46話 ラスボスの城は見えないんだぜ
ウルゴスの城。つい先日までは遠くからも見てとれたその建物が見つからないことにスエルタは困惑していた。白亜の城を見逃すはずはないのに。
「………ここらへんだったはず……でも、違うかも」
自信なく呟く。もしかしたら全然反対の場所だったかもしれない。いや、この方向であっているはず。
しかしあの威容を誇っていた神々しい力を放つ神聖な白亜の城は欠片も見えない。消えてしまったのでなければ、方向が違ったのだ。
フードに隠れた顔に戸惑いを見せてスエルタは考え込む。ちらりと後ろを向けると、刀を持って警戒に当たっていた天華がこちらへと近寄ってくる。
「どうしたのですか、スエルタ? いや、わかりますが………ウルゴスの城が見えないですね」
「……そのとおり。ここらへんにあったと思うけど、何もない。もしかしたら反対だったかも」
最初は気のせいかもと思った。近づけばわかるだろうと。でもどこにもない。
「いえ、地図ではここらへんだったと書いてあります。間違いないはずですよ」
やはり記憶は誤っていないらしいと、スエルタはキュッと唇を噛み締める。場所は間違いないとすると、答えは一つだ。
「結界が張られている。しかも結界があるとすら感じさせない強力なやつ。そんな結界は見たことはないけど」
「神話レベルというやつですか。妖精の隠れ里のようなお伽噺の世界となりますね」
「そう。でも困った。あの人たちになんと説明すれば良いかわからない」
後ろには天華以外に一家族がついてきている。スエルタが善人と思われる家族に、ついてきて欲しいと頼み込んだ際に唯一承諾してくれた家族だ。美男美女の家族で、夫が黒髪の優しそうな顔立ちの男で、奥さんが金髪碧眼のまだ10代に見える女性だ。
若く見えるが、子連れであり、やはり金髪碧眼で、髪の毛をおさげに纏めている小さな幼女を連れている。幼女は狐のぬいぐるみを大事そうに抱きしめていた。3人ともに悲しいことに薄汚れており、服はもちろんのこと、体臭も臭ってきている。
スエルタはウルゴスと交渉をするために、善人を連れてこようと考えたのだ。自分と天華だけでも大丈夫だとは思うが、自分たちは祓い師だ。もしかしたらウルゴスは祓い師を否定するかもしれない。
なので、一般人を連れてきた。この家族以外はついて来なかった。頑張って説得したが、全て断られた。避難所を堂々と去れば戻ってこれないと言う事ならば、誰もついて来てくれるはずはなかった。
当初は実験として連れ出すだけだと、すぐに避難所に家族は戻すと言っても、泥沼議員は妨害できることが嬉しいのか、駄目だと自衛隊員に伝えたからだった。
この家族が来てくれたのは、困ったスエルタと天華を見かねて声をかけてくれたためだ。食糧と水と交換に来てくれることになったが、それでも信じられない。あの家族は善人すぎる。スエルタたちが罪悪感を持つほどだ。
曰く
「君たちは親切な人たちだから。それにここにいたら近いうちに玉藻が病気にかかってしまうので」
と、にこやかな笑みで男性が了承してくれたのだ。詐欺にあってもおかしくない人だが、道すがら心配になって話を聞いたところ、意外なことに悪人は見抜けるらしい。そんな人の良い家族たちなので、そもそもウルゴスの居城にも辿り着けないとは言えない。
このままでは放浪することになると、たらりと冷や汗が一筋額から流れるが、立ち止まったスエルタたちにとてちたと狐を抱えた幼女が駆け寄ってきた。
「おねーちゃん、どーしたの? あのお城に行くんじゃないの?」
狐のぬいぐるみを大事に抱き締めて話しかけてくる。お出かけだよねとニコニコとご機嫌だ。
「ん、いや、それがええと……ん? 城が見える?」
「んと、この方向なら見えるよ! 違う方向からだと見えなくなるの! 不思議なお城だよね!」
