6話 世界はバッドエンドとなったのじゃ
ファミレスは数人のゾンビしかいなかったので、荒れ果ててはいなかった。ちょっと床に赤い肉塊が落ちていたりするが、見なければ大丈夫と、現実逃避をする出雲である。ファミレス内に流れるのんびりとしたBGMが、少し異常さを和らげてくれている。たぶん、おそらく、メイビー。
テーブルを挟んで出雲とリムは対面に座り、話を続ける。
「まず話を進める前に良いのかの? 妾たちの姿はカメラにてしっかりと映っておる。調べればすぐに足がつくだろうて」
ニヤニヤと悪戯そうな笑みの悪魔王。なるほど、たしかにカメラに映っていたと足取りを追われるのもテンプレだよな。でも大丈夫。
「抜かりない。情報化社会なんだ。対抗策は既にしてある」
ポケットから小瓶を2つ取り出してみせる。既に中身は空であり、使用済だ。ラベルにはデフォルメされた蜂の絵が描かれている。
「なんじゃそれ?」
「性能はこうだ。ちなみにリムにも振りかけておいたぜ」
『電子虫レベル2:交換ポイント2万。使用者の映ったカメラなどの電子機器に過去24時間前から使用から24時間後までの姿を改竄し、使用者を巧妙に隠蔽する』
カメラの可能性は考えた。絶対にあるはずだし、奇跡にて作っておいたんだ。
「はぁ…どのような改竄となると思うのじゃ?」
「知らね。でも俺とリムの姿はわからないだろ。電子機器にも効果を与える法術が無ければだが」
たぶん俺と接点が無いものに変わるんだろ。何しろ奇跡の力だしな。対抗策がなければだけど。
「もちろんある。が……それは悪魔の類を防ぐためじゃ。これは清らかな力しか感じぬからフィルターされないじゃろ……効果は悪質じゃがな。出雲は頭が良いの。本来は神聖力は善なることにしか使えんはずなのじゃがの」
現代の防御術式は魔力専用なのじゃと、リムは電子虫の力を感心しつつ、神聖力で悪質なことができる出雲の力を面白いと内心で嗤う。自分の持っていた悪魔王の力よりも楽しそうだ。
「ゲーム世代のおっさんだからなぁ。テンプレを考慮すると対抗策は結構出てくるんだよ」
「漫画やゲームが防御策の教科書か……なんか相手が哀れに思えるが、それならば問題あるまい。しかし、合わせて4万ポイントを躊躇いなく使ったのか、お主」
「必要だったんだ。ここでケチると絶対にろくなことにはならないからな。俺は強くなるまで、できるだけ危険は避けたいんだ。で、話を戻してくれ」
手にあるコップを玩びつつ、リムへと話を促す。ふむ、とリムは腕を組み片眉を少しだけあげて語り始める。
「世界を滅ぼしたい闇の結社が、世界崩壊の悪魔の術式を作り上げたのじゃ。最古にして最強の魔道具アンラ・マンユを筆頭にあらゆる悪神、邪神の概念を持つ魔道具を集めて、生贄とし作り上げた秘術をの」
「ふ〜ん。テンプレだな。もう一捻り必要なストーリーじゃね?」
ありきたりだよなと、出雲はオレンジジュースを飲みながら、つまらなそうな顔になる。王道のお話だ。わかりやすすぎて笑うところかもしれない。
「ま、お主の言うとおりじゃな。それにそれだけ集めても世界の滅亡なぞ不可能。皆はそう考えていた。だが、この術式を考えた天才もそれはわかっていたのじゃ。なので、世界を滅ぼす兵器を魔道具に変えたのじゃ。それこそが世界滅亡の術式、核ミサイル郎党族滅の法」
ストローを振りながら、リムは俺の反応を窺うように覗いてくるが、核ミサイルねぇ。ネーミングセンスはないよな。
「核ミサイルが爆発してエンドなら、まだキノコ雲見てないんだけど?」
「人類は核ミサイルでも死なぬ。黒い虫よりもしぶといからの」
「たしかに地下シェルターとかに隠れて生き残りそうだ」
リムの言葉に納得である。たとえ、世界を焼き尽くす量の核ミサイルでも、どこかに必ず生き残りがいる。そんなパターンを容易に想像できちゃうぜ。
そうじゃろうと、氷を噛み砕きながらリムは苦笑する。
「なので、核ミサイルを魔力爆発させることにした。爆発を魔力に変えて、世界を覆い尽くす方法じゃ。これは光の結社も闇の結社も慌てた。核ミサイルは元々人の恐れの概念を受けて、ただでさえ魔の物になる可能性が高かった。それを血族根絶の術式を乗せて使われたら、その効果は絶大じゃ。怨嗟の力は魔力となり、魔力は世界を覆い尽くし、全ての人類を魔物へと変えるのじゃ! ぶっちゃけカオスルートじゃな」
