと走り、もう一人のモヒカンは木でできた椅子を持ってきてくれた。
*
「主に殿下のご来訪を伝えて参ります。こちらでお待ちください」
屋敷に入ってすぐ、メイドさんにそう言われて、ここで待つようにと大きめの応接室へと通された。応接セットが十ほどあり、頻繁にここで商談も行われているということが伺える。そして、その一角に今――
「お金は払います! どうか、どうか私どもの工場をお助けくだされ!」
広間の応接スペースで、疲れた様子の老夫婦がモヒカン達に頭を下げている。テーブルの上には、札束が載っている。だが、老夫婦の身なりを見る限りは……やっとの思いで捻出したお金といったところだろう。その前で、三人のモヒカンがふんぞり返っている。
なんで屋敷に入って最初に見るのがこんな光景なんだ。
「おい? なんだぁ、これはぁ?」
「これは、私どもがこれまで爪に火をともす思いで貯めてきた貯金でございます。どうか、これで私どもの工場だけは」
「工場が潰れてしまえば、私たちだけでなく、工員達も路頭に迷うことになってしまいます。どうか」
威圧してくるモヒカンに対して、老夫婦は土下座する勢いで頭を下げている。それを、モヒカン達は、不快そうな表情で見下ろしている。
「金っていうがよぉー」
モヒカンの一人が、札束から一枚を取り出し、それをひらひらと振る。
「こんなもん、ケツを拭く紙にもなりゃしねってのによぉ!」
ヒャッハー! と笑うモヒカン達。それに老夫婦は体をこわばらせる。
このモヒカンども、もっとまともな連中かと思っていたが、一般市民にそういう態度をとるというのなら、こちらも王族の端くれ、許すわけにはいかない。そう思って、ぼくが立ち上がろうとしたときだった。
「いいか、てめえらぁ! こんなごわごわした紙、尻に当てられると思うかぁ? 毎日使うもんだ、柔らかくて繊細な肌触りじゃねえといけねえ!」
「ヒャッハー! それにだ! 下水道で流せるように、水には溶ける、しかし尻を拭ける程度の強度も持っていねえといけねえ! この難題を解決でなきゃ意味はねえぜえ!」
「それだけじゃねえぜ、ヒャッハー! 毎日使うもんだからなぁ……コストも問題も解決しつつ、日用品として安定供給できる流通ルートを確保しねえといけねえ!」
三人のモヒカンが次々と喋る。そして、最後に三人で声を合わせた。
「これではじめて、ケツを拭く紙になるってんだよぉ、ヒャッハー!」
え? この三人が憤っていたのって、その点についてだったの?
「てめえらぁ、うちと業務提携したいっていうんならよぉ、こんな札束じゃねえ、まずはそっちで作ったケツを拭く紙を持ってくんのがスジだろうがぁ!」
「ヒャッハー! 何ができて何ができねえかわからねえと、業務提携も技術移転もねえぜえー!」
三人のモヒカンは、噛みつくように、熱くトイレットペーパーについて語る。それに臆した様子で老夫婦が口を開く。
「も、申し訳ございません。す、すぐに私どもの工場で作った製品を」
「はぁー、聞こえねえなあ? ここで、てめえらが、紙を持ってくるのを待つほど俺たちが暇だと思ってんのかぁ?」
ひぃ、と老夫婦が小さく悲鳴を漏らした。気持ちはわかる。だが――
「こっちからてめえらんとこの工場へ行ってやるぜ、ヒャッハー!」
「実際に見てみねえと、どういう機械があるのかもわからねえしなぁ!」
「そうとなったら、こんなところで話をしていても埒があかねえぜぇ! とっと案内しやがれ!」
そう言って、戸惑っている老夫婦を立たせるモヒカン三人組。よくよく見たら、彼らのトゲ付き肩パッドに、この国最大の製紙会社のマークがあった。
*
「こちらでございます」
