78話 デビルと友人なのじゃ
トニーたちはイーストワンへと戻り、神の城に戻っていた。今は荘厳なる謁見の間にて玉座に座る出雲へと報告をしている。
荘厳なる謁見の間だ。毛足の長い絨毯が扉から玉座まで敷き詰められており、段差をつけて高い位置に玉座は配置されているし、シャンデリアは黄金と銀、そして宝石が散りばめられた豪華なものだ。均等に建てられる予定の彫像や、穴ボコだらけの床に壁を視界に入れなければだけどね。
「工事中なのです! 構想300年計画なのですよ!」
謁見の間を中途半端に作った元凶は、顔をちっこいおててで覆って蹲り、言い訳を叫んでいた。うん、構想300年なら、制作に何年かけるつもりなんだ? 飽きたんだろ、この幼女め! 予想通りじゃんね。
「むふーっ。仕方ない。妹はお疲れ」
「うわーん、おねえたーん、あたち飽きるまで頑張りまちたです!」
シスコンのスエルタが無駄に甘やかすとその胸に飛び込み、泣くふりをするハク。その口元がニヤけているので殴っても良いかなと俺はたまに思う。
嘆息し呆れながら、肘掛けに腕を乗せて頬杖をつき、トニーへと視線を向けた。
「で、避難民を集めたと。魔力持ちがいるのは意外だったね。そして、この謁見の間にはスタッフ以外入室禁止だったよな?」
冷たい視線というか、諦めと疲れた視線を向ける先にはトニーと天華、そして音恩がいた。いや、後ろにはちょろちょろと歩き回る幼女天使たちもいる。
なぜかトニーは天華に腕を極められている。いや、組まれているのか? 極められているという表現が正しい感じもするけどね。
「いや〜、天華もスタッフ、身内になったんですよボス。えへへ」
天華を苦手としていた過去はどこへやら、えへへと緩みきった顔で嬉しそうに報告するトニー。なんだか聞いたところによると魔王と告白して、落ち込んでいたらしいが、全くそんな気配はない。微塵もない。風船よりも軽い男である。
「魔王グラトニーを監視する意味もあり、そして何より人々を救うために正体を告白した彼に惚れたんです。あと、専用機は毎日召喚してくれる約束ですので」
きりりと凛々しい表情で、惚れていると本当なのかわからないセリフを吐く少女である。少し離れて立っている音恩がジト目なんだけど。口パクでゲームオタクなんだからと俺に見えるように口を音恩は動かしたので、だいたい理由はわかった。
「うへへ。僕の真の姿を見ても恋人でいてくれるって。もっと天使召喚術を頑張ってとも応援されました」
「トニーが幸せなら良いや」
「後半の言葉、全く脈絡ないではないかの」
「新型を召喚してくれると私は信じています。愛の力ですね」
「さよけ」
茜が人間も扱える量産型機動兵器を作ったら捨てられそうな予感がするけど、まぁいいやと俺は気にすることをやめて、俺にしなだれかかっているリムは天華を信じられない表情で見ている。そして天華は新型を期待していると。凄まじい愛の力だよね。それがトニーに向いているか、機動兵器に向いてるかは別として。
それでもトニーに春がやってきたことをお祝いしておくよ。誰でもいいみたいだしなぁ。この間まで苦手なタイプだったはずなのにね。
「それは良いや。で、あ〜コホン。丁寧な喋り方は身内ではしていないんだ。で、魔力持ちがいたと?」
そういや冬衣バージョンにしていなかったやと思い出すが、別にいいかと気にすることは止めて、重要な情報である魔力持ちの件について問いかける。
「はい。そうなんですよ。普通に暮らしていた生存者が魔力持ちとなっていました」
「なるほどねぇ……。そこでは食料品などはまだ余裕があったんだろ?」
顎を擦りながら、真剣な表情へと変えて俺は尋ねる。この情報はかなり重要な事柄だ。
「まだありました。凄惨な暮らしをしていたわけでもなさそうです。なんか責任感に押し潰されたって感じかなぁと思いますよ」
「それに加えて、死と隣り合わせの生活がプレッシャーとなっていたのでしょう。今は多少仕切り屋のようですが元に戻ったと幼馴染の娘が言っていました」
しっかりと天華は情報を集めたのだろう。音恩も話に加わり、ふんふんと鼻を鳴らして彼らのその後の話を教えてくれる。
「そうだよね。あたしに火炎瓶を投げつけたのを謝罪してきたし、ものすごーい反省しているようで土下座してきたし」
「僕にも同様に謝ってきました。その後は真面目な生徒会長みたいな感じでお風呂の作り方とか計画を生き生きと始めてましたよ」
トニーが肩をすくめて答えてくる内容に、なるほどねぇと、今回のことを推察しながら、俺の膝の上に座るリムへと顔を向ける。
「苦しめることなく魔力持ちが現れることにどう思う?」
「そうじゃの……これは予想外じゃ。厄災の反動はこのような所でも現れておる。世界に魔力が満ちていることで、悪魔のような人間になりやすい。堕ちやすいということかの。もしかしたらその男、魔力を供給するジェネレーターのように悪魔たちに扱われたかもしれぬ」
「人の心は移ろうものだから、そんな扱いをされたらすぐに改心というか、絶望してしまいそうだけどな」
