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君に言葉を刻む。

作者:


季節は春、花見の時期となり二人で桜並木の道を歩いている。


「今日もこの日を迎えたね」


隣を歩く彼女は微笑む。


俺たちが付き合い始めてかれこれ三年だろうか、付き合い始めて何ヶ月だ、何年だという感覚は曖昧なのでいつも彼女にくどくどと言われるが、覚えてられないのだから仕方ない。


両親の誕生日すら覚えていないのに記念日なんて思考外の話だ。


それを申し訳なく思っていないかどうかは別として。


「そうだな」


彼女に素気なく応えて桜の花びらを眺める。


桜がヒラヒラと舞い散る様は俺を雰囲気に酔わせるには十分だった。


風情がそうさせるのか情景がそうさせるのか。


しとしと降る雨や、桜の舞い散る様、プールではしゃぐ子供たち。


さまざまな情景が俺を感傷に浸らせる。


別に憧れとかそういうわけではない。

やはり雰囲気に酔っていると言わざるを得ない。


「またそんな顔してる」

「……なにが?」


ムッとした表情の彼女に言われると、何もなかった風を装って無表情で答える。


「遠い目してた」

「…してない」

「してた。」

「うるさいな」


短いやりとりを続けて睨み合い、ふと彼女は笑う。


「…こんなやりとり、ずっと続けていけたらいいよね」

「……急にどうした?」

「照れ隠ししないで。続けていきたいよね?」


ジッと目を見つめられ、たまらなく目を逸らす。


その間も彼女は揶揄う表情も見せず俺の目を覗き込もうとしてくる。


「…………続けたいな」

「そうだよね」


満足そうに彼女は正面から側につき、腕を取って抱きついてくる。


そんな彼女の行動も心の内では嬉しくて、顰めっ面を浮かべながらも大人しく共に歩く。


「花見、このまま歩くだけでいい?」

「シートでも持ってくるべきだったか?」

「酒盛りもいいよねぇ」

「すぐ酔い潰れるからダメだな」

「その時は連れ帰ってくれるでしょ?」

「甘えんな…マジで」


しばらく二人で戯れ合いながらも桜並木を歩いていく。


こんな平和な日々がずっと続けばいい、と思ってはいるが、それはそれとして、彼女が甘えてくれる現状に甘えている素直になれない自分が恨めしいと思う。


そんな自分は自分らしくないとは…思うが。


「あ、見て、お団子屋だって、今の時代もあるんだね、あぁいう店」


指差された方を見れば、扉のない開放的な内装に、店前にテーブルと紫の敷布を掛けたイス、番傘が日陰を作り出しているあまり見ない古風な──と言うべきかは分からないが──店が建っていた。


