57話 砂使いと泥田坊なのじゃな
美しくも儚げな今にも消えそうな幼女がそこには立っていた。天使の輪っかができているほど、艷やかな蒼い髪の毛は膝下まで伸びており、その瞳はサファイアのように深く美しい。薄い桜色の唇をしており、小さな顔は美しく、背丈は1メートルもなく、肌は透き通るほどに色白だ。フリルのついた白のドレスを着込んでいる美しい幼女であった。見た目は儚げで病弱そうに見える女の子だ。
スカートの裾を持ち、幼いながらも高貴さを感じさせる所作でカーテーシーをすると、顔を持ち上げて、ふわりと花のような可憐な笑みを浮かべる。
「あたちは城内ハクと申しますです。ウルゴスたんの巫女です?」
「我の名前はパレス。大魔王ウルゴスの部下にして、傲慢を司る魔王なり」
幼女の隣には座っている獅子がいた。凄みを見せる猛獣の瞳は鋭く、牙は剣のように切れ味が良さそうで、その毛皮は黄金に輝き滑らかそうだ。鬣は立派であり、身体は3メートルほどの獅子である。
「魔王だと? 祓い師と組んで戦うつもりか、この裏切り者がっ!」
泥田坊マッドクレイは、恐るべき魔力を放つ獅子へと激昂して詰る。だがパレスは口元を歪めて、牙を見せて嗤う。
「我は強者に従うのみ。大魔王に従うは、魔王としての役割なり」
「神聖力を持つ者と共闘するつもりか!」
隣に立つ幼女は、その存在だけで空気を浄化させて、地を清めている。魔王たる自分でも油断できない神聖力の持ち主だ。人間とは思えない程の力を持つ幼女であった。
そんな相手と組む魔王の気がしれぬと泥田坊は怒気を露わにしてパレスと名乗る獅子の魔王を睨みつけるが、僅かに肩を竦めるのみで、パレスは受け流す。
「ふふっ。申し訳ないのですが、あたちの神聖力とパレスたんの魔力。このタッグで倒せない者はいないのです? 弱者には退場してもらおうなのですよ」
蒼き髪を靡かせて、花散るような神秘的で儚げな笑みを浮かべ、ハクが小さいおててを胸の前に翳す。
「ほざけっ、餓鬼が! 殺れっ!」
マッドクレイの言葉に従い、戸惑っていた自衛隊員たちは、アサルトライフルを構える。だが、殺せと言われた相手は年端もいかない小さな幼女だ。しかも見たことのないほど美しくも儚げて消えそうな幼女なので、撃って良いか戸惑ってしまう。
「警告するです? そのトリガーを引いたとき、おじたんたちは悪魔兵と判断して、手加減なく攻撃するのですよ。あたちはおじたんたちを攻撃したくないのです?」
か弱げに微笑むハクに罪悪感に耐えかねて半分の自衛隊員が構えていたアサルトライフルを押し下げるが、残りは鬼気迫る狂気の表情でトリガーを引いた。
「後戻りはできねぇんだよ!」
「死ね、この餓鬼が!」
タタタとアサルトライフルから銃弾が放たれる。シュウたちはハクを守ろうと動こうとするが、未だに泥田坊の魔力の影響を受けて動く事もできない。そしてハクは微動だにせずに、ぱっちりおめめを半眼にする。
銃弾は正確に幼女の身体へ向かい、穴だらけにしようとするが
「無駄だ」
渋い男の声音で、パレスが呟く。その呟きのとおり、幼女の身体に当たる前に、ライフル弾は全て空中で停止して、ポロポロと落ちていく。
「パレスたんのごうまんのけんのーは、見下す相手の重さをゼロにしちゃうのです。銃弾も重さゼロになって、んと、慣性エネルギーもゼロになるのです? だから効かないのですよ」
フンフンと鼻息荒く、ペラペラとパレスたんのけんのーを話しちゃうハク。幼女は自慢するのが大好きなのだ。
だが、鈴が鳴るような声音で舌足らずに話す幼女のセリフの内容を自衛隊員たちは理解して、後退る。重さをゼロにするとは、強力な力だ。銃弾は一切通じないということになるのだから。7罪を司る魔王と名乗るだけはある。
