55話 これで兵力は揃ったのじゃ
茜は人形遣いの魔王である。人形遣いの魔王を出雲は望んだ。大魔王天神出雲は考えたのだ。兵力をどうやって揃えるかと。命を持った者だと、情も湧くし、練度の問題がある。なので、死んでも惜しくない、もしくは復活できる者を望んだ。それが人形である。
死霊使いの能力にて擬似魂を注入した人形を茜は作ることができる。それは自己で判断できる自我を持ちながらも、道具であり、パッケージされた知識を与えることで同等の技術を共有できる兵士だ。補充が可能であり、練度も高く恐怖を持たない。出雲にとって理想的な兵士である。
白亜の城の奥に用意された研究室にて茜は人形を作成していた。ここはスエルタや御国家族は入室禁止の場所であり、天井は高く、部屋もサッカーグラウンドのように広々としていた。
「試作品はできたか、茜?」
広々としている部屋であるが、手術台がドア前にずらりと並び、奥にはコンテナも置かれている。多くの部品と見られる素材が放置されている中で、白衣を着て茜が手術台の上で人形を作成していると声がした。
振り返ると、ご主人様が部屋に入って来たので、ニカッと笑う。
「ウシシ。ちょうどよかったす、ご主人様。これが完成した人形。名前はサンダルフォンと名付けたっすよ。型番から個別の名前を付けてもいいっすけど」
理科室に昔あった人骨の模型のような人形を茜は得意げに見せてくる。出雲は手術台に寝かされている人形へと近づく。
純白の人骨だ。頭蓋骨から始まり、背骨や肋骨、足まで組み立て終わっている。一見すると、普通の人骨にしか見えない。だが、心臓部分に神聖水晶が嵌め込まれており、そこからケーブルが血管のように人骨を覆っていた。内臓も胃や肺、腸、膵臓、肝臓と作られており、皮と肉が無い解剖体にも見える。
「ここまで精巧に作る必要があったのか?」
「飲食可能な人形にする予定なんすよ。神聖米を食べれば、永久に動けるようにしたっす」
「あぁ。もう試したのか」
神聖米は食べると24時間神聖力が少しだけ回復する。フレーバーテキストを読んでわかった。
「フレーバーテキストを読んだのです? 真面目です!」
大袈裟に驚くハクは放置して、なるほどと納得する。それなら最低限身体を動かすことはできるわけだ。
「略してS1っすね。Tだと某映画のアンドロイドになってしまいますし」
「まぁ、それで良いだろ。これで完成か? 人骨だと見栄えが物凄く悪いんだけど」
スケルトンを兵士として扱うと、ウルゴス君の風評が悪くなるよね。俺の懸念を茜は笑いながら首を横に振って否定する。
「違うっすよ。疑似魂も注入済みっす。後はご主人様が『受肉』をしてくれれば、肉と魂を持った人形は命を持って動き出します」
「なるほど。これは基本体なのか。良し、では『受肉』を使用する」
頭蓋骨に手を触れると、ヒンヤリとした感触が返ってくるのを感じながら、俺はマナを送り込む。
『受肉』
スケルトンに神聖力が行き渡ると、光の繭に包まれて、鼓動をたててその姿が変わっていく。骨だけの手足を光の糸が筋肉組織として覆っていき、その後に光の皮が包んでいく。みるみる内に、単なる不気味な人体模型は変貌して、その姿を人間の女性へと変えた。
緑の髪をポニーテールで纏めて、強気そうな目つきに、好戦的に歪む唇。背丈は160センチ程。スタイルは平均的で髪の色以外は普通の美女だ。
ゆっくりとエメラルドのような目を開くと、人形は起き上がり、俺へと顔を向ける。
「こんにちはマスター。自分の名前はレンダです。よろしくお願いします」
感情が籠もらない機械的な声音で挨拶をしてくるレンダに合わせて、そのステータスが表示された。こんな感じである。
レンダ
体力:10
マナ:10
筋力:10
器用:10
敏捷:10
精神:10
神聖力:20
固有スキル:眷族念話、人形同調
スキル:体術1
ゾンビよりもマシ。グールよりは弱い。フルパワーで行動できるので、素手同士ならば人間などは相手にしない能力だが、悪魔を相手にするには物足りない。
俺の失望が表情に出ていたのだろう。ウシシと笑いながら茜は人差し指を俺の頬につけてくる。可愛らしいその姿は少し照れてしまうな。
ハクは全裸のレンダに近づいて、無邪気な顔でジロジロと見つめていた。本当に無邪気なのかは不明です。
「神聖鉄を使用しても、全体の総合能力は80が限界っす。これ以上の能力を持たせるには、巨人のような身体が必要になりますし、神聖力も補充が必要となるっすよ」
「なるほど。自動回復できないレベルか。それは困るなぁ」
神聖力エネルギーの固まりである神聖鉄でも、その程度か。だとすると数を揃えないと駄目だな。それでも心もとないけど。
「マスター。私はコアです。戦闘時などでは別途アーマーを装備して戦闘する予定であります」
「別途アーマー?」
「神聖力を補充して使うアーマーを茜博士に作成してもらう予定であります」
うなじをレイダは見せる。そこにはケーブル接続用の丸い端子が付いているのが見えた。実にSFっぽい。
ふむ? しかし、アーマー?