三人のモヒカン達が老夫婦と連れだって部屋を出て行ってから数分、ぼくはメイドにアンアイをされていた。大きな屋敷の長い廊下を歩き、すっと、メイド姿の女性が、目の前の大きな扉を手で示した。
「あ……はい、どうも」
あまりにもモヒカンを見慣れてしまったせいか、メイド服姿の女性に丁寧に案内されると、違和感しか感じない。ぼく、王族のはずなのに。
ここハート伯爵の領地では、ヒャッハー! なのは基本男だけで、女性は非常にまともなのである。まぁ、あのモヒカンたちも、中身はまともすぎるくらいまともなんだけど。
「ご主人様。お客様をお連れいたしました」
「ヒャッハー! 来やがったかぁ? 入ってこいよぉ」
「失礼いたします」
ドア越しに、第三者は違和感しか感じないやりとりをしてから、メイドさんは扉を開ける。奥の机、そこにふんぞり返るようにして座っているモヒカンが、ハート伯爵だ。
「王子様がこんなところまで一体何の用なんだあ? くっくっく」
にちゃあ、と笑いながら、ハート伯爵は体を前のめりにする。もうずいぶんなお年のはずであるが、なかなかに迫力がある。腐っても性獣と呼ばれた男、といったところか。
「俺が欲しいのは、女だけだぁ。何か欲しいものがあるなら、女を連れてこい! かたっぱしから孕ませてやるぜ、ヒャッハー!」
白目を剥いて叫ぶハート伯爵。さすがは、あのモヒカンどもの元締めである。
「失礼いたします」
しかし、こんなセクハラ発言も見慣れているのか、メイドさんは何事もなかったかのようにお辞儀をすると、優雅な所作で部屋の外へと出て行く。
「このたび拝顔の栄を得られましたこと、至極光栄に存じます、レオン殿下。私が、伯爵位をいただきこの地を治めるハートでございます」
その瞬間、地に膝をつき、拝礼をしながら、ハート伯爵はそう言った。
え? メイドさんがいなくなった瞬間、急にまともになった。心なしか、モヒカンも少し落ち着いている気がする。
「え? あの? え?」
ぼくが混乱していると、それを見たハート伯爵が苦笑しながら、説明をしてくれる。
「王族の方々とは、基本興業のプロモートについての打ち合わせをすることが多いものでして。いつもの言葉遣いですと、なかなか打ち合わせがまとまらず。ですので、王族の方とお話しするときは、このような態度であること、お許しください」
いや、許すも何も、多分それが普通。え? 普通、だよね? 違和感しか仕事をしていない。
「僭越ながら、レオン殿下におかれましては、先日の卒業を祝う宴での一件でこちらまでご足労いただいたのではないかと愚考いたします」
「あ、は、はい。そうです」
だめだ。まずい。モヒカンに知性と品性を感じ始めてしまっている。
「私どもで力になれることがございましたら、なんなりとお申し付けください。臣下としての務めを、存分に果たさせていただきましょう」
「あ、どうも。どうも、ありがとうございます」
完全にぼくは場の空気に食われていた。そのときだった。
「失礼いたします、ご主人様。お茶をお持ちいたしました」
「ヒャッハー! お茶だって? 違うだろ! 女をよこせと俺は言っているんだよぉ!」
いきなり立ち上がり白目を剥いて叫ぶハート伯爵。こわい。
「粗茶でございますが」
そんなハート伯爵を無視して、しれっとぼくの前にティーカップを置いてくれるメイドさん。ある意味、こわい。
「茶だぁ? そんなもんいるかぁ! 酒だぁ、女だぁ、ヒャッハー!」
「失礼いたします」
血管がぶち切れるほどの勢いで叫んでいるハート伯爵を無視して、再び部屋の外へと出て行くメイドさん。
「して、殿下の御用向きをお尋ねしてもよろしいですかな?」
「いや、もっと根本的に聞きたいことがあるよ!」
ギャップが激しすぎて、話の中身が頭に入ってこない!
