54話 米って、どう作るのじゃ
リムたちが種籾を回収に行っている同時刻。
出雲も時間を無駄にせずに行動を開始していた。
白亜のウルゴス城の外に設定した農地区画3つ。出雲はポチポチと宙に浮くボードを叩いて、あれから追加で2つ設定したのだ。これで残りポイントは10万である。
設定はしたが設置はしていない。スエルタの目があるので、見栄えの良いイベントが必要だと考えて、出雲は更地へと向かったのだ。御国母は溜まっている洗濯物を洗うのでと、ついては来なかったが、スエルタ、玉藻、ハクは一緒に来ていた。尚、茜は人形作りのために、部屋に閉じこもっているのでいない。
皆でぞろぞろと外へと出ると、注目の中でおっさんは更地の前に跪き、両手を掲げて手を組むと大仰に祈り始める。
「おぉ、ウルゴス神よ。その御力にて、この地に農地区画を作り出し給え!」
その言葉に合わせて幼女たちも動き出す。
「てでーん、でっでっでー」
「きゃー。私もでっでっでー」
後ろでハクがちっこい手を振って踊り、小柄な体でくるりんくるりんと回転したりジャンプしたりすると、その真似を玉藻ちゃんがして、楽しそうに踊る。ウルゴス神の力を貰うふりをする出雲に、バッグダンサーをするのですと、実に余計なことをする幼女ハクである。
実に玉藻ちゃんへの教育に悪そうな幼女だ。そして幼女の可愛らしいお遊戯におっさんの神の奇跡イベントは消されそうでもある。おっさんの祈りよりも、幼女のダンスに目が行くのは世界の理なので仕方ないだろう。
後ろで幼女たちがお遊戯を見せるという、神々しさは失われて有り難みゼロな光景の中で、口元を引きつらせながら我慢して、さり気なく決定ボタンを出雲は押下した。
『農地区画:水田』
ポチリと押すと天から純白の光が更地降り注ぎ、白き土は畔に囲まれた綺麗な水田へと変化した。水面が陽射しを照り返し、先程まで更地であったとは、誰も信じられないだろう。
「むふーっ。凄い!」
ぱちぱちと拍手をして、興奮気味にスエルタか褒め称えてくれるので、柔和な笑みで内心は鼻高々で、それほどでもありませんと答えようとして
「可愛らしい踊り。ハクはもしかしてダンスの天才? 動画として撮っておきたかった。スマフォ、いや、カメラを後で探しに行く」
「あたちは天才だったのです? 知らなかったのです」
「うん、天才!」
スエルタは心底ハクの踊りが天才だと思っている目を見せていた。
「私は?」
「玉藻も良い線いってた」
「きゃー、ありがとう〜」
玉藻ちゃんも両手で口を押さえて、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
シスコンとなったスエルタはハクを褒め称えていた。しかも重度のシスコンっぷりだ。一見すると儚げな美幼女である生き別れの妹が可愛らしくて仕方ないのだろう。
適当にジャンプをしたり、手を振り回していたハクは、エヘヘと照れて、あたちは天才だったのかと調子にのって、再び踊り始めた。スエルタはさらに拍手をする。その様子はお遊戯会で、我が子は天才だと褒める親ばかの如し。
玉藻ちゃんも嬉しそうに踊るが、ハクよりも躍動感やメリハリがきいていて上手いよなと思いつつ、半眼となって、出雲は嘆息した。やる気がどんどん下がっていくよね。誰かおっさんを褒めてくれても良いんだよ?
