45話 食べ物を確保したいのじゃ
マンションの自宅にて、テーブルに置かれた食べ物を前に、出雲は難しい顔をしていた。嘆息混じりに、食べ物を手に取る。
「ろくなもんが無かったな」
手に持つ食べ物は麩菓子だった。お腹には溜まりそうにない。他にも食べ物が大量にあるが、のど飴、綿菓子、こんにゃくゼリー、ゼロカロリーチョコ、サキイカ、ビール、日本酒などろくな物がなかった。
「そうじゃのう……これはちょっと予想外だったの、少し探せば山ほど食べ物が手に入ると考えていたからの」
「自衛隊が組織的に食糧を片端から集めていたからな。そりゃそうだ、普通に考えるとそうなるか」
対面に座るリムも苦々しい表情だ。元悪魔王もお腹は空くようになったらしい。こんにゃくゼリーを手にとって、食べようか迷ったが、カロリーにならないのと、テーブルに戻す。
「まだまだカップラーメンや缶詰はあるから、後一ヶ月は持つだろうが、毎日カップラーメンだと俺の健康が不安だよ」
最近は歳を感じて、カップラーメンは週に1日にしているんだよとおっさんは眉根を顰める。血圧とかを気にしないといけないんだよと、健康管理に余念がない。その名は神にして大魔王にして、中の人はただのおっさん、天神出雲。
「神にして大魔王の深い悩みじゃの」
ジト目となって、リムが俺を見てくるが、そういえば健康を気にする必要はなかったかと思い出す。もう人間から半歩だけ抜け出ている身体だったや。
良かった良かったと一安心して、今日はインスタント塩ラーメンにしようかなと考え始める出雲だが、不満そうに可愛らしい頬を膨らませて、褐色小悪魔がテーブルに身を乗り出す。
「妾は嫌じゃぞ。せっかく肉の身体を持ったのに、毎日毎日カップラーメンとか。お肌が荒れそうじゃ。のぅ、妾の契約者殿? このぴちぴちのお肌が荒れても良いのかのぅ? 触り心地が悪くなるぞ?」
俺の手のひらを掴んで、リムは自分の手のひらを押し付けてくる。別段エロくもない行動なのに、柔らかい少女の肌を感じてエロスを感じてしまう。さすがはリリム。たいした接触もせずに人を誘惑する技に長けているな。本当に柔らかいなぁ。
少女とこんなふうに手を握りあうなんて、もはやおっさんには無いよなと、デヘヘと鼻の下を伸ばす出雲。まぁ、16歳に一見すると見えるリムだ、おっさんが喜ぶのも無理はないと全世界のおっさんは同意してくれるだろう。
「ご飯、ないのです?」
この部屋にいる最後の一人が尋ねてくる。美しい蒼髪を床に流れるように広げて座っているハクだ。両手を床に添えて、神聖力を流し込んでいた。
「そうなんだよ、ハク。まだまだインスタントご飯とかもあるけどな。もって2ヶ月といったところか。あぁ、邪魔してすまん、続けてくれ」
「大丈夫なのです? もう終わりです」
ふぅ〜と幼女は息を吐き、最後の神聖力を込める。
『幼女の迷家』
その言葉とともに、法術が発動すると純白の粒子が発生して、波紋のようにキラキラと光りながら周囲へと拡がっていった。そうして、出雲のマンションを人には感じることのできない霧が包み、その姿を覆い隠す。
「終わったのです。これで、このマンションは許可された者以外は幼女以外認識も入ることもできなくなったのです」
ふんすふんすと鼻息荒く、ドヤ顔のハクはぽてぽてと歩いて、リムの膝の上に乗って告げてくる。
「なぁ、幼女の部分いる? 必要なくない?」
ひと仕事終えたよと、ハクがかいてもいない額の汗を拭うふりをしているので、俺は疑問を口にすると、コテンと首を傾げて、細っこい人差しをフリフリと振ってハクは説明をしてくれる。
「結界は穴をわざと開けておいたほうが穴のない結界よりも遥かに強力な結界となるのですよ。だいたい2レベルは上の結界になるです。ヒントを置いた紙切れとかを置いて置くと、さらに結界レベルが上がるですが、そこまではやらなかったのです」
ゲームでなぜかある脱出のメモ。置いてある理由が判明しました。あれは必須だったのね。
