世紀末な感じのところに来ましたが、何かおかしいです
どうも、こんにちは。乙女ゲームっぽい異世界の、攻略対象っぽい王子に転生して、婚約破棄したと思ったら、タッグマッチを挑まれて、パートナー探しをしている王子です。
あれから、国王である父上と王妃である母上にも報告したけれども、予想通り、めちゃくちゃ褒められた。こんなやり方もあったのか、と手を打って感心していた。誰もぼくの味方はいなかった。
ここまで来たら、いやでも気づかざるを得ないのだが、この国において王族というのはプロモーターの立場の存在なのである。そして、この世界にある国々は、それぞれその王族がプロモートする興業集団のようなもので、貴族達はそこに所属しているという立場だ。なので、貴族の移籍というのはわりと頻繁にあるし、どこの国にも属していないフリーの貴族というのもいる。なんなんだよ、フリーの貴族って。
まぁとにかく、当初の悪役令嬢対ヒロインのシングルマッチから、さらに事が大事になってしまった以上、ぼくにもう逃げるという選択肢は許されない。それこそ、あの父上と母上相手なら殺されかねない。なので、もはやぼくが生き残るための道はただ一つ――この状況を打破できる(タッグ)パートナーを見つけ出すことだけなのだ。
本来なら、この国最大のビッグマッチであるから、パートナーの売り込みもたくさん来るかと期待していたのだが、蓋を開けてみれば、それらは皆無だった。実際問題、実力人気共に最高峰の二人が相手というわけで、わざわざ噛ませ犬になりにくる貴族もいないということだろう。特に、王族であるぼくはプロモーターの立場なわけで、つまりはリングに立つのはド素人である。……なぜ、王族なのにリングに立つという選択肢が出てきたのだろう?
まぁ、というわけで、ぼくはハート伯爵の領地にやって来た。目的はもちろんパートナー探しである。しかし、ここは、やはりあのハート伯爵の領地であるだけあって、ヒャッハーな人たちがとにかく目立つ。モヒカンにトゲ付き肩パッド。世紀末か。しかし、だからこそ、ぼくがパートナーを探すために訪れる意味があるのだ。
街を我が物顔で闊歩するモヒカンどもから逃れるように、ぼくは酒場へと入る。人相の悪い店主はぼくをぎろりと睨みつけたが、暴力を振るってくるそぶりはみせない。それをもって受け入れられたと判断して、ぼくはカウンター席に座る。
「店主。ビールをくれ」
「ヒャッハー! てめえ、ここらじゃ見ねえ顔だなあ? どこから来やがったんだぁ? いきなり酒をよこせってか? まさか、この街のルールも知らねえってんじゃねえだろうなあ?」
下品な笑みを浮かべて、店主はぼくを値踏みするように見る。くそ、少なくとも客としては見てもらえている、そう思ったのが間違いだったか。
「だったらてめえに、この街のルールを教えてやるぜ」
ぐひひと笑いながら、店主は懐に手をやる。なんだ。何を出すんだ。刃物か? 暴力は得意ではないが、こんなところでやられるわけにはいかない。いざとなったら、この椅子を投げつけて逃げ出すか――
「この街では、酒類の販売は午後六時以降と決まっているんだぜぇ。あと、酒類を販売する際には、ちゃんと成人済みであるという身分証の提示が必要不可欠だぜ」
ぱさっと、店主がテーブルに置いたのは、その細かいルールが書かれた紙だった。
「よそもんに舐められるわけにゃあいかねえからなあ? しっかり、この街のルールは覚えてもらうぜえ」
本当に、この街のルールを教えてくれた。
「……なら、水でもくれ」
脱力しながら、注文を変えた。
「今日のオレ様のおすすめは、ハーブティーなんだけれどもなぁ! こいつを飲めば、疲れもとれて、ぐっすり眠れるってもんよ」
人相が悪いから、別のハーブを連想するが、多分本当に健康にいいお茶なんだろうなあ……。
「じゅあ、それで」
「くくく。一度はまれば、やみつきになっちまうぜえ?」
言いながら、店主は暖かいハーブティーを出してくれる。匂いからして、とても健康に良さそうである。
「舌を火傷しねえようにせいぜい気をつけるんだな」
そして店主は親切である。
なんなんだこの世界、と思いつつ、おいしいハーブティーをいただきながら、ぼくは本題を切り出す。
「店主、ここは酒場だろう?」
「ヒャッハー! 昼はカフェだけれどもなぁ!」
ヒャッハー、はもしかしたら、接尾語か接頭語の部類なのだろうか。
「……まぁ、何にせよ、ここには情報が集まってくるはずだ。礼はする。この地にいる将来有望な奴の情報を教えてくれ」
そう言うと、店主は怪訝そうな顔をした。
「そいつを、カフェオーナーに訊くってか? 兄さん変わってんなあ」
げひひと店主は笑う。やっぱり、どう見ても世紀末の悪人にしか見えない。
「まずは、兄さんよお、この街にいる連中は、いくつかの派閥に属している、そいつは知ってんのかあ? 派閥争いを知らずに、へたに粉を掛けると、ろくな目に遭わねえぜえ」
