74話 ガシャドクロというか巨人じゃの
ガシャドクロ。本来は骨の化け物であるはずなのに肉がついていた。巨人である。単なる巨人となったガシャドクロだ。名前に偽りありだと天華は呆れる。しかしながら、肉が付いたことにより、骨だけの身体よりも力は圧倒的に強くなったように見える。
見かけは原始人だ。毛の多い猿に近いタイプである。四つん這いになり唸り声を上げながら口からよだれを垂らし弾けるように走り始める。
事実、先程まではアスファルトの踏み込む足元は足跡が僅かに残っていたが、今は大きくへこみを作り、その足は沈んでいる。
「半幽体から、物質寄りになったでしゅ」
「骨だけのカラコロから、ドシンドシンな物理攻撃タイプになったようでしゅね」
モニターから2人の幼女の顔が映し出される。真剣な表情できりりと眉を曲げて、真面目な表情だ。思わずぷにぷにほっぺをつつきたくなる表情だ。
「ガシャドクロはその力で人間を攻撃しますが、骨だけに軽い。だからこそ肉をつけたというところでしょうか」
「そうみたいでしゅ。パワーもそうでしゅが、本体である骨に攻撃されないように防御としての鎧としての性能も付与しているようでしゅね」
「たぶん倒された魔物を贄にするスキルでしゅ。様子を見ていたから、一時的な効果のはじゅ。……おねえたん、だぁれ? サンはどこでしゅ?」
「厄介なことですね。ですが、この機体なら勝てると思います。いきますよ!」
コテリと首を傾げて不思議そうに見つめてくる幼女たちのパチクリおめめの視線をスルーして、天華はウォーリアを操作する。ウォーリアはスラスターから白き粒子を吐き出し突進する。
シックルを構えて、前傾姿勢となりガシャドクロへと接近する。モニターに映る視界が高速で通り過ぎていき、振動が身体を揺らし、天華のテンションは止まることなく上がっていく。
「愚かな人間よ! その玩具で勝てると思っているのか!」
ガシャドクロは接近してくるロボットへと口元を歪め蔑みの表情で攻撃を繰り出す。拳を握りしめて、押し潰すように振り下ろしてくる。ガシャドクロの目には見知らぬ神器の内包している神聖力が見えていた。たしかに強力だが、己を倒せるほどではない。しかも念の為に魂集合体にて身体を覆った。負ける要素はない。
黒きロボットを潰そうとすると、身体を傾けて背部のスラスターが右半分だけ粒子を噴き出し、斜めに移動して拳を躱す。
「ふんっ!」
躱して接近してくるウォーリアへとガシャドクロはすぐさま蹴りを繰り出す。アスファルトを大きく削り、欠片を弾き、車両を吹き飛ばしながら大木のような脚がウォーリアを倒さんとする。
スラスターを吹かせて、なおもウォーリアは身体を半回転させて回避するが、ガシャドクロは体を沈めて、蹴りを繰り出した態勢から回転蹴りへと変化させると、ウォーリアを薙ぎ払う。ウォーリアは蹴りをまともに受けて吹き飛び、家屋を潰し地面へと転がって倒れる。
「鈍重と思ったか? 残念だな、この巨体でも素早いのだよ! 貴様らとは素早さもパワーも段違いなのだ!」
巨体であるがゆえの鈍重さなどガシャドクロにはない。元から素早いガシャドクロは筋肉を持ち、さらに早くなっていた。鈍重だと考えて突撃してきたウォーリアへと馬鹿にしたように大きく口を開けて嗤う。
天華は吹き飛ばされた衝撃で息を詰まらせて、けほけほと咳をする。唇が切れたのか鉄のような錆びた味が口内に広がってくる。
「甘く見ていたようです。迂闊でした」
ロボットに乗ってテンションが上がりすぎていたと反省して、レバーを引き倒し、ジャンプボタンを連打すると背部スラスターが粒子を吹き出して、機体を持ち上げる。廃墟となった家屋をモニター越しに見ながら立ち上がる。今の一撃でモニターがやられたのか、3割ほどが黒くなっていた。コンソールに映る機体表示もウォーリアの機体の腕部や胴体が黄色表示へと変わっていた。