「去年は見なかったけど」

「そうだよね、折角だからお団子食べてみよっか」

「買い食いか?まぁいいけど」

「食べ歩きじゃなくて座って食べるんだよ?」

「はいはい、わかったわかった。」


彼女が店主に向かって元気よく駆け出し、注文を付ける。

その間に俺は急ぐ必要もない、とゆったり歩く。


日当たりの良さそうな位置に座り桜を眺め──


──る前に彼女はバン、と俺の座っているテーブル席に手をついて音を立てた。


「桜餅食べないよね?三色団子と草餅!」

「それでいいよ、俺が草餅ね」

「一緒にシェアしないの?」

「…………」

「初心だよねぇ」


付き合いが長いとはいえ、未だにシェアという感覚には慣れない。


間接キスとか、変に気にしすぎてしまうのは俺が悪いのだろうか……。


視線を彷徨わせ、とうとう俯いた俺と、それをニコニコと見つめてくる彼女の間に二つの皿が差し出される。


頼んでいた団子か、立ち去る店主の背中を横目で見て顔を上げると目の前に団子串が突きつけられていた。


「あーん」

「…………えぇっと…」


意図は分かる。何が起きてるかもわかってる。それはそれとして受け入れたいか、やりたいか、と言われると脳が半分拒否している。


正直甘えて受け入れてしまいたいと思う自分もいるが…。


「自分で食べるから置け」

「食べて。口開けて。」

「人の話聞けバカお前」

「はやく。」


有無を言わさずぐいぐいと突きつけてくる、という言い訳を用いて大人しく口を開いて差し出された団子を食べる。


「おいし?」

「………うるさいな」


俺が黙って団子を突きつけ返すと、彼女は喜んで俺の手にある団子串に口をつける。


差し出す俺が恥ずかしくなってくるのでやめて欲しい。


「んー、美味しいねー」

「そーですか」


黙って眺めているともっとよこせと口を開く。


手に持っている三色団子の白と緑に目線を向けると、俺はため息を吐いてしっかり三色分の餌付けを済ませるのだった。


腹五分、満足はしていないが今はいいか、と思える程度に食べ終えた俺たちはそのままテーブル席に居座って花見を続けた。


「散るのはあっという間だね」

「人間関係と一緒だな」

「暗い話しないで」

「咲くのに時間がかかるのも似てるだろ」

「私たちのこと?」

「………ほんとお前うるさい」


お互い、この関係に落ち着くまでかなり時間が掛かった。


高校の頃から大学卒業まで奇跡的にも一緒のクラスで過ごしたにも関わらず、お互いが知り合ったのは大学の頃だったか。


友人を通して知り合った俺たちは、知り合いから友人に進展するには卒業まで、友人から恋人に進展するには更なる時間が必要だった。


学校卒業からも関わりのあった俺の友人と、その友人と関わりのあった彼女の友人、そして彼女との関わりがなければ今ここで俺たちは付き合えてなかったのだろうなと思えば、ガラじゃないが運命に感謝という言葉しか出ない。


