84話 大悪魔現れる
瓦礫が吹き飛び、砕けた柱や石が落ちて来る。俺は自身に落ちて来る瓦礫をヒョイと手を振って弾き飛ばしながら、瓦礫の山から出てくる悪魔を眺めた。
タキシードを着込みシルクハットをかぶったナイスミドルな外国人のおじさんだ。おっさんと言えない風格がある。確実に強い悪魔だ。ウルゴスの変装をしていなければ、まず見た目で出雲のおっさんは負けていた。
「貴様が『唐傘連合』のボスだな!」
とりあえず決めつけておく。ピシッと指差して、おのれボスめと決め顔だ。リムも真剣な表情で決戦が始まるぞと、身構えていた。見た目で負けていても、性格の悪辣さでは負けていなさそうなおっさん出雲。
ヒュウと風が吹いて、ボロボロの唐傘が目の前を通過していくが、きっとそこらへんにあった傘だよね。江戸時代とかに作られたような古ぼけた傘だけど、大事に使っていた人の持ち物に違いない。珍しくない。博物館に展示されていそうな傘だけど、よく見るよ、時代劇とかで。だから、珍しくないということにしておく。
「いえ、違います。ボスはそこに転がっておりますでしょう?」
悲報、このいかにもな悪魔は空気を読んでくれなかった。
「貴様が黒幕であろう!」
「そうじゃ、おのれ黒幕め!」
頼む、頼むから黒幕だと宣言してくれと、俺とリムは神に祈るが
「いえ、単なる協力者です」
自身が神様なので、その祈りは届かなかった。というか、あっさりと答えないで欲しいんだけど。どうするんだよ、この空気。皆になんて報告すれば良いの? 激戦の末、城の崩壊に巻き込まれて、打ちどころが悪かったのか瓦礫を受けてボスは死にましたって、なんだか間抜けじゃんね。
「ふ。協力者か。なるほど、弱き妖怪たちを扇動し、そなたの進める研究はうまくいったのかな?」
なんとしても黒幕にしたいおっさんは、言いがかりをつけることにした。だいたい協力者とかって、そんな立場だよねと、アニメの影響をバッチシ受けている。
だが、一見するとナイスミドルのおじさんは眉根をピクリと動かす。僅かだが動揺を見せたので、予想があたった模様。この場合、どんな実験を指さしていたかによるが、どんな研究をしていたんだ? ……とりあえずは社会人の力を見せてやろう。
「あの研究……。あと少しで完成するところだったか。だが、そうはいかないな」
おっさん忍法知ったかぶり。社会人としての必須能力だ。だいたい知ってたよみたいな態度で頷くと相手が勘違いして話を続けてきて、その間に何を言っているのか推理するわけ。ちなみに知ったかぶりだと見抜かれると窮地に陥ります。
「ふん、人間を魔力ジェネレーターにする計画が漏れていたとは……なかなかやりますね、ウルゴス」
「ふ。堕ちたる神に見抜けぬことなどない」
キラリンとウルゴスアイを光らせて、全部お見通しなんだよと、おっさんは大嘘をついた、リムが俺をチラチラと見てくるが、見てくんな。知らなかったことがバレちゃうでしょ。
「神を名乗るウルゴスさん。合格です、貴方はどうやら私の名前を知るに相応しい有能な魔王らしい」
仰々しく片手を胸へと添えて、物腰丁寧なおじぎをしてきた。有能な魔王ってどこにいるのじゃと顔を巡らすリムの脇腹をこっそりとつねっておく。
「名乗りましょう。私の名前はメフィストフェレス。お知りになっていれば良いのですが」
「メフィストフェレスだと!」
予想外の名乗りに驚き目を剥いてしまう。マジかよ、どこかの悪魔王レベルでネームバリューがある悪魔じゃん。
出雲はナイスミドルのおじさんを見て、隣でフヨフヨ浮くリムも見る。褐色娘は驚いた様子がまったくない。物凄い怪しいんだけど?
