86話 敗北イベントのあとのボスは弱いの
宇田は魔王水晶改により、その肉体を変貌させていく。肉体は数十倍に膨れ上がり、ただのピンク色の肉のスライムのようになり、周りの氷像となっていた仲間も手術台もカプセルもそのすべてを呑み込み肥大化していく。
「あぁ、そういうパターンね」
「証拠を隠滅するタイプの捨てごまボスじゃの」
やれやれと俺は肩をすくめてその様子を平然とした顔で眺める。リムも特段焦ることもなく、宇田の末路を眺めていた。
よくあるパターンだ。言葉巧みに操って、最後はすべてを食い荒らす化け物にする。その場合、倒すのに苦労して、そこにあったはずの証拠は消えてしまうのだ。
宇田は肉体の膨張が止まることなく、ピンク色の肉塊を不気味に蠢動させて広がっていく。雪崩の如き速さで広がっていくので、じきにこの部屋は肉塊で埋まってしまうだろう。
「この場合、メフィストフェレスは何らかの証拠を消そうとしていると普通は考えるかな?」
「じゃの。その上を出雲はいっておる。魔力ジェネレーターの実験体がまさか自分たちだとはここの研究員は思いもよらなかったであろうし、そなたがあっさりと見抜くともメフィストフェレスは思ってないじゃろ」
「あぁ〜。推理小説とか読むと、俺ってだいたい半分ぐらいで犯人わかるんだよ」
意外とおっさんは有能なのさと、フフンとアピールして迫る肉塊を観察する。肉の一部が俺にくっつき
「キュイイ」
悪魔としての理性は辛うじてあったのか、肉塊が鳴く。なぜならば、俺に触れた箇所から肉塊は干されたようにカラカラとなり灰となっていったからだ。
「魔力ジェネレーターの末路は魔力スライムかね?」
「う〜ん……このスライムを飼えば魔力が生まれるかもの。だが、食費が物凄いかかりそうじゃ」
リムが俺の問いかけに唸る。たしかに駄目そうだ。この魔力スライム。他の悪魔と違って色がない。普通の悪魔は色というか、存在としての概念があるために他の悪魔はその魔力を吸収できないのに、このスライムは色がない。
元人間を灰色の謎の水晶で悪魔化したら、悪魔の美味しい食事に変わるわけか。救われないな。そして魔力の塊のスライムは俺にとってもご馳走だ。
「灰色の魔王水晶……。そして魔力ジェネレーターの研究。俺が来る前にしっかりと大悪魔は研究成果を手に入れたのか。スタートダッシュしていたんだろうなぁ」
魔力ジェネレーターの方はやり方がなんとなくわかる。問題は灰色水晶だ。魔力持ちの人間を効率よく魔力スライムにできる水晶は極めて厄介だ。
「妾は黙秘します。悪魔にも黙秘権はあるのじゃ。国選弁護人を呼んでくれるかの」
プイと顔を背けて、ピーピピーと口笛を吹く元悪魔王。誤魔化し方が雑すぎる。
「国選弁護人は安いからやる気ないらしいぞ。まぁ、良いか。こいつを倒しておきますかね」
戦いにもならないけどねと肉塊へとスタスタと歩み寄る。お掃除戦士ウルゴスマンは抜群の吸引力を持っている。肉塊なんか簡単に綺麗にできるのだ。
何しろ触れるだけで吸引できる優れもの。一家に一台ウルゴスマンと鼻歌を歌いながら進む。肉塊は出雲が触った箇所から魔力を吸収されて灰になっていく。
魔王城のボスとしてはいまいち迫力がなかったねと俺は魔力スライムを全て吸引しようと思っていたが、
「アァ〜」
「な、なんでェェ」
「か、身体が」
部屋の横についている扉があって、その扉が開くと苦しみながら肉体を変貌させていく他の研究員たちが歩み出てきた。どうやらまだ研究員はいたらしい。
ボコボコと膨らみ、部屋を埋め尽くそうと肥大化する魔力スライム。普通の敵ならば呑み込まれて一環の終わりだったんだろうなぉと思いつつ、肉塊の上を歩いていく。魔力を吸収されてサラサラと灰になって、反対に俺に飲み込まれる。本当に哀れな存在だよね。
本来は部屋が肉塊で埋め尽くされて、主人公たちは決死の脱出、時間制限ありとかのパターンだったのかもしれない。肉塊に呑み込まれないように必死に逃げるパターンだ。しかしざーんねん。俺の方が吸引力はあった。
これでボス戦は終わりかなと、肩の力を抜こうとしたが
「待て待て。どうやらそうは問屋が卸さないようじゃぞ」
「楽な戦闘だと思ったんだけど」
リムが人差し指を向ける先。やはり肉塊であるが……その肉塊から3メートル程の歪な形の球体が浮き出てきた。肉塊の球体にはびっしりと苦悶に満ちた人間の顔が張り付いており、口をパクパクと動かしていた。
「レギオンじゃの。旧約聖書において、豚に取り付いた大量の悪霊を指し示す」
スッと目を細めて、本来の説明係となるリム。どうやら魔力スライムとは別に仕掛けがあったようだ。
「ここは怨霊多そうだしな。何人殺されたんだか」
球体からは無数の呪われし顔が浮かんでおり、不吉なる呪詛を顔は呟いている。ささやき程度だが大勢が呟くことにより、やけに耳に残る大きさとなっていた。
「いだい、いだぃぃ」
「ころじでやる、ごろじでやるぅ〜」
「おれのからだどこぉ、てはぁぁあしどこぉぉ」
その内容は聞いていてめげるものばかりだ。メフィストフェレスは本当に趣味が良いね。次にあったら歓待してやるよ。
