97話 拠点に案内してもらうのじゃ
ラプトルデビルたちは動揺を露わにしていた。何しろ警戒していたにもかかわらず、いつの間にか男が立っており、それどころか先頭のラプトルの片足をもぎ取っていたからだ。
「君たちも使えそうだが………残念、もう性能の良い者を手に入れた後でね」
胡散臭い笑みをニコリと浮かべて男は笑うと、もぎ取ったラプトルデビルの片足をゴミでも捨てるように投げ捨てる。そうして首元をいじり暑そうにする。
「いやはや、この地は暑い。冬なのに見事なものだ。地形変更とは剛毅だね。私では勿体無くてできないよ」
「恐竜時代の概念を地形にして、恐竜系統の悪魔の能力を引き上げているのじゃ」
空から褐色肌の美しい少女が舞い降りてきて、この地の秘密を口にする。この地域の概念をあっさりと看破した褐色娘に、ラプトルデビルたちは驚きを隠せない。
そしてそれ以上に恐ろしいのが、平静な顔でいる男だ。神聖力を持っていることからもわかるとおりに、祓い師だとは思われるが、その力の全体がいまいち判断できない。120程度に見えるが、それにしてはラプトルデビルの片足を簡単にもぎ取れた力の説明がつかないのだ。
それでも彼らは悪魔だ。しかも狩人たるラプトルを核とした戦士タイプ。戦わずして逃走するわけにはいかないと、少なくとも一当てして敵の力を見定めてからだと、片足を取られて倒れている仲魔を心配する様子も見せずに、出雲たちを包囲する位置へと移動していく。
つまらなそうな目でラプトルデビルたちを観察しながら、俺はため息を吐く。
「これ、人語を解する恐竜なだけじゃない? たんにオウムのように人間の言葉を口にするだけの恐竜じゃん? どう見てもラプトルなんだけど? ただのラプトルなんだけど?」
映画で見たことのあるラプトルだよと、呆れてしまう。なにか武器を装備していたり、服を着込んでいれば、悪魔かもと思うけど、ただの大きなトカゲだ。悪魔には見えない。
「ふむ……雑魚悪魔はそこまで気合いをいれていないのであろ。手抜き感はあるの。グールに毛が生えたような魔力のようだし、たいしたことはあるまいて」
空からふわりふわりと降りてきたリムも、うんうんと頷いてラプトルデビルを評する。何気に雑魚と煽る小悪魔である。
もちろん、俺ら雑魚なんでとラプトルデビルは同調しなかった。クワッと口を開くと涎を撒き散らして牙を剥く。しかして、その魔力は40程度、雑魚であるので、おっさんは平然としていた。
もうおっさんは神様なのだ。ただのおっさんではない。うわぁと叫んで殺されるハンター助手のような脇役の立場ではないのだ。
「ふざけるなよっ、人間! たしかに神聖力は大したものだが、フィジカル面では我らに敵うまいっ!」
なので、ラプトルが咆哮し魔力による威圧をしていても平然としていた。本来は空気を震わせて、敵を恐怖に落とす咆哮であったが。
『奇跡ポイントを1取得しました』
フシュルルと魔力を吸収してしまった壊れた出雲式掃除機は、相変わらず空気を読まないおっさんだが、神様なのです。俺は悪くないもん。
「悪くないもんとか、お主は何歳じゃ」
「心を読まないでくれる?」
ジト目のリムが、おっさんへと痛いところをツッコんでくるが、心で思うだけだから。心を読むのをやめてくれない?
「ふっ、妾レベルならば、表情から簡単に察することができるのじゃ」
自慢しいしい褐色娘との会話はそこまでにして、ラプトルデビルを再度観察する。包囲したあとに、ジリジリとその包囲網を縮めてくるラプトルデビル。
なぜ逃げないのか理解した。圧倒的な力の差があるのにラプトルデビルたちが戦意を失っていない理由。
「そうか。フィジカル面では人間では決して悪魔には敵わない。ワンパン入れれば悪魔は勝てると」
脚をバネのように弛ませて、力を込めているラプトルデビルたち。なるほど、その口の端にでも人間の身体を引っ掛ければ、簡単に倒せると思っているのか。それならば逃げないよな。脚をもぎ取ったのは法術だと勘違いしているな。
納得したよと、ラプトルデビルたちが間合いを測り、俺の隙を狙っていることに苦笑を浮かべてしまう。哀れな悪魔だこと。
「しゃあっ!」
一匹のラプトルデビルが、俺の隙を探すべく砲弾のように飛び出す。一気に間合いを詰めてくるラプトルデビルは大きく口を開いて俺を噛みちぎろうとしてきた。
俺は肉薄してきたラプトルデビルの鼻面に、軽く手を叩きつける。人間とラプトルの体格差から、その動きは無駄な抗いのように第三者からは見えた。
「危ないっ!」
おっさんが殺されると、三人娘が悲鳴をあげる。おっさんを食べても神聖力に満ちているので食中毒にしかならないから問題はない。決しておっさんが不味いわけではないです。
鼻面を叩かれても、ラプトルデビルは止まることなく、出雲へと突進する。………そのはずであった。
「グキャッ」
だが、現実はラプトルデビルの頭が地面にめり込む結果となった。泥の地面にめり込んで、その恐怖を感じさせる凶悪な肉食恐竜の頭は泥塗れとなり、苦痛の悲鳴をあげた。
そのまま俺はラプトルデビルの頭を踏む。グシャリと頭を潰されてラプトルデビルは灰へと変わっていった。
「な、法術か!」
「その下りはもうさっきやったね」