実際はもう少し複雑な権能であるが、ハクは少しだけお馬鹿なので説明しなかった。自身でも完全に理解していない説明書を読まない幼女は直感と漫画の知識で権能を使っていた。
「それじゃ、あたちの番でつね! 銃を撃ったことで敵にんてーです?」
『砂玉』
おてての中に野球ボールのような大きさの砂玉を作り出すと、小柄な体躯で振りかぶる。ピッチャー第一球投げました。
「ていっ」
山なりに力のない速度も遅い砂玉が自衛隊員に投げられる。パレスの力を恐れていた自衛隊員たちは、そのほのぼのする光景に、僅かに恐怖を薄れさせる。
ガゴン、ビギビギ、ガラガラ
幼女の力では届かなかったので目の前に落ちた砂玉を見るまでは。砂玉が落ちると、コンクリート床に穴が空けて、周囲にひび割れを作り、床を砕き砂玉は消えていった。
「は?」
呆然と口を開けて、目の前の穴を見る自衛隊員たち。階下には誰もおらず、パラパラとコンクリートの瓦礫が積み重なっていた。
「外れちゃったのです。今度はもっと力を込めるのですよ」
ピッチャー第2球と、幼女は再び砂玉を作り出すと投げてくる。ポーンと山なりにスローボールが飛んでくるが、見た目はお遊びのような勢いのないボールだ。簡単に受け止められそうな勢いの砂玉だ。何なら受け止めて投げ返すのも簡単そうに見える。
今度は幼女は頑張ったのだろう。自衛隊員たちに届きそうだった。嫌な予感がして、自衛隊員たちはサッと躱す。ガゴンと砂玉が落ちる音では決してない音をたてて、コンクリート床に穴を空けて砂玉は消えていった。
「な、なんだこれ?」
「1トンの砂玉です? あたちにとっては重さはゼロです?」
また外れちゃったと、幼女は足元に砂山を生み出すと、おててでぎゅうぎゅうと砂玉をたくさん作っている。お友だちがいれば、一見すると一緒に作ろうとするほのぼのとした光景だ。
「空間を歪めてこの砂玉は1トンの重さに凝集しているのです。ていっ、ていっ、ていっ」
無邪気な笑みで、悪魔的な砂玉をドンドコ投げるハク。ぽいぽいと砂玉が自衛隊員たちに飛んでくる。
「ひ、ひぃっ」
「馬鹿、こっちに来るなって」
「押すなよ、おいっ」
慌てふためき、自衛隊員たちは押し合いへし合い、飛んでくる砂玉を避けようとする。だがスローボールだからこそ厄介だった。恐るべき砂玉は躱しにくく、アサルトライフルを放り投げて、恐怖の表情で逃げようとするが
放り投げたアサルトライフルに砂玉が落ちる。メシャメシャと音をたてて、それなりに頑丈なはずのアサルトライフルはねじ曲がり、あっさりと折れて壊れた。アサルトライフルだった物が破片となって散らばり、カランカランと床に落ちていくのは、自衛隊員たちの恐怖をさらに煽ることになった。
1トンの砂玉。小さなその砂玉に凝集されているからこそ、恐ろしい力を持っていると理解してしまう。一点に集められる重さは、コンテナが落ちてくるよりも強力だ。
当たったら絶対に死ぬと、ますます押し合いへし合いして
「ギャー!」
「足がぁァ」
遂に、腕に掠りねじ切られるように曲がったり、足先に落ちて、指先が抉られて悲鳴をあげる。
「当たらないのです?」
もう面倒くさいやと、ハクが腕の中に砂玉をめいいっぱい抱え込む。ヒィと自衛隊員たちは青ざめると土下座をしてきた。あれは躱しきれない。確実に死ぬ。グシャグシャに潰された無残な身体となって死ぬ。
「すいませんでした!」
「命ばかりはお助けを!」
「もう絶対に悪いことはしませんので!」
ガタガタと震えて、心底震えあがり降伏してくるのであった。ハクはどうしようかと迷う。出雲たんなら殺しちゃうだろうが……。幼女はイメージも必要だよねと許すことに決めた。人を殺しまくる幼女はきっと荒川の悪魔とか言われちゃうのだ。儚げなあたちには相応しくない。戦記物ルートには入る予定はないのです。