「それが人間というものだからの。悪魔たちが扱いに困るわけかの」
リムは俺の言葉に素直に同意して頷く。ふんわりとした良い匂いのするリムの髪の毛を優しく撫でながら、俺は考える。
魔力持ちの少年は簡単に改心したらしい。勿論のこと、魔力が雲散霧消した。それだけ人の心は扱いにくい。定期的に魔力を生み出させるには苦労するだろう。
トントンと肘掛けを指で叩きながら考えにふける。魔力を作り出す条件というものをだ。
「推測するに……狂気には至らず、しかして狂気に近い精神が良いということかな?」
かなり難しそうな線引きになると思う。そんなぎりぎりな路線に人間を育成しようなんて無理だろ。完全な狂気に至ると魔力が生み出されない。そこには感情というものが無くなったのと同義だからだ。
「極端な話になるの。だがお主の言うことは的を射ておる。その線引きが最高の魔力ジェネレーターになると思うぞ?」
「ふむ………人間の魔力はやはり維持程度しか使えないだろうね」
そんな不安定な力に頼りたくありません。いや、俺はそう思うが、他の魔王たちは違うのかもね。なんにせよその場合は数が勝負になるだろう。
「ウルゴス神は魔力を吸収すると悪魔に堕ちるのでしょう? ならば、簡単に魔力が生み出されない現状は良いと思いますよ?」
天華が訝しげに尋ねてくるが、たしかに人間からするとそうだよね。問題は俺の方。魔力吸収型の俺にとっては非常に困る。まぁ、元から期待はしていなかったけど、現実で証明されるとがっかりだよ。
「それにしては、これまで救助した避難民たちは困窮はしていたけど、それは厄災後なら当たり前の光景だったすよね」
謁見の間に新たに茜が入ってくる。作業服をカラースプレーで汚して、頬も汚れてプラモ作りに熱中していたようだ。天華がソワソワし始めて、トニーが後で召喚しますと呟いているが、仲の良い恋人たちはスルーしておく。
「それは神速にて各地を落としているからじゃ。魔力を作るコミュニティを作るにはそれなりの準備が必要じゃ。人間を管理する者、人間を食糧にしない悪魔の用意していた訳、悪魔と交渉できる悪辣な人間を選んだりと、まだまだ手駒の悪魔も少ない中でそんなことできるわけないのじゃ」
「たしかになぁ。兵力を整えないと速攻で陥落させられるから、内政まで手が回らないよな」
以前リムが言っていたディストピア構想。泥田坊が行った格差を作ったイーストワンでも魔力を持った人間はいなかった。そんなに簡単に人は悪人、いや、極悪人にはならないと言うわけだ。
「それなら、俺のとる方法は一つ。今まで通り攻めて攻めて攻めまくる。敵が準備を整える前に陥落させる。で、良いよな?」
「なんというか、各地の多彩な地獄を攻略していく展開とは、ちと違うがあっておる」
唇を尖らせて不満そうにするリム。ニヤリと笑い返し尖らせている唇を掴んで、うにゅーんと伸ばしてやる。意外と伸びて面白い。どこまで伸びるのかしらん。バタバタと暴れて振り解くと、うぬぅと睨んでくるが、可愛らしい少女が怒ってもあまり怖くない。
「茜。都心部へ進軍を再開する。SAの修理は終わったか?」
「大丈夫っす。中破していたのも全部パテで直したっす」
ニカリとブイサインをしてくる茜に頷き返し、息を吐く。そうして冬衣モードへと心を切り替えて、胡散臭い笑みにて周りに厳かに告げる。
「よろしい。ではウルゴス様の名前の下、進軍を再開します。目標は都心の中心。元皇居です」
「このままなら、敵の準備もまだまだ整っておらぬじゃろうて。了解じゃ」
新しい符を作っておくのじゃとリムは膝から飛び降りると、自室へと向かう。
「それじゃレンダたちに指示を出してくるっす」
茜は敬礼をすると、楽しそうに鼻歌を歌いながら謁見の間を飛び出す。
「ダーリン。どうでしょうか? 私の専用機は出せますか?」
「いや、えと、お菓子を用意すればなんとかなります」
ウォーリアを用意するかと、天華に慌てるようにトニーは答えて、後ろでちょろちょろしていた幼女たちが、次はあたちの番でしゅとジャンケン大会を始めていた。
「………今度はハクは私の後ろにいるべき」
「わかったです。おねえたんに抱っこされるです!」
これ以上危険なことはさせらないとスエルタがハクを抱っこして頭を撫でて、ハクは笑顔で戦線離脱を決意する。
「それじゃ、私はパパたちに教えてくるね。首都奪回だよと告げてくるね!」
音恩が自衛隊や祓い師たちと連携をとるためにイーストワンへに行ってきますと片手をあげて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「では、皆さん。お任せしますね」
穏やかな声音で皆へと告げて、出雲は内心で考える。
『勇者作戦で行こうぜ』
『なんじゃ、本隊を囮にするのかの?』
『唐傘はへんてこな実験とかしていそうだしなぁ』
リムと思念でやり取りをして、目を細めて酷薄な笑みを浮かべる出雲であった。




