99話 やはり拠点は特殊だね
三人娘に案内された場所はというと、シェルターであった。イーストワンと同じ作りである。地下にシェルターは作られており、悪魔に気づかれないように、神具を地脈に設置しているとの事。
へー、ほーん、地脈かぁ。なるほどね、地脈かあ。
金鉱を見つけたかのように挙動不審となるおっさん出雲。くれないかなぁ、欲しいなぁと思うが、表向きは爽やかスマイルで光の説明を聞く。
「仙台シェルターと呼ばれているんですが、祓い師たちの拠点になっていました」
泥に汚れるのは嫌なので、無駄に体術の極みを使い、人外の歩法にて泥に触れても汚れることなく歩くおっさんに光がニコニコと笑顔で説明しながらジャングルを案内してくれる。
ぎゃあぎゃあと鳥なんだか、恐竜なんだかわからない鳴き声を後ろに、猛暑の中を歩く。なんと、この地域は真夏の環境、いや、恐竜時代の環境なので、光たちは滝のような汗を流しながら息を荒くして進む。
「たち? 過去形なんですか?」
穏やかなる笑みで、無駄に氷術の極みを見せて、凍気により自身の周りの温度を下げて、楽ちん楽ちんと進むおっさん。汗ひとつかいていない。
「いえ、祓い師は10人程、一般人は200人程は生き残っています。でも悪魔を恐れて隠れているんです」
「えーとですね。仙台シェルターは緊急時用の食糧が無くて、ぎりぎりの生活をしています。今日も植物により潰された店とかから食糧を探しに来たんです………がえと、暑くないのでしょうか?」
光が落ち込んで顔を俯けて暗い表情になり、月が首を傾げて、俺の頭を見る。俺の頭には胸が、いや、パートナーが俺のズルに気づいてへばり付いているのだ。俺の心は海よりも広いので許してあげている。
「うむ、暑くないのじゃ。というか寒すぎんか?」
「真夏に真冬の環境って、最高じゃないか?」
真夏にガンガンクーラーを効かせて鍋を食べる。真冬にガンガン暑くしてアイスを食べる。庶民ができる最高レベルの贅沢だと思うんだ。
「あぁ〜、毛布にくるまって寝るのも最高じゃの」
疲れているのだろう。すりすりと体を押し付けて、柔らかな温かい感触を俺に与えて、うにゃうにゃと可愛らしい声で眠そうにする小悪魔リム。最高であるのを認めた模様。俺も最高だ。もっとしてくれていいんだよ?
リムが浮きながら、俺の頭にへばりつくというスタイルになっているので、好奇心が抑えきれなくなり、恐る恐ると雲母が俺の身体にちょんと触って、驚きで目を見開く。
「この方、自身の周りの温度を寒くしてますわ! 低くしているんじゃなくて、寒くしてますわっ!」
「ええっ! ここ悪魔が出るのに無駄にマナを使っているんですかっ?」
「信じられません……馬鹿げています」
環境に悪い男、聖人出雲の行動に、光と月は批難がましい目つきで声を上げる。わかるわかるけど、仕方ないんだ。おっさんの歳だと無駄に体力は消耗したくないのです。
世界が崩壊しても、おっさんとしての生活スタイルを変えない出雲である。そろそろ天罰を受けても良いと思うが、自身が神様なので、自分には甘かった。
うわぁ、うわぁと雲母がサワサワと俺の体を触ってくるのでこそばゆい。おぉ、と光たちも恐る恐る触れてくる。なんというかとっても恥ずかしい。高校生っぽい女の子たちが自分から触ってきているのだ。俺は法には触れていませんと、内心で自分を擁護するおっさんである。
「この一年、こんなに冷たい風を受けたのは初めてですっ!」
「そうね、こんな使い方をしてマナを消耗しないんですか?」
真冬の冷たさに、元気にふんふんと鼻息荒く光が喜び、目を細めて睨むように俺に聞いてくる月。
「大丈夫ですよ、月さん。それよりも、シェルターは本当に悪魔には気づかれていないのですか?」
「うんっ! あ、見えてきたよ」
話を戻すと、光がジャングル奥へと指差す。ふむ………。やけに太い幹の木が生えているが………なるほどね。
「ふむ、幻影にて隠しておるのか。これならば視認しなければ見つかることもあるまいて」
「翔が気づかなかったんだ。たしかに強力だね」
悪魔長たるコンピーが知らなかったのだ。安心しても良いだろう。
ほうほうと頷く俺に月が手を差し出して制止してくる。
「待ってください。ここの悪魔で恐ろしいのがいるんです。気をつけておかないと、すぐに見つかってしまいますので、一度迷いの霧をかけておきます」
クールな物言いで、月は複雑な印を指で組む。なかなか手慣れた動きだね。素早くそれでいて難しそうな指の形に変えて詠唱をする姿はかっこいい。
俺も技を使う時は、ああいうの必要かなと、アホなことを考えるおっさんを他所に、月はマナを集めて法術を使う。
『迷いの霧』
その法術が発動すると同時に、霧が辺りを包み込む。この熱帯に霧は反対に目立つんじゃねと、俺は心配するが、マナの乱れが始まり、ノイズが走ったので、結界術のようなものなのだろう。
かなり強力な法術を使ったのか、ふぅと息を吐き虚脱したようにふらりとよろける月。慣れているのか、雲母が体を支えてあげる。俺は支えないのかと、リムが頭上から覗き込むがおっさんには無理だと答えておこう。
「こ、これで大丈夫です」
