36話 ヌリカベって、もう一つ姿があったな
魔王ヌリカベ。トニーが悪魔であった時に配下としてこき使おうとしていた悪魔である。
その体躯は5メートルはあり、獅子のような姿だ。灰色の毛皮は艷やかで絹のように滑らかなようだ。額にも目があり、まるでアクアマリンのような美しい三つ目でありながら、その瞳の光は強力な威圧感を醸し出している。口からは鋭き牙が覗いており、水晶のような爪が足から生えている。
宙から現れたヌリカベは、見かけによらず、軽やかな動きで床に降り立つと、ブルリと身体を振る。毛皮がサラサラと靡いて、圧倒的な魔力を周囲に解き放つ。
その強大な魔力は触れただけで恐怖を呼び起こし、人間ならばひれ伏して、悪魔でさえも膝をつく。……はずであった。
『奇跡ポイント30獲得』
壊れたおっさん型掃除機が吸い込まなければ。フシュルルと魔力は出雲に吸収されて、ヌリカベ強いよイベントはスキップされてしまったが。空気を読まないおっさんである。
「ぬ?」
ピクリと眉を動かして、ヌリカベは怪訝に思うが、すぐに気を取り直すと、おどろおどろしい声音で告げてくる。
「我こそはヌリカベ。魔王ヌリカベ。天にまで届く壁、その名はプライドなり!」
大音声での宣言により、空気は震えビリビリと身体に響く。
ハッと餓鬼王グラトニーはその姿を見て、口元を歪める。キッと目を細めると、力を込めて思念を送る。
『ボースッ! こいつ強そうですよ? 僕は負けると思うんです! もう姿形から負けていますよ!』
速攻ヘタれる魔王グラトニーであった。悲鳴をあげて出雲に助けを求める姿は精神力が高くても意味がないことを示していた。
『たしかにそうだろうな。あいつは今のトニーより強そうだ。お前、あの姿を知ってたんじゃないの?』
『いや、僕が魔王水晶をかっぱらって逃げた時はこんにゃくみたいな壁でした。なんか進化してますよ』
柱の影にリムと共に隠れつつ、出雲もこのままではトニーは勝てないだろうと同意した。だけど、トニーはヌリカベの姿形を知ってたんじゃないのかと聞けば、どうやら姿が変わっていたらしい。壁から獅子かよ。
『漆黒肌になっただけの餓鬼とは違うの。だが、ヌリカベの姿には思い当たることがある。昔の絵巻物に描かれたヌリカベは有名な壁の姿ではなく、あの姿じゃったのだ。三つ目の獅子。それがヌリカベなのじゃよ』
説明係のリムさんが、ヌリカベの説明をしてくれるが、なるほどそんな姿だったのか。
『ボス。僕では勝てません。タッチしましょう!』
『大丈夫だ』
ヌリカベに対峙している餓鬼王へと、ポイと薬を投げて渡す。パシッと受け止めるとグラトニーは首を傾げる。
『また天使薬ですか?』
『いや、それは大天使薬だ。俺と同じステータスになれる。というか、俺以上になれるスペシャルポーションだ』
たしかにステータス100なら勝てないだろう。だが、ステータス200ならどうかな?