「はぁ………まぁ、水田ができましたので、種籾を蒔きますよ」
孤独なるおっさんは後でリムに慰めてもらおうと考えながら、傍らに置いておいた種籾に手を突っ込む。
「……神の御技にしては即物的」
ハクをひとしきり褒め称えたスエルタが蒼い髪を靡かせて、近づいてくる。フードで髪を隠すのは止めたらしい。その瞳は先程と違い鋭いものだ。
「そのとおりです。だからこそ堕ちたる神なのでしょう。即物的な神でないと、このような奇跡はないでしょうから」
通常、神様の奇跡は天候を変えたり、海を割ったり、街に天罰を下すというものだ。水田を作るようなスケールの小さい奇跡はない。
「………人に寄り添う、願いを叶える点では悪魔の権能に近い。でも、今のは間違いなく神聖力。使い方を気をつけないと、悪魔になると推測する」
「私も同じ考えです。なので、人を害するような願いはしない方が賢明でしょうね」
ようやく頭の良い話ができるとホッとしながら頷き、手の中で種籾を転がす。
「スエルタも種蒔きを手伝う。苗に育てないで蒔く?」
「ここはハクの法術に頼るので、種を直に蒔くことにしましょう。それと、手伝いは必要ありません。私一人で充分です」
穏やかな笑みを浮かべながら大神官なおっさんは手を軽く振る。軽く振っただけの手から、種籾がパラパラと撒かれていく。
その様子に、スエルタは瞠目して驚く。
なぜならば、種籾は不思議なことに100メートル先まで飛んでいったからだ。しかも等分に正確に飛んでいき、ポチャリと水の中に落ちていった。
筋力300にして体術レベル4。既におっさんは人間の筋力の100倍はあり、その動きはコンピュータよりも精緻にして正確だ。こんなことも、お茶の子さいさいであるおっさんだった。
しかし、スエルタから見ると、法術も使わないのにそのようなことを行える大神官冬衣に驚きを隠せない。あり得ない力を技を見せつけてくるので、やはりこの男は警戒しないといけないと気を引き締める。
フッとおっさんは怪しい笑みで、その視線を受け流しつつ、どんどん種籾をばら撒く。たった数分で撒き終わり、パンパンと手をはたく。
これだよこれ。こういう雰囲気とかにしたかったんだよと、わざと怪しい笑みを浮かべたおっさんは内心で喜んでいたりした。
「種蒔きは終わりましたし、ハクよ『植物成長』を4倍マナ消費で使用してください。それ以上のマナはいりませんからね? いらないからね? 必要ないからな?」
「了解なのです? 昔からマナの扱いは慣れているのですよ」
ハクにきつく言い聞かせておく。自信満々に胸を叩き幼女はふんふんと鼻を鳴らす。短い付き合いだが、早くも不安しか覚えない幼女だ。
『植物成長』は、最初は若芽まで育てるだけだとがっかりした。だが、ハクが後で玉藻のために朝顔を育てた時にその効果が判明した。若芽まで育てるのではない。その速度で植物を成長させるのだと。
若芽まで育てて、次の日に確認したら早くも花が咲いていたのだから。たぶん夕方には枯れていると思われる。
ハクにアイアンクローを噛ませながら確認したところ、効果時間内に植物の成長を早める法術だったことが判明した。範囲は最大4キロ平方メートル、成長速度は4倍、効果時間は4日だ。マナ消費は40。それが『植物成長』の法術だ。
「法術を使用する前に説明書を読めよ、ハク!」
「うががが、幼女は説明書を読まないのです? 困ったら攻略サイトで掲示板に書き込めばいいのです?」
「説明書は読めよな、お前! 基本的なことで質問すると、ロムれよと言われて怒られるぞ!」
といったやり取りがあったのだが。通常の効果時間は4日。4日以内は植物は恐ろしい早さで育っていく。ちなみに朝顔が枯れて玉藻は悲しむので、効果は解除した。効果を解除することも可能なのである。
4倍のマナを成長速度に振ると、あっという間に収穫まで育てることができるらしい。マナ160消費で、数時間で稲穂となり収穫できる計算だ。
「検証はしないとな。よし、やってくれ」
