96話 仙台に潜入じゃな
仙台。厄災前は栄えていた街である。観光に貿易にと、この街は栄えてきた。大勢の人々が行き来する街であった。忙しそうに働く者から、観光にと歩き回る者、様々な人々がいた。
いた、だ。もはや過去形である。それどころか、立派に聳え立っていた高層ビルや、観光名所や観光向けの店舗、人々の暮らしていた家屋すらもはや存在していない。
今は熱帯雨林のように、木々が鬱蒼と繁茂しており、ジャングルのように景色は変貌している。高層ビルは蔦に絡まれて、半ばから砕け落ち、鉄骨を覗かせて、家屋は潰れて朽ちた柱が跡に残っている。店舗は雑草に覆われて、もはや跡形もない。
木々の種類からシダ類だろうか。密集するように繁茂する木々により日光は阻まれており、木漏れ日が地面をライトアップしているようだ。
どこからか、ギィギィと不気味な鳥の鳴き声が聞こえてきて、草木の生える茂みからはガサガサと小動物が駆けている。
もはや仙台は街は存在しておらず、一面がジャングルへと変わっていた。
そうして人の背丈にまで伸びている茂みの中で、息を潜めている人間がいた。
口から息を吐く。額からは滝のように汗が流れており、服が汗により濡れている。薄汚い服であるので、もはや汗による汚れなどは目立たない。服も体もいつ洗ったのかわからないために、かなり臭い。しかし人間はそのことに無頓着であった。今やそのようなことを気にする余裕はないのだ。
「暑い……もう冬のはずなのに、なんでこんなに暑いわけ?」
苛つく様子を隠すこともなく、草むらに隠れている人間は呟く。その人間は顔は泥だらけ、髪はフケだらけでボサボサだ。髪にシラミがつくのを恐れたのか、ショートヘアというか、ザンバラ髪だ。顔立ちはよくよく見れば少女だとわかるが、近づかなくてはそれもわからないほどに汚れていた。
「なんでなんだろうね、光ちゃん。……もしかして時間の流れが違うんじゃないかなぁ」
少女たちは3人いた。光と呼ばれた少女と残り2人。その2人も同じく汚れきっており、短髪である。適当に切ったのだろう、無残なものであった。
「月の説かぁ、本当に私たち古代にタイムスリップしたと思う?」
「どうかな……雲母の説はわかるけど、あんなのがいるからねぇ」
3人共に汚れた格好で、短髪のザンバラ頭で顔も泥まみれなので、誰がだれかは声音でしか判断できない。段々と痩せ細り、頬骨がうっすらと浮き出てきた少女たちは、隠れている草むらからそっと前方を覗き見る。
溢れかえるぐらいの緑の匂いが広がる世界に、現代ではありえない光景が少女たちの前に広がっていた。
陽射しが遮られて、ゲリラ雨も頻発して降るこの土地は乾くことなく泥の地面だ。その地面に大きな足跡を残して、3頭の恐竜が何かを食べていた。
図体は2メートルほどの恐竜だ。2本足で立っており、何に使えるのかわからない短い前脚を持つ恐竜。ぞろりと生える牙と強靭な顎により、地面に横たわっている何かをバリバリと食べている。
肉を引きちぎり、骨すらバリバリと噛み砕き、美味そうに食べているのは、映画で一躍有名となったラプトルという肉食恐竜である。
周りを警戒することもなく食べており、その光景を見れば、ジャングルである周りの光景も含めて、恐竜が生きていた時代にタイムスリップしてしてしまったか、それとも恐竜パークに紛れ込んだかとも考えてしまうだろう。
光たちはこの恐竜が棲息する世界を半年間生きてきた。信じられない世界だ。………だが、恐竜だけならば良かった。いや、良くは無いが、それでもマシであったと言えよう。
なぜならば………。
「へへっ、ラプトル様。お食事の邪魔をしていやしたでしょうか?」
ガサガサと草むらが音をたてると、10人程度の薄汚れた男たちが現れた。媚を売るゲスな笑みで口元を歪めて、揉み手をしながら。
普通ならば、ラプトルの前に現れるなど命知らずの行為だ。いくつ命があっても足りないだろう。