「悪魔王リリム。あいつがメフィストフェレスだと知っていたか?」
メフィストフェレスに聞こえる大きさで隣に浮く小悪魔へと問いかける。リムは俺のセリフにクワッと目を開いて、口を尖らせてきた。
「リム。妾の名前はリーム!」
「なんだって? 悪魔王の書たるリリムよ。我に負けた悪魔王リリムさん。あー、リリムさんや?」
ヒョーとムンクの叫ぶ人みたいに両手で頬を挟んで動揺を露わにした。やっぱり知られたくなかったな、コンニャロー。
「リリム? 悪魔王の書の? ほほぅ〜。なるほどな、面白い姿になっていますね。しかも神聖力に満ちている。いったい全体、その姿はどうしたのですか?」
ナイスミドルはニヤリと面白そうな顔になる。ナイスミドルのおじさんだと、そういうスマイルも様になるなと、内心でムキーとモンキー出雲になっていると、チッとリムは舌打ちして胸を張る。
「紆余曲折あっての。今の妾は反転して悪魔から神に堕ちたのよ」
隠すのをやめたのか、偉そうな態度でメフィストフェレスへと告げるリム。なるほどと顎を擦り、メフィストフェレスはニヤニヤ笑いを抑えることはない。パチリと指を鳴らして機嫌良さそうな態度になる。
「これは面白い。やはり魔界には神のスパイスといったものが必要です。これは面白い。本当に面白い。神との戦争ができるとなれば、貴女のゲームに乗って良かったと皆は思うでしょう」
「あーあー。混信しているようじゃの。ウルゴスよ、あやつは虚言を弄しておるのじゃ。妾の言葉を信じてくれるの?」
妾は無実じゃからと、悪魔王はうるうると涙目になり瞳を潤ませて、俺の腕に胸を押しつけてコアラ化した。物凄い説得方法だ。おっさんには効果が抜群だ。
「大丈夫。我とお前は長い付き合いだ。どちらを信じるかなんてわかりきっているであろう?」
「メフィストフェレスを信じるのじゃな」
「当然だろっと!」
むんずとリムの首元を掴むと、体をひねり大きく振りかぶって、勢いよくメフィストフェレスへとリムを投げる。
「デビルアタッーク!」
「ギャーッ」
小悪魔がメフィストフェレスへと悲鳴をあげて飛んでいく。ろくなことをしないお前を信じるなら、詐欺師を信じた方がマシだ。
「うぬぅぉぉ!」
メフィストフェレスにぶつかる寸前で符を取り出すと、リムは術を発動する。
『暴風符』
リムの手元から暴風が生まれて、メフィストフェレスへと襲いかかる。ミシミシと瓦礫が暴風で吹き荒れて、砕けた柱や壁の欠片を巻き込み、大悪魔へと向かう。砂煙と共にメフィストフェレスの視界を埋めて迫ってくるが、薄く口元を歪めると、大悪魔は杖をその手に召喚し、軽く1振り横薙ぎに杖を振るった。
『魔撃』
単純な基本の武技を放つと、漆黒の線が空間を2つに割って、迫る暴風を断ち切ってしまう。その威力は普通の悪魔が放つものではなかった。リムの4レベルの符術はあっさりと打ち消された。
「面白い攻撃でした」
余裕の笑みで、2つに割れて自らの横を通り過ぎていく砂煙を見て、余裕の態度をとるメフィストフェレスだが
「まだまだ楽しんでくれたまえよ」
その砂煙の中からウルゴスが飛び出すと黄金の装甲に覆われた拳を打ち出す。繰り出した拳は砂煙を吹き飛ばし、高速の一撃をメフィストフェレスにぶつける。
「鬼畜な作戦ですな、ムシュー」
「シュークリームは幼女に奢ってやるが良い」
ゴウと音をたてて迫る暴力の塊に、メフィストフェレスはスッと手のひらを前に構える。タンと軽い音をたてて、ウルゴスの一撃はあっさりと受け止められて瞠目する。
強化された出雲のステータスと最大限、拳のパワーを出せる体術の高さにより、どんな敵も食らえばタダでは済まないはずであった。
