47話 大神官は魔王なのじゃな
スエルタはヨーロッパのある地方にある小さなカルト宗教の集団が作り上げた強化人間である。彼らは対悪魔のために、聖者を求めていた。小さな田舎なのだが、なぜか昔から近隣の街や村に過去にあった魔道具による被害がちょくちょくあり、悪魔の被害に悩まされていた地域であった。
恐らくは、100年戦争時に使われた遺物だったと言われるが、原因など関係ない。多くの悪魔たちが現れるのに苦しめられているのは現在の人々だからだ。
カルト宗教といえど、その成り立ちは悪魔討伐から始まっており、実力は本物であった。彼らは被害に悩まされる街や村、オカルトだと放置する国に苛立ち、悪魔との戦闘で死んでいく仲間たちに心を痛めた。
そこで考えたのが、対悪魔専門の人間を作り出すことであった。何人もの女性に神聖力が最も高まる新月に妊娠させて、新月に聖水と法陣を組み、出産させた。神聖なる力を赤ん坊に注ぎ込み、神具を体内に埋め込み、様々な実験と、育った子供たちに死ぬような厳しい訓練と知識を与えていった。当然のことながら、そのようなことを子供にすれば、耐えきれなく死ぬ。多くの子供たちが実験体として使われて死んでいった。
その一人がスエルタである。
多くの子供たちが死に、結局生き残ったのはスエルタだけであった。当局があまりにも多い行方不明者にようやく捜査を始めて、カルト宗教の人々が悪魔のような所業をしていたことに気づき逮捕に向かったのであった。
カルト宗教はなくなり、大勢の人々は逮捕された。
そして保護されたスエルタはというと、聖女創造に成功していた。人間にはあり得ない膨大なマナを持ち、強力な神聖力を持った少女となっていた。
皮肉なことに悪魔的な所業であっても、カルト集団は正義の元に働いていると信じており、神聖力の高い者たちだったからだ。そこには悪意が存在しなかったために、スエルタは強力無比な聖女となっていたのだった。
しかも多くの法術を身につけて、昨今の祓い師の中でも最強であった。出自が出自のために、重用されることはなかったが、それでも超一級の聖女であった。皮肉なことにそのために厄災戦では後方待機となってしまったのが命を救ったのだが。
そのスエルタには秘密があった。それは髪の色である。強化により、地毛で深い蒼色の髪となっていた。染めない限り、蒼い髪などこの世にはいない。染めているとは思えない艷やかな蒼い髪は目立つ。そのために隠していた。
肩まで伸ばしている長い髪を両サイドで編み込み、サラリと後ろに流している。理知的なサファイアのような色合いの瞳、強い意思を感じる唇の、美しい少女であった。
だが蒼い髪だけが、異常だと目立つために、常に幻術をかけてフードを深く被っていた。
自分以外に蒼い髪の者などいるわけはないと。研究施設に自分以外に生き残りはいないと聞いていた。
しかし、目の前には、自分と同じく蒼い髪をなびかせて、自分よりも高い神聖力を持っている幼女がいた。
私と同じく実験体として使われていた者だと理解した。きっと研究施設の生き残りがいたのだろう。ハクを連れて逃げたに違いない。
「スエルタはハクの生き別れの姉! 会いたかった!」
「姉?」
「うん、研究施設で実験された生き残り! ハクと一緒」
突如として言われた内容に、ぽかんと口をあけて、ハクはスエルタの言葉に考え込んだ。そして、顔を眺める。キラキラとした蒼い髪。編み込みがとっても可愛くて、ブルーの瞳が吸い込まれそうだ。かなりの美少女ですと頷くと
「お姉たん! 会いたかったです!」
全力で話に乗っかった。ぎゅうとスエルタにしがみつく。ハクの記憶は上書きされた。フロッピーディスク並みの大容量のハクの記憶は書き換えられた。実験された生き残りの幼女で、美少女が姉。このビッグウェーブに乗っちゃうよと。幼女はヒャッハーと、生き別れの姉妹イベントの波にパシャパシャと乗っかった。
涙ぐましい生き別れの姉妹の感動の光景となったのであった。
ウンウンと天華が涙ぐみ、なんだか感動的な光景だと御国家族が感動する。
出雲はその光景を冷めたジト目で見て……。
「さて、美少女さん、種籾集めようぜ」
「やはり名前をつけないといけないと思うのじゃが?」
「こんなに急展開になるとは思わなかったんだよ。八門幼女の陣役に立たないじゃねーか」
ぼやきつつ、新たなる設定を考えないといけないなとため息を吐いて、田畑に散らばる種籾を拾い始めるのであった。
少し前に神聖貯水池を作成する前に、ハクの忠告があった。
「城の中庭に貯水池は作れないのですよ。空間を広げるので、城に補助機能を付けてほしいのです?」
と、時折頭の良いことを口にする幼女に納得し、空間を拡げることにした。
『交換ポイント100万:初期神聖コア。城の周りに空間を歪めて、さらに500平方メートルの更地を作成する』
これを設置することにすると、拠点が決定してしまうが仕方ない。設置することにした。
ハクが空間を歪めて結界を張り、その中に更地を作成して、その横に神聖貯水池を作成。これで更地全てを農地にしても問題はなくなった。
そうして、さらに農地を設置。
『交換ポイント10万:神聖農地区画。100平方メートルを神聖農地に変える』
神聖と言う名の農地に変更可能となった。どこらへんがさっぱり神聖なのかわからないが、とりあえず一つ設置。検証しないとわからないな。
『交換ポイント1000:神聖種籾一粒』
種籾一粒なら安かったので検証用に交換した。これで実験しようとしたのだ。
