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43話 世界にヒビが入り始める

 イーストワンと呼ばれる避難所。そこには多くの自衛隊員や祓い師、そして避難民が集まっていた。元ショッピングモールは大きな施設である。1階から2階は店舗、3階はシアター、4階はレストラン街、5階からはオフィスビルとなっている。天井は高く、日差しの入りやすい設計で、ついこの間までは、和気藹々とした空気が醸し出される世界であった。


 だが、今や平和であったショッピングモールは騒然となり、ピリピリとした荒々しい空気が支配していた。


「万を超える人間が避難してくるなんて、誰も思っていなかったよねぇ」


「都内に近いのだ。それぐらいは予想していたのではないか?」


 餓鬼王ホウショクに破壊されて、修復することもできずに大穴が空いた4階から1階を覗き見て、蛍光色のシャツを着た青年が避難所を見て嘆息する。隣に立っていた刀を腰に差す袴姿の美少女がその呟きに反応するが、青年はひらひらと手を振って首を横に振った。


「お役所仕事なんだよ、天華ちゃん。ここいらの避難所は最大収容人数を決められて用意されている。そこには住民の実数なんて低めに見積もっているし、他の避難所から避難してくる人間がいるなんて計算に入れていないのさ」


「ここは避難所としては最高に近いのだ。それでも駄目だというのか、紫煙?」


 天華と呼ばれた和服の侍少女の言葉に、紫煙という名の祓い師の青年は頷く。


「食糧も水も、その他諸々も想定では3千人で1週間分暮らす程度しか用意されていない。災害が起きてもそれだけの期間保てば問題ないと思ってたんだ。だけど、今や1万人を超えているよねぇ」


「だが保っているぞ?」


 計算が苦手な天華ちゃんらしいと紫煙は苦笑しながら現在の状況を教えてあげることにする。残酷な話だが、知っておいた方が良い。


「それは地下に籠もるのが嫌な政治家たちがいたからだよ、天華ちゃん」


 紫煙は皮肉なことだと、軽薄な口調で周りへと視線を移す。


「本来は地下シェルターには千人が2年暮らせる程度の貯蓄があった。しかし、地下に籠もることなど政治家たちは最初から嫌がっていて、それに魔王ホウショクの襲撃もあった。地下は大穴が空いて安全とはとても思えない場所になったからねぇ。それに伴い食糧を地上に持ち出してしまったんだ。その食糧を食い潰しているわけ」


 しかめ面となり、天華は不機嫌そうに息を吐く。この状況が政治家の善意ではなく、傲慢さからなされていると聞いて、怒っていいのか、感謝すれば良いのかわからないからだ。なにげに潔癖症なんだよねぇと、紫煙は下の広間に集まっている避難民へと再び目を向ける。


「あの、これだけですか? 水が欲しいんですが……」

「もうトイレも限界だ。汚くって仕方ないんだよ」

「団地の方にも水を分けてくれ」


 配給を配る役人たちに押しかけて、言葉にするのは意外なことに水の要求であった。食糧は腹が空いてもなんとか我慢できる。乾きもある程度は耐えられる。しかし、水は乾きを癒やすだけではない。


 厄災が発生して3週間。都内で一番難しいことは、意外なことに綺麗な水の確保であった。自分たちが飲む分として、毎日ペットボトル一本の水を渡されているが、全然足りないのだ。床に寝て、食べ物を食べてトイレに行く。人々は原始時代の人間ではないのだ。衛生という観念を強く持っている。汚れた格好では、いずれ病気にかかると知っている。


 この状況で病気にかかれば命にかかわることを理解している。なので、食べる前に手を洗い、トイレの後にも手を洗う。シャワーに入れなくても、服は少しでも綺麗にしたい。最低限の衛生を保ちたいのだ。


 しかし、水道は止まり、団地の貯水タンクはとうに空で、周辺の店舗などにあった水は全て回収して使い切ってしまった。


 地下にあった濾過施設はフル稼働をしているが、フィルターに問題があったのか、嫌な臭いがするし、色は茶色く汚れが濾過できているようには見えないし、そのために綺麗な水は貴重なものとなっていた。


