58話 傲慢の魔王は強いんだ
シュウたちは幼女の法術により身体が回復し、ようやく立ち上がることができた。だが、幼女が法術を使った隙を狙い、泥田坊が泥を吐き出す。
圧力がある泥のブレスは、ハクへと迫る。シュウたちはその一撃が膨大な魔力が込められており、致命的となると青ざめるが、獅子が即座に身体を砂へと変えて、幼女を包む。
『砂蓋』
泥のブレスは砂のドームへと命中し、押し潰さんとする。泥のブレスを砂のドームは受け止めるが、膨大な量の泥により、じわじわと砂は圧されていき、遂には砕けて散っていく。勝利したと、マッドクレイは笑おうとして、口を歪めるが
「ぬ?」
砕けたドームの中からハクは飛び出してきた。砂のサーフボードを作り出して飛び乗ると、泥の息吹の上にバシャンと降り立つ。
「幼女サーフィン!」
そのまま両手を水平にして、バランス良くハクは泥の息吹の上を波に乗るようにサーフィンで突き進む。
「小癪な真似を!」
「魔界1の技の使い手の力を見せてやるのです?」
ハクはサーフボードに乗って、マッドクレイへと迫りながら、フンスと鼻を鳴らす。
『突進砂崩れ』
とやっ、とサーフボードから飛び降りるハク。サーフボードは獅子へと姿を変えて、泥田坊へと突進してバシャンと跳ね散らす。
「無駄だと言っている!」
泥の身体は痛痒を感じることもなく、再び身体を集めていく。
「私達も戦いましょう!」
「おう!」
シュウの言葉に祓い師たちが法術を使おうと力を込め始める。紫煙が炎の符を放ち、音恩がシャランと神楽鈴を鳴らす。他の祓い師たちもそれぞれ攻撃を仕掛ける。
炎が吹き荒れ、風の刃が飛び、音により悪魔の泥を破壊しようとする。
「小賢しい!」
だが、その攻撃は魔王たるマッドクレイにとっては弱すぎた。全く効かない攻撃だが、それでもうざったいと両腕を泥の山から作り出すと床へと叩きつける。
『泥崩壊』
床に叩きつけられた拳から魔力が放たれて、水のように染み渡っていくと、建物が大地震でもあったかのように振動し始めた。
「この建物の基礎部分には既に儂の泥を浸透させておいた。この拠点はこの一撃にて砕け散るのだ!」
ビルと融合して建てられた巨大なるショッピングモールは振動し、ひび割れて砕けていく。足元が崩れて崩壊していってしまう。
「元より、この拠点の人間たちは間引く予定であった。ちょうどよい。生き残った者だけを家畜にしてやろう。クカカカ」
マッドクレイの非道なる技により、人々を守ってきた拠点は崩壊し、柱は倒れて壁は砕かれる。多くの人々が建物の崩壊に巻き込まれて死ぬだろう。
「そんな、マッドクレイ様! 俺たちは助けてくれるって」
足元が激しく揺れて這いつくばりながら、裏切った自衛隊員たちが悲鳴あげるが、マッドクレイは一笑に伏す。
「信用できない契約は結ばないことだな」
「そんな!」
「ひいっ!」
「た、助けて」
悪魔との契約は悲惨なものになると痛感する自衛隊員たち。
「なんとか、皆を避難させないと」
「立つのも無理です!」
シュウたちは拠点が崩壊すると聞いて動こうとするが、やはり激しい揺れで動けない。
遂にイーストワンと呼ばれた避難所は倒壊し、多くの人々が死ぬことになる。
そうマッドクレイは思いながら、愉悦に満ちて嗤う。
しかし、予想外の光景となった。
倒壊した柱。崩れ落ちる天井に、砕けた壁。大崩壊となり、砂煙を撒き散らし、瓦礫の山となるはずであったのだが……。
倒壊せずに空中に瓦礫は浮いていた。
「こ、これは?」
動揺するマッドクレイ。目の前の光景は瓦礫の山と化した世界ではなく、マッドクレイは狼狽える。
