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バッドエンドスタート 〜世界は魔界と化しました  作者: バッド
2章 地盤固め

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35話 セコいトニーなのじゃ

 古びた木造の家屋。通路が延々と続き、裸電球がぼんやりと廊下を照らす中で、人間たちは懸命に駆けていた。廊下は赤黒い染みだらけで、人骨が転がり、腐った臭いの肉塊が隅に置かれている。


「助けて、助けてっ!」

「助けてくれよっ!」

「なんでだよ、なんでなんだよ!」


 男女3人、汗だくで息を切らせて、恐怖の悲鳴をあげて逃げている。後ろからはグールが楽しそうにニヤニヤと追いかけていた。


「グゲゲ、タノシイ」

「キョウフスパイス」

「オレオンナノアタマクウ」


 魔王ヌリカベに仕えるグールたちは今日の食事を楽しんでいた。捕まえた人間たちを餌として与えられるのだが、狩りをして食べると格別の味だと、グールたちはのんびりと追いかける。


 のんびりと追いかけても、人の数倍の速さであり、疲労しないアンデッドたるグール。人間が敵うわけがない。しかも悲鳴をあげて、恐怖で息を荒げながら全力で走れば、すぐに息は切れて動けなくなることは必然だった。


「フヒヒヒ」


 もはや本人は懸命に走っているつもりなのだろうが、歩いている方が速い。それほどに疲れで走れなくなり、ヨロヨロと進む男を、ぬらりと光る爪を伸ばして楽しそうに嗤いながらグールは引っ掻く。


「ギャッ」


 あっさりと男の服を切り裂いて、背中に少しの切り傷を与える。ほんの数センチの切り傷は、見た目は大したことはない。かすり傷にしか見えなかった。


 だが、引っ掻かかれた男の皮膚は紫色に変わり、その口からが泡が吹き出る。それでも逃げようと脚を動かすが、倒れ込みピクピクと痙攣して動けなくなった。グールの持つ麻痺毒が身体を瞬時にまわって動けなくなったのだ。


「イッピキ」

「セボネカジリツク」

「オレヨコバラ」


 グールたちは嗤って、倒れた男に群がると、ナイフのように鋭い切れ味を持つ爪を突き立てる。


「ガッ」


 悲鳴をあげる男の声を、良いスパイスだとゲラゲラと邪悪な嗤いを響かせて、次々と爪を突き立て骨を抜き取り肉を切り、生きながら解体をして齧りつくのであった。


 咀嚼音がぐちゃぐちゃと響く音を耳にしながら、残りの二人は疲れ切った身体を無理矢理動かす。だが残りの二人も理解していた。逃げられないと。


「あぁ……」


 なぜならば、後ろから聞こえていた恐怖の咀嚼音がいつの間にか前から聞こえてきたからだ。僅かにある窓から射し込む太陽の光により、反対に光が射し込まない廊下は薄暗く前は見えない。


 だが、グチャリグチャリと音が響いてくる。さっきまではたしかに後ろから聞こえていたはずなのに。


 気づいていた。本当は気づいていた。同じような光景の木造の通路、ガムテープが貼られている窓ガラス。天井からぼんやりと照らす裸電球。そして壁に貼ってある学校によくある歯磨きをしましょうのポスター。転がっている人骨に腐った肉塊。廊下に扉はどこにもない。延々と続く老朽化の進んだ木の廊下。


 さっきから変わらない。薄暗く先が見えない長い廊下だと最初は思っていた。だが、すぐに悟った。この空間はループしていると。この光景は先程から変わらない。逃げても逃げても変わらない。悪魔たちがのんびりと追いかけてきている理由は逃げられないと知っているからだと理解して、絶望の中で、それでも死にたくなくて逃げていた。


 だがループをしていることが遂に証明されてしまった。さっきまでは僅かに希望を持っていた。単にそっくりな光景なだけだと、儚い希望を持っていたが、前方から聞こえてくる咀嚼音を聞いて、遂に現実に目を向けた。


「た、助けて! 助けて、助けてっ!」


 唯一ある窓に女性はへばりつき、力の限り窓ガラスを叩く。全力でガラスを割ろうと、手が傷つくのも気にせずに。しかし、薄いガラスに見えるのに窓ガラスは鉄のような硬さを返してきて、割れるどころかヒビも入らなかった。


 窓から覗く光景は2週間前と同じく平和な様子を見せている。人気がないが、ただそれだけで窓から逃げることができれば、この悪夢から目が醒めて、現実に戻れる。哀しき期待を抱かせる光景だった。

