92話 解放者たちなのじゃ
天神出雲。堕ちたる神にして、悪意ある大魔王にして、ただのおっさんたる出雲は深い森の中を歩いていた。キィキィとコウモリの鳴き声が繁茂する木々の中で聞こえてくる。枯れ葉をザクザクと踏みしめて、おっさんは歩きながら顔をしかめてしまう。
既に季節は秋が終わり、冬へと入ろうとする最中、木の葉は色づき、地面を枯れ葉で覆い、寒さ厳しい風が吹いてきている。
「コウモリだよ、コウモリ。もしかして仙台はヴァンパイアが魔王なのかな?」
コウモリの鳴き声を耳聡く聞いて、早くもこの地域のボスを予想するおっさん。コウモリときたら、ヴァンパイアでしょうと、当然の連鎖的な推測だ。だいたいアニメなどではそんな感じで伏線がはられているのだ。
出雲の言葉に、ふよふよと空を浮き、歩くのは面倒くさいと怠惰なるパートナーは腕を組んで首を傾げる。わざとむにょむにょポヨンと柔らかそうな胸を強調させるので、おっさんの注意はリムの胸元に集中された。世の男性の哀しい本能と言えよう。
「どうじゃろうな? コウモリだとすれば、出雲は既に捕捉されとる。……ヴァンパイアかぁ………出雲と相性悪いのう」
おっさんの注意が胸元に向かっているのに気づき、わざとポヨンポヨンと揺らしてからかいながらも、顔はしかめっ面となった。ヴァンパイアと俺は相性悪いらしい。
「ヴァンパイアは魔力の身体じゃからな。霧になった途端、掃除機に吸い取られるかもしれん」
敵を心配する悪魔王がここにいた。つまらない戦いになるのじゃと、心配げだ。なんの心配をしているのだろうか。
「ふざけんなよ、敵が俺と相性悪いのかよ! いいじゃん、それなら簡単で」
さすがのおっさんも怒る。命懸けの戦闘をしているのに、この元悪魔王は酷すぎると。
「妾はポップコーンとサイダーを持ってきているのじゃぞ? 無駄になるではないか」
準備万端な小悪魔リム。観劇でも見るつもりで一緒に来たらしい。なので、おっさんがまたぞろふしゅるるるとヴァンパイアを吸収する絵面はノーサンキューの模様。たしかに面白くはないけどさと、でもこっちは大変なんだぞと、デコピンをあげておく。
「あだっ! 酷いではないか、妾の艷やかで滑らかで傷一つない柔肌が赤くなったぞ。ほれ、確認してみよ」
プンスコ怒るリムさんは、ぽよよんと胸をそらして押し付けてきた。もちろんおっさんは、二人きりの森林内。こんなチャンスは逃さないぞと、怒り心頭でプリンよりも柔らかそうな胸を触ろうとする。怒っているのだ、確かめても怒られない。たぶん怒られないよねと、そろそろと手を伸ばそうとした。
だが、おっさん神は悪魔の誘惑を跳ね除けた。強制的に諦めさせられたと言う方が正確かもしれない。
ドーン
と、遠くから爆発音が聞こえてきて、ピタリと動きを止めたのだ。舌打ちしつつ、耳をすませる。チャンスだったのにと、最近は小悪魔に魅了されそうなおっさんは歯噛みをしながら、気配を探る。
「離れているね」
「数キロは離れているの」
スッと目を細めて真面目な表情へと変えると、足を僅かに沈めると、ザッと地面に散らばる枯れ葉を巻き起こし、飛翔した。トントンと木々を踏み台にして駆け上り、木の頂上へと辿り着く。か細い子供でも折れそうな細長い木の先端に足をつけると、周りを見渡す。
おっさんの体重に耐えられるはずもない軟な木の先端だが、重さにより折れることも、つま先を乗せても撓ることすらもない。体術レベルが6になったことにより、出雲は人外どころか、平々凡々な魔王レベルも超えたのだ。その身体能力も合わせて。
