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7話 跡に残るのは

 街灯がアスファルトを僅かに照らす。水道橋駅に近い国道。夜中であるのでほとんど車の通行はない。ビジネス街であるから当然かと思いきや、よくよく見ると違う。本来はトラックなどは数は少ないが走行しており、本当に僅かだが、人も歩いている。


 都会はビジネス街といえど、人の気配が無になることなどないのだ。しかしながら、今日は静寂が支配している。トラックは1台も走行しておらず、人も歩道を歩いていない。


 当然だ。よくよく見るとトラックは歩道に乗り上げて、ビルに突進しており、横倒しになってタイヤを空転させている車両もある。人の気配は感じないのに、どこからか、か細いうめき声が聞こえてきて、ズルズルとなにか引きずる音が微かにする。


 事故ならばパトカーがやってくるはずだが、既にパトカーは到着しており、ドアを開けたまま、パトランプを瞬かせていた。警官はというと、トラックの影に倒れた足が見えて、覆いかぶさっている人影がビルに写っている。


 静寂な世界なれど、恐怖を覚える光景であった。なにか得体のしれないことが起きている。勘の良い者ならば、この場所から足早に去るだろう。


 人の世界から外れたような場所。そこに黒いバンが飛び込んで来た。アスファルトにキュルルと煙が立つほど、タイヤを押し付けてバンは国道の角をドリフトをしながら走る。


 スピード違反は間違いない。恐らくは時速100キロは超えているはず。都会の国道でそれだけの速さを出せば、スピード違反で捕まる前に大事故を起こす可能性が高いだろう。


 しかし、そのバンは減速をすることなく、走り抜ける。酔った人間が運転しているのだろうか。それとも、走り屋もどきが走らせているのか。時折、車体を跳ねさせつつ走るバン。その車体の形はなにか不自然であった。


 否。街灯の下を通り過ぎる瞬間に車体の違和感はわかる。人が何人も貼り付いているのだ。まるでヤモリのように何人もの人間がしがみついていた。


「あぁ〜」

「ゔぁ〜」

「あ〜」


 血走った目をして、よだれを口元から垂らしつつ、人がうめき声をあげて貼り付いている。これだけの速さならば恐怖するのはもちろん落ちてもおかしくないのに、車体に穴が空くほど強い握力でしがみつき、離れようとせずに、それどころか、車体を剥がそうとしている。


 人ではない。ゾンビである。呪われし魔力を受けし者たち。哀れなる不死者だ。ミシミシと音を立てて、車の窓を剥がそうとする。ピシリピシリと蜘蛛の巣状にヒビが入っていき、今にも壊れそうだ。


 だが、壊れる寸前に、バンのドアがガラリと開く。


「清き風、生者の世界より、黄泉に疾く還れ」


 シャランと音をたてて、可愛らしい少女の声がする。巫女服を着た少女だ。その両手には神楽鈴を持っている。シャランシャランと心地よい鈴の音を立てると、目を見開き、強い口調で叫ぶ。


『黄泉送り!』


 その声が発動の言葉であり、鈴の音に純白の色が付き、波動となってゾンビたちへとぶつかっていく。


「あぁ〜」


 ゾンビたちは、その音の波動に苦しむと、何人かが力を失い車体から振り落とされて、道を転がって闇夜に消えていく。しかし、ほとんどのゾンビは車体から剥がれずに残ってしまう。


「駄目だよ。このゾンビたち普通と違う。凄く強いよ!」


 ドアが開いたので、ゾンビたちがズリズリと這いよって来るのを見て、巫女服の少女は悲鳴混じりに車内へと声をかける。


「………む。音恩ねおんは下がる。スエルタに任せる」


 音恩と呼ばれた少女は立ち位置を奥から現れた人物と入れ替わる。青いローブを着込んでおり、深くフードをかぶっているので口元しか見えないが、その声音から少女だとわかる。


「マナよマナよ。スエルタの意思に従い力と成せ。敵を焼き尽くす炎と化せ」


 近づくゾンビたちに手のひらを翳すと、火の粉がチラチラとその手のひらに集まって赤く光っていく。


『パイロキネシス』


 ボウと火炎がその手のひらから放たれて、今まさに襲いかかろうとしていたゾンビたちを押し包む。あっという間にゾンビたちは火だるまとなると、苦しみ藻掻き、車から落ちていくのであった。