しかし、メフィストフェレスはハイタッチでもしたかのように、出雲の拳を受け止めた。受け流すのではなく、受け止めたのだ。受け止められたことによる衝撃波も発生せず、完全に力を消されていた。
「やるな、大悪魔よ!」
内心で舌打ちして、出雲は拳の連打を放つ。右からストレート、フックからのコンビネーションで肘打ちからサマーソルト。
「お褒めを受けて何よりです」
メフィストフェレスは涼しい顔で、拳の連打を手のひらでパパパと受けきり、ストレートを横合いから弾き、ステッキの先端でフックを突き反えし、クルリと回すと出雲の肘に絡めて極めると押し返す。そうして一歩後ろに下がりサマーソルトを眼前で見切り、完全に返す。
余裕の態度で、圧倒的な能力をメフィストフェレスは持っていた。さすがは大悪魔。今までとは格が違うね。
「お返しです」
メフィストフェレスはステッキを俺の胸に付けると、トンとつつく。僅かな隙間しかないために攻撃力は皆無かと思いきや
「ぬぅっ」
俺は衝撃を受けると、グンと身体が後ろに持っていかれる。風の唸りが耳に入り、恐ろしい速さで吹き飛ばされて瓦礫の山に突進した。
恐ろしい衝撃が体内を吹き荒れて、内臓がかき回されたようなエネルギーに吐き気を感じて蹲る。
「ふふふ。どうやら私と貴方では隔絶した力の差があるようですね」
余裕綽々のメフィストフェレス。たしかに大悪魔を名乗るだけはあるね。その笑いはかなりの強者の姿だ。
「なるほど…スタートダッシュに成功したタイプか」
瓦礫から身体を持ち上げて、埃を落としながらメフィストフェレスを見る。
「むぅ。ウルゴスよ、援護するぞ?」
「おや、悪魔王ともあろうものが、直接的に関わると?」
「ふ、当たり前だの。この者は妾にとって大事な存在じゃて。愛するウルゴスは妾が守る!」
俺の前に飛んできて、バッと両手を翳すと守るようにメフィストフェレスへとリムは必死な様相で告げる。
なんて感動的な光景だ。ここでヒロインが主人公への愛を自覚するパターンね。
「ふーん」
「な! もう少し感動しても良いのじゃぞ? 妾の献身と自己犠牲に!」
立ち上がった俺が、ジト目となってリムへと答える。
「茶番だな。では、メフィストフェレス、ここから本気でいこうか」
圧倒的な格差だが、俺を殺せなかったことで勝機は生まれた。そして、メフィストフェレスとの茶番は俺には通じないからな。
メフィストフェレスは俺の言葉にキョトンとして、むがーと怒るふりをするリムへと視線を向けると、クックと笑う。
「なるほど。悪魔王のやり方はある程度見抜いていると。これは面白い」
「面白いかどうか試してみよ」
腰を低くして、両手を胸の前にあげて構える。俺の必殺コンボを食らわせてやるよ。
そう思った俺であったが、クックと笑うメフィストフェレスはステッキを1振りした。空間が闇に切り裂かれて、暗闇により生み出された転移の門が作り出された。
「私は慎重なものでね。ここで戦うと負けそうです。貴方の雰囲気が危険だと勘が叫んでおりますので。というわけで、さようなら」
一礼すると、転移の門を潜ってメフィストフェレスは中へ入っていく。勘の良い悪魔だこと、ちくしょーめ。
「あぁ、私は他の土地を支配して魔王をしております。ご縁がありましたら、茶会に誘いますよ、それとこの地下には研究所があります。少し顔を出してあげると良いでしょう」
ご丁寧な物言いでメフィストフェレスは去っていくのであった。
どうやら負けイベントみたいだねと、俺は嘆息しながら消えたメフィストフェレスに歯噛みするのであった。
 