木の先端を揺らすこともなく、出雲は平然とした顔で、いや、ドヤ顔で嬉しそうにしながら辺りを見渡す。男なら一度は考えたであろう、木の先端に乗って強者ムーブができたので、おっさんは少し調子に乗っているのである。
人外と化した視力にて、木々の間を垣間見る。遠目に爆発音が聞こえた場所へと視線を向けると、シュウたちが走っている姿が見えた。
「ほーん、新たに生存者を発見したか」
「じゃの。あやつらも働き者じゃ」
ふよふよと空を飛び、リムが追いかけてくる。たしかにねぇと、俺もそれには同意だ。魔王に出会ったら死あるのみなのに、頑張るよ、あの人たち。さすがは祓い師、正義の味方たちだ。俺なら絶対に無理だ。安全マージンが欲しいんでね。
「だが、悪魔に見つかったかぁ」
ボロ布を着込んだ人々を、シュウたちは守りながら走っている。シュウ、音羽、音恩、紫煙、祓い師5人、トニー。そのメンバーに加えて転移のためのハクとスエルタだ。ハクは獅子に乗っている。
救助したのだろう人々は100人程。痩せ細った身体の人たちだ。薄っすらと魔力を立ち昇らせている。追いかけてきているのは、グールたちだ。その後ろにコウモリの羽根を生やした鰐が2本足で走ってきている。
「アリゲーターデビルじゃの。魔王には至らぬが、それでも強い。下位悪魔といったところかの」
「下位悪魔ねぇ」
鰐の身体で、鱗を生やしており、筋肉質な太い手足を持っている。口は危険なことに、噛みつかれたらあっさりと食いちぎられそうな立派な牙が生えている。身体能力は高いようで、その動きは速い。
遂に下位悪魔とか、名無しの悪魔が現れたかと思いながら、まだ見守ることにする。結構強そうだが、はてさて、彼らにも装備を渡している。勝てるかなっと。
積み重なる枯れ葉を踏み荒らし、シュウたちは懸命に走っている。相変わらずのアロハシャツにジーパン姿である紫煙が符を取り出すと、マナを込めて迫りくるグールたちへと放つ。30体近いグールたちへ範囲攻撃を繰り出す。
『雷光符』
紫電を発しながら空を切り裂き、符はグールたちへと向かう。その込められている神聖力にグールたちは慌てて足を止めると、横っ飛びに身体を投げ出し、符から逃れようとした。その強靭なる脚を使っての回避はたった一歩で6メートルは飛んでいく。
瞬時に回避され、雷光符は虚しくその場を照らすのみであった。バチバチと雷が奔り、木の葉が燃えて、聳え立つ幹から焦げた臭いと煙があがる。
「払い給え、清め給え、払い給え、清め給え」
再び体勢を立て直して、グールたちが駆けだそうとするが、今度はシュウたち家族が神楽鈴を鳴らす。清らかなる神聖力が音の言の葉となり広がっていき、その涼やかなるしゃりんしゃりんと鳴る音色を耳にして、グールたちは苦しみ始めた。
「あとはスエルタに任せる! マナよ、炎となりて、悪魔を焼き尽くせ!」
動きの止まったグールたちへと片手を掲げるスエルタ。その手のひらに炎が生み出されて豪炎となって、空中を熱しながら、扇状に噴き出し火炎放射は焼き払っていった。
猛火に包まれたグールたちは身体をよじり苦しみ藻掻くが、その清らかなる炎によって身体は灰となって消えていく。
「しょ、消火だ!」
他の祓い師たちが山火事になりそうな光景に消火をしようと慌てる。スエルタの炎は枯れ葉を燃やし、木々に火をつけて、メラメラと山火事になるだろうことは間違いないからだ。
だが、慌てて消そうとする祓い師たちの試みは無駄に終わる。
『悪魔の咆哮』
まるでマイクのハウリングのような高音が鳴り響き、神聖力の込められたマナの炎は一瞬で消え去ると、アリゲーターデビルが煙の中から飛び出してきのだ。
「やるな、人間共よ!」