さすがの俺もこの悲惨な状況に怒りを覚える。死んでからも、余すことなく使うのは殺した者の最後の思いやりですとかメフィストフェレスは言いそうだしね。これが牛肉や魚だとしたら……余すことなく使われた同胞を見て、仲間は喜ぶのかって話になるけど。
「悪魔にとっては人間は食糧。価値観が違うか?」
魔力スライムを踏みつけて、その魔力を吸収しながら拳を強く握る。宇田であった存在はたんなる歩きにくい床の役割しかならずに枯れ果てて灰に変わっていった。
「それは偏見じゃろ。価値観なんて数多くある。特に悪魔は種族が千差万別。ひとまとめにしてもらったら困るのじゃよ。お主の言いようは地球の生命体は悪辣なのかと言うようなものじゃ。ミジンコと人間を同じ扱いにするようなものじゃて」
悪魔の種類もそんな感じで多様なのじゃよと肩をすくめて見せる。たしかにそう言われると納得。別惑星の生命体を全て一括で悪魔と呼ぶようなものだもんな。
「レギオンか。怨霊の塊、破壊させてもらおう」
真剣な表情へと変えて、呼気を吐く。身体に神聖力を漲らせて、レギオンへと構える。
レギオンは自らの身体に禍々しい瘴気を纏わせて、呪詛を吐く。普通の人間ならば、SAN値チェックが必要なタイプだ。耳にビリビリと魔力の反応がするね。
「むんっ!」
ドンと床を踏み込みの衝撃波が弾け飛び、ウルゴスは黄金の装甲を煌めかせて、20メートルは離れているレギオンへと、たった数歩で間合いを詰める。
黄金の手甲はいくつもの顔を生やす肉塊の球体に拳を暴風を巻き起こし突き入れる。レギオンの身体に拳はやすやすとめり込み、ウルゴスの拳に宿る神聖力がその肉体を破壊しようとする。
常ならば、その一撃で悪魔は粉砕できるはずであったが
「むっ?」
パンとレギオンは弾け飛び、無数の顔が小さな球体となって別れてしまった。まるで、反発する磁石のように神聖力に対して鋭敏に魔力が反応し、ダメージが行き渡る前に逃げてしまった。
『呪炎』
『呪炎』
『呪炎』
『呪炎』
『呪炎』
分かたれたレギオンたちはそれぞれが魔法を放つ。呪いの纏った黒き炎が俺へと襲いかかり身体を包み込む。連続で放たれる魔法はさすがに躱しきれない。
熱さを感じ、死の呪いが俺の体にじわじわと侵食してくる。装甲が少し溶けて、凝っているなぁとつくづく思う。
『奇跡ポイントを5取得しました』
「クッ。呪いとはやるな」
ジーッと、俺を見てくるジト目のリムの視線を受けて、苦しむ様子を見せる。恐ろしい。炎の攻撃ではなく呪いの攻撃もあるとは。痛い、苦しい。ウルゴスマン大ピンチ。本当だよ? ボス戦だもんもね。
まったく空気を読まないおっさんにはなりたくないのだ。ガンガンと炎の攻撃を受けて、俺はダメージを負っていく。微小にダメージがチクチク痛い。
『氷霧』
そこらじゅうにレギオンは浮いている。面倒くさいので、一気に倒そうと考えてマナを練る。手のひらを翳し、再び氷の霧を作り出し、レギオンの群れへと攻撃を仕掛けるが
『呪炎』
無数のレギオンたちは数で俺の法術に対抗してくる。部屋を埋め尽くそうとする氷の霧は複数の呪われた炎により押しのけられて消えてしまう。このレギオンたちは連携しており、その攻撃力は低くても、侮れないと舌打ちする。
「ならば!」
『氷針』
全方位へと小さな氷の針を生み出して、レギオンへと狙いを定めて撃ち放つ。キラキラと小さな氷の針は輝き、高速で飛んでいく。氷の針はレギオンが身体をずらし躱そうとするが、追尾機能を持たせているため曲線を描き軌道を変えて向かっていった。タイミングをずらして放ったために魔法の連続攻撃でも防ぎきれないはずであった。
「なに?」
だが、命中する寸前であった。先程と同じく神聖力に反発して、弾かれたように命中する寸前で身体を一瞬加速させて躱してしまった。
そうして再び呪炎を放ってくる。
「弱い攻撃だが、呪いのスリップ攻撃で削る戦法か」
弱いと思いきや、フェイスレスや木霊よりも強い。メフィストフェレスめ、なかなか考えた人工悪魔を用意していたようだね。倒すのが極めて面倒くさいタイプだ、ちくしょーめ。
「神聖力に敏感に反応して、自動で回避する能力と、分裂能力。見よ、魔力スライムを喰らって、身体を回復させていくぞ」
しっかりと出口に逃げて、ドアの影から忠告してくるリム。そのセリフの通り、魔力スライムへとかぶりつき、肉の球体は回復していく。無限増殖するタイプか? いや、回復する際に怨霊が集まっているので、怨霊もいないと増殖はできないタイプか。
「ボス戦に相応しい。安心したね」
「呪いダメージを負わないそなたと相性抜群だがの」
「本来は大苦戦するんだろうね。しかし……」
闇の炎の攻撃を受けて、爆炎によりダメージを受けてもたいしたことはない。ヒュウと息を吐き、俺は切札を使うことにする。
「本当はメフィストフェレスに使いたかったんだが仕方ない」
攻撃を続けるレギオンたちを見ながら、ウルゴスはフッと笑い、手を翳す。
「こい、砲天使の鎧よ!」
その言葉を起動キーとして、宙に魔法陣が描かれると、バチバチと紫電が奔る。清浄なる純白の神聖力が周囲を舞い、周囲を照らす。
そうして魔法陣から白金の鎧が現れるのであった。




