70話 お祈りはエネルギーなのかの
人々の祈りは神聖なるマナエネルギーとなる。ウルゴス君は譲渡された1割のマナを吸収して、俺へと運んでくれる。うん、とっても優秀だ。このマナを奇跡ポイントに変えることができればなぁと、少し残念だ。
神域の城内、謁見の間の玉座に座り、出雲はあくびをしながらステータスボードを確認していた。ガランとしていて相変わらず何もない謁見の間である。リムがいて、ハクが寝そべるように床に座り、床を色付きの絨毯へと変えているのが目に入る。トニーは自分が探索時に倒した元魔王の魔道具を並べており、卓袱台でポーンを茜が作っている。まったく謁見の間に見えない。裏舞台なんてこんなもんだよね。
「まずは床を変えるのです。絨毯みたいな床にするのです」
『建築スキル。絨毯赤ブロック変化』
小柄な愛らしい幼女は、床に手をつけるとマナを使う。建設スキルの力が発動して、ちっこいおててからマナが生み出されて、白き床が赤い絵柄のふんわりとした感触に見える床に変わっていった。他者から見たら驚きの光景だ。絨毯ぽい床である。絨毯と同じ感触ならば、絨毯職人は廃業するしかない。
だが、ああいうの見たことあるね。クラフトゲームであったよ。床をポコンポコンと交換すれば良いんだよね。でも、効果範囲は小さいらしく4メートル平方メートル程度だ。ハクはハイハイをするように床を交換しながら前へと進む。
「あ〜、ちびよぉ、最初は大雑把に建物を改修した方がいいよ? 細かいところから始めると終わらなくて飽きちまうと思うぜ。まずはガラス窓とか、適当に調度品とか配置して、ざっとした内装にするんですよ」
クラフトゲームをやった経験のあるトニーがちまちまと床を交換しているハクへとジト目で声をかける。たしかにそうかもしれない。終わりが見えないぐらい細かく作ろうとすると飽きるんだよね。俺にも経験あるよ、うんうん。
「うっさいのです、下僕。あたちは細かい所から作るのです」
「途中で飽きないか?」
「3割ぐらい作るといつも飽きるですが、今回はやり切ることができると思うのです?」
「それ駄目なやつだから! 絶対に作り終えねぇから! ボス、なんとか言ってやってくれません?」
ペチペチと床を交換して、ふんすふんすと鼻息荒く根拠なき自信を見せる幼女に、駄目だこりゃとトニーは呆れかえって俺へと助けを求めてくる。
「失礼なのです? 床を変えたら次は段差をつけて玉座までの謁見の道をかっこよくするのです。彫刻も入れちゃうのですよ」
謁見の間だけで、かなり凝った作りにしたい様子だ。途中で飽きること請け合いのパターンだと俺も思うよ。
「まぁ、適当にやってくれ。どうせ謁見の間は身内以外進入禁止だしな」
たしかに終わりそうもない壮大な建物にしようとしていると俺も感じるが、どうせ使わない予定なのだ。手をひらひらと振って、適当にハクに任せておく。絨毯柄が途中で切れたりして、放置されるパターンだとは思うけどね。
「最低限の内装にはしておくのじゃ。万が一のために備えておくのじゃぞ」
「あたちに秘策があるのです。大扉に工事中と看板を立てておいたのですよ」
玉座に座った俺の膝の上に乗り、しなだれかかっているリムが俺の首に両手を回して、ふふっと妖艶に微笑む。いい匂いがするし、柔らかいし、温かいしと、俺の意思を試す小悪魔だ。トニーは羨ましいと、その様子を見て、僕も避難民でハーレムを作ろうと妄言を吐いていた。そしてハクの秘策はろくでもない。頼むから永遠に工事中にしとくなよ。
この謁見の間を見たら、膝の上に美女を侍らして、幼女を這いつくばらせて、こき使う大神官の姿が見えるだろう。大魔王に仕える大神官だと思われるのは間違いない。なので、スタッフ以外立ち入り禁止です。
とりあえずは良いかと、あんまり良くないが見なかったことにして、ステータスボードへと視線を戻す。保有マナがとんでもないことになっていた。
『生活用神聖マナ:10万3598』
『戦闘用神聖マナ:2165』
「神聖なるマナが10万を越えているな。それに生活用と戦闘用で分かれているぞ?」
どういうことだと首を捻る。ウルゴス神聖な国かできてから3日。皆は素直に祈りを捧げてくれたので、マナはかなり溜まっている。