「我が権能をもう忘れたか? 我の権能は重さをゼロにする。あらゆるものをだ。重力も例外ではないのだ」
ハクを背中に乗せて、パレスが宙に浮きながら伝えてくる。
「この地は今は無重力だ。瓦礫すらも重さをゼロにしてある。倒壊はするが、瓦礫に押し潰される者はいないだろう」
睥睨する獅子の言葉をマッドクレイは理解出来なかった。いや、したくはなかった。
「あ、あり得んっ! ここがどれだけ広いか、どれだけの巨大な建物か理解しているのか? それを全てゼロに、重さをゼロにしただと?」
マッドクレイが見渡す限り、瓦礫は宙に浮いて、パラバラに空中に広がっていた。青空の下で瓦礫は、空高くまで浮き上がり、人々は驚きながら、無重力の中で混乱していた。
「そうなのです? 傲慢の魔王を甘く見たら駄目なのです?」
ムフンとハクは平坦なる胸を反らす。無重力の世界と化して、瓦礫も人々も浮いて散らばっていく。部屋などもはや存在せずに、浮遊するラグーンのように瓦礫は浮いていた。
「くっ! ふざけた真似を! それでも儂は倒せん!」
無重力の中で、体勢を立て直そうとして、身体を回転させながらジタバタとマッドクレイは慌てふためきながらも戦意を失うことなく、ハクたちへと怒鳴る。
「それはどうです? これからが本気の本気なのですよ」
「我らのコンビネーションアタックを受けるが良い」
ハクとパレスは不敵な笑みで答えを返し、術を発動させる。幼女の不敵な笑みは悪戯を考えちゃう愛らしい笑みになっちゃったが。
『トランポリンウォール』
魔王ヌリカベの得意技、トランポリンのような反発力のある白い壁をマッドクレイを囲むように何枚も空中に作り出す。
「これは?」
「我が技の冴えを見るが良い!」
何を作ったのか理解出来ないマッドクレイは宙に浮きながら、泥でできた頭で見渡す。パレスはハクを背中に乗せて、足場としていた瓦礫から跳び、近くのトランポリンウォールへと突進する。
トランポリンウォールにパレスたちがぶつかるとポインと跳ね返って、また次のトランポリンウォールへとパレスは向かう。幼女は振り落とされて、空高くへと飛んでいった。
「我の攻撃を見切れるかな?」
トランポリンウォールの間を飛ぶごとに、獅子の速度は速くなっていく。最初は遅いくらいだと考えていたが、まるで重さなどないように、パレスは宙を飛び交い、速さを増して残像がその軌道に残り、視認するのも難しくなっていった。
「くっ! 舐めた真似を!」
『泥弾』
己も空に浮いており、動くこともままならないマッドクレイ。陸戦用兵器が宇宙に出て溺れているような動きをしながらも、パレスを倒さんと泥の弾丸を放つ。
しかし、それは無様な悪あがきにしかならなかった。無重力の中で、身体が回転し、固定すらできない泥田坊と、自在に無重力の空間内を駆ける獅子とでは相手にもならなかった。
もはや残像を泥の弾丸は貫くだけで、高速で飛び交う獅子がどこにいるのかもわからずに、めくらめっぽうに、マッドクレイは魔法を放つのみ。
「無様だな、泥田坊。所詮は田畑の妖怪。いくら魔力が高くとも、攻撃手段もない偽りの魔王では我には勝てぬ」
マッドクレイを覆うように、無数の獅子の残像が浮かぶ中で、言われたくなかった事を突かれて、屈辱で泥田坊は泥山から生える口を裂けんとばかりに大きく開き咆哮する。
「黙れ! 黙れ黙れ! 儂は魔王マッドクレイ! もはやドロ田んぼのせこい妖怪などではない! そうだ、その証拠に貴様も儂を倒せんだろう?」
泥田坊はただの田畑の妖怪。人を殺すお伽噺もない攻撃性皆無の妖怪だ。だが、有名であり、そのおかげで自身の魔道具は魔王まで到達するほどの力を得た。