だが、ラプトルたちは食事を止めて、口端から肉塊を零れ落とし、ニヤリと嗤う。恐竜の嗤いなどわかるはずもないのに、邪悪なる嗤いだとなぜかわかった。
「ゲフッ。腹はいっぱいであるが、腹ごなしに遊ぶとしようか」
「活きの良い奴を持ってきやしたぜ」
驚くことにラプトルは人語を口にして、男たちへと答える。男たちは驚くことなく近寄って、抱えていた麻袋を地面へと荒々しく放り投げた。ドサリと落ちた麻袋はバタバタと激しく暴れる。
「んーっ、んーっ」
女の子の声が中から聞こえてくるので、中身が人間だとわかる。しかし男たちは気にすることもなく、ラプトルの顔だけを注視していた。
「他の集落から奪ってきましたぜ。……どうでしょうか?」
恐る恐るラプトルたちの反応を窺う男たち。それに対してラプトルは満足そうに口を開く。
「いいだろう、中身を見せてみよ」
「へい。開けてやれ」
麻袋を閉じていた縄を男たちは解く。縄がほどかれると、すぐに汚れた服を着ている少女が抜け出てきた。
「ひ、ひいっ」
悲鳴をあげつつ焦った表情で這うように麻袋から出てきて逃げようとするがラプトルの顔を見た途端に、動きを止めた。恐怖からではない。まるで蛇に睨まれた蛙のように。
「あ、あがっ………」
動きを止めた少女の瞳はラプトルの瞳と交差していた。ラプトルの瞳は禍々しい黒き魔力の光を宿している。
『狩獣の瞳』
ラプトルが得意とする魔眼である。この魔眼に睨まれた相手は恐怖を覚えて身体がすくみ動けなくなるのだ。
ガタガタと震えて動けない少女へとラプトルはせせら笑う。魔眼を使用したことからも、このラプトルは普通ではない。下位悪魔ラプトルデビルである。
「うむ、傷もなさそうだ。長く楽しめるだろう、良し貴様らに食料を与えよう」
「ありがとうございやす! 助かります、ラプトルデビルさまっ」
深々と頭を下げて男たちはお礼を悪魔へと言う。これからラプトルデビルは食料品が仕舞われた倉庫へと男たちを案内して、集落が数日間暮らせる食料品を渡す。それが今の仙台のルールだ。
いくつもの集落に別れて暮らす人々から生贄を捧げられて、悪魔たちは食料などを渡し、他の悪魔たちから身を守ってくれる。生贄を渡さなければ、悪魔たちが殺さないように、ぎりぎりの線を狙い暴れる。何人かは惨く殺されて、見せしめにされる。なので、人々はお互いに争い合い、生贄を捧げて暮らしていた。
悪魔と対抗しようにも、自衛隊は壊滅し、助けてくれるものはいないし、ビルも家屋も魔王の力にてジュラ紀のジャングルへと様相は変わっているので、住める場所もなく、反抗心を持つ者はほとんどいなかった。
「まずは片足を齧っておくか。逃げられぬようにな」
ラプトルデビルはよだれを地面へとダラダラと落としつつ、ずしりと重い足跡を残して、ガタガタと震える少女へと近づく。
玩具にして遊ぶつもりだ。もはや少女の命運は蝋燭の火のように乏しく、吹けば消える運命であった。逃れる術はなく、助ける者はいないと思われた。
悪意のある世界。魔力渦巻く狂気の世界。人々が傷つけ合い、殺し合い、悪魔に媚を売る魔界がここにはあった。
男たちはゲスな醜悪な笑みを浮かべて揉み手をし、少女の片足にラプトルデビルの生暖かい獣の臭いが吹きかかる。そうしてギラリと光る牙が少女に触れそうな時であった。
『光の矢』
草むらから光を収束させた矢がラプトルへと放たれた。ラプトルデビルたちはまったく無防備であったために、直撃を食らう。光がパシッと弾けて、微かに恐竜の図体が揺らぐ。
『闇夜』
続けて闇がラプトルデビルたちを覆う。魔眼が封じられて、少女の硬直していた身体が動くようになる。
「今よっ! こっちへ来て!」
「は、はいっ!」
