82話 天守閣はボス部屋ではない
出雲はスタタタと軽やかなる足取りで屋根瓦を踏みながら高速で進んでいた。体術レベル4は伊達ではない。その動きに淀みはなく、無駄はなく、しなやかな動きはヒョウのようだ。屋根瓦を踏んでも音を立てることもなく、崩すこともない。その姿は既にウルゴスに変身済みだ。
すぐ後ろにはコウモリの羽をパタパタと羽ばたかせながら小悪魔リムが空を飛んで続く。
巨大な魔王城は天守閣は雲に覆われて、その様相がはっきりと見えない。建ち並ぶ棟も延々と続いており、終わりが見えない。
「空間が歪められているようだの」
「唐傘たちの中には空間を歪める妖怪がいるということか?」
俺の横をフラフラと飛びながらリムが小首をコテンと傾げて言うので、たしかに元皇居にしても広すぎるよなと疑問に思う。有名どころに空間を歪める妖怪なんかいたか? 自称ヌリカベは俺の仲魔にいるけどさ。ハクのやつ、この間ヌリカベって普段どんな生活をしていたんだと聞いたら、ヌリカベってなんのことです? と首を傾げて聞いてきたからな。
「ふむ……先入観は良くないかもしれぬぞ、我が契約者殿。弱い妖怪たちが集まっているだけとは限らんからの」
「たしかにそのとおりだな。妖怪ってたくさんいるからなぁ」
前方を見て、スッと目を細めてニヤリと笑う。
「待て待て〜っ! そこの者、侵入者と見た! ここは通さぬ! 我が名は木霊! 通れるものなら通ってみよ!」
「待て待て〜っ! そこの者、侵入者と見た! ここは通さぬ! 我が名は木霊! 通れるものなら通ってみよ!」
「待て待て〜っ! そこの者、侵入者と見た! ここは通さぬ! 我が名は木霊! 通れるものなら通ってみよ!」
半分破れた藁傘を頭にかぶり、ボロボロの着物を着た男が3人、まったく同じ言葉を口にして、城壁の上に立っていた。どうやら隠蔽をかけている俺たちの姿が見えるようだ。
「木霊じゃな。まぁ、説明しなくても有名だから知っているじゃろ」
「やまびこの帽子を落としてくれると嬉しいんだがな」
足に力を込めるとさらに加速して、俺は木霊たちへと向かっていく。木霊たちは拳を前にして構えて迎え撃とうとしてくる。ダンと踏み込みで瓦を砕き、飛翔して俺に襲いかかってくる。
『木霊分身』
空中にて、木霊たちは身体を陽炎のように震わせると、空間を埋め尽くす程に分裂した。哄笑をあげながら、木霊は拳を振り上げて肉薄してくる。
「くくく。この俺の能力は分身! 木霊に覆われて死ぬが良い!」
フェイスレスと違い、数百体、数千体にも木霊は見える。その数は圧倒的で魔王としての力を持っているのであれば、出雲も押し潰されてしまうだろう。
「その技は以前に見たね」
フェイスレスと同じ系統の能力だねと、白けながら迫る木霊へと手のひらを向ける。先頭の木霊が繰り出す拳を包み込むように差し出す。
くるりと手のひらを返すと、勢いこんで迫ってきた木霊の動きを止めて、とんと跳ね返す。
「ぬ、ぬお?」
呻く木霊は後ろに続く木霊にぶつかり動きを止める。
「多すぎる分身。本当にその身体すべてが本物なのかね!木霊よ」
左手を横に振り抜いて回り込む敵の胴を薙ぎ払う。同じ魔王、その身体能力は変わらないはずなのに、まるで風船のように軽い木霊に呆れを覚えてしまう。
すうっと息を吐き、両手を揃えてクルリと回転させる。そのまま腕を広げて舞うように変幻の動きを見せると迫る敵をまるごと弾き飛ばす。
「木霊。名前通り、その全てが幻影だな」
トンと爪先で屋根を蹴ると回転して真後ろへと向きを変えると身体を後ろへとずらす。今までいた場所を風が吹き、木霊の腕が通り過ぎていった。
「姿を隠すは木霊の基本かね?」
「お、おのれっ!」
動揺で顔を歪める木霊に出雲の拳がめり込む。メシャリと顔が潰されて木霊は大きく吹き飛んだ。
「すまないが………相手をしている時間はない」
静かな声音で出雲は呟くと、ウルゴスのカメラアイを赤く光らせる。神聖戦士ウルゴスマンなのだ。
ダンと床を蹴り、慌てて体勢を立て直す木霊の懐に入り込むと、胴体に掌底を添えるようにつける。
『神聖翔破』
強き踏み込みで身体をねじり、全身の力を右手に集めると出雲は武技を使う。爆発するように純白のオーラが掌底から放たれると、木霊の身体を通り過ぎる。掌底による衝撃が身体を通り過ぎて、衝撃が突風となり、直線上に吹き荒れて、木霊はぐらりと身体を揺るがす。
「たった一撃……で」
その言葉を最後に木霊は吹き荒れる風に灰となり舞い散っていった。埋め尽くすように存在した木霊の分身も空に溶けて消えていった。
灰となって消えていった木霊を、ハッと息を吐いて見送る。
「木霊の能力は有名すぎるだろ。名乗ったらいけないよね」
「じゃな。簡単に対抗できてしまうのじゃの」
しかも魔王水晶も使ってこなかった。本当に雑魚魔王だったということだろう。
『奇跡ポイントを25万取得しました』
ふしゅるるるとポイントを吸収しながら、空を仰ぐ。どーんと聳え立つ城の頂上にある天守閣。あそこまで登らないといけないんだろうか。
「ボスキャラがあそこで待っていると思うか?」