「孔明が使った八門金鎖の陣もそうじゃが、弱点として穴を開けた分、結界の効果が高まるのは、昔からの常識じゃな」
リムもハクに追随して説明を補足してくれる。
八門金鎖の陣とは、敵の軍勢を閉じ込めた孔明の結界陣のことだ。なぜか小説でもあの部分だけファンタジーとなった覚えがある。たしか生の門から脱出できて、謎の爺さんがあっさりと脱出方法を司馬懿に教えて脱出させちゃった謎展開な話だったよな。
「なので、幼女は通せるようにしたのです」
ハクは極自然に泡立つ麦茶缶のプルタブをカシュッと開けて、グイッと飲むと、小さなお口でリスみたいにちまちまとサキイカを食べ始める。うん、ひと仕事終えたからね、わかる、わかるよ、麦茶飲みたくなるよな。
「神の庭も同じ条件で結界を貼ったのです。名付けて八門幼女の陣なのです驚・休・幼女・死・杜・景・傷・開の門からなり、幼女の門から幼女が入らないと結界内に侵入できないのです」
「まぁ、効果はありそうだから良いや」
おっさんはツッコむのを諦めた。ハクにツッコむのを始めたら終わらない予感がするし。それに幼女が危険な外に来ることもあるまい。うん、最高の結界だ。そう思うことにしよう。
「それと、このマンションは既にあたちの神聖コンクリートと交換済み。神聖力で動く電気、水や浄化装置も備え済みなのです。神聖水晶を出して、設置してほしいのです?」
なんでもとりあえず神聖とつければ良いと考えていると思われるハク。仕事はきっちりとしたようで、リムの胸にポヨンともたれかかりまったりと寛いでおり、リムはそんな幼女を見て可愛らしいのと、艷やかな髪の毛を撫でて、頬をつついて楽しんでいる。見た目は可愛らしい幼女だからな。片手に麦茶缶、片手にサキイカ持ってるけど。
「言動も行動も怪しいが、レベル4は伊達ではないか。わかった。奇跡さん、このマンションを稼働させるための水晶を」
俺が永久的に使用できる水晶を作り出そうとすると、リムが慌てて止めてくる。
「待て待て、出雲よ、交換方法は考えた方が良いぞ? 永久的に使用できるやつ、神聖力を補充すれば使用できるようになるやつ、消耗タイプなど、色々あるじゃろ?」
「リムにしては珍しく建設的な提案だな。たしかにそうだ。奇跡さん、神聖力補充タイプでよろしく」
なるほどねと、俺は頷き神聖力補充タイプをお願いする。宙に半透明のボードが現れて、交換内容が表示される。
『交換ポイント10万:万能神聖水晶マンション型。マンションの電気から水、浄化まで全てのインフラを司る。神聖力10以上のマナを1日に10補充しなくてはならない』
この効果で、このポイントは美味しい。良いねと俺は交換をする。いつもの通り、純白の粒子が手のひらから生まれると、六角形の水晶となる。水晶の中にはチカチカと黄金の光が瞬いており、神々しい。
ハクが水晶を確認して腕を振ると、壁がガションと開き祭壇が現れた。ロウソクは置かれていないが、魔法陣が描かれた真っ白な敷布が置いてある。ウルゴスの小さな像も置かれている凝りっぷりだ。
「どうです? それっぽいです? えっへん」
平坦な胸を張る可愛らしい幼女にリムは感心の表情となる。俺も神秘的だなと頷く。
「ほほう、たしかにそれっぽいの。本当は魔法陣だけで良いのであろ?」
「なのです。伊達なので、補充機と連動するようにしておいたのです。出雲たんにお祈りすると、補充できる的な感じなのですよ」
「オーケーだ。あと、出雲に祈ると俺だとばれちゃうだろ、ウルゴスにしておいてくれ」
この幼女はアホっぽいが、なかなか頭も回るよなと苦笑混じりに水晶を設置する。設置した水晶は宙に浮くと立体型の魔法陣を展開し、黄金の粒子が祭壇に流れていった。
「これでファンタジー的なインフラが展開できたのです。名付けて神聖インフラなのです?」
「良いよ、とりあえず神聖を頭につけておいてくれ」