 

「ゲゲ、ツギハドウタベル?」

「コンドハメカラタベヨウ。クチビルモウマイ」

「イイネオレタチグルメ」


 食べ終わったのか、前方から頭で理解したくはない言葉が聞こえてくる。悪魔の言葉などわからなければ良かったが、日本語で話しているのだ。人間を恐怖させるためには言葉は強力な武器となるということだ。


 ペタリペタリと濡れた足音がして、徐々に近づいてくる。なぜ濡れているかは考えたくない。いや、もはや恐怖で発狂しそうであった。


「助けて、助けてよ〜! 誰か、誰か助けてよ〜」

「もう駄目だ。もう駄目だ。死ぬんだ生きながら喰われるんだ」


 既に手は力を入れて窓ガラスを叩いたことにより真っ赤に腫れているが、泣き叫ぶ女性は叩き続ける。男は頭を抱えて蹲り、もはや震えてブツブツと呟くのみ。


 このまま、いつもと同じく人間は喰われて終わり。そうなるはずであったのだが


 ズズン


 壁が外から吹き飛ぶように砕けて、木片が埃と共に舞い散った。


「ナ、ナニガ!」


 驚くグールたちに砂埃の中から、ヌゥッと枯れ木のように痩せていて、人間ではありえない長さを持つ漆黒の腕がグールの頭を掴み取る。


「ギャキャッ?」


 いきなりのことに、暴れるグールだがその身体は持ち上げられる。そして、砂煙からヌゥッと姿を現した漆黒の悪魔が大口を開けてグールの頭に齧りつく。

 

 バクンと音がして魔力皮膚マジックスキンごと噛み砕かれて、頭をなくした胴体はゴミのように捨てられた。床に叩きつけられると当時に身体は灰へと変わる。


 ゴリゴリと骨を砕く音を口の中から響かせて、現れたのは3メートルを超える背丈の巨漢。風船のように膨らんだ歪な腹と、枯れ木のように痩せ細った手足を持つ悪魔であった。


「アクマ!」

「コイツ!」


 壁が砕けて日差しが射し込む中で、その悪魔は威容を見せつけ、グールたちは怒りの表情で飛びかかると、その身体に噛みつく。人間ならば、この骨すらも楽々に噛み砕ける凶悪な顎の力を見せるグールである。図体の大きいだけの悪魔など喰らい尽くすと、牙を突き立てようとした。


 カチンカチン


 だが、牙を立てた肌から返ってきた。見かけと違い、金属のような硬さを見せる悪魔にグールたちは驚愕して離れようとするが遅かった。2匹は悪魔に頭を掴まれると、さっきのグールと同じく、バクンバクンと喰われて灰へと変わるのであった。


「ガハハ、吾輩こそが大魔王軍総司令官グラトニー! この地は吾輩が貰い受ける!」


「ギャ!」

「テキ!」

「クウ!」


 グラトニーはそのまま力の限り暴れて壁も天井も砕いていき、壊した穴からグールたちが次々と現れて、アリが砂糖に群がるように身体にしがみつかれるが、全てその強靭な肉体が弾き返す。


「ガハハ! 硬度20合金パワーの前には、貴様らの牙など通じんわ!」


 枯れ木のように細長い腕は、されど凶悪な力を持っており、振り回すたびにグールは身体を砕かれて、灰へと変わっていく。群がるグールは反対に噛み付いてむしゃむしゃと食べる始末だ。圧倒的な力をグラトニーは見せていた。


 その様子を見ていた女性はハッと気を取り直す。グールとグラトニーは激しい戦闘を続けており、女性たちを気にする様子もない。そして、今は壁は砕けて外へと逃げることができる。


「逃げるわよ!」


「あ、あぁ」


 蹲る男の首根っこを掴むと女性は転がるように外へと逃げていき、遠ざかっていくのであった。


 グラトニーこと倉田トニーはその様子を見て、ヘヘッと鼻をこする。


「無事に逃げてくれよ。ぼ、僕がこんな姿になっても助けたんだからさ」


 餓鬼王に変身したトニーは人間ならば恐怖と怖気を感じるだろう。だが、トニーは人間を助けるために、変身して迷家まよいがに突撃したのだ。恐れられるのを承知で。


 哀しき魔王人間トニー。いつか人間に戻れる日を信じて戦うのだ。


 ………と言う殊勝な考えからではもちろんない。

 