「ナイトメアモードというわけですね。油断はできないということでしょう。やはり現実は違いますね」
たった一撃で中破寸前まで持っていかれたことに舌打ちして戦況を見ると、天華がやられた様子を見た残りの2体のウォーリアは遠距離からのガトリング攻撃へと切り替えている。
跳ねるようにガシャドクロが走り、ガトリングを撃つウォーリアへと間合いを詰めようとする。ズガンズガンと家屋を踏み潰し、猿のように接近してくるガシャドクロに対してウォーリアはホバーを全開にして冷静に距離を保ち攻撃をする。
タタタとビームガトリングは弾丸を嵐のように撃ちだして、ガシャドクロへと命中する。肉が弾けて鮮血が舞い、確実にダメージを与えながら周りを回り、砂煙をあげて疾走し間合いをとるウォーリア。
「無駄無駄、無駄だ!」
しかし、ガシャドクロはたいした痛痒を感じずに動きを止めることなく、間合いを詰めようと走り、手を伸ばす。本来ならば手の届かない場所にいるウォーリアだったが、腕がブチリと千切れると空を飛ぶ。
『我骨総身』
ロケットミサイルのように空をとぶガシャドクロの腕に、ウォーリアは対抗するべくシックルを振る。高速で飛んでくるガシャドクロの腕にタイミングを合わせてぶつけると足を支点に巻き込むようにくるりと回転させて、腕をうけ流す。マニュアル操作だと天華は驚き、必ず自分も操作を覚えるぞと決意する。見かけと違い幼女天使たちは有能らしい。
「まだまだ! ガシャドクロの意味を知れ!」
ガシャドクロは哄笑すると、腕を再び生やし、空飛ぶ拳でウォーリアを攻撃し、追い詰めるために、回避する方向へと身体を向かわせる。ウォーリアはシックルを再度突進してくる腕へと合わせて受け流しながら、本体から間合いを取るように行動する。
「ガシャドクロは再生能力が高いんです! 皆さん気をつけて!」
有名なガシャドクロだ。天華は昔戦ったことのある祓い師からその力を聞いていた。しかしそれは厄災前。肉で体を覆う能力は知らなかったのだが、骨の再生能力については知っている。ガシャドクロはなかなか破壊することができずに、耐久力が極めて高い厄介なやつだと。
襲われているウォーリアへ、天華は横から腕を突き出し、ビームガトリングを空飛ぶ腕へと向ける。かなり巨大な空飛ぶ腕はビームガトリングの弾丸が命中してもびくともしていない。ビームガトリングでは骨まで攻撃が到達していないからだ。
「このお肉邪魔ですね!」
「イチがニーをフォローするでしゅ。おねぇたんはホネホネたんの気を引いてくだしゃい」
襲われているのはニーと言う名前らしいと天華はわかりましたと頷く。数字が幼女たちの名前らしい。あまりダメージを入れることができずに動きが鈍るニーが乗るウォーリアへと迫るガシャドクロが飛びかかろうと身体を沈めたと思ったら大きく飛翔する。
両手を大きく広げてボディアタックと迫るガシャドクロへと、横合いから肩を前に突撃するイチ。巨体同士がぶつかり合い、ガシャドクロは態勢を崩して倒れ込み、イチの機体は道路に跳ね飛ばされた。
「とった!」
ニーが空飛ぶ腕へと空中に飛翔して大きくシックルを振りかぶると全力で叩きつける。ガスンと音を立てて腕にシックルが食い込み、そのまま両断し灰へと変える。
「こちらは……」
天華も倒れ込んだガシャドクロへと攻撃をしようとすると、相手はすぐに立ち直ってしっちゃかめっちゃかに腕をふるって近よらせないようにしてきた。天華は慌てているガシャドクロへとビームガトリングを食らわせてダメージを与えると、怒りの形相で睨んでくる。
「しくじったわい! もう一度やり直しだ」
再び腕を飛ばそうと、ガシャドクロは腕を突き出す。だか、天華へと意識を向けるのは早かった。イチとニーの2機がホバーダッシュで接近してくると一撃を放つ。
