76話 我に秘策なしなのかの
ジープが来たと聞いて、その場は騒然となった。無事に走っている車など、ここ最近は全く見ていない。ここに来て現れたと言うジープに、救助隊かそれとも危険な荒くれ者が来たのかと、お互いに話し始めて不安顔になる。どちらかというと、荒くれ者ではないかと皆は薄々考えていた。
「来たな、襲撃者め! 来ると思ってたんだよ!」
目をギラギラと光らせて、顔を恐ろしげに歪めると英雄は仲間に声をかける。この時の為に準備をしてきたのだと、口元を醜悪な笑みに変える。厄災前の知り合いが見たら、あまりの変貌に信じることができないだろう姿だ。
「火炎瓶は用意してあるか?」
「あぁ、もちろんだ!」
「釘打ち機も用意してあるよ!」
コツオとまだらも狂気的な笑みで、奥へと走り出す。最近は英雄の提案を適当に流していたランとルンはそのセリフにギョッと目を見開き驚いてしまう。
「ちょっと、いつの間にそんな物を用意していた訳?」
慌てて英雄たちを止めようと、その腕を掴んで声を荒げるが、容赦のない力でバシリと叩かれてしまう。痛いとランは怒鳴ろうとして、ギクリと身体を震わせて口を閉じてしまった。
なぜならば、英雄の目は血走っており、危険な臭いがしたからだ。最近は変だ変だと思っていたが、ここまで変だとは思っていなかった。事態を甘く見すぎていたのかもしれない。頬に平手打ちでもすれば正気に変えるだろうと楽観的なことを心の片隅で思っていたのだ。
しかし、今は違う。これは静養を無理矢理にでもとらせないといけないだろうと直感が告げてくる。刺激したら駄目なパターンだ。
「と、とりあえずさ。落ち着こう? まずは話し合いでしょう?」
「そんな悠長なことはできるわけ無いだろ! こういった映画とか見たことないのか? 話し合おうと友好的に近づくと殺されるんだよ! それで、その拠点は襲われて破滅するんだ!」
そうだそうだとコツオたちも騒ぎ立ててくる。たしかにそのような展開をランも見たことがある。言いたいことはわかるが、ここは現実なのだ。そんなことをする人間がいるだろうか?
「それじゃさ、英雄さん、こういうのはどうかな? えっと5階の塞いでいる窓を少しだけ開けて、話し合うの。そうしたら、ほら、不意打ちを受けても大丈夫でしょ? もしも友好的な人だと、反対に私たちが破滅するパターンも私見たことあるよ」
ルンが宥めるように提案を口にする。ナイス、とランは微かに口元を笑みに変えて、英雄の反応を窺う。と、英雄は顎に手を当てて、ルンの提案もたしかに一考の価値はあるかもと考え始めていた。
「そうだね………武器を持って窓越しに話せば大丈夫だろう。皆行くぞ」
まだ理性的な心が残っていたかとランは安堵の息を吐こうとするが、英雄が腰からピストルを取り出したのを見てギョッとする。ピストルを抜くのが早すぎないだろうか? 少し怪しいと思ったら、すぐに撃ちそうな気配だった。
これはジープの人とは穏便に穏便に話さないとなぁ、でも私は穏便とは遠い人間なんだよねと不安に駆られて
「あの………すまない、もう華子ちゃんが交渉に行っちまったぞ」
伝えに来てくれた男が気まずそうに想定外のことを口にして、冷水を浴びたように背筋が凍る。
「あの馬鹿っ! お前ら行くぞ、華子を助けるんだ!」
そして予想通り、交渉に向かったとの一言で、華子が捕まったとでも思ったのか、英雄たちは血相を変えてかけだす。
「あぁ、ちょっと待ってよ、もぉ〜!」
慌ててランたちも追いかけて、出口へと向かうのであった。
倉庫の片付けと残りの食料品などをチェックしていた華子はジープが来たと叫びながら走っていく人のセリフを耳にして、恐る恐る外を覗った。
最近の英雄たちはどこか精神の均衡を崩してしまったようで、華子は疲れていた。傍にいて何度も仲裁をしている間に自分もおかしくなってしまうかもと思い、彼らと距離をとり、自分にできることをしていたのだが、ジープが来たとの報告は驚き以外の何者でもなかった。
そっと外を覗くと運転席から、この間見たことのあるひょろりとした体格の男が降りてきていた。へんてこな人でガラクタを担いでいたので、危険だと言われて拠点に入れることができなかった。華子としては別に良いだろうと思ったのだが。
あまり警戒感は抱かない。そんなに強そうには見えないし、お人好しそうな抜けていそうな人だからだ。名前はたしか……倉田トニーさん。たしか、そう名乗っていたことを思い出した。
ジープから出てきたトニーさんはこちらへと顔を向けて、鼻の下を伸ばして、口元を下心丸出しでにやけさせた。ちょっと引いてしまう。
本人的には、ナイスガイな自信のスマイル、その名もトニースマイルだが少女から見たらこんなもんであった。
「あ〜、久しぶり。覚えてる? 僕、僕だよ僕」
僕僕詐欺に見えるが、本人的には懸命な様子に、肩透かしされて警戒心を薄れさせる。華子は久しぶりにクスリと笑って肩の力を抜く。最近は英雄のこともあって疲れていたが、ちょっと気が晴れた。
「知ってます。倉田トニーさんですよね。私は遠山華子です」
「ど、どーもどーも。ぼ、僕の名前は倉田トニーです。今後ともよろしく」