 怠惰系ニートのトニー。怠惰系とはイジメなどの精神的な痛みやトラウマから引き篭もったわけではなく、たんに少しサボるかとズル休みをして、そのまま学校に行くのが気まずくなるぐらいに長くズル休みをした結果、学校に行けなくなる怠惰なニートのことである。


 なので、引き篭もったために多少はコミュニケーションに難はあるが、普通に女の子と付き合いたいと言う心を持っている。


 目の前の女性を助けて、ロマンスが発生、最初のヒロインにしてやるよ的な目上目線になっていたが、現実で人間離れをした力を自分がすればどうなるか突撃する前にフト想像してみた。


 ……お礼を言っては来るが恐怖しか感じないのではなかろうか? トニーの予想は絶望的であった。壁を壊しグールをパンチで倒す。正直怪力すぎて人間から乖離しすぎている光景だ。……自分でもそんな奴は少し距離を取りたい相手だ。なので、トニーはまずは餓鬼王として活躍することに決めたのだ。


 ここの魔王を倒して、捕まっているらしい人間を解放する。狙い目はそこだ。こっそりと人間の姿に戻って、逃げ惑う人々を助けに入る。古武術の使い手みたいな感じで、もやしみたいなひょろりとした身体のニートがそこそこ残存兵辺りを苦戦しながらも倒して活躍する。


 その弱そうな姿とは反する強さのギャップにやられて、惚れる女の子はいるだろうと、ウヘヘと口元を揺らませていた。女の子にモテタイニート、倉田トニーであった。


「この作戦はきっと上手くいくでしょう! ガハハハ!」


 大魔王ウルゴス配下の総司令官にして軍師と自称するトニーは調子に乗りながら壁をドンドン破壊していく。グールを喰うのにも、その体重を利用した攻撃をするためにも、この餓鬼王の姿はちょうど良い。さすがに人間の姿の時はグールは喰えない。餓鬼王へと変身すると人間としての倫理が薄れて性格も凶暴に変わるのであった。


 未来はハーレムだなと、性的に喰いまくる暴食の魔王となってやるぜと、トニーは突き進む。後ろからは不可視となった出雲たちが続く。ちょっとだけ、僕ってやられ役っぽいなと思ったが、鉄のハーレム心を信じて突き進む。さすがは暴食の魔王であった。


 空間がループすることもなく突き進み


「むっ?」


 壁を何枚も壊して進むと、突如として狭い通路が終わり、広大な空間が目の前に広がった。


 霧煙る広大な空間。吹き抜けの広間、10層近い木造の楼閣が広間を囲んでいる。江戸時代の吉原遊廓のように、通路には提灯が幾つも垂れ下がり、木枠が嵌められた部屋が建ち並ぶ。遊廓ならば、女郎が中から外の男を妖艶な笑みで誘い賑やかな空気を醸し出しているだろう。


 しかし、目の前に広がる光景は違った。部屋の中には多くの人々が閉じ込められており、木枠を覗くのはグールたちで、爪を木枠の隙間に入れて、閉じ込められている人間にちょっかいを出している。


 ゲラゲラと嗤いながら、時折人間を引っ掻き、恐怖で悲鳴をあげる人々の姿を楽しんでいた。そこはまさしく地獄であった。部屋の隅に逃げようとして、押し合いへし合いするその醜い姿にギャッギャッと飛び跳ねて喜んでいた。


「ヒィー!」

「食べないで〜!」 

「俺は美味くないぞ!」


 そこかしこからは悲鳴が上がり、狂気にして狂喜の光景だった。


「けっ、悪趣味な家畜小屋だな! おい、ここは今からグラトニー様の拠点となる! ヌリカベ出てこい!」


 トニーはその様子を見て、フンと鼻を鳴らすと轟くような叫び声をあげる。その叫びにグールたちは振り向き、人間たちは戸惑う。


「ほう……我の元を逃げた盗っ人が再び帰ってくるとはな」


 霧煙る広大な広間の空中に渦ができて、重々しい声が響く。そうして渦が形を成して、ヌリカベが現れるのであった。


 白い水晶のような三つ目を持ち、獅子のような造形の姿。六本の脚を持つ5メートルはある巨獣。魔王ヌリカベが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 倉トニー=グラトニーだったんですね。今更理解しましたw
[良い点]  名作妖怪マンガで愛された“かべー”なヌリカベさんじゃなく相撲取り体型のムチムチした由緒正しいヌリカベさんのエントリー♪妖怪好きは唸りますぜ(^∀^) [気になる点]  トニーのヒロイン候…
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