婚約破棄したけれど、何かおかしいです
異世界転生したら乙女ゲームの攻略対象で、悪役令嬢を断罪する羽目になった。前振りなんて、それだけでもう十分だろう。自分の身にそんなことが起こるなんて、夢にも思っていなかったけど、起こってしまったのなら、仕方がない。
卒業パーティー。壇上で、生徒会長でもあるこの国の第二王子に転生してしまったぼくは、今まさに悪役令嬢を断罪しようとしていた。そう、台本通りに。
「我が婚約者、ロージア・ローゼス! マリア・アルベルト男爵令嬢への数々の暴力行為――いや、もはや犯罪行為と呼ぶべきであろう! 私は、この国の第二王子として、それらを看過することはできない! よって、現在と未来、この国を支えるべき方々の面前であるこの場において、貴女との婚約を破棄させてもうらうことを宣言しよう!」
そう叫んで、ぼくは目の前の少女を指さす。黒くて長い髪を、ドリルのように巻いた伯爵令嬢は、不敵な笑みを浮かべてぼくを睨みつける。
怖い。
「レオン殿下……まさか、そのような卑しい身分のものの言うことを、真に受けられたのですか?」
挑戦的な瞳。なぜかぼくの後ろにいるマリア嬢が、ぎゅ、っとぼくの服の裾を掴んだ。
「言い逃れはできないぞ! 証拠はすでに揃っている! 貴様がアルベルト男爵令嬢の教科書を破り捨てたこと、彼女の私物である調理器具をわざと壊したこと、そして、あまつさえ、彼女を突き落とすという暴挙にも出たこともだ!」
台本通りのセリフを一気に吐き出した。それに合わせて、マリア嬢も、ぎゅっと私の服を強く掴む。
「それは教育というものですわ。身の程もわきまえず、殿下のおそばにいるなんて。私は、ただ婚約者としての務めを果たしただけのこと」
「もういい! 言い訳はたくさんだ!」
ぼくは叫び、切り捨てるように大きく手を振る。ここが山場だ。
「今ここに再び宣言しよう! 私は、この場であなたとの婚約を解消し、そして――」
言いながら、私は真後ろにいるマリア嬢を見やる。彼女がこくりと頷いた。その姿を見て、ぼくは決意を固める。ここしかない。ぼくの運命を変えられるのは!
「そして――私はもう誰とも結婚せず、この国から出て行くことを宣言する!」
「は?」
目の前の悪役令嬢が間抜けな声を出した。予想外、とでも言いたげに、ぽかんとぼくをみつめている。そして、それは後ろのマリア嬢も同じだった。
「殿下……それはどういう」
「だって、もう嫌なんだよ!」
ぼくは力の限り叫んだ。
「教科書を破った? って、あんなクソ分厚い百科事典みたいなやつを、両手に真っ二つじゃないか! 調理器具を壊した? 鉄製のフライパンを飴細工みたいに曲げてたじゃないか!」
「な」
悪役令嬢ロージアは表情を引きつらせた後、反論をする。
「何をおっしゃておられますの! そんな本を数ページ破るなど、なんのパフォーマンスにもなりませんし、すでに改訂版が出た古い教科書でしたし、鉄のフライパンだって、その後鋳造に出してちゃんとリサイクルしておりますわよ!」
「そういう問題じゃなーい!」
両拳に力を込めて、天に向かってぼくは叫んだ。
「あの、殿下……それでは」
後ろから、不安そうにマリア嬢がぼくの服の裾を引く。
「大体、キミもキミだ! 突き落とされた? なんで建物の三階から落ちて、無傷なんだよ!」
もう全力でぼくは突っ込んだ。
「殿下、お戯れはおやめくださいませ! それくらいやらないと、貴族の超人性のアピールになりませんわ!」
悪役令嬢が言った。
「だ、か、ら、なんなんだよ、その貴族の超人性って! おかしいだろ! 平民との違いをフィジカルに求めるなよ!」
「な! 殿下は我々トップ貴族が求められる貴族の責務をなんだと」
「トップ貴族っていう言葉自体がおかしい!」
悪役令嬢の言葉にぼくは全身を折り曲げて抗議した。そう、ここは中世風ファンタジーの世界。王族がいて、貴族がいて、彼らが領地を治めている。しかし、その実態は――
「殿下、ご乱心を!」
「顔を赤と緑に塗っているお前には言われたくないわ!」
諫めようとしてきた貴族に対して、ぼくは言い切った。
「なんなんだよ! なんで顔にペイントしているんだよ!」
「な、いかに殿下といえど、我が領地の名産品スイカを模したこのフェイスペイントを侮辱するとは!」
「だから、お前ら――貴族というより、ご当地レスラーじゃないか!」
そう、ぼくの転生した世界。ここでは貴族達は、自らの領地を盛り上げるべくその神に与えられた肉体を駆使する、ご当地レスラーだったのだ。
「悪役令嬢はまだいいよ! けど、覆面貴族とかペイント貴族とか! 貴族のパーティーじゃなくて、百鬼夜行じゃないか!」