「レンダを作成するのにマナを30消費するっすよ。で、アーマーを作るのに30。あたしの能力で量産するのに60消費。これを完成品として、日産5体量産できるっす」
「アーマーはどんなやつなんだ?」
「基本はサンダルフォンが神聖力を毎日補充するっすよ。サンダルフォンアーマーはこちらっすね」
茜が案内をしてくれて、レンダを観察して離れないハクの首根っこを掴み、奥へと進むとアーマーとやらが置いてあった。
まだ組み立て中なのか、ずんぐりむっくりとしたアーマーは骨組みが覗いており、周りにはスパナや接着剤、ペンチで切り離されたパーツが転がっている。
「これが?」
「そうっすね。まぁ、完成したら、とりあえずは使用してみましょうよ」
金属のような光沢を見せるアーマーとやらを指差すと、茜はウシシと面白そうに口元を手で押さえて笑う。
「………そうだな。それなら一日5体、全力で作ってくれ」
ツッコミを入れたいが我慢しておく。接着剤? だが、神聖工具から変わった接着剤なら効果は抜群だろうし。うん、接着剤やスパナが転がっていてもおかしくない。ヤスリが転がっていてもおかしくないよね。カラースプレーは外で使ってくれ。
「試作品をそのまま使うっすか?」
俺が検証しないことに意外そうな顔で茜は尋ねてくるが、時間がないんだよ。
「あぁ、軍での戦闘が近いと予想するからな。トニーは探索からあと3週間は帰ってこれないから、レンダたちを頼みにするしかない。テストは無しだ」
現在、トニーは埼玉、栃木、茨城、群馬を車で移動して元魔王を探索している。見つける方法は簡単だ。人間を食い荒らしている悪魔を見つければ良い。魔王水晶を失ったから、元魔王たちは魔王の身体を維持するためには人間を食いまくるしかないからな。騒ぎになっているに決まっている。
「了解っすよ。それじゃ、量産を開始するっすよ」
「よろしく。レンダは明日から食糧増産体制に移行するから手伝ってくれ。あと、なにか着てくれ」
「かしこまりました、マスター。食糧増産の命令を受領しました」
ピシリと敬礼するレンダだけど、目の毒だ。恥ずかしがらないから、エロスは低めだけどね。服を着ろ。
「あたちが服は用意するですよ。メイド服を作るです? あ、マナが枯渇しているので、明日まではタオル一枚でヘブッ」
アホなことを言うハクの頭にゲンコツを落としておく。クァァと頭を押さえて、ゴロゴロ転がる幼女だが、同情心ゼロです。
「戦闘服程度なら、奇跡ポイントの端数で作れるから、着ておいてくれ」
下着を含めて、自衛隊員の戦闘服を奇跡ポイントで作り出す。100ポイント程度なので、タダのようなものだよね。
「ありがとうございます、マスター。これで良いですか?」
目の前で着替えると、再びレンダは機械的な無感情の顔で尋ねてくるので、コクリと頷く。ちっとも羞恥心はないっぽい。
「あたちは幼女ですよ? ほんのちょっとの冗談です? イタタなのですよ。それにしても、感情ないのです?」
頭をさすりながら、ハクがレンダをぱっちりおめめで眺める。人形にしては人間らしく、されど人間だと思えば、その感情の無さから人形に見えてしまう。
「うーん……。そんなことはないはずなんですけど……。基本知識はインストールされているし、感情はあるはずなんですけど、おかしいっすね?」
「自分は軍人として制作されました。ですので、不必要な感情は封印しております。3食にデザート付き、おやつの時間も確保してくれれば問題ありません。ない場合、感情の封印を解除して、転がって泣きます。ギャン泣きします」
きりりと真面目な表情で、レンダは不真面目なことを口にした。
「………これ、皆同じ性格なん?」
「いえ、それぞれ個性は生まれるはずっすから大丈夫のはずです………」
自信なさげに指をつんつんと突きあわす茜。まぁ、使えれば良いか。おやつはサキイカにしておこう。
あと何日余裕があるかわからないが、それでも急ぐ必要はある。兵力を整えて迎撃しないとね。その後は、これからの計画を話し合う。兵力の充実は最優先だ。
暫く話し合って、基本的なスケジュールを決めて茜を置いて、再び食堂に戻ると、リムたちがもどっていた。テーブルを囲んで、手紙を読んでいる。
「お帰り。どうしたんですか?」
「ただいまなのじゃ。ほれ、魔道具じゃ」
どことなく不満そうなリムが、鬼瓦を投げてくるのでキャッチする。
『奇跡ポイント90万取得』
『魔王水晶は吸収できませんでした。離れすぎています』
受け取った瞬間に、蓄えられていた魔力が俺の中へと流れ込む。ポイントが減りすぎていて困っていたから助かるぜ。魔王水晶は無理らしい。そううまくはいかないか、残念。
「で、なんの手紙ですか?」
「スエルタが放った式神が早くも返事を返してきたのです」
天華が手紙の中身を俺へと伝えてくる。意外と早かったな。
「………少し離れたマンションの給水タンクに水を入れておいて欲しいと書いてあった。やっても良い?」
スエルタが俺に許可を求めてくるが、危険もなさそうだし別に構わない。それにしても、これを考えた奴は頭良いな。
「給水タンク……考えましたね。それならこっそりと水の受け渡しができます。食べ物は未だに融通はできませんが、ちょうど良いでしょう」
マンションなどは一旦給水タンクに水を保管される。それを利用して、空になった給水タンクに水を入れておけば良いわけね。
「………それと紫煙が、うちの符術師が式神で盗聴をしたところ、10日後に援軍と合流するらしい」
「恐らくは悪魔つきじゃろうて。憑かれているのではなく、付いて来ているはずじゃな」
ケラケラとリムがスエルタの言葉に対して、楽しそうに笑う。その顔は少し凶暴そうな光を宿している。
「仕事が早いことで。そうか、それぐらいなら、ぎりぎりあの避難所も耐えられるか」
こちらの戦力もぎりぎり揃うかな? ドキドキするね。




