49話 政治家ってのは頭が良いよな
玉藻ちゃんを寝かしつけましたと、御国夫妻が合流してきて、食堂に出雲たちは集まった。スエルタたちも合流済みだ。ハクはマナを使い切って疲れ果てていて、スエルタの部屋で寝ているらしい。ハクは幼女だから仕方ない。仕方ないことにしておこう。
城の居住区。300世帯が住めるように建てられた施設だ。その中に食堂も会議室兼用で作っておいたのだ。石のテーブルに石の椅子なので、後で設置し直す予定。
マンションタイプだが5LDK、トイレ、お風呂、冷蔵庫、エアコン設置。残念ながら家具はそれ以外は一切ない。兵舎にしようと思っていたし、まさか急に使用することになるとは思っていなかったから、俺たち用の部屋以外は手付かずだったのだ。
それでもとりあえずベッドだけは用意してあげた。もったいないが、奇跡ポイントの端数を使って設置したのだ。500ポイントの安物だったが我慢して欲しい。
そして、新たなる問題は他にもあった。スエルタたちが椅子に座るのを見ながら懸念をリムに尋ねることにする。
『なぁ、なんで玉藻ちゃんは俺たちが認識できたわけ?』
あの娘は俺が避難所の隣にいたことを覚えていたんだよ。というか冬衣の偽装を見抜いてきていた。慌てて黙っているように言ったが、なんで見抜けたんだ?
『ふむ、あの娘は『神使の眼』を持っておる。妾も見たのは数千年で数回じゃ。真実を見抜く瞳じゃな』
なにそのチート能力。羨ましいんだけど。でも真実を見抜く?
『なぬ。だとするとウルゴスの正体もバレてる?』
『いや、あの時は段ボール装甲を身に纏っていたじゃろ。マナで作り上げたにしろ幻影ではなく、物理的な変装は見抜けぬ。安心するが良い』
良かったと、俺は心底安堵した。なるほど、やはり変装は大事らしい。名札をつけて解決は手抜き過ぎたということね。勉強になりました。
「遅れたっす。すいません、大神官様」
工具をベルトに差して、てこてこと茜が食堂に入ってくる。とりあえず全員を使徒として紹介することにしたのだ。トニーは現在魔王から滑り落ちた残党を倒すために出張中なので欠席。
ちなみに倒した魔王の魔力は魔道具に通常は残るらしい。その魔力で時が経てば復活するのだとか。なので、倒した魔道具をトニーが俺に渡してくれば、魔力は吸収できるという算段である。
とりあえずは、全員が揃ったので、にこやかな胡散臭い笑顔で皆に紹介する。
「この娘は人方茜。私たちと同じようにこの城に召喚された者の一人です。もう一人いるのですが、彼は現在悪魔退治に行っておりますので欠席となります」
「よろしくっす。この城ではあたしは色々と物作りをする予定っすね。後は大神官様とのこづ、あいだっ」
茶化そうとするので、さり気なく脇腹を肘打ちしておくと、スエルタたちへと話を続ける。
「私たちは、皆、様々な場所から召喚されたようです。私と櫛灘は小さな村落で暮らしていました。ハクは記憶が無いようです。茜は芸大に受験をしようとしていた女子高生。なぜか召喚時に髪の色がピンクになっていたとのこと。ここにはいない倉田トニーという男性はニートだったようです」
ピンク髪の説明が極めて不自然だ。あと、神聖力が高いニートもおかしい。
「いやー、あたしは髪の色をピンクに染めてコスプレイベントに出ようとしてたんっすよ。召喚された時にその影響か、地毛がピンクになっていたっす」
頭をかいて照れくさそうに答える茜。俺の話をフォローするべく設定を口にしてくれる。
ナイスかもしれない説明をする茜。グッドだよと思念で褒めてやる。これ以上にピンク髪の説明はたしかにできない。ハクはあの歳で蒼髪に染めていることもないだろうから、地毛で通すことができるだろう。
「トニーはイジメを防ごうとして、反対にイジメの標的とされて引き篭もってしまった正義感のある男らしいですよ。この5名がウルゴス神に仕えている使徒となります」
トニーはよく漫画とかであるテンプレの設定を口にしておく。トニーに正義感………欠片も見えない男だが、そこはうまく誤魔化してもらおう。
ディストピア物の海外ドラマなどで、コミュニティを支配する善良なるおっさんを全力で演技する出雲。あからさまに怪しいけど、だからこそウルゴス神に仕える大神官っぽいよね。