「ムゥゥゥ」


 そのまま集中を途切らせることなく、火炎放射を続けていき、蛇の舌のようにチロリとゾンビを次々と燃やしていき、車に張り付いている全てを振り落とすのであった。


「おぉ〜。さすがはスエルタちゃん! 最強だね。超能力者だね!」


 パチパチと巫女少女が拍手をして、ローブを着た少女を褒め称えると、フフンとローブを着た少女は胸を反らす。


「むふーっ。こんなの当然。スエルタにとってはあんなの雑魚。もうマナは尽きたけど。後は任せるけど」


「あの程度の悪霊を倒すのに、マナを使い切ったのか?」


 バンの助手席に座っている女性が切れ長の目をスエルタと言う少女に非難交じりに向ける。スエルタはムゥゥゥと口を尖らせる。


「………さっきもスエルタがゾンビを倒した。マナが空になるのは当然。天華てんかこそ、働け」


「車内では刀は振れぬ。法力使い頼りなのだ」


「しょうがねぇでしょ。法力使いは強力だが、コスト悪いからねぇ。天華殿もその言い方は反感を与えるぜぇ?」


 運転席でハンドルを操作するのは、サングラスを夜中なのにかけているシャツにジーパンの軽薄そうな男だ。


「むぅ。紫煙しえんの言うとおりだな。たしかにそうだな。すまなかったスエルタ殿」


「謝罪を受け入れる。武士に憧れるコスプレ天華」


「コスプレ言うな! 刀はともかく、袴は仕方ないのだ。私もこんなあからさまに剣士みたいな格好はしたくない!」


 スエルタが薄笑いを浮かべてからかうと、天華は頬を赤くしてムキになり反論する。自分でも、この姿はコスプレ衣装だと薄々わかっているのだ。恥ずかしいのである。


「まぁまぁ、神具に身を包まないと私たちって、弱いから。仕方ないよ」


 一番幼そうな歳の音恩がまぁまぁと、手をあげて宥めると、コホンと気まずそうに天華は反論を止める。さすがに大人気ないと考えたのである。


「しかし……ここに来るまでに何人ゾンビいたかねぇ?」


 顔をしかめて、紫煙と呼ばれた男は考え込む。予想よりも敵の数が多いのだ。


「むぅ。50人はいた。こんなに大勢でしかも強力なゾンビは見たことない。耐久力が人間並」


「たしかにそうだよ! 本来は神楽鈴の音を聞くだけで逃げていくか、浄化できるのに全然効いていないよ!」


 スエルタの言葉に音恩がウンウンと頷き同意する。呪いにかかった人間、死体となってゾンビとなっても黄泉送りができる神具、神楽鈴の音には耐えられない。本来は音だけで追い払うことができるはずなのだ。


「たしかにおかしいな……。先程魔力が身体を通っていった。誰かの魔法かとも考えたのだが……。本当に世界を滅亡させるという魔法が使われたのか? 眉唾ものだと思ったが本当だったのだろうか?」


「うちとライバル会社が手を組んだんだから、それなりに危ういとは思っていたんだけどねぇ」


 紫煙はライバル会社と協力して、怪し気な敵の術式を破壊に行く作戦を聞いた時には耳を疑った。世界を滅亡させるといいつつ、いつも敵はクーデターや、暗殺、人体実験などしか行ってこない。


 お題目なのだ。どいつもこいつも世界を滅ぼすと口にしながら、金儲けに勤しむだけだ。コントロールされた闇の組織はただの企業と化しているのだ。


 そこにはだいたい金も絡んでおり、こちらの上とそれなりに繋がっていることも知っていた。所詮は金なのだと思っており、それよりも突発的に魔道具を手にして暴れる者を倒す方が重要だと考えていたのだ。


 なのに、今回は精鋭を揃えて、相手の精鋭と共に世界を滅亡させるという術式を破壊しにいくときた。騙し討ちかとも思ったが、金を稼ぐためにある程度なぁなぁの関係なのだ。そんなことをする可能性は極めて低い。