神聖力って本当に凄い。ハクの言うとおり、ファンタジーなインフラである。早速エアコンをつけよう。
少しでも暑いとエアコンを付けちゃう。涼しい風が出てきて一安心だ。
「よくやったハク。これは神の庭でもできるのか?」
「できるのです。ただマナがきついと思うので、必要な所だけにしておくのです?」
頭を撫でてあげようとすると、ひょいと躱すハク。サキイカを勧めると食べるので、ご褒美はサキイカ。
「それじゃ、食糧だな。どうするかね、奇跡ポイントだと食べ物はポイントが異様に高いんだよ」
「ふむ。農業をすればよいじゃろ。神聖農業をするのじゃよ」
「だな。神聖力ですべて解決だ。ハク、農地を作れるか?」
神聖力バンザイ。もう神聖力については考えるのをやめようっと。
「? 出雲たんの方ができるです? あたちは豊穣とか耕すのはできるですが、農地区画を作って欲しいのです」
農地区画? なんじゃそりゃと不思議に思ったが、すぐにピンときた。あれのことか。
「国用のボードオープン」
手をひらひらと振り、全然見なかった国のボードを喚びだす。
神庭
土地:魔封地
支配者:大魔王ウルゴス(おっさん)
支配している街:1
支配している地脈:10
人口:13698人
毎月の税収:136ポイント
地脈からの毎月の収入:150万
維持費:49万56000
保有奇跡ポイント:250万
施設:なし
魔王:5人
兵力:5人
「地脈からのポイントが高いな。税収は必要ないだろ、これ。それに魔王の項目が増えているぞ」
「武将と兵力に分けられたのです?」
「じゃの。戦略シミュレーションゲームっぽいではないか。ワクワクするの」
ハクとリムの言うとおりだ。戦略シミュレーションゲームっぽい。とするとだ。
「農地区画を作成」
『水源がありません』
「………チュートリアルないのかね?」
「あたち、シム得意です? やらせるのです。まずはベリーイージーにして無限資金に設定を変えるのですよ」
「それは得意とは言わない。俺はベリーハードでシナリオモードクリアしたことあるから大丈夫」
「大丈夫なのです、まずは金鉱山を開発するのです」
身を乗り出して、ちっこい人差しを突き出して、早くもゲームオーバーになりそうなことをしようとするハク。
「何を言う。まずは木こり小屋じゃ。妾もベリーハードでクリアしたことにして、操作させるのじゃ。一度シムなゲームをやりたかったのじゃ」
リムも身を乗り出してきて、操作をしようとする。こいつら食糧問題を解決する気ゼロだよね。ふざけているようにしか見えないぞ。
「農地だって言ってるだろ! 水源を確保してくれ、奇跡さん」
もう一番頼りになるのは奇跡さんしかいないぜ。こいつら悪魔だろ。悪魔だった。いや、アホだろ。
『交換ポイント100万:神聖貯水池。半径10キロ圏内の神聖農地区画に適切な水量を転移させる』
ファンタジー的な貯水池キタコレ。奇跡さんも神聖とつければ良いと考えているのね。便利極まる貯水池だよな、転移とか用水路は必要ないと言うことか。
「それじゃ、城に移動して施設を作ってみるか」
偽人術を使用した変装の名札を装備して、移動の準備をする。実際に施設を作るには見ながらが良いからな。
とりあえず名札には『おっさん』と書いておく。これ、奇跡さんが認める真名だから大丈夫なことに気づいたのだ。誰も覚えることのできない存在へと早変わりというわけ。
「そなたがそれで良いなら、我も文句はいわないがの。よくそういう裏技を思いつくよな、お主」
『美少女』と名札に書いて胸につけながら、リムがジト目になるが、お前も一緒だろ。
「それじゃ、城へのゲートを開くのです?」
『霧の門』
むふんと鼻を鳴らしてハクが手を翳すと、霧がドライアイスのように吹き出した門が生まれる。ハクの拠点間移動できるテレポートゲートだ。潜るとボスキャラが待っていそうな門だ。
「よし、それじゃウルゴスの城に向かうか」
しばらくは領地の開拓かねぇ。