「助けてくれてありがとうございます。私は御国と申します。家族共々感謝の言葉もありません」
「本当にありがとうございます。このままでは娘は病気になってしまったでしょう」
怪しむ様子もなく御国夫妻が笑顔で深く頭を下げてくる。その笑顔はこちらの警戒を解くようなほっこりとしてしまうものだ。胡散臭いと怪訝な顔を俺に向けているスエルタや天華とは大違いだ。この人たち、詐欺に騙されやすそうだなぁ。前から思ってたけど、この人たちは守ってあげたくなる感じだよね。
「………貴方たちは神聖力が高い?」
「はい。神聖力は高いとウルゴス神より神託を受けております」
「正直、神託を受けるまで、神聖力がなんなのかも知らなかったがの。だが、ウルゴス神より様々な叡智を授かったのじゃ」
スエルタの問いに笑みを崩さずに答える。叡智と言う言葉にスエルタはピクリと反応して、さらにお願いを口にしてきた。
「………なにか法術が使えるか見せてほしい。できる?」
「もちろんです。まだまだ拙いですが」
きっと聞いてくると思っていたよ。神聖力を使える=善人という図式だもんな。俺は善人だと簡単に証明できる。
『創造水』
マナを打ち込んで法術にて手のひらの上に奇麗な丸い水球を創り出す。おぉ、と御国夫妻は目の前のファンタジー的な光景に驚き、神聖力の大きさを感じ取ったのだろう。天華は素晴らしいですねと感心していた。
スエルタだけは神聖力はあると感じて、多少は安堵したようだが、警戒は解いていない。神聖力を持つ狂信者とかいる可能性を念頭に置いているな、この娘。
それでも神聖力が高いことに僅かでも安心したのだろう。
「見せてくれて感謝する。悪魔は神聖力を使えないから安心した」
「いえいえ、こんなもので良ければ」
礼儀正しくお礼を言ってくるので、笑顔で頷き返す。
「…………」
「…………」
「これ、どうしよう?」
そうして、おっさんは水球をどうするべきか迷うこととなったのだった。このままではテーブルがビシャビシャになるので。
奇麗な水を捨てるなんて勿体無いと、慌てて御国父が洗面器を持ってきて、そこに入れるというハプニングはあったが、とりあえずは悪魔ではないとの証明ができたらしい。なるほど、悪魔ではないかと心配していたのか。納得。
「ウルゴス神はいない?」
「はい。かの方はめったに姿を現しません。私たちも数回しかその尊顔を見たことはないのです」
本当のことだ。俺はヒゲを剃るとき鏡を見ないんだよ、面倒くさいから。決して自分のおっさん顔を見たくないとか、そんな理由ではありません。
「ここで暮らすための準備と言っていましたね? 今は何をしているのでしょうか?」
「はい。私はこの神殿全てを司る大神官を。妻は皆のフォローをしており、茜はこの地を守るゴーレムを作っております。ハクは建設、農業ですね。トニーは悪魔狩りです」
天華はふむと頷くと、その凛々しく切れ長の目で見つめてくる。
「私は悪魔狩りを手伝おう。この地の悪魔を少しでも減らせば平和になると思いますので」
お姉さん系の凛々しい侍少女は早くも自分にできることを考え始めた。すぐに働こうと考えるのは極めて良いことだ。漫然と何もしていないで座り込む避難民とは違うというところだろう。まぁ、避難民は疲れているし、皆ができることを探すと、避難所が大混乱になるだろうから無理もないけど。
「あの………私たちもなにかできませんか? それと……助けて頂いた身で恥ずかしいのですが、避難所の人たちに水を分けてあげても良いでしょうか?」
真剣な表情で御国父が立ち上がり、予想外のことを口にしてきたので、少し驚いてしまう。マジかよ。すぐに人助けに思考がいくって、この人は本当に善人なんだなぁ。
だって、さっき助けられたばかりだ。図々しいと怒られてもおかしくないのに、他人を助けることをお願いするなんてね。俺にはできないことだから、感心してしまう。
「あの避難所には娘と同じ年代の子供たちもたくさんいるんです。このままでは病気にかかってしまいます。お願いします!」
悲痛な顔で御国母も頭を下げてくる。この人たちは避難所の人たちに対して、ザマァとか思わないのね。どう生きてきたら、こんな善人として育つんだろ?