エヘヘとはにかむように笑う幼女の言葉にスエルタと天華は顔を見合わせて、次の瞬間、身を乗り出して興奮気味に尋ねる。
「城が見える? どこに?」
「私たちは見えないのです! どこにあるのです、玉藻ちゃん?」
「んとね、えとね、ここからだとはっきり見えるよ!」
エヘヘと人差し指を向ける先にはやはり何もない。ただガランとした人気のない家屋や廃ビルがあるだけだ。だが、それはスエルタたちがそう見えるだけで、本当はそうではないことを知識で知っている。本当は城があるのだ。
「むふーっ! 玉藻、そういうことなら先行してほしい。城へと向けて進んで! 私たちは後からついていく。きっとこの結界は欠片も悪意がない純真な人間にしか進めない結界だと予想する」
「私もそのとおりだと思います。神話レベルの結界ならばそのような結界であってもおかしくない。悲しいかな私たちは祓い師。完全に純真な心とはいきません」
「そのとおり。美少女だけど、完全に純真とはいかない」
天華もスエルタの予想に同意する。お伽噺でも妖精の庭に入り込んだり、神の居城に入るのは純真な乙女が多い。ちょっと小さい乙女だが、純真な心を持っているだろうことは間違いない。
まさかの幼女限定出入口だとは二人は想像もできなかった。まぁ、予想できる方がおかしいが。
「わかりまちた! ついて来て。こっちだよ」
トテテと走り出す玉藻ちゃん、5歳。役に立てると思って、はりきって駆け出す。
「待ってください。ゆっくりと進むんです、ゾンビがいるかもしれません!」
「そのとおり。待つべき」
天華が慌てて追いかけて、スエルタも続く。こら、玉藻と、夫婦もバタバタと追いかける。だが、それは杞憂であった。
10メートルも進めないうちに、光景が一変したのだ。まるで薄い膜を通り抜ける感覚と共に、周りが更地となった。
ガランとした広大な更地は瓦礫の欠片もなく、石ころすら存在しない。後ろを振り向くと霧の壁が延々と続いている。前には更地が続いており、遠くに白亜の城と水晶の庭園、それを囲んでいる壁があった。
「おぉ……すごーい! これなぁに、おねーちゃん?」
わぁと喜ぶ玉藻。お城へとタタタと走り出す。
「むふーっ。これは凄い法術。神聖力に満ちている! スエルタの予想は正しかった!」
「えぇ。ここにいるだけで、心が洗われるようです。まさしく神域といった所でしょう」
空気が清浄で、清々しいとスエルタは興奮し、天華も感動する。御国夫妻もキョロキョロと周りを見て、その空気に触れて更地しかないのに、その清らかさに驚いている。
「あ、誰かいるよ! おーい」
城に近づくと、門から少し離れた場所に3人の人間が立っていた。おっさんと美少女と幼女だ。なぜかすぐにそう考えたが、気にすることはなかった。
おっさんたちは、スエルタたちに気づいて驚いている。まじまじと観察してくるが、何者なのだろうか?
幼女がスッと前に出てきて、スカートの裾を掴むとカーテシーをしてくる。
「あたちの名前は城内ハクと申しますです。このいず、ウルゴスたん城で総司、けふん、巫女をしているです? しゃららーん。きらきらーん」
膝下まで伸びている蒼い髪は艷やかで、天使の輪が映っている。美しい顔立ちで病弱そうな白い肌の儚げな幼女だ。なぜか最後の言葉が意味がわからないが。
後ろでおっさんと美少女も名乗ったが、なぜか名前は記憶に残らなかった。
「私の名前は御国玉藻です! 5歳です! この子はゴンちゃんです!」
玉藻もペコリと頭を下げて、大事な狐のぬいぐるみを掲げてご挨拶する。
「あたちのぬいぐるみはパレスちゃんです?」
謎の対抗心を呼び出して、ハクもいつの間にか手にしていた獅子のぬいぐるみを掲げて見せる。
「可愛いね、パレスちゃん!」
「ありがとうです。ゴンたんも可愛らしいです!」