がさりと草を跳ねさせて、光たちが立ち上がり、必死の表情で少女へと手招きする。少女は涙を瞳にためて立ち上がり、ワタワタと慌てながら光たちへと駆けはじめた。九死に一生を得た少女は体を震わせて、月たちがこっちこっちと手を振る。
「ガハハハ! まだ生き残っている祓い師がいたのか!」
魔法を受けて闇に包まれたラプトルデビルたちだが、余裕で高笑いを響かせた。そうして、大きく息を吸い込む音がしたと思うと
『悪魔の咆哮』
ギャオンと空気を震わせる咆哮が響き渡り、闇の魔法、いや、闇の法術をあっさりと打ち消す。闇は消えて、ラプトルデビルの姿が現ると同時に雲母が片手を向けると法術を放つ。
「これでも喰らいなさいっ!」
『閃光』
盲目になるほどの強い光がラプトルデビルの目の前で弾ける。
僅かに身体が揺らぐラプトルデビル。目が目が〜と、男たちはゴロゴロと地面を転がりのたうち回る。
「今だよ!」
「仕方ないなぁ」
「揃えましょう!」
光の合図を受けて、月と雲母が詠唱を始めて、手を複雑に動かす。マナを集めて法術を発動させようと、息を吸い込む。
「神聖なる光を! 浄化の光を!」
「神聖なる闇よ! 浄化の闇よ!」
「神聖なる力をあわせよ! あわせよ、あわせよ!」
光の手に光球が、月の手に闇球が。そうして二人の作った神聖力の球体は雲母の手に移動して、太極のように重なり融合した。雲母は目に力を込めて手を翳す。
『融合神聖球!』
融合した光と闇の球体。お互いに相反する力が一つとなって、ラプトルデビルへと打ち放つ。3人娘の必殺の奥の手の法術。悪魔を討伐する一撃だ。
空間を震わせて、神聖球は飛んでいき、閃光を受けているラプトルデビルへと命中した。爆発が起こり、爆風にて砂煙が起こる。
「今よ、逃げるのよ!」
だが光たちは倒せたとはちっとも思っていなかった。ゾンビやグールたちとは格が違う。ラプトルデビルたちは本物の悪魔なのだから。
少しでも足止めができれば良いと考えて、少女を守りながら逃げようとするが
「無駄だな! 祓い師たちは決まって同じ行動を取る! 命知らずが。これで何人釣れたことやら」
振り返った光たちはギクリと身体を震わせて、振り返った後ろを信じられない思いで見る。そこにはラプトルデビルが3体いた。いつの間にか後ろに。
いや、前にも3体いる。合わせて6体ここにはいたのだと、光たちは悟った。罠であったのだと。
「我らは3体で行動していたと思っていたのか?」
「狩人たる我らに見事に引っ掛かったな!愚か者が」
「しかし祓い師たちが引っ掛かったのは久しぶりだ。これで最後だろうな」
ラプトルデビルたちが生贄を求めるのは、簡単に殺さず甚振って楽しむのは、実益もあるが祓い師たちを釣るためでもあったのだ。一石二鳥のこの作戦にて、ラプトルデビルたちはこの仙台に潜む祓い師たちを狩ってきた。
「さて、では増えた玩具を楽しむか」
ラプトルデビルたちはせせら笑い、光たちは歯噛みする。
「ごめん、月、雲母。しくじっちゃった」
「祓い師として相応しい行動だよ」
「そうよ、私たちは間違っていない」
囲まれたことにより、死を覚悟しながらも、3人娘たちは抵抗するべく手を翳す。その様子を見ても脅威にもならないことをラプトルデビルたちは理解しており、余裕の態度で光たちへと近づこうとする。
「まずは片足だったなぁ!」
先頭のラプトルデビルが哄笑しながら、裂けるほどに大きく口を開き光るたちへと飛びかかろうとして
ゴロンと地面へと転がった。
ハァ? と不思議そうになぜ自分が転がったことにラプトルデビルは疑問を覚えて後ろを振り向く。
「なるほど、まずは片足か」
そこには男が立っていた。ポンポンと何かを持っている。かなりの大きさのそれを男は軽そうにポンポンと持っていた。
それは灰色の肌をしており、見覚えがあるもの。いや、それはラプトルデビルの片足であった。
「くぎゃぁぁ!」
いつの間にかもぎ取られた自身の片足を見て、ラプトルデビルは悲鳴をあげるのであった。




