37話 最硬対最柔なのじゃ
ヌリカベは『空間創造能力』で最硬を倒すつもりらしい。今のトニーは合金の硬さに加えて、素の防御力も高い。生半可な攻撃では傷つけることは難しいはずだと、出雲とリムは柱の影から覗いていた。お茶とせんべいが欲しいのじゃと戯言を小悪魔が言うがスルーである。
『魔力だけの爪ならたぶん傷つけることは可能じゃな。しかも空間能力なら、防御力無視とかになるかもの』
『なるほど、トニーの勝ち目がまた上がったな』
ピンチの時こそ勝機あり。トニーの逆転劇が見れるはずだよね。
『ちょっと! 真面目に助けて下さいよ。ねぇ、ボースッ!』
『わかったわかった。万が一の時に備えておく。食いしばりを付与……勿体無いな。後で助けに入るから大丈夫だ』
『絶対ですからね? 必ずですからね? 大事なことなので2回言いましたよ?』
『任せろ。お前を死なせはしないさ』
嘘くさいと俺への信頼間を示す答えをしてきたトニーはそれでも両手を翳してプライドと対峙する。
「最硬たる吾輩には傷一つ与えることはできんぞ、ガハハハ」
高笑いをして、自信満々に宣言するグラトニー。さすがは魔王、勝利は確実だ。口元を引きつらせて、額から冷や汗をかいているが、気のせいということにしておこう。
対峙するのは3体に別れたために一つ目となり、2メートル程の大きさになったヌリカベビースト。不敵に嗤い、魔力を身体に漲らせる。
「面白い。ならば試させてもらおう」
『トランポリンウォール』
再びグラトニーの周りに反発する壁を生み出すプライド。先程と同じ攻撃をするつもりだとグラトニーは気合いを入れて警戒する。
「3体に別れたらステータスも3分の1! お前に勝ち目はないぞ!」
分裂するライバルキャラはだいたいそんな感じなんだとグラトニーは予想を口にする。予想というか希望だった。
「ふっ。我の体重はたしかに減少しているな。他は己の身で確かめて見るが良い!」
『ヘイスト』
素早さを跳ね上げる魔法を3体全てのプライドは使用する。緑のオーラに覆われた身体となり、その足取りは軽くなる。
『やべえ、ヘイストですよ、ヘイスト! あのチート魔法!』
ふふふとグラトニーも余裕の笑みで対峙しながら泣き言を思念で送ってきた。器用な魔王である。たしかにヘイストはチートだ。
『この世界のヘイストはどのような効果なんだ?』
ゲームだとヘイストの効果って、それぞれ違うんだよね。そのへんどうなん?
『18秒間、素早さ2倍じゃの』
あっさりとリムは教えてくれる。なるほど、素晴らしい。
『俺も後で覚えようっと』
それは便利だ。ヘイストは俺も覚えよう。法術だと、どの属性になるんだろ?