グワーと両手を翳して、俺へと襲いかかるフリをするリム。最後の一言がとてもわかりやすい。それとこの褐色美少女がそんなことをしても、可愛らしいだけだ。小さな牙がぷりちーである。
「ゲームかよ。よく意味がわからないが、魔力爆発? それとなんで、闇の結社も慌てるわけ?」
「魔力爆発とは、魔道具を媒介に爆発させて周囲の魔力を強める魔法じゃ。核ミサイルとウランにその魔法を仕掛けたので、普通にその魔法が発動すれば、少し負の意識を持つ者でも、負の力が魔力に変換されて魔物と化す。光と闇の結社の大連合がなんとか防いだので、中途半端に発動した。即ち、魔道具の力を数千倍に引き上げて、負の意識の多い者を呪われし魔物と化すだけとなったのじゃ」
中途半端でも、聞くだけで恐ろしそうな魔法だこと。真面目にそんな魔法が発動したわけ? マジなのかなぁ。いまいち信じられん。
疑わしい顔をする出雲を他所に、リムは話を続ける。
「ちなみに光と闇の結社が大連合となったのは、偉い奴らは皆金持ちじゃからだ。世界が滅びたら、困るのじゃよ。程々にお互いに争っていれば金になって良かったのじゃ」
「あ〜。そのパターンね。わかるわかる。上はお互いに繋がっていたと。で、純粋に世界を滅亡させたい実力者たちが暴走したと」
金かぁ。だよなぁ。現実だと、やはりそうなるんだろうなぁ。
あまり驚かない出雲に、リムは少し不満そうに頬を膨らませる。もう少しリアクションが欲しかったんだろうが、すまん。おっさんはもうそろそろ疲れて眠いんだ。夜中だぜ、夜中。
「そもそも、魔力が数千倍になったにしては、さっきのリビングアーマーは弱くないか? もっとこう……山を砕くぐらいの力の持ち主になってもおかしくないと思うんだけど」
「それがの、魔力爆発でパワーアップできるのは、その魔道具以下の力の物だけなのじゃ。そんで、核ミサイルは世界を覆い尽くす程の広範囲に影響は与えたが、その効果は弱い。下級のほとんど力のない魔道具、負の意識を持つ者にしか影響はでんかった。元々魔力って弱い。力ある魔道具は世界に数千点しかなかったしの。弱い力のない魔道具ともいえん物が魔力爆発の影響を受けて強大化、魔道具へと進化して数千万点ぐらいには増えたと思うぞ」
「魔力が弱いのか? だって、テレビから現れたり、家に住み着いている悪霊は強いじゃん。悪霊も魔力の塊だよな? 女神が転生するゲームで知っているぜ」
あれは夢に出てくるほど怖かった。特に家に住み着いている奴。あのゲームは難易度高すぎでクリア不可能だったし。映画のゲーム化禁止です。
「映画を元に言うでない。たしかにあれレベルの物はあるが、それこそが上級なのじゃよ。ポイント見たろ? あのリビングアーマーは5万。ということは元はたったの50。その力は本来は夜中にギシギシ音を立てる程度の力しかなかったのじゃよ」
「俺、そんなやつと戦って死にかけたわけ?」
リビングアーマーは本来はしょぼすぎる能力の持ち主だったらしい。お化け屋敷の方がマシな感じだ。なんか少し悲しくなるんだけど? ……待てよ?
「ゾンビを倒しても8しかポイント増えてねぇ! 8人倒して8だから、こいつらは元は0.0001程度の負の力とやらしか持ってなかったのか!」
先程倒したゾンビのポイントを宙に映したステータスボードを見て驚愕してしまう。しょぼすぎるだろ、ゾンビたち。
「そうじゃ。魔力とはそれだけ弱い。光の力、神聖なる力の前には妾のような長い年月にこびりついた魔力の塊のような物でもなければ簡単に祓われるのじゃよ」
キリリとリムは真剣な表情になり、俺もゴクリと喉を鳴らす。
「パチンコに10万ツッコんで、世界が滅びれば良いのにと負の力をマックスにしても、単発が当たっただけで幸福な気分になる。負の力はそれぐらい簡単に消え去るのじゃよ」
人差し指を俺の目の前で振ってみせるリム。なるほど、わかるようなわからないような……。というか、この娘はパチンコやるのかよ。ようは一瞬の喜びで消えちまう程、負の力は弱いと。どんな人間だって、喜ぶときはある。闇の結社の皆さんは苦労してたんだろうなぁ。絶食とか無欲になるようにしていたのかね。修験者かな?