言いながら、店主は下から睨めつけてくる。だが、なるほど。先ほどの街の様子を思い返せば、さもありなんだ。
「……教えてくれ」
「ヒャッハー! いいだろう、素直な奴は嫌いじゃねえ。教えてやるぜえ! この街に来たよそもんにはまずわからねえだろうが、連中の属している派閥は、見た目でわかるようになっているんだぜえ」
なるほど。カラーギャングのようなものか。派閥を象徴するようなアイテムを身につけているとか、そういうことなのか。
「見分け方はそう難しくねえ。髪だ。髪を見ろ」
ひひひ、と笑いながら、店主は自らのモヒカンを指さす。
「まずは、何の整髪料なんかもつけず、物理法則だけを利用して髪を立てているのが、物理系モヒカンだぜえ!」
物理系モヒカン。
「そして、こいつはわかりやすい。整髪料で、ばきばきに髪を固めていたら、そいつは化学系モヒカンだ!」
化学系モヒカン。
「んで、間違えちゃいけねえのが、バイオテクノロジーを使って、自らの髪の質を変え、おっ立てているのが、バイオ系モヒカンだぜ」
バイオ系モヒカン。……どれもモヒカンに結びつく言葉ではないように思えるのだが。
「あとは、最近になって出てきた新興勢力が、情報系モヒカンよ」
「情報系モヒカン?」
思わず聞き返してしまった。
「おうよ! 奴らは恐ろしいぜぇ……なにせよぉ、この肩バッドのトゲに仕込んだプロジェクターで、モヒカンの三次元ホログラムを作ってやがるんだからなぁ!」
馬鹿と天才の境目を全力疾走するのやめて。
がっくりとうなだれてしまうが、そうなのだ。我が国において、モヒカン頭とトゲ付き肩パッドは、知的エリートの象徴。ハート伯爵の治めるこの地は、我が国でも最高の知性が集まる地。我が国最高峰の大学も、この地に集中している。だからこそ、ぼくはここへパートナーを探しに来たのだ!
ちなみになんでこんなことになっているのかというと、その理由はこの地を治めるハート伯爵にある。このハート伯爵、性獣の異名を持つほど見境ない男で、手当たり次第に女を襲い、そうやって手籠めにして孕ませた女は数知れず――という設定で、数多くの孤児達を、そうやって産ませた自分の子であるとして引き取り、福祉と教育に徹底的に力をいれている人なのである。養子とした子ども達には、しっかりとした教育を施す上、惜しげもなく自らの家名を与えるので、ハートの家名を名乗る人物はすべからくエリートである、というのが、この国の定説だ。まぁ、そんなこんなをやっているうちに、どんどんと優秀な人材が生まれ、その優秀な人材達が次世代を作り――という風に、この領地が我が国最強の文教地区となってしまったのである。
ちなみに、ハート伯爵は、ヒャッハー! なキャラ作りをしておられて、それを尊敬する息子達も、同じくヒャッハー! そして、その息子達に教わった弟子達も、それに倣ってヒャッハー! というわけで、ここはモヒカンの溢れる街になってしまったのである。
ちなみに、ハート伯爵は自分のキャラ設定を気にして、女子は自分の養子にはせず、さらってきた子どもとして面倒を見ている。男子も、望まなければ自分と無関係にさらわれてきただけである、という風にしてくれればいいとしているが、基本的にみんなハート伯爵を慕ってヒャッハー! である。
「まぁ、それだけ優秀な人材がいる地だ。だれか一人くらい、その中でもピカイチっていうのはいないかい?」
「ヒャッハー! ピカイチってか? しかしなぁ、俺は所詮はただのカフェオーナーだしなぁ! みんな優秀なのはわかるが、ピカイチまでは俺にはわからねえぜえ」
げひひ、と笑いながら、店主はハーブティーのおかわりを淹れてくれる。親切である。
「だがまぁ、どうしてもっていうんなら、ここの領主様のところへ行くといいぜえ」
「領主、つまりハート伯爵か?」
「ヒャッハー! そうだぜえ」
どうでもいいが、無理に会話にヒャッハー! を入れようとしているしんどさを感じるな。知らんけど。
「けどなぁ、よそもんのあんちゃんよぉ……領主様は、欲望のままに振る舞われる恐ろしいお方。特に女とみれば見境なしって話だぁ。定期的に、お屋敷にガキが運ばれていくが、そいつらがそのまま出てきたところを見たこともねえ。それでもいいのなら、行ってみるがいいぜ、ヒャッハー!」
そう。この国、いやこの世界においては、領民も領主である貴族の設定をしっかりと守るのだ。そうやって、みんなで一丸となって領地を盛り上げている。
「わかった……恐ろしいけど、伯爵様に会いに行ってみるよ」
「ぎひひ。あんちゃんの顔を見るのも、これが最後になるかもなぁ。地獄への渡し賃代わりに、サービスしといてやるぜえ!」
いいながら、店主は小皿に載せたクッキーを出してくれた。
ちなみに、屋敷に連れて行かれた子ども達のその後を見たことがない、というのは、衣食住教育すべてが屋敷で揃っていて、教育が終わるまでの数年、特に外へ出る必要がないためである。