 元は輝くような金髪の持ち主であったろう幼女が、薄汚れて輝きを失ったボサボサ頭で、困ったように狐のぬいぐるみを大事そうに抱えてうろついている。その視線の先には両親がいて、役人へとお願いをしていた。


「なぁ、玉藻はまだまだ小さいんだ。こんな環境じゃ病気にかかっちまう。頼むよ、もう一本だけ水をくれ」


「ペットボトル一本でなくても良いの。ほんの少しでも良いのよ」


 幼女は5歳ぐらいだろうか。頬も泥で汚れており、服も薄汚れ始めている。たしかに不潔な格好だ。あんなに小さな子供が汚い格好のままなら、それほど経たずとも、病気にかかる可能性は高い。


 その家族だけではない。他の家族も似たりよったりだ。少し前までは団地が解放されたと喜んでいた者たちは再び鮭のように戻ってきた。インフラが止まったことを受けて、配給が滞り始めるのではと危機感を持ったためだ。なので、今や元ショッピングモールはぎゅうぎゅうで、花見に集まる人々よりも多かった。


 押し合いへし合いをして、寝る場所を確保するのにも一苦労だ。電気も止まったので、エアコンや空調設備も動かなくなり、人々は汗だくにもなっていた。これだけ多くの人々が集まるだけでも、その熱気によりサウナ一歩手前だ。


「打開策が必要ですね」


「天華ちゃんはなにか案があるのかい?」


「頭の良い奴に頼ろうと思います」


 天華は恥ずかしがることなく、躊躇うことなく、きっぱりという。清々しいほどに他力本願の侍少女に感心するしかない。見た目詐欺だねぇ、本当にこの娘は。


 だが、紫煙も妙案は浮かばない。インフラを復活させるには浄水場を復旧させなければならない。いや、この場合はダムなのだろうか? どちらにしても復旧させるには、燃料なども必要なのではなかろうか。と、すると発電所を先に復旧?


 素人である紫煙には、さっぱりそこらへんはわからない。幼い頃から悪魔を倒すべく修行をして、祓い師として神聖力も高めて、この世界の裏側の知識を学んできたが、インフラを復旧させる方法は残念ながら学ばなかった。


 天華も同じだ。だからこそ、他人に助けを求めるしかない。この場合は自衛隊員なのだろうか。その中でも専門家がいそうだが、この避難所でそんな人物を見たことがない。


 そろそろお偉いさんが動いても良いと思うのだがと、嘆息をすると


「悪魔が来襲しました。皆さんは決められた避難所に避難してください」


 乾電池式の拡声器を持ち、入口付近から数人の役人たちが駆けてきて皆へと伝え始める。拡声器の音割れでノイズが激しく耳障りだ。


 ほとんどの避難民は役人たちが伝えてきた内容を聞いて、慌てることも騒ぐこともなく、冷たい視線を向けていた。急いで逃げ始めたのは、狐のぬいぐるみを抱いた幼女の家族を含めて数家族。後は配給の列から動くことはない。


「またかよ、サッサと倒せばいいだろ」

「うるさいのよね、あれ」

「こっちはそれどころじゃないんだ。せっかく並んだのに離れることができるか」


 役人が移動してくださいと叫んでも移動する様子を見せない。それも当然だ。毎日1回はこの襲撃の連絡がくる。人々は慣れてしまっていた。逃げる家族はよほど素直な善人たちなのだろう。だいたいの人々はその場を動かずに、迷惑そうな顔になるが、責めることはできないと紫煙は思う。