でもなぁ……。
「この城は壮大で、ウルゴス神は強力無比な神に見えますが、実情はそうではないと私は考えています。時折しか降臨なさらないのは、恐らくは力が足りないからでしょう。その力を避難所の人たちに向けるのは現状では難しいかと」
そんなと、ショックを受ける御国夫妻。でも、人間たちはきっと水を分け与えたら次は食糧、その次は衣服に住居と要求はどんどん図々しくなることが予想できるのだ。そして最後は攻めてくるのは目に見えている。防衛戦力がない今は残念ながら、許可するのは難しい。
「……スエルタたちはもう戻ってこないと放逐された。戻るのは得策ではない。多分配給品が欲しくて戻ってきたのだと、追い出される」
苦々しい顔でスエルタが気になることを口にする。
「どうやら、色々と大変なようですね。よろしかったら、ここに来る経緯を話してもらってもよろしいでしょうか?」
なにやら不穏な言葉であるので、大神官スマイルで俺はスエルタへと問いかけるのであった。
スエルタの話は驚愕の内容であった。シンと静まり返る食堂内で出雲は腕組みをして唸る。
「現実でそんなディストピアを作ろうと? その議員はアホではないのですか?」
丁寧な口調を心がけて、スエルタに尋ねると彼女も同じ考えだと頷き返す。はっきり言うと無茶苦茶だ。賛同する人間がいても、すぐに崩壊するのは目に見えている。
「そのとおり。彼らは拠点の崩壊を早めている。避難民の多さに危機感を覚えたみたいだけど、このままではスエルタが計算するに、2週間で暴動が起きて崩壊。体制派と反体制派で争ってめちゃくちゃになると予想する」
「な、本当にそこまで追い詰められていたのですか!」
スエルタの至極真面目な言葉に、天華が椅子をガタンと倒して、慌てた顔で立ち上がる。意思疎通がうまく行ってなかったかな?
「………あのままでは詰む。でもおかしいこともある」
「閉じこもることを決めた者たちも、崩壊することはわかっている。それなのに、なぜ篭城を選ぶかと言うことですね? 篭城とは援軍が来ることを前提にしている。とすると、援軍が来るアテがあると?」
俺が片眉を上げながら、スエルタを厳しい目つきで見る。それしか考えられない。漫画や小説の無能な政治家とは現実は違うのだ。奴らは狡賢い。崩壊させない自信があるのだ。なにか、皆が知らない情報を持っているに違いない。
「たぶんそう。たぶん援軍が来る連絡を受けた。しかも大軍。そこで救助される前に、自分たちを有利にする体制を作るつもりだと予想している。私たちの知らない部隊と連絡を取り合っていると思われる」
「そうだったのですか? 何という卑怯な!」
おのれと、握りこぶしを作り怒りで震える天華を横目で見ながら、俺は顎に手をあてて考え込む。なるほど、あり得る話だ。とすると、その期間は早いはず。1週間か2週間か。
「この厄災にて日本は無政府状態。早めに体制を作れば自由にトップに立てるというわけですか」
悪徳政治家ってのは、よくそういう腐った考えをするよな。ある意味感心しちまうぜ。普通に助け出されたら、そのままの避難所暮らし。どこかの馬鹿が、自分たちがより良い生活をするために実績作りと言うわけか。
新たなる体制で人々を救う。ほら、この体制でないと、救うことは難しかったでしょう? なので、これからもこのままの体制でいきましょうと宣言するつもりなのは明らかだ。
うまく行くかはわからないが、勝算はあるかもしれない。日本人ってのは抗議しない人種と言われているからな。少数の反対する声はあがるだろうが、大多数はそんなものかと受け入れるかもしれない。
援軍………どこから援軍が来るのか確認しないといけないだろう。困ったことだ。早くもウルゴス神のアミューズメントパーク存亡の危機かもね。