不幸にも魔王となってしまい、魔王となった喜びと、人畜無害の泥の妖怪であるとの羞恥の狭間でマッドクレイは虚勢を張っていたのだ。だからこそ、弱小魔王たちの集まりである『唐傘』に加入もしたのである。
そこをこの強大なる力を持つ獅子は突いてきた。その美しくも威容を見せる獅子の姿と、重さをゼロにする能力はたしかに魔王に相応しいと、泥田坊は羨み嫉妬する。同じ魔王であるのに、その戦闘力、そして力の違いを見て。弱い自分だからこそ、姿を恥じて潜入部門の魔王となったのだ。愚かな人間共を虐げて殺しまくり、泥田坊は恐怖の妖怪だと知らしめんがために。
しかし、一つだけ泥田坊も誇る能力がある。
「この儂の泥の身体にはいかなる攻撃も通じんぞ! 各種属性の耐性を持つ儂の身体は魔法すらも効かぬわ!」
泥の身体は魔王へと至り、熱にも氷にも強くなっている。物理攻撃も無効化し、無敵の身体なのだと、マッドクレイは得意げに吠えるが
「ふっ。ならば試してやろう」
獅子は嘲笑し、自らの速度を加速させると、宙に浮く瓦礫へと軌道を変えてぶつかる。すぐにまた、トランポリンウォールへと軌道を変えて、跳ねるので速度は落ちることはない。しかも、跳ねて飛び交う中で、次々と瓦礫へとぶつかっていく。
「このコンクリートの欠片を貴様は受け止められるかな?」
『瓦礫重奏撃』
獅子の突進により、細かく砕かれた瓦礫は驚くことに、その全てが散弾の如くマッドクレイへと襲いかかる。空中に浮く瓦礫を獅子は武器へと変えて、攻撃してきたのだ。
パレスの速度についていけないマッドクレイ。いや、泥田坊以外でもその速度にはついていけなかったであろう。360度、己の周囲全てから埋め尽くすように、瓦礫が飛んできて、泥田坊は攻撃を受けてしまう。
「グォぉぉぉ!」
泥の身体に破砕されたコンクリートが埋め込まれて、マッドクレイは悲鳴を上げる。しかし、すぐにその態度は余裕のものと変わり、パレスへと告げてくる。
「瓦礫で泥を埋め尽くして消すつもりだな? しかし、儂を馬鹿にしてもらっては困る!」
『泥田んぼ』
泥田坊は自身の最も得意とする魔法を使う。瓦礫が混ざる泥田坊の泥山の身体は禍々しい黒き魔力を放つと瓦礫を包み泥へと変換していく。
「ふはは、見たか! コンクリートも儂の力を以てすれば、砂利とセメントに分離できるのだ!」
高笑いをしながら、マッドクレイは泥と化した瓦礫を己の身体に吸収していき、膨れ上がっていく。
「間抜けなことをしたな! 瓦礫を泥へと変換し、儂は吸収できるのだ。墓穴を掘るとはこのことよ!」
パレスの瓦礫攻撃を受けるごとに、セメントと砂利へと戻して泥へと変えて吸収していくマッドクレイはみるみるうちに巨大化していった。
「ふっ。ならばこれはどうかな?」
しかし、パレスは動揺することもなく笑い飛ばし、軌道をマッドクレイへと変えると、高速の突進をする。
『突進』
黄金の獅子は砲弾のように空中を高速で飛ぶと、マッドクレイの身体に激突する。
が、その攻撃をマッドクレイは受け止めていた。泥の巨腕を突き出して、受け止めきっていた。先程までは受け止めることは難しかったが、瓦礫を吸収することにより、巨大化したために、パレスの攻撃を止めることができるようになっていたのだ。
「クカカカ。わざわざ儂をパワーアップさせてくれてすまんな。お礼に砂の貴様も吸収して泥の一部へと変えてやる!」
『泥田んぼ』
哄笑しながら獅子の身体を泥で包み込み、マッドクレイは吸収しようとするのであった。




