63話 ピンチはチャンスなのじゃ
炎と血風、硝煙の渦巻く戦場に神々しい光とともにウルゴスは降り立った。金色の装甲が陽射しに照らされて輝き、バイザーのカメラアイが赤く光る。その身体からは膨大な神聖力が吹き荒れて、周囲を清らかなる風が炎をかき消し、ゾンビたちを灰へと変えていく。
堕ちたる神にして悪意の塊である大魔王ウルゴスにして、この装甲は夏になると暑いのではないのだろうかと恐れる中年のおっさん天神出雲が出現した。おっさんは着ぐるみを着て夏を過ごすと激やせするとの噂を聞いて恐れていた。倒れちゃうかもと恐れていた。運動不足のおっさんはそんな激務に耐える自信はないのである。
まぁ、夏になったら考えようと、とりあえずおいておいて、のっぺらぼうの魔王フェイスレスと対峙した。
「貴様がウルゴスですかぁぁぁ! 聞いてますよ、仰々しくも神だとか、大魔王だとか名乗る悪魔!」
めきめきと身体の筋肉を膨張させて、怒りでのっぺらぼうの顔に不気味に血管を浮かせてフェイスレスは怒気を放つ。その身体から魔力が放たれて、黒き風を巻き起こす。
『奇跡ポイント30取得しました』
シュルルとおっさん型掃除機が吸収してしまったが。相変わらず空気を読まないおっさんである。人気のなさそうな掃除機天神出雲です。
だが、自分の魔力が吸収されたことに、フェイスレスは驚き、僅かに後退ってしまった。
「わたくしの魔力を吸収した? その力は一体?」
「我が力はあらゆる魔力を浄化する。そなたの魔力も例外ではない」
実際は色々な力に交換するためのポイントなんですと内心で呟きながら拳を前にして身構える。もはや、魔力はカードポイントのような扱いをしているおっさんだが、おくびにも出さずに機械的な行動を演技する。
「ここで貴方を倒してぇぇぇ、地脈を支配させてもらいますよぉぉ、このフェイスレスの力にて!」
フンと肉体をパンプアップさせると、フェイスレスは地を蹴り向かってくる。かなりの速さだ。
「ひょぉぉう!」
肉薄してきて、右拳を打ち放つフェイスレス。俺は腕をクロスさせて、敢えてその攻撃を受けてみる。ズシンとかなりの衝撃が腕に伝わり、痛みに顰めてしまう。
「ひょひょう!」
フェイスレスは体を捻り、パンチを連続で繰り出してくる。右左と俺のガードを貫くために、残像を残しながら風を纏わせて、パンチの連打を繰り返す。
鈍痛と共に体力が削られていくのを、冷静にステータスボードで確認しながら、何発か受けていく。一発の攻撃で8ほど体力が減っていた。防御してこれならば、まともに食らうと2割は減りそうな予感がするな。防具をつけていて良かったよ。無かったら、もっとダメージを受けていたかも。
新しい防具はこんな感じ。
『交換ポイント50万:神聖鋼の腕輪。防御力+50。装備者の身体に不可視の防御障壁を作る』
腕に付けるだけで身体全体を守ってくれる鋼の腕輪だ。おっさんはゲームでは旅人の服の次はいつも鋼装備まで変えなかったので、現実でもそうしたのだ。そのため、フェイスレスの攻撃もあまり効かないようになった。おっさんは学習するおっさんなのだ。
「フハハハ、手も足もでないでしようぅぅぅ? このフェイスレスは身体能力を増大させることに魔力を振っている! わたくしの拳は世界一ぃぃぃ」
ウルゴス君が守り一辺倒と見るや、調子に乗って吠えるのっぺらぼうに、おかしさを感じてクスリと笑ってしまう。
「ぬ? なぜ笑うのですかぁぁ?」
俺の笑いが気になったのだろう。拳を止めてフェイスレスはバックステップにて間合いをとる。意外と慎重な奴だなと苦笑しながら、手をひらひらと振って、告げてやる。
「たしかに素晴らしい身体能力だ。我の身体能力を上回っているだろう。だが、それだけだ。圧倒的に上回っている訳でもないそなたでは我には勝てぬ」