キャッキャッとお互いにぬいぐるみを褒めあって仲良くなる。もう玉藻は新しいお友達ができちゃったと大喜びである。
「スエルタの名前はスエルタ・ナント」
「蓮華天華です」
「よろしくです? 気軽にハク様と敬ってくれて良いのです。供物は甘い物をきぼー。ココアやチョコケーキが好きなのですよ」
エヘヘと輝くような笑みで、ハクは自己紹介を繰り返す。内容が少し気になるが、それ以上に気になることが、スエルタにはあった。
「ハク。その髪は……」
「ここで何してるの?」
スエルタの言いかけた言葉を止めて、玉藻がコテンと小首を傾げて問いかける。
「あぁ、私たちはウルゴス様に仕えていてね。これから巫女たるハクが農地に法術をかけるところなんだ。とりあえずは検証で大地術を使用してみるところだね」
おっさんが片手を挙げて教えてくれる。農地? よくよく見ると、100メートル平方の更地が色が違う。白っぽい土地だけだと思っていたが、ハクがいる前辺りは普通の土地だった。ふかふかそうな土地だ。
「耕す前に、本当に育つか試すのですよ」
「お花育てるの? 私は朝顔が好き!」
「わかりまちたです。朝顔の種に変更を」
玉藻の言葉にハクは頷き、おっさんに種を変えてくださいと言うがデコピンで返される。
「まずは米だ。この種籾を試すと言っただろ? 言ったよな? それは貴重なウルゴス様から下賜された種籾なんだからな?」
「千ポイントで交換したたった一粒ではないですか。むぅ、なら次は朝顔にするです?」
渋々とたった一粒の種籾と称する米粒を植えると、手を翳す。
「ウルゴス神よ、我の願いを聞き届け給え、大地の息吹を分け与え給え、えーと、と、とう、東洋の神秘を分け与え給え!」
厳かな詠唱を奏でて、神聖力を手のひらにハクは集め始める。その力はスエルタたち祓い師にはっきりと感じられるほどの神聖力であった。
「何という力だ!」
「………ここまで強い神聖力は初めて!」
強い風圧のように感じる神聖力に、天華は腕で顔を防ぐ。スエルタはフードの奥で純白の光に覆われていくハクの様子を見て瞠目する。御国夫妻たちはなぜ突如として、なぜ突風が巻き起こったのかわからずに戸惑い、玉藻はワクワクとハクを見つめる。
ハクは力を集めて、勢いよくおててを振り下ろすと法術を発動させた。
『植物成長』
ハクの手のひらから、大地に純白の粒子が伝わっていき拡がっていく。そうして、種籾が植えた箇所が動き出し、ぴょこりと芽吹いた。小さな若葉が大地から生えて……終わった。
「なんだ、若芽が生えただけか」
がっかりだなと、おっさんが呟くと、ハクはカッと目を見開く。
「そんなわけないのです? ムォぉぉぉぉ!」
鈴鳴らすような可愛らしい声音で、可愛くない雄叫びをあげて、神聖力をズンドコぶち込む。その膨大なマナにより、成長の止まった芽が急速に育ち始め、みるみるうちに茎は伸び、葉が生えて、あっという間に稲穂まで育ちきった。頭を垂れる稲穂かなと、たった一本の稲穂だが、大量に実を結んでいる。
「ムォぉぉぉぉ、うぉぉぉぉぉ」
「待て待て、ハク。ステイ、待てってコラ!」
「うぉぉぉぉぉ、うぉぉぉぉぉ!」
幼女は一つのことに夢中になって、おっさんの制止は耳に入らない。先程以上のマナが周囲に広がり、突風どころか、暴風へと変わっていった。
稲穂は枯れ果てて、種籾が畑に散らばり、また若芽が生えて、茎が伸びて、稲穂まで育ちきった。あっという間にうじゃうじゃと田畑に稲穂が出来上がった。
「勝ったです?」
マナが尽きてパタリと倒れ伏すハク。スエルタは見たこともない膨大なマナと強力な神聖力を感じて、身体が震える。
暴風によりフードがとれて、幻術がかかっていた髪の色が解ける。
「むふーっ! ハク、貴女は私の生き別れの妹!」
倒れ伏すハクへと駆け寄り、抱え上げるとスエルタは強く抱きしめる。
スエルタの髪は深い蒼色をしていた。