『ボス以上! よっしゃ!』
小瓶ごと豪快に口に放り投げると、グラトニーはバリバリと食べる。そうして大天使薬の効果が発揮した。
「ぬおぉぉぉ! こりゃすげえ! こ、これがボスを上回る力!」
オール200となった餓鬼王は一気にパワーアップをしたと咆哮する。それはプライドが見ても気づいたらしく、伏せ気味になり警戒を露わにする。
「急激に力を上げたか。なにをした?」
「ヘヘッ。おめえはもう吾輩に敵わねぇ。もう無駄なことはやめるんだ」
早くも調子に乗るグラトニー。その姿は怪しげな薬を飲んでパワーアップした中ボスの如し。だが、グラトニーはこのセリフを言ったら勝ち確だよなと、うははと小躍りをした。
おっと、気を取り直すかと落ち着いて、オランウータンのような長い腕を構える。
「きな! 吾輩のフリッカージャブがお前を襲うぜ」
立っていても地につくほどに長い腕を、振り子のように振りながらククククと嗤う。早くも勝利を確信しているニート魔王。
「良いだろう!」
プライドは床を蹴るとグラトニーに襲いかかる。牙を突き立てんと口を開くが、グラトニーはフリッカージャブを繰り出す。ピュインと風切り音をたてて、プライドの顔に撓る鞭のように拳をたたきつける。
「ぬ?」
顔をのけぞらせて、動きを止めるプライドにニヤリと嗤いを見せながら、グラトニーはフリッカージャブを連射する。
「フハハハ! 近づけまい。無理矢理近づいたところで、右からの振り下ろしでとどめだ! クククク」
『魔刃ジャブ!』
繰り出す拳に紅きオーラを纏わせて、高速ジャブを放っていく。プライドの顔にパシパシと命中して、ダメージを与えていく。フリッカージャブとククククとの笑いはセットだぜと、プライドをまったく寄せ付けない。
「吾輩勝利! ピーカブースタイルも、カウンターもできない貴様では吾輩に勝てん!」
獅子はピーカブースタイルを取れないし、にゃんこパンチではカウンターもできない。何より2本足でないからフリッカージャブには勝てるわけはないと、これならいけるぜと、高笑いをするグラトニー。
「ふむ。なかなかやるな餓鬼よ。ならばこれならどうだ?」
『トランポリンウォール』
グラトニーの周りに、3メートルの高さを持つ壁が何枚も床から生えてくる。
「え?」
グラトニー君は、早くもこのパターンは負けパターンかなと狼狽えて、目を泳がす。敵が自信満々に対抗策を取るときは負けフラグかもと思うニート魔王。
ヌリカベ獅子は、今度は正面からグラトニーに向かうのでなく、トランポリンウォールと呼ぶ壁へと向かう。
猛然とトランポリンウォールに突撃するプライド。壁にめり込む程の力であったが、壁はグニャリと沈み込み、ポンと弾かれる。弾かれた先に聳え立つトランポリンウォールに当たると、再びポンと弾かれる。そうして、いくつものトランポリンウォールに当たり、ポンポンとグラトニーの周りをピンボールのように弾かれて、そのたびに速さを増していく。
「ぬぬ?」
腕を振りながら、グラトニーは狼狽して目を辺りへとせわしなく向ける。だが、プライドは既に視認は難しく残像だけが宙に幾重にも残る。
『飛翔残像刃』
そうしてプライドは僅かに軌道を変えると、グラトニーを通り過ぎていく。
「うぉぉぉ!」
幾重にも残像を残し、プライドはグラトニーを通り過ぎるたびに爪を叩き込む。攻撃を受けるたびにグラトニーは揺らぎ、ドラムのように、叩かれる。普通ならば、その連撃で切り刻まれて、倒されてしまうのだろう。だが、ニヤリとグラトニーは嗤う。
「硬度20合金パワー! 吾輩の身体には傷一つ与えることはできない!」
切られながらも、無理矢理体勢を立て直し、両手を広げるとプライドを受け止める。
「ガハハハ! 捕まえたぞ!」
その身体には傷一つなく、グラトニーは高笑いをする。無敵の硬度により、プライドの爪はグラトニーには通用していなかった。
プライドの身体をしっかりと捕まえて、神聖力を腕に漲らせる。
「スピードで勝負しても、結局捕まると終わり! スピードタイプの哀しい現実だな!」