声を震わせて俺へと告げてくる月。用心深いのは良いことだね。でもマナを消耗しすぎだ。おっさんは少し心配しちゃうよ。
「これだけ用心深いのは理由が?」
「隠蔽が得意な悪魔がいるのですわ。しかもかなり強力で………何人もの仲間が殺されていきました………」
悔しそうに口を噛み締める雲母。光たちも同様に顔が険しい。それだけ強力な悪魔がいるということだろう。
「冬衣さんも気をつけてくださいねっ! 見た目は鶏みたいに小さな姿なんですよっ!」
「そうです。私たちが恐れる最強の悪魔なんです。そこの草むらに隠れていてもおかしくはないでしょう」
「たしか名前はコンピーとかいう悪魔です」
「へー」
三人娘が真剣な表情で俺に告げてくる。注意をしなければ死ぬ。そういった危険な空気を醸し出しています。
「あの悪魔を倒せれば、この仙台から逃げることもできると思うんだっ!」
拳を握り締めて、決意を露わにする光。倒して逃げるという点でリアリストではある。
「えぇ、そのためにも1にも2にも修行ですよね、皆さん」
フッとクールに月が薄っすらと不敵な笑みを浮かべる。
「私たちの力を合わせれば、いつかきっとたおせますわ。そして、逃げるなんてことはせずに、ここの悪魔を全て駆逐するんです!」
強気な意見を口にして、おほほと笑う雲母。三人娘たちはなんだかんだ言っても仲は良さそうだ。なんだか主人公っぽい娘たちだよね。おっさんは生暖かい目で見守ってあげるよ。
「生暖かい目でって、お主が殺したじゃろ? さっき血塗れになって喜んでいた人形たちにしたじゃろ?」
俺の心を読んだリムが気まずそうに、俺の背中を足でウリウリとなぞる。くすぐったいが美少女にされると、なにか背徳感があるね。小声なので、一応空気を読んだらしい。
足で背中をなぞられるということに、くすぐったいよと多少喜びながらも、俺は真面目な表情に変える。リムは勘違いをしているな。
「コンピーというのは沢山いるんだよ? 俺が倒したのは別枠の可能性が高いだろ?」
わらわらいるんだよ? コンピーの群れは一つじゃないんだ。
「どうして妾と目をあわせようとしないのじゃ? 妾と目を合わせて見よ? うりうり」
「リムの顔が美少女すぎて照れているんだ」
「ほーん。そういう言い訳が妾に通用するとでも?」
「さ、拠点に入ろうかね」
仲の良い三人娘が手招きしてくるので、拠点に入ることにする。気合いを入れている三人娘たちに水をさすこともないだろ。それに少しだけ顔が赤くないかね、リムさんや?
拠点に入ると、普通の地下室だった。いや、ゲームに慣れすぎなのかもしれないけど。見た目は木の幹にしか見えないのに、入ると抵抗感なくすんなりと幹を透過できた。そして中はコンクリート製の部屋であった。
ガランとしており、トラックが3台ぐらい駐車できる程度だ。見張りもおらず、静かなもので寂しさを感じる。まるで深夜の地下駐車場みたいに静寂が広がっていた。
奥には隔壁があり、それがシェルターの扉だとわかる。分厚そうな合金製で、物理的には無敵そうだ。
「見張りもいないのですか?」
真夏の環境であるのに、ここは涼しい。環境変化をあまり受けていないのだろう。それだけ神具が強力な証である。都心ではないのに、強力な神具ねぇ。
「はい。ここには見張りを置く方が危険なんです。生命を感知される可能性もありますし」
「それだけコンピーは危険な悪魔なんですよっ! 冬衣さんも気をつけてくださいね? 約束ですよ? 力が強くても、あのコンピーは底知れぬ力を感じるんですっ!」
「それだけ危険な土地。それがこの仙台なんですわ」
「へー」
力説する三人娘、思わず素になってしまう出雲。そして、俺の様子がおかしいことに気づいた怪訝な表情になる誘拐されていた少女。胡乱げな瞳の小悪魔さん。俺は知らんから。へーへー。俺も気をつけるよ、ばれないようにね。
隔壁横の認証機にカードをサッと光は通す。ピピッと音がして、隔壁がゴウンゴウンと開き始める。
隔壁が開き始める様子に、少し感動する。こういうのって、ゲームでは何度も見たことがあるけど、現実では見たことないので。
開き始める様子を見ているおっさんだが、開き始めた隔壁の後ろに何人もの人間が待ち構えていることに気づく。しっかりと見張りはいたらしい。隔壁が開くし、ここは発電機もあるようでまともなシェルターだこと。
「光っ! その男たちはなんだ?」
刈り上げた中年の男が隔壁が完全に開くのを待つことなく、眼光鋭く俺を睨みつけて、鋭い声音で大声で尋ねてくる。威圧するための大声だと気づき、多少イラッとしてしまう。
「この人は冬衣。私たちを助けてくれたの」
光が慌てて返答する。俺もそれに合わせて、人懐っこい人畜無害なおっさんをアピールするために、全力全開で輝くようなおっさんスマイルを見せて丁寧に頭を下げる。
「私はウルゴス神にお仕えする大神官冬衣と申します。ここは宣教師として訪れました。アナタハカミヲシンジマスカー?」
お茶目なジョークを加えつつの挨拶だ。これで相手は完全に警戒心を解いただろう。
「物凄く胡散臭い男だぞ! こんな奴を連れてきてどうするつもりだ!」
おっさんのスマイルはジョーク込みで、冗談にならない警戒心を相手に与えたようであった。