思いがけずに友好的な少女を前に挙動不審となり、アワアワと慌てるトニー。反対にその姿を見て、華子は落ち着き、周りで窺っていた面々も、その滑稽な慌てぶりを見て大丈夫そうだなと安堵する。
「あの、今日は何のようですか?」
この間来たときは、けんもほろろな形で追い出されたのだ。やり返しに来てもおかしくないはずなのである。だが、そんな様子は見えないし、なんだろうと首をコテリと傾げてしまう。
「あ〜、ほら、安全な拠点があるって言ったと思うんだけど、今回は説得力を高めるためにも、仲間も連れてきたんだよ」
トニーはジープへと顔を向けて、コクリと頷く。後部ドアがガラリと開くと、トンと地面に美少女が降り立った。幼気な少女は銀髪をキラキラと輝かせて、ニコリと見惚れる微笑みを魅せる。なぜか巫女服だけど、汚れてはおらず奇麗なものだ。
自分の髪の毛を思わす触ると、ゴワゴワしており脂ぎっており、羞恥で赤面してしまう。白い巫女服は洗いたてのようで綺麗だ。そして私達の服は汗や泥で真っ黒。体臭だって、私たちに近づきたくないレベルだろう。
「えっと。ここよりも安全でお腹もいっぱいになれるし、水もたくさんある拠点へと案内するよ。ツアーガイドしちゃうよ〜。あ、あたしは神凪音恩って言うんだよ」
「食い物もたくさんありますよ。僕が持ってきたんです」
私たちを見て、ウッと僅かに顔を顰めた音恩ちゃんの様子に、あぁ、私たちはそんなに酷い姿なんだと実感してしまう。恥ずかしい。今更ながら、自分の汚れに無頓着であったことを後悔してしまう。
「あー。僕はたくさん食べ物を持ってきました。見てくださいよ、これ」
トニーが誤魔化すように半笑いになると後部ドアから車内に積み込んだクーラーボックスを持ち出してくる。その時にちらりと椅子に持たれかかり、タオルを顔にかぶせて寝ている者の姿が見えた。袴を履いた剣道をしていたような姿だ。服のあちこちが破れて疲れ切って寝ていた。………どうしたんだろうか?
「あたちたちもお手伝いしましゅ!」
「うぅ……重いでしゅ」
「聖帝様の墳墓を作るのでしゅ」
自分よりも大きなクーラーボックスを担いで、5人の幼女たちが汗をかきかきジープから出てくる。大きなクーラーボックスで地味に重そうだ。しかも運んでいるのは幼女たちだ。ウギギと小さなお口を食いしばり、よたよたと小さな手足を動かしてクーラーボックスを運ぶ。その姿はまるで、ピラミッドを建設するために大石を運ぶ奴隷のようだった。
「え………」
「幼女をこきつかっているぞ?」
「可哀そう……」
その奴隷のように使われている姿に皆はザワザワとざわめく。トニーは慌てて手を振ると弁解する。
「善意だから! この子たちはからかっているんです! あ、そうそう食料を持ってきたんだ。見てくださいよ!」
んせんせと幼女たちが頑張って、ピラミッド型に積み重ねられたクーラーボックスの一つを持ち上げると、皆に見せるようにトニーはドスンと地面に置く。
「へへっ。まずはなんと言っても肉! 腹空いているでしょ? 肉を持ってきたんです!」
クーラーボックスをパカリと開けてトニーは笑い、クーラーボックスの中身を見た私たちは顔を引きつらせてしまう。
なぜならば
「あちゅいでしゅ。あちあち」
氷が入ったクーラーボックスには幼女が寝ていたからだ。幸せそうに指をしゃぶりながら身体を丸めている。……あれが肉?
「間違えたっ! こっちでした!」
トニーは力いっぱい蓋を閉めると、次のクーラーボックスを開ける。
「寒いぐらいがちょうどいいでしゅね」
やっぱり幼女が寝ていた……。
「うぉぉぉ! これは? これは?」
トニーが必死になってクーラーボックスを開けまくった結果、幼女、幼女、スイカ、幼女、幼女、缶ジュースだった。幼女ばかりだった。
「てめえら、肉は? 野菜は? どこにやったんだよ?」
「う〜ん……食べちゃったでしゅ」
クーラーボックスで寝ている幼女をクーラーボックスごとガタガタと揺らし絶叫するトニー。そんなトニーに対して、いやいやをするように幼女は首を振って答える。
「そういうところだけ、餓鬼の能力見せなくて良いんだよ! え? 僕が持ってきた食物はこれで終わり?」
哀しげなトニーさん。はぁ、と巫女服少女が半眼になってその様子を見る。うん、トニーさんは完全にからかわれているね、これは。
「頼む! 嘘だと言ってくれ幼女さん! 言ってください! 食べてないよな? 本当は食べていないよな?」
「核ミサイルを積んだ戦艦は撃沈したでしゅ」
ネタが古いんだよと泣きそうなトニーさんの後ろで、ちこてこと歩いてきて、他の幼女たちが両手にたっぷりの食料を持ってクスクスと笑っていた。
「はいはーい。それじゃ皆さん並んで並んで〜。配給するよ〜」
巫女服少女がパンパンと手を叩き笑顔で笑うので、私たちはゴクリと唾を飲む。たしかに冷凍肉やキャベツなどの野菜だ。久しぶりに見る生鮮食品によたよたと外へと歩き出す。貰えるみたいだと、期待で目を輝かせてしまい
「あぶねぇ、音恩!」
ビルの窓から投げられた火炎瓶に気づきトニーさんが巫女服少女を突き飛ばしたら、パリンと割れた火炎瓶から巻き起こる炎に包まれてしまうのであった。