ちなみに彼女の友人と俺の友人は一足先に付き合っていたらしい。俺は当然本人から言われるまで気付けなかったが。


お互い、無言の時間が続く。

苦には感じない心地いい時間だと、俺は思っている。


頬杖をつく彼女の横顔を横目で眺めていると、視線に気付いたのか俺に顔を向ける。


「なーに」

「…なにが」


素知らぬ顔をしても誤魔化されてくれない。

彼女は目を逸らした俺の顔をジッと見続ける。


「……ほんとマジでお前……見惚れてただけだよ」

「んー、ふふ、もっと言ってもっと言って」

「うざい!うるさい!」


視線どころか顔を背けても、彼女が視界外でニヤニヤとしているのが感じてとれる。


それが羞恥をさらに煽り、背中を向ける。


「ん〜、耳真っ赤だねぇ」

「わざわざ言うなよお前!」


バン、とテーブルを叩くと同時に、店主が俺たち二人にお茶を差し出す。

気まずさに渋々礼を言うと店主は微笑ましいものを見るような目で去っていった。


「…………」

「怒られちゃったねぇ」

「黙れ…マジで黙れ……」


羞恥に耐えかねて両手で顔を覆う。

今の心境は花見どころではない。

この厄介な女の対処と、厄介なこの感情の対処を早急に済ませなければ俺がどうにかなる。なってしまう。


気を紛らわすために出されたお茶を啜る。


その際に彼女に目を向けると、彼女もお茶を啜りながら、こちらを細めた目で見ていた。


目があったと理解した瞬間こちらから目線を逸らす。


きっと俺は、彼女にはずっと勝てないんだろう。

それでもいいと思う。

彼女と付き合いが続けていけるのならこのままでも。


「来年もお花見しようね」

「…そうだな」

「ん」


今年も桜散る様を眺める。

来年も彼女と共に歩けるだろうか。


人の感情は桜のように呆気なく散る。

このまま俺が素気ない態度をとり続ければ彼女に愛想を尽かされるのだろうか。


怖い、と思う。


与えられてばかりのこの関係に、いつかヒビが入るかもしれないと言うことに。


この関係もいつか散る時が来るのかもしれないと言う可能性に。


ぐるぐると頭の中で考えていると彼女が俺の顔を覗き込んできた。


「また難しい顔してる」

「…してない」

「してたよ」


まったく。と言って彼女はため息を吐く。


「私は君のこと離す気ないからね。ずっと好き、誰よりも愛してる」

「……急になに」

「不安そうだった、オーラが」

「適当言うな」


手元にあったお茶を飲み干す。よく見れば彼女は既に飲み終わっているみたいだ。お茶で暖まったのか彼女の頬は赤い。


「居座るのもなんだし、行くか」

「そうだね、行こっか」


俺が立ち上がると彼女は駆けて俺の腕に抱きつく。


しばらく歩けば、花見もお開きなのかシートを片付ける家族連れの面々が目に入る。


それを眺めて今年の花見日和はとうとう今日でおしまいか、と考える。


例年に比べて早くに咲いた桜は、まだ冬と春の中間にも関わらず咲き誇り、そして今、散りゆく流れに身を任せている。


「私、本気だからね?」

「なにが」

「さっきの言葉」


さっきの言葉、少し考えて思い浮かぶのは「誰よりも愛してる」の言葉だ。


「………」

「君はそう思ってくれないのかな?」

「………」

「ねーえー」


気恥ずかしさに口を噤んでいると彼女は腕をぐいぐいと引っ張って主張し始める。


彼女を腕から離し、肩に手を置いて目を合わせる。


「えっと……」


彼女は露骨に狼狽えて視線を右往左往するが、俺がその様子を確認すると共に手を離して先へ進む。


「ちょっとぉ!」


狼狽える彼女が可愛くて、愛おしくて、揶揄ってしまったが…。


あぁ、俺の答えもきっと同じだ。誰よりもお前のことを愛している。


それを言うのは憚られるが。


「意気地なし、無愛想、チキン、ナンセンス!」

「うるさいなぁ!」


受け流すことも無視することも出来ず叫び返せば、彼女は笑って側について歩く。


「これからもよろしくね」

「わかってる」

「わかってるじゃないでしょ」


視界に入り込むように微笑みかける。


「………」

「何か言ってよ?──えっ?」


悪戯を成功させた笑みを浮かべる彼女の腕をとり抱き寄せる。


驚いた彼女の顔を眺めながら唇にキスを落とす。


「この世でお前のことを、誰よりも、深く、愛してる。お前よりも。…絶対に離す気はないから」


今世紀最大の勇気を振り絞って、今世紀最高級の告白を捧ぐ。


「…………〜〜っ…」


俺の答えを聞いて煙を上げそうなほど顔を真っ赤にした彼女は困惑とも、喜びとも受け取れる羞恥の顔を浮かべる。


それを眺めて俺は言ってよかった、と安堵した。


こんな感情、ヤケでもなければ伝えられない。


「えっと…揶揄うのは、よくないなぁ」

「本気だ」

「…………」


今度は彼女が黙る番だった。


真っ赤になって俯く彼女を眺めると、先ほどまでの彼女はこんな気だったのかと微笑ましくなる。


ふと視線を感じて周囲を見渡せば、花見の片付けをしていたおじさんおばさん方がニヤニヤと俺たちを眺めている。


ついには囃し立てる者まで集まり始めると、流石に晒し者にされるのは勘弁だと、緩む口を一文字に結び彼女を連れて歩き出す。


とうとう両手で顔を覆い始めた彼女は、俺に肩を押され誘導されるまま前を向かず歩き始める。


シニア集団から抜けるといっそのこと吹っ切れたのか彼女は駆け出して少し前で俺に振り返った。


「また、花見…行こうね。絶対に」

「あぁ、絶対に」


頬を赤くしながらも笑みを浮かべる彼女が愛おしくて、彼女に──


「愛してる」


──言葉を刻んだ。

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