「てい」
「でしゅ」
息のあった動きで幼女たちはガシャドクロの脊髄へと同時にシックルを振りおろし、その肉体の奥底までを切り裂く。ミシミシと嫌な音を立てて、ガシャドクロの脊髄は切り裂かれて、苦悶の表情となりガシャドクロは苦しむ。
「グオォ! この玩具風情が!」
背中を押さえてヨロヨロと歩くガシャドクロ。そのおぼつかない足取りからかなりのダメージを与えたことがわかる。脊髄部分はやはり骨でも弱点だったらしい。
「しかしこの程度では!」
天華たちが近づこうとすると痛みを我慢して、片脚を支点に脚を伸ばしてくるくると回転蹴りを繰り出してくる。そのために接近しての攻撃ができなくなってしまう。
「でも動きが鈍くなったでしゅ!」
「あたちにまかしゅて!」
ニーが必殺技だよとぴよぴよと吠えて、放置された車両を掴む。
「天使流ライトバンストラッーシュ!」
片手でライトバンを持つと容赦なくガシャドクロへと放り投げるニー。その質量は無視することができずに、身体に命中しガシャドクロはたたらを踏む。
「同じく天使流ライトバンストラッーシュ!」
イチも真似をして、ライトバンを手に持ち放り投げる。ガシャンと大きくな音を立てて、ガシャドクロの身体に命中し、破片を撒き散らす。ライトバンを敵にぶつける天使たちの奥義だ。威力はお墨付きの必殺技だ。
「チャンス!」
天華は潰れてスクラップとなったライトバンへと鋭く目を光らせて、ガトリングガンのボタンを押下するビームの嵐はライトバンへと命中し、辺りに散らばるガソリンに引火して燃え始める。あっという間にガソリンをかぶったガシャドクロは炎に巻き込まれて苦しみ悶えて火を消そうとゴロゴロと地面を転がる。
「肉をつけて痛覚を復活させたのが、ホネホネたんの弱点でしゅ! みんな今こそ必殺技を使う時」
イチはシックルを空高く放り投げてぴよぴよと叫ぶ。
「おう、でしゅ!」
ニーもポイと空高くシックルを放り投げて、天華だけ必殺技? と小首を傾げてしまう。
「必殺技は強、弱攻撃ボタンとR3同時押し!」
親切なイチが教えてくれるので、誤爆しそうな攻撃方法だと思いながらも、天華はボタンを押下する。やはり天華のウォーリアもシックルを空高く放り投げて
ピカーン
と、ウォーリアが光り輝き、白き光の柱が機体から放たれて聳え立つ。天華は自身のマナがごっそりと抜かれたことを感じ、クラクラと目眩がする程に虚脱感に襲われる。見ると他の2機からも同じように白き光が聳え立ち、空高くに放り投げたシックルへと注がれていた。
全マナを吸収した3本のシックルはそのまま一つに組み合わさり、巨大な甲賀手裏剣のように変わり、イチの手元へと落ちていく。
「これが必殺トライシックル!」
ウォーリアは担ぐようにトライシックルを構えると大きく振りかぶり、燃え盛るガシャドクロへと投擲する。猛回転し光のソーサーのようにその姿を変えて、ガシャドクロの身体に命中すると、ゴリゴリとその身体を削っていき、真っ二つにする。
「ぐっ! こんな玩具で」
分断されたガシャドクロは再び身体を合わせようと魔力を高めるが
『流星光輪斬』
クイッとイチの操るウォーリアが腕を振ると同時に、トライシックルは鋭角にキュンと戻ると残像を作り高速でガシャドクロの身体を何回も切り裂いて、遂には小さな破片へと分断し、その身体を灰へと変えるのであった。
ガシャンと小さな頭蓋骨が地面に転がり落ちる。どうやらあれが魔道具なのだろう。
「あたちたちの勝ちでしゅ!」
得意げにふふーんとイチが勝利宣言をし、
「ど、どうやらここの瓦礫の一つとなったよう、で、すね」
絶対にこのセリフは言うぞと力尽きそうであっても、天華は最後に呟くのであった。そしてマナの枯渇で気絶した。その顔は満足げであったのは言うまでもないことだろう。