その数は3体。鰐の頭であり、表情はわかりにくいが、明らかに愉快そうに嗤っていた。全身に魔力を行き渡らせて、まるで砲弾のように飛び出してくる。
「今度こそ喰らえや!」
『雷光符』
紫煙が雄叫びをあげて、再び符を放つ。雷の符はアリゲーターデビルへと向かうが、悪魔は気にせずに突進してくる。そうして先頭のアリゲーターデビルがその鰐の長細い口をパカリと開けると、符へと噛みつきひとのみにしてしまう。
無論、口に入れた瞬間に符の効果は発揮して、雷が体内を駆け巡り、プスプスと煙が口から漏れるが、アリゲーターデビルはそれすらも珍味というように、ゲフッと煙を吐いて愉快そうにするのみであった。
「っ! 覚醒の腕輪をつけていてもこれかいな!」
「大丈夫です。こちらの攻撃は効いているはず。煙を吐き出したのがダメージを与えている証拠です!」
紫煙はアリゲーターデビルの様子を見て、悔しそうに呻く。シュウの妻である音羽が、皆を鼓舞するためにも、ダメージは通っていると口にする。
アリゲーターデビルたちはその言葉に足を止めて、コキリと首を鳴らし見下すように顔を向けてくる。
「どうやら人間にはあるまじき力を発揮できるようになり、調子に乗っているようだな。その腕輪はどこで手に入れた? 量産しているようだが?」
祓い師たちの腕には白銀に輝く腕輪が嵌められている。その力は悪魔が見れば一目で異様な神聖力が込められている神具だとわかる。
「これこそ人間の希望です。貴方たち悪魔を滅ぼすためのね」
シュウが細目を僅かに開き、挑発するように言いながら、白銀の腕輪を撫でる。
白銀の腕輪はウルゴス神ことおっさんが祓い師の皆さんに渡した新装備だ。
『奇跡ポイント1万:人類覚醒の腕輪。その身に宿る神聖力を30%まで使えるようになる』
おわかりだろうか? 今まで祓い師たちはその身に宿る神聖力の1、2%しか出せない出力のおかしい身体だった。それを30%まで引き出せるようにしたのが人類覚醒の腕輪だ。格安で強力な神具であり、これによりゾンビやグールたちは倒せるようにシュウたちはなったのである。時が見えるとか、そんな覚醒ではありません。
関東地域を支配して、いまや出雲の月収が1000万だからこそ、余裕ができたことにより、祓い師たち100人へと授ける事が出来たのである。
シュウたちは大喜びであった。その力を使い、救助しにゲリラ戦をすることを決意するほどに。この腕輪が無ければ、ゲリラ戦を仕掛けることはしなかっただろう。良いことなのか、悪いことなのか判断に苦しむところだ。死んで欲しくはないからね。
弱点は人間の肉体は脆弱であること。火力特化の紙装甲であるからして。グールを倒せても、反対にあっさりと殺される可能性が高いのだ。人間の限界というわけ。
なので、近接戦闘を主とした祓い師たちは苦戦を強いられている。そして30%を超えて神聖力を使い続けると天使に変わるので、これが限界であるところだ。天使と言っても幼女になるわけではありません。なので紳士たちが欲しがることはなかった。
「噂の怪しげな神の信徒だな、貴様ら! 良かろう、貴様等の腸を食らいつくし、死体を送り届けてやるわ!」
「悪魔のその傲慢な態度。いつまでも続くとは思わないことですね。それとウルゴスの信徒ではありません」
楽しげな様子で、破裂しそうなほどに身体に力を入れて膨れ上がるアリゲーターデビル。その魔力の強さに顔を顰めるが、逃げられないと悟り、シュウたちは戦いを挑むことにするのであった。
「あ、これキャラメル味と塩味じゃん!」
「美味しいじゃろ?」
「混ぜたら味がへんてこになるだろ」
木の先端で観劇を見るように出雲たちはリムの用意したポップコーンを食べていたりもした。
 