『パワーボム!』
獅子の身体を床に全力で叩きつけると、クレーターができて、プライドの身体がめり込む。ぬぅんと力を込めて、再びプライドの身体を持ち上げると、宙に放る。
「トドメだ! ここまでくるのに溜めておいたエネルギーを解き放つ!」
風船のような膨れた腹がバカリと開く。腹の中には牙が生えており舌が存在していた。餓鬼王のもう一つの口である。
「吾輩は自分の神聖力の2倍の魔力を溜め込むことができる! ステータスの上がっていた時に吸収していたので、その攻撃力は200! 食らえい!」
『節制の息吹』
口内にここまで来る間に溜め込んだ魔力が形を伴ってエネルギーと化す。そうして、宙に放り投げられたプライドへと膨大なエネルギーを解き放つ。
極太の紅き光がグラトニーの腹から放たれて、空気を焼いて、振動を辺りに伝わせて、動けないプライドへと命中すると、その身体に命中する。
プライドの灰色の胴体は、その光に貫かれて焼かれると、大爆発を起こしてバラバラに吹き飛ぶのであった。
爆煙と共にプライドの身体がバラバラと落ちていく。グラトニーはフッと口元を歪めて薄笑いを浮かべる。
「うっひょー! 勝利! やった。倒しちゃっても構わなかったですよね、ボス」
やった、やったぜとドスンドスンと足を鳴らし喜ぶグラトニー。自分でも負けるかもと思っていたので、一際嬉しいニート魔王である。
『やったか!』
『やったのかの』
パチパチと拍手をしながら、出雲とリムは称賛する。そのセリフは魔王討伐を喜ぶために考え抜いたものに違いない。まさか倒せるとは思っていなかったとか考えていません。何しろ善人の聖者天神出雲なので。
「ふふふ。なるほど、たしかに以前とは違うようだ、感心したぞ、餓鬼よ。いや、グラトニーよ」
だが、グラトニーの喜びのダンスは、何処からか聞こえてくる声にピタリと止めてしまう。
「え? なんで? 倒したよね? 僕は今倒しましたよね?」
『やったか!』
『たしかにやったのじゃ!』
追撃の大魔王たちのセリフに口元を引きつらせて辺りを見渡し、グラトニーは目を驚きで見開く。
視界の先には水晶のようなプライドの瞳が3つ浮いていた。ふふふと余裕の笑いをしながら、瞳の周りに灰色の砂が集まっていく。
「我が普通の獣タイプの悪魔であれば、あの必殺技で終わっていたであろう。だが、我はヌリカベ。ヌリカベが何でできているか知っているか?」
集まった砂が獣の姿となると、瞳が光り元の獅子の姿へと戻ってしまった。
「ゲゲ。砂だったのか、てめえ!」
ヌリカベの正体に気づき、グラトニーは後退る。ヌリカベはたしかに砂が合わさって作られた妖怪だと理解したのだ。
『大丈夫だ、トニー。砂の悪魔なんかお前なら余裕で勝てる!』
『そうじゃの。最硬をアピールしつつ戦うのじゃ!』
『不安しかないっ!』
俺とリムの応援に、トニーは喜び勇んで戦意を高める。たぶん戦意が高まったと俺は思います。
「今度は我の力を見せるとしよう」
『砂塵3分裂』
2つの瞳が顔から離れると、それぞれ砂が集まり、2体の獅子の姿をとる。
「さて、我の力はそなたの身体に通じるか試してみよう」
その爪が半透明となり、伸びていく。魔力を付与しているとひと目でわかるほどに強大だ。
「我のもう一つの能力。見えない壁を作る能力」
グラトニーをプライドたちは囲みつつ、王者の態度で告げてくる。
「『空間創造能力』。我の力の真髄を楽しんでもらおうか」
牙を剥いて、プライドは僅かに身体を沈みこませて、身構える。その身体は魔力に覆われて、全力を出すことにしたらしい。
『ギブアップ! 勝てる要素がなくなりました。ボス、ギブアップです。ゴングを鳴らして下さいよ〜!』
『大丈夫だって! 勝てる、勝てるね。間違いない、奇跡の逆転劇になるから。負けるなら、相手の力を引き出して負けてくれ』
『せめて、本音を隠して下さいよ!』
大魔王の応援に、グラトニーは気合いを入れて、戦闘を再開するのであった。