 これまでの襲撃は完全にシャットアウトしており、殲滅してきている。危機をその肌で感じられない人々は狼少年の言葉を誰も信じなかった。


「困ったものですね。彼らも防衛線が突破された時など、ラインを決めて警報を出せばよいのに」


「お役人はね、特に前例のないことを決めたがらないのさ。誰かお偉いさんが決めてくれと考えているんだよぉ」


「………そして、お偉いさんは、もしも警報を発さないで防衛線が突破された時の責任をとるのを嫌がっているから、決めるのは無理」


「おろ、スエルタちゃんか。防衛戦に加わらないのかい?」


 近寄ってきて、話に加わってきたローブを着込む少女へと声をかけると、首を横に振ってフードの位置を手で直す。


「今日はスエルタの当番じゃない。音恩たちが当番」


「それなら安心だ。あの神具は超一級の武器だからねぇ」


 偶然手に入れた神楽鈴は信じられない力を持っていた。攻めてくる悪魔たちを一掃するのも簡単だろう。


「殆どはゾンビ。でも、食人鬼グールも姿を見せている。気のせいか敵が強くなっている予感がする。もしかしたら力を増しているのかも」


食人鬼グールなら、銃で倒せる。小走りゾンビよりもマシかい?」


「………補給の無い状況で弾薬が激しく消耗してる。残りどれぐらいかわからない」


 フードの奥から冷たい目が光る。抜け目が無い少女だねぇ、この状況でも冷静に現状を確認している。もしかしたら、口にはしないが正確な弾薬量や食糧の貯蓄量も知っているのかもしれない。


「追い詰められています。なにか打開策を本格的に考えないといけません。スエルタはなにか良い打開策はありますか?」


「………都内の攻略は諦めて、郊外に逃げる。悪魔の少ない田舎で隠れ住み田畑を耕して、祓い師を育成する」


 天華の言葉に答えるスエルタの内容に驚いてしまう。冗談かと思い、まじまじとフードに隠れた顔を見つめるが、否定する様子はない。本気なのだと悟る。


「それはなんとまぁ、思い切った作戦だねぇ。長期戦に入ろうというのかい?」


「………そう。体勢を立て直すにはそれしかない」


「悲観主義にもほどがあるぞっ、スエルタ! こんなに多くの自衛隊員や祓い師がいるのですよ? 都内を攻略する方法を考えるべきでは?」


 冷静な言葉を告げるスエルタに、天華は眉を顰めて言葉荒く反論する。たしかにここにはかなりの兵力がある。その気持ちもわかる。紫煙も攻略派だし、スエルタの取る方策は、隠れ住むといった方法だ。この避難民全員を連れて行く予定ではない。


「………現実を見るべき。積み重なっていた配給品の段ボール箱はもはや3割もない。最初はニコニコと笑顔で丁寧な態度をとっていた役人は、今や横柄な態度に変わっている。たった3週間でこれ。あと2週間経ったらどうなる? その前に少数で逃げることを提案する」


「スエルタ。貴女の言葉は正論かもしれませんが、到底認めることはできません。それ以外に方法はありませんか?」


 歯を食いしばり、天華が尋ねる。スエルタは無いとあっさりと答えると思っていたら


「………ある。可能性は低いけど」


「あるのですか! 何なのですそれは?」


 天華は予想外の言葉に驚き、喜色を浮かべてスエルタの肩を掴み、ゆさゆさと揺らす。


「………ここでは口にできない。きっと反対されるから。だから密かに行動する予定」


「反対? 打開策があるのに反対などしません! さぁ、教えて下さい。どのような方法なのですか?」


「天華たちじゃない。あの人たちが反対する」


 ついっと綺麗な人差し指をスエルタが向ける。その先には政府の高官たちがいて、こちらへと向かってきていた。


「あいつらかぁ……スエルタちゃんの打開策、俺もわかっちゃったかもねぇ」


 政府の高官は忌々しそうな顔で、護衛と共にこちらへと向かってきている。その理由がろくでもないことなのは確実だと紫煙は肩を竦めるのであった。

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[一言] 善なる心の持ち主が少なくなったら反転ウルゴス様による人類殲滅パーティーの始まりだーい! って忠告受けたばかりだというのに…
[良い点]  じわじわと歪み始めるコミュニティ(*´ω`)前話でのお気楽極楽な出雲たちとの対比が際立つなー、それでも世界で一番この地区が平穏に近いんですよねウルゴスさまがチュートリアル魔王をボコしまし…
[一言] 玉藻ちゃん( ノД`)…  お利口な子供が不満を我慢したまま朽ちていくのは本当につらい。
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