ポンポンといい感じに設置していたところ、侵入者が現れたのだ。正直驚いた。ここに人が現れるなんて想定外であった。だって、幼女しか入れないのだ。誰も入れないと考えていたのに、侵入された。どうなっているのと侵入者を見ると、幼女連れの一行だったのだ。
なんでこんな危険な場所に幼女連れが来たのかと、内心驚きながらも、城の中に皆さんを案内中です。拾い集めた種籾ひと袋を担ぎながら。一粒が数分でひと袋に変わったのは驚いたよ。レベル4って凄いんだな。
「……大丈夫、妹よ?」
「うぅ、全マナを使ったから、身体がダルいのです。二日酔いみたいな感じなのです?」
「だいじょーぶ? ハクちゃん」
お姫様だっこをされて、うぅと弱々しい儚げ笑みを浮かべる一見すると健気な幼女は、しっかりとスエルタにしがみついていた。玉藻がハクを心配している。二日酔い言うな。
あの子はヌリカベですと、伝えて良いだろうか? そんなことを口にしたら、おっさんは嘘をつくなと悪人にされそうな予感がします。
「あぁ、すみませんが、貴方の名前をもう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」
天華が俺に鋭い視線を向けてくる。危険な薫りをさせて。
『モブは絡まないからモブなのじゃ。やはりおっさんという名前は無理があったと思うぞ?』
城へと案内しながら、リムと思念でこの困った状況を話し合う。
『たしかにそうだな。うぅむ……アンダーカバーの名前が必要か』
早くも名称『おっさん』破綻。世の中ってのは、計画通りにはいかないよね。なにやら侍少女は俺を疑っている。スエルタのなにやらありそうな過去話が関係しそうだな。
良い名はないかと考える。どうするかね。
「私の名前は、冬衣と言います。よろしくお願い致します。ウルゴス神に仕える大神官をしております」
「妾は櫛灘じゃの。冬衣の妻をしておる」
閃いた名前を伝えて、素早く名札を書き換える。スキルなので、瞬時に変えられる。リムも俺の名前にピンと来て名前を書き換える。名前の由来は大国主大神の父親からだ。神の名前の変形だから、別人だとごまかせて、完全な名前でないことから、そこはかとなく神秘性も宿せるおまけ付き。櫛灘は冬衣の妻である。
『このような裏技ばかりよく思いつくの』
『ウルゴスから思いつきました』
平然とした表情でリムの呆れた様子の思念を受け流す。魔王を指揮する大神官って、竜退治2っぽいよね。
「ハクとはどこで出会ったのですか?」
なんだ? スエルタの過去話に関係しているよな? しているよね? ちょっとおっさんに話してくれないかな? その内容によって対応を変えたいんだけど?
ハクへとスエルタに尋ねるように視線を向けるが、ケホケホと辛そうな咳をして、スエルタに優しくお姫様だっこされていた。無駄に演技の上手い幼女である。
仕方ない。ヒントは研究施設。生き別れの姉妹。よし決めた。
「私たちはウルゴス神に突如として召喚されました。使徒として仕えるようにと言われまして。私と櫛灘は夫婦で召喚。ハクは別の所から召喚されました」
胸に手を当てて真摯に答える。
俺たちとハクは知り合って短い説を取りました。嘘は少ししか言っていない。真実も言っていないけど。
「あたちは……うぅ、召喚される前の記憶がないのです」
設定を考えるのが面倒なのですと言外に含めつつ、ハクは頭を押さえて苦しそうにする。ハクなりに考えているようで、何よりだ。この娘はきっと設定を考えても忘れるだろうし。いっそ記憶がない方がいいよね。
「そうだったのですか。それは失礼しました。使徒として仕えるとはどのような意味なのですか?」
「使徒として仕えるということは、この魔界と化した世界で人間として生き残れると言う意味です。その意味は貴方たちが痛いほど知っていると思われますが?」
思わせぶりに穏やかな笑みで答える。ワイシャツにスラックスを変えておかないといけないな。大神官の服とかモーニングスターとか必要だよね。
そして、この言葉は便利だ。相手に思い当たることがあれば、必ず頷いてくれる。俺がなんとも思わなくても。
「なるほど、たしかに外は悲惨なことになっています。食糧も減り水も僅か。使徒ならば、ここで人間らしく暮らせると?」
「そのとおりです。先程の稲穂を見たでしょう? 今は食糧を確保するための実験をしております」
試していただけだけど、これも嘘を言っていない。お米が増えたし。野菜も順々に増やしていく予定だ。ハクならすぐに成長させることができるだろう。
とりあえず、万能神聖水晶も居住区に後で設置しておく予定。
「ウルゴス神はここにいるのですか? 何人の使徒が? ノアの方舟となっているのですか?」
「いえ、ここにはそれほどの住人はいません。恐らくは神聖力の高い者たちを集めているのではないでしょうか? ウルゴス神は善意により神になります。そのために神聖力の高い者たちを集めているのでしょう」
ううむ、と考え込む天華。うぅ、と手を震わせて、どんどん具合が悪くなるフリをするハクを心配するスエルタと玉藻。そしてその家族。
皆は疲れ切っている。特に玉藻ちゃんとその家族は薄汚れているし、風呂に入らないとまずそうだ。
「話は後でにして、とりあえず疲れをとりましょうか? 居住区に案内します」
笑顔で言いながら、リムへと手を振る。居住区に神聖水晶を設置しておいてくれ。この城は住みやすいと教えないといけないからね。とりあえず、神聖水晶を出しておくから、持っていってくれ。遠回りで居住区に案内するから、先に行ってくれ。
ハッタリって、とても重要だと思うんだよね。
ポイと神聖水晶を手渡すと、俺は素知らぬフリで案内を再開するのだった。