「………ハク、マナを無理に身体から引き出さないようにする。身体に悪い」
スエルタが心配げにハクへと忠告し、玉藻はワクワクと期待して、目をキラキラと輝かせる。
「了解なのです」
蒼い長髪をサラリと流して、ペタリと座ると水田に細っこい手をつける。か弱げな美しい幼女は祈るように目をそっと瞑るとマナを籠める。ふわりとハクの周りに純白の粒子が舞うように広がっていき、神秘的な光景を見せる。さっきのおっさんよりも明らかに神秘的なイベントである。
『マナ4倍消費植物成長』
小さくハクが呟くと、神聖力が舞い水田に広がっていく。染み渡るように粒子が水の中に浸透していき、ぴょこんと芽が出てきた。これで、放置しておけば、半日で稲穂になるだろうと、出雲は満足げに頷く。
「素晴らしい! ハクは天才」
「ハクちゃん、すごーい!」
ぱちぱちと拍手をするスエルタと玉藻の声に、ハクはムフンと鼻を鳴らして得意げな顔になり
「ムォぉぉぉ、ムォぉぉぉ!」
咆哮をあげて、またもやマナをズンドコ注ぎ始めた。幼女は褒められると調子に乗るのだ。褒めなくても調子に乗るかもしれない。アホなのは間違いない。
「天丼はいらないんだけど」
あっという間に黄金の稲穂がゆらゆらと揺れる水田へと化したので、俺はため息を吐く。慌てて水田を解除しておく。ポチリとボタンを押下しただけで、水田の水は抜かれた。チート農地ナイスです。
「一応収穫の方法は確認しておいたから良かったよ」
マナが尽きて、パタリとまたもや倒れる幼女は無視して、収穫することにしておく。
『飛天氷刃』
薄く鎌のような切れ味鋭い氷の刃を数枚生み出すと、俺は手を振って稲穂の根本へと飛ばす。サクサクと切っていき、稲穂を倒していった。
『吸水』
まだ濡れているので、乾燥もさせておく。全ての稲穂から水が抜け出ていき、パシャンと更地へと飛んでいった。水法術も便利だよね。
「これで収穫も終わりですかね?」
「むむ、終わりだとは思うけど……脱穀はどうする?」
倒れたアホな幼女を大事そうに抱きかかえつつ、スエルタが尋ねてくる。脱穀? 風系統はないな………。
「どこかの農家を探しましょう。精米機とかも回収したいですね」
「米農家の多い地域は精米機が街中にポストみたいに設置されて自由に使えるらしい」
自信なさげにスエルタは教えてくれるが本当かよ?
「本当ですか? 精米機が設置? 米は買ったことしかないので知りませんでした」
街中に精米機が置かれている? オカルトじゃね? だが、とりあえず脱穀機と精米機、米を仕舞う袋、穀物倉庫も必要だな。元魔王を討伐しに向かっているトニーに回収するように命令を出しておくかね。
「米があれば、とりあえずの食糧は大丈夫でしょうか? 缶詰はありますし、明日からは野菜も育てれば良いですし」
「冬衣たん。牛や豚、鶏を回収するように下僕に伝えて欲しいのです。牧畜、牧畜は必要だと思うのです?」
お姫様抱っこをされながらも、肉が食いたいと言ってくるハク。たしかに俺も肉は食いたいなぁ。
「恐らくはまだ家畜は生きているはずです。トニーに各地の牧場などは開放して、餌をばら撒くように伝えておきましょう」
時間稼ぎだ。餌をばら撒いて放置しておけば、全滅はしないだろ。とりあえず牧畜までは手が回らない。
「100平方メートルの米でどれぐらいの収穫になるんですかね」
「スエルタもそれはわからない。10人が食べれば1ヶ月分ぐらい?」
計算の早いスエルタが概算を出す。専門家がいないのでわからないけど、その程度持つのであれば、この調子で作っていけば食べ物には困らないだろうと安堵する。
「食べ物の準備は完了しましたね」
さてさて、次は茜のところに行くか。戦力となる人形は作れたかなっと。戦力が充実すれば動くことができる。期待しながら、とりあえず米を集めるのであった。
次の日、野菜を育てるのですとスイカを育てた幼女に再びアイアンクローを噛ますことになった。