褐色娘へと問いかけると、俺の面倒くささそうという顔を見て、リムはうーんと胸を寄せるように腕を組む。眼福眼福。
「たぶんいるのではないかの? 唐傘が」
「うん、唐傘を倒すためにあの天辺まで登る必要あると思う?」
「ないの」
だよねと、俺は頷く。なんか唐傘退治で最奥はやる気がねぇ。これが格差ってやつか。
「壮大なクエストのボスキャラがパンツ一枚の覆面をかぶった勇者とかだとやる気がなくなるのと同じじゃな」
「あれは酷かった」
闇落ちした勇者が魔王の前に中ボスとして現れたけど、マジかよと思ったものだ。やっぱりボスモンスターはかっこよくないとな。
「というわけで、登らないで倒そうと思います」
「ふむ?」
小悪魔は不思議そうに可愛らしく首を傾げて俺を見てくる。人差し指を振って、俺はドヤ顔になって胸を張るといつもの頼もしいパートナーへと願う。
「奇跡さん、奇跡さん、建物破壊特化の爆弾を交換してください」
『交換ポイント50万:神聖発破。建物に対するダメージ10倍』
ぽんとダイナマイトが目の前に現れる。リモートで操作できるように電子機器が備え付けられており、遠隔爆破用のスイッチもセットだ。
「効果範囲が書かれていないな」
「建物を破壊するとなると、どの程度の規模になるからわからないからじゃろ」
「あ〜、そういうことか」
なるほどね。建物はどこまで連鎖して崩壊するかわからないからなぁ。ダイナマイトは3本が重なったゲームとかでよく見るタイプだ。仕掛けるだけで良いらしい。
「それじゃ、ん〜、4セット交換しておくか」
両手を水をすくうように揃えると、空中にパァッと純白の光が輝いて、4セットのダイナマイトが生み出された。合わせて5セットだ。
「相変わらずポイントを消費するのに躊躇いはないの」
「まぁ、ポイントは使ってこそだからね。では、セットしていくか」
ポンポンとダイナマイトを神聖ポーチに仕舞いながら、ニヤリと笑う。天守閣に登る必要はない。あちらから俺の前に落ちてくれば良いと思います。
敵は陽動に引っかかり、先程の木霊以外は多少の強化グールしかいない。報連相ができない奴らなのだろう。俺がここにいても増援が来る様子はないし。
トントンと進みながら、城壁に手を触れる。ダイナマイトを設置にするにしても、外壁だけでは意味がないと思うし。
「壁を破壊しながら進む。奇跡さん、追加アイテムをくださいな」
「おっさんがお菓子くださいなレベルで言っても可愛くないぞ」
「それじゃ可愛らしい小悪魔が祈ってくれよ」
「それができるのならば、話は早いのじゃ」
たしかに中年のおっさんがこのお菓子くださいなと駄菓子屋でお菓子を手にしても、店主は反応に困るに違いない。
『交換ポイント10万:神聖マトック。壁を壊せる』
何でも神聖をつければなんとかなるシステム。それが奇跡さんです。
「塔ではないが、充分そうかの」
「そのネタが分かるのが、歳だなぁと落ち込んじゃうよ」
俺の手元に純白のマトックが現れる。採掘に使えるマトックだ。これを使えば城壁は簡単に破壊できるのだろう。
「よいせ」
マトックを振り上げて、壁へとマトックを叩きつける。ガンと衝撃が走り城壁にヒビが入っていく。ほいさほいさとウルゴスパワーでマトックを振るっていくと3回ぐらいで壁は砕けて穴が開く。
「うが?」
壁向こうにいた武者ゾンビが腐った眼窩を俺へと向けてきていた。アンデッドなのに、キョトンとしているのが、少し可笑しい。
「ウォォォ、デビルカッター」
「ほえ?」
少しビビったので、武技を使用する。ガッとリムの首元を掴むと、おりゃあと武者ゾンビへと投げつける。
「グヘ」
武者ゾンビの胴体にリムがぶつかり、うめき声をあげる。へにゃと間抜けな声を上げてコウモリの翼を羽ばたかせて体勢を立て直すが、武者ゾンビは刃こぼれした刀をリムへと振り下ろす。
「なんとぉ!」
リムは符を取り出すと、マナを込めて慌てて符術を使用する。
『神聖刃』
符が燃え尽きると神聖なる光の刃となって、武者ゾンビの振り下ろした刀へと向かう。神聖刃とぶつかり合うが、リムの符術の方が威力があり、その証拠とばかりに爪楊枝のようにあっさりと刀は圧し折れる。
刀を破壊した勢いをそのままに、神聖の刃は武者ゾンビの頭を切り裂いた。
「いきなり何をするのじゃ!」
「すまん。正直ビビった」
ごめんねと謝り、怒るリムを宥める。だって壁の反対側に悪魔が待っているとは思わなかったんだ。
むぅと頬をふぐのように膨らませるリムだが、それどころではない。城の内部が目に入るが、天井の高い部屋であり、足軽ゾンビや武者ゾンビたちがひきしめあっていた。
「ここでマナを消耗するわけにはいかないぞ。任せた」
「仕方ないのぅ。妾に任せるが良いぞ」
フフンと口の端を吊り上げると、リムは得意げに指の間にずらりと符を取り出す。
「折角の活躍の場じゃ。任せておくが良いぞ」
「前線で活躍するの初めてだもんな」
いつも隠れて後ろからの支援だもんね。
「ここで活躍するのじゃ」
張り切ってリムは符術を使用する。投擲された符は炎や氷へと変わり、ゾンビたちを攻撃するのであった。