そう。顔を緑やら赤に塗った貴族やら、なにか覆面を被っている貴族やら。なんなんだろう、この世界。
「領地のために身体をはる、我々貴族のノブレスオブリージュをなんだと思っているんだ!」
丸いみどりのかぶり物をした貴族が、ぼくを指さす。かぶり物をした貴族って。
「いや、オルドネス公爵」
「なんと、王族といえど無礼な! 私がこの姿であるときは、謎の貴族すだち仮面! その設定を、公の前で、ないがしろにするとは!」
貴族の設定って、なんなんだ。
「日々悪役としての振る舞いに苦心する私たちに対して、殿下といえども許せませんわ!」
顔を真っ白に塗って、露出度の異様に高いハイレグビキニを着た女性貴族が忌まわしげにぼくを指さす。なんでもたしか、人間界に紛れ込んだサキュバス、という設定らしい。
この場にいる貴族達が口々に非難してくる。わかってはいたけど、なんてこったい。いくらなんでも、この中に入って、国のために身体をはる気はない。
ここで、悪役令嬢ロージアが、すっと腕を上げた。それに合わせるように、口々に非難を叫んでいた貴族達が口をつぐむ。
「殿下。私たちはこの日のために、時間を掛けて、じっくりと舞台を準備して参りました。それを反故にする――つまりは、ブック破りをなされると、そういう理解でよいのですね」
静かに、しかし力強く告げられて、ぼくは思わず頷いてしまった。
「王族が結婚するタイミングで行われる断罪イベント――それを国民は、心から楽しみにしています」
うん。とんでもないものをエンタテイメントにしてくれているよね。
「しかし、こうなってしまった以上、私たちが戦う意味は見いだせませんわ。そして、そのようなものを国民が望んでいるとも思えません。殿下、あなたは国民を裏切った自覚がおありで?」
そんなこと言われても、そもそもブック、つまり台本がある時点で裏切りなのでは、と思うけれども、言えるわけがない。
そう。この一大イベントに選ばれた彼女たちは、この国の未来を担うと嘱望されている、実力と人気を兼ね備えた次世代トップ貴族なのだ。
ぶーぶーと周りの貴族達がブーイングをする。この人達、とにかく盛り上げたいだけなので、こういうトラブルが大好きなのだ。
「ここまで来たら、もはやブック通りにことを運ぶのはもう無理でしょう」
悪役令嬢ロージアは、諦めたように首を横に振った。よかった。なんだかんだ、これで逃げられ――
「ですので、それ以上に盛り上がるイベントとして――私とマリアさん、二人がタッグを組み、殿下とタッグマッチを行うことを提案いたしますわ!」
おー、と周囲の貴族達が叫んだ。思わぬ展開に、貴族というかレスラーたちはのりのりである。
「私たちの貴族としての名誉を賭けて、このタッグマッチは、台本なしのガチンコ、シュートであることを、宣言いたしますわ!」
おおお! と貴族達が腕を振り上げ、うなり声を出した。大盛り上がりである。さすがは次世代のエースとして期待されるトップ悪役令嬢。場の盛り上げ方がうまい。
「悪役令嬢とベイビーフェイス……ロージア様と共に戦うことはないと思っていましたが、なんという運命の巡り合わせ。光栄に思いますわ」
ぼくの後ろで不敵に笑うマリア。最強の矛と呼ばれる超攻撃型貴族令嬢であるロージアに対して、パーフェクトディフェンスと謳われる防御技術を誇るマリア。今、まさに矛盾タッグが誕生していた。
「というわけで、殿下、猶予を与えましょう。春の建国祭までの三ヶ月、本来であれば結婚式が行われるはずだったその日に、私たちは相まみえることといたしましょう!」
ロージアの発言に貴族達は大騒ぎだ。さっそく彼女に取り入ろうとする者が現れる。
「ロージア嬢、是非ともその前座は私めに!」
「いえいえ、そこはやはり女性である私が!」
「グッズの販売権の交渉を!」
なんだろう。この光景。ざまぁ、って奴なのかな。
「皆様、落ち着いてくださいませ。まずは、殿下のタッグパートナーを見つけるところからですわ」
そう言われて、みんなの視線がぼくに集中する。
どうしてだろう。この貴族社会? から逃げ出したかっただけなのに、今、ぼくはそのど真ん中にいる。
「タッグパートナーは、この国の者でなくてもかまいませんわ。是非とも、私たちに見劣りしない方を、見初めていただきますよう、くれぐれもお願いいたしますわ」
間違いなく、王族の誰も、ぼくを助けてくれないだろう。むしろ、徹底的にこのイベントを盛り上げる方向に動くはずだ。むしろ、逆に盛り上がる展開になったとして、父上も母上もぼくを褒めてくれるかもしれない。
なんてこったい。
こうして、婚約破棄からの、ぼくの(タッグ)パートナー探しが始まるのだった。