「誰も帰ってこない。叔父さんが教えてくれるだろうけどねぇ。到着〜」


 先程合流してほしいと叔父から連絡があった。うちの会社の最強と呼ばれた叔父からである。急いで支部に残っていた後詰めの連中を車に乗せて走らせてきたのだ。


 バンが急ブレーキにより、キキィと音をたてて停止する。叔父が勤めている貿易を営んでいるダミー会社。地下に特別な結界と強固な合金製の金庫が備えられているビルだ。


 日本にある強力な魔道具らを封印した要塞である。


「なっ! なんだこれは?」


 横付けしたバンから天華が刀を手にして飛び出すが、目の前の光景に言葉を失う。紫煙やスエルタ、音恩も同様に驚いている。


 なぜならば、玄関は砕け散り、扉は跡形もない。強化ガラス張りであり、銃弾も防げるはずなのに。


 しかも、床は爆弾の直撃を受けたかのように、大きく穴が空いている。分厚いコンクリート床が捲り上がり、地下へとその穴は続いていた。


「叔父はどこだ?」


 紫煙は懐から符を取り出すと、念を込める。


「目となり耳となり、我にその全てを伝えよ」


『式神鳥』


 地下へと放り投げると、符は折り畳まれて白い鳥となり、地下へと降りていく。式神鳥は主と感覚を同調できる。地下へと降り立ち、周りを確認し倒れている叔父に気づく。


「叔父!」


 青白い肌で倒れ込む叔父を見て、言葉を失う。叔父は戦車と対等に戦える変態的戦闘力を持つ最強の男のはずなのだ。すぐさま鳥を叔父のそばに着陸させると、その身体をつつかせる。


 硬い死後硬直の感触と体温がなく冷たいことから、死んでいるとわかった。最強の叔父が死んでいた。戦車の装甲をぶった切ったこともある叔父が。


「老衰以外で死ぬことはないと思っていたのにな……。天華、スエルタ、ここの監視カメラを確認してくれ!」


 見た目によらす、侍少女は電子機器に強い。そしてスエルタは強いどころではなく、クラッカーになれるレベルだ。焦った顔の紫煙の異常な様子に気がついて、慌ててセキュリティルームに向かい、なにが起こったのか一行は確認した。


 そこには黒騎士と戦う叔父の姿があった。敵は紫煙たちが見たこともないレベルの強さで、正直軍隊が必要だと思われる。叔父は小刀を振るい善戦するが、じわじわと押されていき、最後にはなにやら黒い本を翳す。


「悪魔王の本よ、我が命を贄として、この場にある魔道具を全て浄化せよ! 悪魔王の本、そなたも含めてだ!」


 叔父がそう叫ぶと、純白の光の柱が立ち登り、黒騎士も手に持つ悪魔王の本も、金庫に仕舞われていた魔道具も全て灰へと変えて倒れ伏すのであった。後は紫煙たちが来るまで、倒れた叔父の姿が映るだけであった。


「あんな化け物と戦ってたのか……。へっ、最後まで正義の味方ご苦労さん」


「うむ。敵はこの金庫を狙っていたが、倒された。なんだあれは? 悪神か?」


 紫煙は僅かに涙ぐみ、叔父の英雄的行動を褒め称える。天華はあれ程の化け物ならば今回の世界を滅ぼす敵の一人だったのだろうと推測した。


 恐らくは悪魔王の本を狙ったのだろう。それを単身で叔父は防いだのみならず、その命を犠牲にして全てを浄化したのだ。まさに英雄的行動である。悪魔王の本は質が悪いと有名だったのだ。死ぬ前は対価は払わなくてすみ、強大な力を与えるのだから。


「ねー。感動しているところごめんなさい。あのね、なんか本部が大混乱しているよ。防ぎきれないから助けに来いって」


 気まずそうに音恩が手を挙げる。スマフォに恐ろしい数の支援連絡が来ているのだ。なんなのかはわからないが非常事態だ。


「よっしゃ。ここにはもう何もないしねぇ。本部に行って、いっちょ叔父の分まで活躍しますか!」


「そうだな。見る限り最強の敵は相討ちで倒したようだ。残党狩りと言ったところだろう」


 紫煙が気合いを入れて駆け出すと天華も後に続きバンに乗る。


「ほら、スエルタちゃんも行こうよ。どうしたの?」


「………なにか不自然さを感じた。……気のせいかもしれない。行く」


 今の画像にスエルタだけは違和感を感じたが、救援要請がひっきりなしに来るので、本部に戻ることに決める。


 本部ではこの後激戦が始まり、スエルタは今見た違和感を忘れてしまう。なんとなれば、この世はバッドエンドの世界となり、地獄の蓋が開かれたような魔界へと変わるのであったが、4人はそんなことは想像もせずに本部へと帰還するのであった。


 そうして出雲がいたという痕跡は消えて、悪魔王の本も後に純白の柱がビルから観測されたこともあり、浄化されたと判断されてその存在は無くなるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現場脱出は大正解という回ですね! もしその場にとどまっていたらブラック社畜に(震え声) [気になる点] 一般人の生き残りは無理ぽい?
[良い点]  日本を裏から支える善なる組織らしき動き(・Д・)ほほーコンハザと違って自力で人々が怪異に立ち向かえる下地はありそうだからバッドエンドとは言え人類死滅級の最悪では無さそうですな♪ [気にな…
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