「これ、どうなっているんだ?」
「うむ。違いを説明しようかの、我が契約者殿。生活用神聖マナは、神聖力が10程度の持ち主のマナじゃ。戦闘用神聖マナは50を超えている神聖力を持つ者のマナじゃな。基本、生活用マナは生活用神具にしか使用できぬ。戦闘用神聖マナはSAのガソリンに使えるマナとなるの」
「戦闘用神聖マナは祓い師たちから吸収しているのか? 3日でこれだけのマナを吸収できたのか?」
「うんにゃ。祓い師でなくとも、善人はおるぞ。神聖力は身体的な訓練ではなく、人の心の持ちようや、元からの素質があるからの。そういう輩は元からマナが50はある。戦闘用神聖マナを一人平均5吸収できれば、この数値になるのではないのかの。ほれ、御国の家族は全員神聖力が100を超えていたじゃろ?」
感知していた神聖力。たしかに御国家族は高かった。あの家族はたしかに善人だ。しかもかなりの善人。玉藻ちゃんはスキルの力もあるのか神聖力が150ぐらいあったしね。強化聖女のスエルタが200、天華が80程度だから、その善人度がわかるというものだ。
「なるほどねぇ。たしかに人の良い人間って、たまにいるもんな。玉藻ちゃんはスエルタには及ばないがかなりの神聖力だし。とすると、2万人いて100人程度は善人がいると。あとは祓い師からの吸収か。シュウとか祈ってなさそうだしなぁ」
ステータスボードを叩くと、詳細が表示される。それによると祓い師たちも祈ってはいるが、その人数は半分ぐらい。彼らの持っている保有マナは100を超えているようで平均10。そして人数は50人程度。全員祈っていればもっと吸収できていたはずなのに、警戒しているのだろう。厄介なことだよ、まったく。
「この方式で魔力マナも手に入らないか? 月収少なすぎだろ?」
「無理じゃな。そなたの吸収できるほど悪意に染まった魔力を人はそれほど持たぬ。邪気に支配された人間レベルでないと、1マナにもならんじゃろ」
「そう上手くはいかないか。ちなみにどれぐらいの悪人ならマナが魔力になる?」
「そうじゃのう。俺の名前を言ってみろと叫ぶ悪人レベルじゃの。それか人間共を苦しめる方法じゃ」
たしかに邪気だな、それは。
「あの悪人か。それじゃ無理だな。前にも言ったが人間を苦しめるのは無しだから」
弟に殺されるレベルの悪人だろ? それじゃ諦めるかぁ。悪魔たちはあのレベルの悪人を育てて魔力を吸収しようとしているのか……難儀なことだよね。
「でもこれだけあれば、ポーンはエネルギーの枯渇をあまり気にせずにすむっすよ。さすがはご主人様っすね。人間からマナを吸収するとはナイスなアイデアでした。お礼に抱きしめるっす」
プラモ作りをやめて、ぶかぶか裾を振りながらふわふわ美少女の茜がトテトテと近づいてくると、座っている俺に嬉しそうな笑顔で胸を押し付けて抱きしめてくる。やはり良い匂いと柔らかな感触が嬉しい。ぽよんぽよんとする感触が最高だ。楽園はここにあったんだね。やってよかった大魔王。
デヘヘとおっさんが鼻の下を伸ばし、リムと茜がにゅふふと子猫のような口元にして、悪戯そうな顔でますます俺を抱きしめてくる。
「ハーレムって大変なのです?」
「こういった軽いスキンシップはハーレムにならないと思うんだよ」
頬ずりしてくる小悪魔たちの頭を撫でながらハクへと答える。ペットに懐かれて嬉しい気分が半分ぐらいあるんだ。結局ここでストップしておくし。ベッド行きはこいつらは怖いので却下なんだ。特にリム。
「なんとなくわかるのです。出雲たんの気持ち。スキンシップは大事なのですよ。お姉たんに抱きつくのもスキンシップです?」
真顔で答える俺に、わかるわかるとハクは頷く。すまん、嘘です。ちょっとハーレム気分です。利害関係ありきの関係って、ハーレムとしては最高かもとか考えてしまったよ。心が伴うとドロドロの関係になりそうだしね。やっぱり美少女にくっつかれるのは男なら嬉しいものなんだ。
「あたし、花の天使たちを作りたいっす。なにか神聖なる鉱石を出せないっすか?」
俺の胸を指でクイクイとつつきながら、ガーベラやラフレシアの名前を冠する天使を作りたいとお強請りしてくる茜である。まぁ、こんなもんだよな。