「申し訳ない。なにぶん、このキャラクター設定を貫いて、この領地を運営して参りましたもので」
「いや、まぁ、それはわかってるんですが。その、大丈夫ですか? 顔色とか悪いですし」
「ははは。殿下にお気遣いいただけるとは、光栄ですなあ。いささか年を食ってしまったせいか、どうもキャラクターの切り替えが最近辛くなって参りまして」
いや、年とか関係なく、辛いと思うよ。
「今となっては、仮面貴族かペイント貴族にでもしておけば、オンとオフをもっとうまく切り替えられたかと思うのですが。いやはや、今となっては後の祭りですな」
ははは、とハート伯爵は笑うけれども、その前段階に後悔すべき事はすでにあるような。
「して、僭越ながら、殿下はパートナーとなられる方を探しておられると」
「ご主人様。午後の来客の方がお見えになられましたが」
「ヒャッハー! 女なら、今すぐここへ連れてこい! 男なら待たせておけ、ヒャッハー!」
「承知いたしました」
「はぁはぁ。して、殿下、かの悪役令嬢ロージア、そしてヒロインのマリア。この二人は間違いなく、この国でも、トップクラスの実力と人気を誇るトップ貴族中のトップ貴族。台本があるならまだしも、ガチンコで、この二人に挑もうとする貴族はおそらく」
「ご主人様。先ほどのお客様ですが、お忙しいようでしたら、また日を改めるとのことでした。追って、またご連絡いただけるそうです」
「ヒャッハー! オレ様への恐怖で、逃げやがったかぁ? しかしだなぁ、ただ逃がしてやるつもりはないぜぇ。くっくっく。次は女を――」
「失礼いたします」
「げほっ。ごほっ。ぐへぇ……はぁはぁ、というわけで、殿下。私が心当たりのあるものといえば」
「いやいやいや! 落ち着いて、本当に落ち着いて! ヒャッハー! ならヒャッハー! のまま話してくれればよいし!」
「しかし、殿下、それではなかなか会話が進まず」
「わかってても、なんか見てるの辛いから! 命が燃えてなくなっていくのを感じるから! なんなら、私が体で第三者が入ってこないよう、扉を塞ぐから!」
「面目ないです。殿下。年のせいか、語彙力も落ちてしまい、セリフのバリエーションが少ないのが情けなく」
力なくハート伯爵はうなだれる。逆立っていたモヒカンも、しゅん、としている。
情けなく思うところは、そこかい。
「とりあえずは、あの二人にまともに立ち向かえる貴族は、おそらくほとんどおりませぬ。そもそも、私のように極端なキャラクター設定に走るのは、そもそも実力がないことを隠すためのものであり。彼女たちのような、選ばれし肉体をもつ貴族達には、縁のないこと。彼女たちは、ただ戦うだけで、十二分にエンタテイメントを成立させるだけの魅力があるのです」
目の前でぼろぼろになっているハート伯爵の姿を見ていると、余計にその言葉が胸に突き刺さる。そう、この国の貴族達はおかしい。でも、彼らは領民を守るために必死なのだ。
「しかしながら、陛下。我どもは戦闘能力では及ばずとも、知性ではこの国一番であると自負しております」
うん。それはわかる。モヒカンだけど。
「科学の力が必要になりましたら、いつでもお声がけください。物理系モヒカン、化学系モヒカン、生物系モヒカン、情報系モヒカン――彼らは共通して、モヒカンが大きければ大きいほど偉いという特徴があります」
なんで、インテリ軍団なのに、鶏のトサカみたいな価値観を。
「必要でしたら、そのもの達をお使いください。そして、殿下。たった一人。たった一人だけですが――ガチンコで、彼女たち二人と渡り合えそうなものを、知っております」
「な、なんだって! それは本当か!」
鶏のトサカに思いを馳せていたら、飛び込んできた希望。ぼくは思わずハート伯爵の両肩を掴む。
「はい。その者は、その者の名は――」
「ご主人様。失礼いたします」
「ヒャッハー!」
「この展開、もういい加減飽きたわー!」
そして、思わず、ぼくは叫んだ。