『妾が付与するから大丈夫じゃ』
『僕の心配をしてくださいよ!』
『大丈夫だ。時間を止める魔法よりも遥かにマシだろ』
『比較する基準がおかしい!』
頼もしいセリフを吐きながら、グラトニーは先手必勝と、腕に赤黒いオーラを纏わせる。
『遠爪』
『空間障壁』
正面のプライドへと、オーラの爪を振るう。プライドは飛んでくるオーラの爪を余裕の態度で迎え撃つ。半透明の壁が生まれると、あっさりとオーラの爪は弾かれて消えてしまう。
「そら」
「行くぞ!」
横の2体が飛び出して、トランポリンウォールへと脚を踏み、反動で対角の壁に向かう。そして、また新たな壁に向かい、その反動による加速は跳ね上がり、残像だけがグラトニーの目に入る。
「硬度20合金パワー! 吾輩の身体は傷つけることは叶わず!」
無敵の身体へとグラトニーは変えて、迎え撃つ。だが、返ってきた言葉はというと
「我の空間爪。受けられるなら受けてみよ!」
『空間断裂爪』
プライドたちの飛び交う軌道が変わり、その爪が半透明へと変わるとグラトニーへと襲いかかる。先程と同様の結果になるかと思いきや、グラトニーの身体を通り過ぎると、その肉体はぱっくりと切り裂かれた。
「グアッ! 予想通り!」
「空間爪は魔力耐性がなければ防げぬ。ただ硬いだけでは我の前では意味のない硬さだ」
縦横無尽にグラトニーへと襲いかかるプライド。そのスピードは先程と比べ物にならない。先程はなんとかプライドを捕まえることができたが、今回は視認もできない。捕まえようと腕を振るうが、残像のみで、切り裂かれたと思った瞬間には、既にその場にはいなかった。
竜巻に巻き込まれたように切り刻まれて、助けてボスとまだまだ戦意溢れるセリフを吐くグラトニー。その身体にいくつもの深い傷がつけられて、もはや立つのも難しくなる。
「これで終わりだ、餓鬼よ!」
『砂塵変化』
2匹のプライドがサラサラと砂へと変わり、グラトニーの身体にまとわりつく。
『砂塵縛鎖』
まとわりついた砂は鎖へと変わり、グラトニーの身体に巻き付き、その動きを封じてしまう。砂の悪魔の変幻自在の技だ。
「ぎゃあー、嫌な予感、必殺技が来る予感!」
まだまだ戦えると、グラトニーは首をぶんぶんと振る。
『プライドピラー』
「ぐえ!」
グラトニーの足元から柱が生み出されて、噴火したように勢いよく飛び出す。グラトニーは身体を吹き飛ばされて天井に激しく叩きつけられた。
「フッ、では、これで終わりとするとしよう」
最後のプライドが天井に叩きつけられたグラトニーの首元にかぶりつく。砂の鎖が一部砂へと変わると、プライドへと融合する。鎖は尻尾となり、プライドは元の姿を取り戻す。
プライドピラーと呼んだ地上の柱がゴワゴワと形を変えて、鋭い杭と変わった。プライドはその牙でがっちりとグラトニーの首を抑え、絡まる尻尾で動きを封じる。
『空墜』
そのまま杭へと勢いをつけて落ち始める。このまま、グラトニーの身体を串刺しにするつもりだ。グラトニーはなんとか逃れようと暴れるが、がっちりと拘束されて身動きがとれない。
緑のオーラに覆われて、加速して墜ちていく。魔法によって作られた杭に刺されば、百舌鳥のはえ贄のようにグラトニーはやられる。
プライドは勝利を確信し、グラトニーはヘルプミーとボスへと思念を向ける。風圧がプライドの毛を靡かせて、杭がどんどん近づく。
「私もその技に乗せてもらおうか」
「なにっ!」
だが、プライドの横に何者かが飛び込んでくると、機械音声のような声がかけられてきて驚く。
『ストンプ』
それはグラトニーの身体を強く踏む。加速して墜ちていたプライドたちはさらに加速して、その軌道を保てずに、杭からずれて床へと落ちるのであった。
床が砕けて、クレーターが出来上がる。砂煙が舞い上がり、グラトニーの上半身が埋め込まれて下半身だけが覗き、ピクピクと痙攣していた。
「………何者だ?」
落ちる寸前に離れたプライドが警戒心を剥き出しに、砂煙で視界が覆われた中で声をかけてくる。
「我が名はウルゴス。機械仕掛けの神にして、希望を司る大魔王なり」