「それじゃ、壁の隅にいてくださいです。ドロ田んぼを倒しますです? とりゃぁー!」
幼女は両手に抱え込んだたくさんの砂玉を放り投げる。マッドクレイはハクの様子を見ており、躱すこともなく、その砂玉を受ける。
1トンの重さを持つ砂玉は、泥田坊の身体を貫いて、床へと落ちて穴を空けていく。
「むむっ、です?」
穴だらけになった泥田坊を見て、ハクはぱっちりおめめを顰めさせちゃう。なぜならば、その身体に空いた穴はすぐに泥に埋もれて消えていってしまったからだ。
「くくく。儂の身体は泥。物理攻撃は通じぬわ! 見たところ、パレスは重さをゼロに。貴様は重さを増大できる力を持っているようだが、相性が悪かったな」
泥の身体を蠢かして、口を身体に作り出し、マッドクレイは嗤う。たしかに強力な権能持ちだが、自分には通じない。
「そして、重さをゼロにするとは言うが、魔力攻撃はどうだ?」
『泥槍』
マッドクレイは身体から一本の泥の槍を飛ばす。泥の飛沫飛ばして、魔法で作られた槍はハクへと飛んでいく。2メートルはある長さの泥槍に、ハクは手を横に振って。対抗する。
『砂壁』
ハクの法術により砂の壁が生み出されて、泥槍は防がれる。
「クカカ! 図星だったようだな! 貴様は魔力攻撃には対抗できぬ!」
僅かな戦闘でマッドクレイは、ハクたちの権能を見抜いていた。重さを変えられるのは、神聖力や魔力がこめられていない物だけなのだろうと。
実際に、だいたいそのとおりの力がハクの権能なので、バレちゃったと、小さな舌を出す幼女。自分でペラペラと権能を話したことには反省する気はない。
「コッチも対抗です?」
遊ぶのは止めて、幼女は本気になるとおててを天に翳す。
『砂変化モーニングスター』
「任せよ!」
パレスの身体がサラサラと崩れていき、砂へと変わると幼女の腕に巻き付く。そうして鎖付きの鉄球が付く棍棒へと変わる。
「てやっ!」
「む? 貴様は砂へと身体を変えられるのか!」
ジャラジャラと鎖を鳴らして、ハクはモーニングスターを振るう。鉄球は空気を押し潰すかの如き威力で泥田坊へと命中する。
泥田坊は爆散する。が、空中で泥はピタリと止まり、また集合し泥の山へと戻ってしまった。
「ふん、無駄だ無駄だ!」
お返しだと、泥の巨腕を作り出しマッドクレイはハクへと振り下ろす。幼女の小柄な体躯など簡単に潰せるほどの大きさの泥腕は拳を握りしめて振り下ろす。
『砂変化獅子!』
「ライドオン!」
すぐにモーニングスターモードを解除して、獅子へと姿を戻すと、ハクは飛び乗り、跳ねるようにパレスはその場を飛び退く。
「むむ。面倒くさい敵なのです?」
「死ね、人間!」
横薙ぎに泥腕を振るうマッドクレイ。その攻撃範囲には魔力の威圧により動けない祓い師たちもいるのを見て、ハクは腕をぶんぶんと振るうとマナを手に籠めて発動させる。
『岩窟』
シュウたちを覆うように岩山が生み出されて、マッドクレイの泥腕の一撃を防ぐが、ビシリとひびが入り砕けてしまう。
「ハクよ、まずは邪魔な人間たちを逃すのだ!」
「了解なのです!」
パレスの忠告に素直に頷き、ハクは再びおててを翳す。
『大地魔封印』
床が光り輝き、魔法陣が描かれると、周囲に蔓延していた泥田坊の瘴気が消えていき、祓い師たちはよろめきながらも立ち上がった。
「ふん! それが人間の弱点だ!」
『圧砕泥息』
法術を使い隙ができたハクたちへと、蔑みの声をあげると、マッドクレイはその身体から膨大な泥を吐き、ハクたちを押し潰さんと攻撃するのであった。