「わかんねぇです。僕にはちっともわからないです! くっ、羨ましい妬ましい。僕なんてこの数日、へい、稲穂を脱穀しないかい? と最先端流行の決め台詞でナンパしているのに戦果ゼロですよ?」
血涙を流しながら悔しがるトニー。まったくセンスのない決め台詞を考えた模様。
「トニースマイルを見せながらナンパするからだろ。それに釣れてるじゃん。結構女性集まっているだろ?」
イーストワンでトニーが歩いていると、何人かの女性が釣れているの見たぞ。
「駄目! 僕は純真な娘が良いんです。ドSな女性も嫌になりました! 可愛らしくても美しくてもどちらでも良いですが、僕のことを心から好きでいてくれて、何人もの彼女を増やしても、笑って許してくれる聖母のような彼女が良いんです。近寄ってくる奴らは打算まみれなんですもん」
恥ずかしげもなく、理想を口にするトニーにドン引きである。俺以外のみんなもドン引きで、呆れ顔になっている。なぜドSな女性を嫌いになったのかは、現実でドSな女性と接触したからだろう。二次元ではなく、三次元の女性はたぶん想像と違ったようである。ドSな女性……たぶん天華だな。
「お前………そういう都合の良い人形みたいな女の子は現実でいないから。リムたちだって打算まみれだぞ? 良いじゃん、人間関係なんてそんなもんだ。お前の言うとおりの人間は反対にかなり怖いぞ」
俺にしがみついている2人は打算で動いている。リムは俺を依存させようとしているし、茜はお礼代わりにしかベタベタしてこない。
「病んデレならばあるじゃろうな……。夢を見すぎてドン引きするかの」
「大金を持てばハーレム作れるっすけど、純真な娘はいないと思うっすよ? 甲斐性があればハーレムを作れるのは徳川幕府とかでわかるっすよね?」
大奥とか作れるよね。怖そうな雰囲気しかないけどさ。
「夢を見過ぎだ、トニー。打算まみれの女の子たちでも付き合ってみろよ。段々愛情が生まれてくる子もきっといるぜ? 数撃ちゃ当たる作戦だ。この魔界で食料に困らせない甲斐性のある男に惚れるやつは絶対にいるから」
俺の言葉に、トニーはハッとなにかに気づいたような驚愕の表情となり、手をワナワナと震わす。
「あ〜っ! その手がありましたか! 餓死寸前で、風呂に入っていないで汚れまくりの生存者を探せばいいんですね? 笑顔で食料をタダであげて風呂に入れて、暖かい寝床を与える……異世界奴隷洗脳のテンプレは現代でも通用するんだ! 汚え奴らだなぁと、元魔王を倒す間に見かけた生存者たちを放置したらいけなかったんだ!」
満面の笑顔で、魔王らしい発言であるトニー君だ。
「そこは助けてやれよ。可哀想だろ」
「いや、一応僕もそう思ったんですよ。でもやけに警戒してまして、拠点に近づくこともできなかったんですよ。お前に分ける食料は無いとか言われて。入れてくれようとする娘もいたんですけどね? 殆どは敵意剥き出しにしていたので、放置しました。それに……その……凄い臭かったので」
言いづらそうに指をつつき合わせるトニー。臭かったのは本当だろうけど、それ以上に敵意を剥き出しに怒鳴られたのだと、トニーの悲しげな表情でわかる。
「あぁ……食べ物があるから生き残れると信じて、排他的になっている集団なのね」
トニーだけが悪い訳じゃない。自分たちが生き残れると信じている集団なのだろう。………なんか記憶に引っかかるものがあるな。
「今度は誠心誠意、この拠点に来るように説得してみます! 行ってきまーす。あ、その魔道具たち、吸収していいですよ」
集めた魔道具の山を指差して、すぐにトニーは駆け出して去っていく。拠点前でバーベーキューをすれば良いよなとか呟きながら。
「………まぁ良いや。俺は都心に攻める準備をするかね」
失敗しそうなトニーを見送ると、かぶりを振って気を取り直す。そろそろ唐傘軍団も討伐したいものだ。それに、自衛隊との連携も必要だ。
「また会合しないといけないのかぁ。めんどくさいなぁ」
嘆息混じりに、俺は次なる行動に移ることにしたのだった。ちなみに魔道具は総計380万になった。ナイスだトニー。