砂煙が消えていく中で、金色の装甲、銀の歯車を持ち、宝石の瞳を持つ大魔王が姿を現すのであった。
『ひでえ、ボス! 酷いですよ!』
『物理攻撃なら、無敵だろ。ほれ、ポーション』
さり気なくポーションをグラトニーに振りかけておく。ステータス200は伊達ではないし、合金の身体は高さ1キロから墜ちても魔法の攻撃以外では壊れはしない。
『体力8も残ったじゃないか。計算どおりだな』
『8しか残ってないんですよ! ボスはあれですよね? ボス戦とかで、体力ゲージが真っ赤にならないと回復しないタイプ!』
『かもな。だが検証は終わった。グラトニーよくやった、これでヌリカベはあっさりと倒せる。時間もないしな』
『へへへ、そりゃどうも……時間がない?』
最後の言葉が気になったのか、グラトニーは怪訝な声で尋ねてくる。
『そうなんだ。この屋敷はあと20分も持たない。たぶん自爆スイッチを誰かが押したんだ』
『正確にいうと、出雲がさっきからこの屋敷の魔力を吸収しとる。もう崩壊は免れないのじゃ。空間を拡張しているから、かなりまずいことになるぞ』
『ちょっと魔力吸収を自在に使えるように練習しないといけないな』
というわけで、さっさと倒して人々を避難させないといけない。不幸な事故だよね。
それに準備は万端だ。プライドを倒すまでの手順は構築済みなのだよ。
「神にして大魔王……。グラトニーの主か?」
「そうだ。神罰を受けよ、プライドよ」
奇跡を使用して交換済みの、神の光を解き放つ水晶を手で翳して破壊する。1キロ圏内の悪魔に攻撃力30のダメージを与えて、人間の体力を15回復させるアイテムだ。ポイント10万は痛いが、どんどん使おう。
「グギャー!」
「怪我が消えていく!」
戦いを眺めていたグールたちが光によって灰へと変わり、グールたちに傷つけられていた人間の傷を癒やす。
「ぬう、これほどの力とは!」
しかし、プライドは己の身体を半透明の鎧で覆っており、効果は見えない。やはり防御技も持っていたか。
「速攻で倒させてもらう!」
この悪魔は極めて厄介なタイプだ。なにもさせないうちに、さっさと倒す。空間能力を使われると倒すことは難しい。俺は漫画の主人公ではないので、相手の全力を出させるつもりはない。
それに砂へと姿を変えるのはどうでも良い。しかし物を作り出す能力、空間を拡張する能力は力を蓄えさせると、まずいことになるのは予想できる。転移系とかも使えそうになる予感がするんだよ。
『出雲よ。妾の愛を受け取るのじゃ』
『加速符』
『筋力増大符』
『神聖力増大符』
柱の影に隠れているリムがチゥチゥと魔力ポーションを飲みつつ、符を繰り出す。俺のステータスが跳ね上がり、身体が軽くなる。
『聖小剣夜叉』
神様ポーチから小剣を取り出す。黒き刃を持ち、柄に血のような紅きルビーが嵌まっている短剣だ。見かけは呪われた短剣に見える。だが、その短剣には莫大な神聖力が籠められている。
『交換ポイント100万:夜叉。攻撃力+100』
ポイントを消費して、強力な武器を用意済み。既に大天使のポーションも飲んでおり、他にもアイテムも用意してある。
『ダッシュ』
地を蹴ると、加速してプライドへと短剣を片手に間合いを詰める。
「その武器! 測りしれぬ神聖力を感じるぞ!」
プライドが迫る俺と間合いを取ろうと、身体を砂へと変えていく。サラサラと砂となり、散っていくが
「弱々しい姿に変わるときはご用心」
『霧』
ニヤリと笑い、俺は手を振る。神聖力を含んだ霧が生まれ、辺りを覆い尽くす。
「うぉぉ!」
霧に触れた砂はバシリと弾けて浄化され、プライドは慌てて寄り集まり元の肉体に戻り、ガクリと膝をつく。
「砂粒では私の法術を防ぐことはできまい」
「くっ! 小賢しい真似を!」
気体、液体に変わる敵を簡単に倒せる技はあるんだよ。全体範囲攻撃なら簡単にその動きを封じることができるのだ。そうして、俺は倒れ込んだプライドへと向き直り駆け出す。
『バイパーストライク』
プライドへと迫ると、俺は神聖力を纏わせた小剣で突く。蛇のようにグニャリとその軌道は曲がりながら高速でプライドの胴体へと小剣をねじ込むのであった。