偉そうに告げて、ふふふと余裕の笑みを作ってやる。ボカスカ殴られて、腕は痺れて痛いけど、痛くないふりをして、手をクイッと挑発するように曲げる。
「はァァァん? 身体能力で上回っていれば、勝利するのはわたくしでしょうが! 世の理、勝者の鉄則!」
「試してみよ。汝の拳は既に見極めた」
「その余裕の顔をひねり潰してやりますよぉぉ!」
怒りの声をあげると、再びフェイスレスは大地を蹴って、風のように俺へと肉薄してくる。身体能力の高さから繰り出してくる拳はやはり速い。
だが、それは対応できない程ではない。1.5倍といったところか。反応できれば、やりようはあるのだ。
眼前まで迫る拳を、手のひらを広げて横から打ち付ける。風の壁を叩くような音をたてて、フェイスレスの拳は弾かれて、その軌道をずらされて空を斬った。
「ぬぬ?」
僅かに態勢を崩されるフェイスレスだが、すぐに拳を引き戻し腰を落とすと、左の拳を繰り出す。
「たったの一発を防げたところでぇぇ」
「そうかね?」
同じように左拳を平手で打ち付けて弾く。拳撃の強力で速度が早い分、弾かれた際の衝撃は大きく、フェイスレスはまたもや態勢を崩す。しかし、身体能力の高さを利用して、無理矢理態勢を立て直し、左右の拳を繰り返し放ってきた。
「ひょ? ひょひょう!」
上半身のみの力で繰り出すフェイスレス。しかし、ポーンの装甲をやすやすと砕ける筋力を持つ魔王は、力の入っていない拳でも強力だ。
俺は両手のひらを向けて、胸の前で腕を回転し、その全てを受け流していく。滑らかなる動きは、暴虐な怪力を無へと変える。フェイスレスの拳は滑るように軌道をずらされて、俺の身体に命中することはない。
「な、なぜぇ? なぜ当たらないのですかァァァ」
「貴様にはわかるまい。それが我と貴様の差とも言える」
動揺を声音に乗せるフェイスレスに冷たく返答し、右足を強く踏み込み、身体を捻るとより一層力を込めて、次の拳撃を強く叩く。完全に態勢が崩れて、空を泳ぐフェイスレスの横へと間合いを詰めて、首元に肘打ちを俺は打ち込む。
「ぐはっ」
悲痛の声をあげて地に倒れ伏すフェイスレスの首元に足の爪先をたてて突き入れる。ゴキリと骨が折れる音がして、身体を震わすとフェイスレスは息絶えるのであった。
『奇跡ポイントを7万取得しました』
倒したフェイスレスが灰へと変わり、魔力が俺へと吸収させる。あっさりと倒したなと思いながらも、魔力の少なさにがっかりしてしまう。雑魚魔王だったかな?
弱かったなぁと、肩を落とす俺だったが、魔力感知に違和感を感じて、顔を家屋の一つへと向ける。
「わたくしと貴方の違いというものを教えて欲しいものですねぇぇぇ」
「………今のは分身か?」
屋根の上に、先程倒したはずのフェイスレスが腕を組んで立っていた。内包する魔力は今倒したフェイスレスとまったく変わらない。
仰々しくフェイスレスは片手を前にしてお辞儀をして、のっぺらぼうの顔に口を生み出すとニヤリと嗤う。
「ふふふふ。分身とはすこーしぃ、違います。わたくしの能力はのっぺらぼう。妖怪のっぺらぼうのお話を聞いたことがおありで?」
「もちろんだ。ある時、夜半に男が歩いていると、蹲って苦しんでいる女性がいた。心配して、声をかける、もしもしどうしたんですかと。女性は顔を見せてくる。それがのっぺらぼう。目鼻口も何もない、ツルンとした顔だった」
昔話としてはポピュラーなものだ。有名すぎて、様々な派系があり、どれが元ネタかもわからないが、大筋は大体同じだ。