フィジカル面では人間には負けないと考えていたラプトルデビルたちはあっさりと殺された同胞を見て、驚愕の声をあげて後退る。法術なのだろうとは思えたがその発動を確認できなかった。
どうなっているのだと、驚き戸惑うラプトルデビルたちだが、もうそれは良いや。枯れ葉もないしね。天丼だよ。
「その力……まさか噂の天使か?」
「さぁ? どうなのだろうね? 通りすがりの大神官かもしれないぞ?」
やはり情報共有は行われていたのだろう。俺の正体を推測するラプトルデビルたちだが、残念ながら違う。おっさんは神様です。胡散臭い笑みを浮かべるおっさんが神様だと気づくのは不可能だと思えるが、出雲はふふふとほくそ笑み、手をひらひらと振る。
強者ムーブを楽しむおっさんだったが、もうラプトル相手は良いや、トカゲに対して強者ムーブをやってもあまり面白くない。
「翔、殺せ」
「ハハッ!」
一言ポツリと呟く出雲。その冷え冷えとした声での指示に、とこからか声が聞こえてきた。
いや、自分自身からだと、ラプトルデビルは慌てて自分の身体を見て仰天した。
「ふふふでござる」
「ウッキーでござる」
「子猿は可愛いでござるよ」
なぜならば、手乗りサイズのくノ一が爪楊枝のような小さな刀を手にして身体にへばりついていたのだから。残りの4体のラプトルデビルたちにちっこいくノ一たちは10体ぐらい貼り付いていた。
いつの間にと目を疑うラプトルデビルたち。恐竜を元にして創られた自分たちは気配感知が得意だ。しかし、貼り付いている人形のようなくノ一にちっとも気づかなかった。
クククと笑いながら、人形サイズのくノ一たちは刀を振り下ろす。
「えいっでござる」
サクリとラプトルデビルたちの身体に爪楊枝刀は刺さる。えいえいサクサクと、くノ一翔はラプトルデビルたちの身体を削っていった。
「うおっ! 離れろ、こやつ!」
慌ててラプトルデビルたちは身体を揺らして、振り落とそうとするが、翔は接着剤で張り付いたかのよううにピッタリと貼り付いており、離れない。
ならば喰ってやろうと襲いかかるが、カサカサと高速で移動して翔はチョロチョロと逃げてしまう。
サクサクサクサクサクサク
残像が残るかのような速さで、翔はラプトルデビルを削っていき、
「やめろぉ〜、やめてくれ〜」
苦痛から悲鳴をあげて、ラプトルデビルたちは身体をよじらせて……やがて血だらけの肉塊へと変わって倒れ伏すのであった。
「うわぁ………、幽霊使いでああいうのいたよね?」
「百円玉に殺られた奴じゃろ? まともに使うとああいうことになるのか……」
俺とリムは顔を見合わせてコクリと頷く。その心は一致した。
「グロいな」
「グロいの」
映画とかでも、一番気持ち悪いのって、大量の虫とかが襲いかかるシーンだよねと、口元を引きつらせて、ドン引きな2人であった。
「お館様、拙者の初勝利でござるよ!」
やったぁと、くノ一ドールたちが返り血で真っ黒にさせて笑顔でぴょんぴょんと肉塊の上で喜んでいた。その姿はホラー映画もかくやという恐ろしい姿であった。粘土の人形のように可愛らしい分、反動は凄いね。うん、小さな身体の時は殺しは禁止でお願いします。
たいした魔力も吸収できなかったので、そんなもんかと思いながら向き直る。
「さて、大丈夫でしたか?」
おっさんは自身ではにこやかなる笑みを浮かべたと考えている、他者目線では非常に胡散臭い笑顔で三人娘たちへと声をかける。三人娘の後ろには捕まっていた少女も怯えた様子でいる。
「は、はい、助けて頂きありがとうございます」
三人娘たちが深々と頭を下げる。目の前の男女は明らかに普通ではない。天使と悪魔は言っていたが、天使にも見えない。いったい何者なのだろうかと、疑念の表情になりながら出雲を観察する。
爽やかに見える笑顔でおっさんは手を振る。
「特に問題はありません。悪魔を討伐するのも私の役目ですしね」
涼やかなる笑みでの返答に、胡散臭い笑みだわと光たちはその笑みを見て、ますます警戒心を持つ好循環。さすがはおっさんだ。そのコミュニケーション能力にリムは欠伸をして呆れた。
「さて、よろしかったら拠点に案内して頂いても? お手伝いできることがありそうですし。っと、少し失礼」
くるりと振り返ると、少女を攫ってきた男たちが恐怖の面持ちで腰を抜かして座り込んでいた。まさかラプトルデビルたちをあっさりと倒せる者がいるとは思わなかったのだろう。
フッと息を吐き、強者ムーブを再開するおっさんだが、男たちの視線は肉塊の上でチョロチョロと歩く翔へと向けられていたりする。黒い血でびしょ濡れになっている小さなくノ一ドールたち。不気味で恐怖を齎すことこの上ない。ガタガタと歯の音がかち合い、身体をガタガタと震わせていた。
「君たち、随分と酷いことをしていたようだね」
近寄る俺にも恐怖の面持ちとなる男たち。その身体からは魔力が立ち昇っている。酷いことをして生き抜いてきたんだろうし、そのことに罪悪感を持たないようにもしているのだろうと推測できた。
だが、少し気になることができたのだ。
「検証したくてね。なに、痛みはないから、少し協力してもらっても良いかな?」
胡散臭い笑みで出雲は男たちに、ある提案をするのであった。