「妾が肉体を持ったのは初めてではないが、攻撃用のまさしく悪魔、獣の肉体にコウモリの羽、捻じくれた角に、蹄のある足の姿じゃったからパチンコはやったことがない。契約者がやっていたのを見ていたぐらいじゃな」
「なるほどねぇ。お前は悪魔なわけ? 悪魔は魔界から来るのか? 悪魔のプログラムはどこで手に入るんだ? ぜひピクシーを仲魔にしたいんだけど」
「この世に悪魔はおらぬ。古くからの道具が魔力を澱のように積み重ねて生まれるのが悪魔じゃ。即ち伝説の悪魔は人間が作ったのじゃよ。妾も3000年前に人の皮と骨、血によって作り出された本が魔力が積み重なり生まれたのじゃ。リリム、悪魔王サタンとエデンの園を追いやられし、リリスの娘という概念を独占しての。ちなみにサタンとリリスの娘なのに、なぜか妾、悪魔王と呼ばれるようになったのじゃ」
なぜなんじゃろうなと、不思議そうに小首をコテンと傾げるリム。ふむ……。
「数千年単位の積み重ねで生まれたのか……。反対にそれぐらい時間をかけないと強くなれないと。リムの力で世界滅亡とか願う奴はいなかったのか?」
「妾は悪魔らしく、個人の力の願いに制限されておった。世界を滅ぼす力は与えることはできても、直接滅ぼすことはできん。今回の戦闘では滅亡を目指す輩を倒すために使われたのじゃ。相手も強かったので、妾の契約者も死んで魔力となって吸収しちゃったけど。相手も滅ぼしたぞ。倒した魔道具と人間は核ミサイルの術式の生贄に使われたから罠だったんだけど」
「魔人を呼び出すために使われた野菜人みたいな感じだったのか。だが、成功はしなかった。ゲームで言うノーマルエンド、現実だとバッドエンドというところか」
アクションゲームとかだとあるんだよなぁ、そういうエンド。主人公たちは相討ちとなって、後には荒涼とした世界だけが残るエンド。残った人たちにとってはバッドエンドなやつな。今の状態がそれなのか。
「妾も魔道具。その力の使い道は限定されていた。まず相手に妾に願うように働きかける力、相手の願いを叶える力、死んだらその負の力を魔力として吸収する力じゃ。悪魔王に相応しい力じゃろ?」
フフンとふくよかな胸を張るリム。へそ出しルックの胸を強調させるショートのシャツにパンツルック。可愛らしい顔立ちに合わせて、羊の角にコウモリの羽と尻尾、どう見ても小悪魔にしか見えない。悪魔王とは思えないよな。
「これからは雑魚レベルの力になったが自由じゃ。ウシシ、この世を楽しむのじゃ」
口元に手を当てて、嬉しそうにほくそ笑むリム。……雑魚レベルねぇ……そこも気になるところだ。
「俺は雑魚レベルか? 強者は山をも砕けるのか? そういうのって、現実なら国家が放置しておかないと思うんだけど」
「ん? ぬぬ……最強の奴は戦車と戦っても勝てたな、うん」
「ミサイルには? 軍隊には? 師団レベルにも勝てるのか?」
「……負ける……」
目を背けて、悔しそうに口を尖らせるリム。なるほどなぁ。即ちそこまで強くないのか? これも要検証だな。俺の力がどれぐらいなのか、把握しておく必要がある。
「よし。話は終わりだ。必要なことはわかった。ゾンビが増えて、怪物が徘徊する世界になったと。で、張り切っていたら一週間後には、この騒ぎはおさまると!」
パンと膝を叩き立ち上がる。聞きたいことは聞けた。後はこの騒ぎがおさまるのを待つだけだ。
「おさまるかのぅ? ま、それはそれで楽しめそうじゃがな」
「絶対に権力者は切り札を隠し持っているはずだ。この騒ぎも長くは続かない」
そう思いたい。おっさんはもう青春時代は過ぎたんだ。履歴書書かないといけないし。頼むぜ、権力者たちよ。シェルターに隠れるといったパターンは勘弁な。
「出雲は冷静じゃの。なんでそこまで冷静なんじゃ?」
興味津々に俺の顔をのぞき込んでくるので、頬をポリポリとかいて、エヘンと咳払いを一つ。
「まだ俺は会社にいて、疲れ切って寝てるんだ。即ちこれは夢だと思う」
ファンタジーだろ? これはファンタジーすぎる。こんな展開は有り得ないんだ。どう考えても夢オチである。たまに見るんだ、こういう夢。痛いと思ったのは、たぶん足を机にぶつけていたりするんだよ。うん。
だからゲーム的行動を取れたんだよ。実はそうなんだ。ほら、誰でも憧れている行動ってあるじゃん? 厨二病的なやつ。
おっさんは現実逃避していたことを告白するのであった。
「それならば夢が醒めるまで遊ぶとしようぞ、妾の契約者殿」
俺の言葉を聞いて、一瞬キョトンとした顔になるが、すぐにリムはからかうように言う。
「胡蝶の夢と願いたいね」
夢オチだよ。たぶん夢オチ。そう思いたい。
それに……嘘はついていないかもしれないが、裏の真実があるかもしれないからな。少しばかりストーリーがテンプレすぎるぜ。アホそうに見えるがこいつは悪魔王。魔道具もなにもかも、こいつの情報だけでは信用できない。
まぁ、良いか。これは夢だ。夢なのだ。小説とかで夢と信じたい主人公の心情を馬鹿にしていたが、今ならわかる。世紀末の世界は勘弁してほしいんだ。
そう祈りながら、闇夜の中に出雲とリムは消え去るのであった。
もちろんその願いが叶うことはなかった。