「そのとおりぃ。驚き逃げる男は、その後、出会う相手にこの話をします。ポピュラーなのは屋台の蕎麦屋ですかね? こぉんな顔ですかと聞き返す蕎麦屋の主人の顔は何もなくのっぺらぼうであった。終わりは大体同じ形ですねぇぇぇ」
手を顔に添えて、つるりと撫でると口はなくなり、剥きたての茹で卵のように滑らかな顔にフェイスレスは戻す。
「さて、そこでのっぺらぼうの力に戻ります。どのような話しでも必ずのっぺらぼうは先回りをしています。それは瞬間移動をしていたからでしょうか? いえ、江戸時代から綿々と続くこの話に瞬間移動などというSFじみた能力は考えられませんでした。ならばなにか? それこそが肝なのです」
得意げに人差し指を振るのっぺらぼうの話に俺は合点がいった。
「なるほど、多くののっぺらぼうがいるのではないかと、そんな想いが加わるというわけか」
周りから感知される魔力。多くの魔力の塊が感知されている。
「そのとおりぃぃぃ。のっぺらぼうの能力。それは本体がいくつもあるということ。分身ではない。全てが本物なのですよぉぉぉ、わかりますぅぅ。ジャジャッーン」
道路の角から、壊れた店舗の中から、オフィスビルの窓から、まったく同じ姿ののっぺらぼうが現れる。その魔力は姿形と同じくフェイスレスと全く同じ魔力であった。
30体はいるだろう。顔に裂けるぐらいに大きな口を生やして、ケタケタと嗤って俺を囲む。
「驚きましたぁぁ? これこそが魔王フェイスレスの権能。完・全・分・裂」
手を振り上げてポーズをとるフェイスレス。他のフェイスレスも同じように舞台の俳優のようにポーズをとる。
「何体倒しても無駄ですよぉぉぉ。わたくしの権能を使えば、無限に増やせますからねぇぇぇ。一体でも残れば、また元通りぃぃぃ」
「わたくしたちの攻撃にどこまで耐えられますかぁぁ」
「どこまで持つか見物ですねぇぇ」
「くくく。絶望の中で抵抗しなさぁぁぁい」
周りのフェイスレスが高笑いをして、身構える。たしかに魔力が同等ということは、その身体能力も同等なのだろう。得意げに俺を見下す姿も納得できてしまう。
『リム、恐るべき魔王だぞ!』
『うむ、待っておったぞ! そろそろ妾の出番がないと泣きつこうと考えていたところじゃ! たしかに恐るべき魔王じゃの!』
うぅ、と少し泣きそうな声でリムが思念を返す。最近、濃い個性を持つ仲魔ばかり増えたから、影が薄いと心配している元悪魔王なのです。
『なら、支援を頼む。使用する法術は』
『範囲法術じゃな?』
ふんすふんすと鼻息荒く張り切っちゃうリム。華麗に現れて法術攻撃じゃと符を使おうとする。いつものごとく、不可視で隠れている小悪魔さんだ。
『いや、持続性のあるスタミナ回復と疲労軽減、体力回復でよろしく』
『えぇぇぇぇぇ! なぜじゃ? 妾の力を見せるときじゃろ?』
『いや、こいつは一体でも残したら、復活する厄介なタイプだ。ここは慎重にいこう。慎重に』
危険な相手だ。気をつけなくてはならないのだ。相手の出方を見なくてはいけない。たぶん切り札はもう一つぐらいは隠しているじゃないかとおっさんは考えているんだ。だから、慎重に倒さないといけないんだ。
『お主……仕方ない! 10分間持続する法術じゃ!』
『持続疲労回復符』
『持続体力回復符』
こっそりとリムが俺に符を放つ。仄かな光が身体を覆い、僅かに身体が強化される。これならば大丈夫。長時間の戦闘に耐えられるだろう。
「試してみよ、フェイスレス。このウルゴスを!」
「よろしいぃぃ、その強がりがいつまで続くか見て上げましょうぅ!」
フェイスレスたちが一斉に飛びかかってきて、俺は激闘を開始するのであった。
やばいぜ。魔王を甘く見てたよ。本当だよ。
アースウィズダンジョンの外伝を書くので、書き終わるまで少しお休みします。すぐに復活予定です。




