34話 ここの魔王は誰なんだ?
食人鬼たちは、俺たちを囲みグルルと獣のように唸り声をあげる。脚に力を込めて腰を僅かに屈めており、襲いかかる気満々の模様。
「魔力の大きさからすると、平均ステータス15ってところかね?」
「む、検証が終わって、解析に利用し始めたのかの。む〜ん、たしかにそれぐらいかの。固有スキルに気をつけるのじゃぞ」
目を細めて、グールの性能を教えてくれるリムに頬を押し付けて疑問を口にする。
「リムって、マスキングされたスキル持ってるよな?」
絶対におかしいと思うんだ。俺が見れないスキルをこいつは絶対に持っているよね。
「夜の相手をすればわかると思うぞ? むふふ」
俺の耳元にフゥと息を吹きかけながら小悪魔は魅力的な笑みを見せてくる。可愛らしい美少女だよな、まったく。
「ハマりそうだから遠慮しとく」
でも、こいつはリリムだからな。さすがの俺も警戒しておく。警戒しておく。血涙を流したいけど我慢しておきます。
「それは残念じゃ、契約者殿」
ニヒヒと小悪魔が笑うのを気にすることはやめて、拳を胸の前にあげて身構える。
「クウ!」
正面のグールが大口を開けて、よだれを垂らしながら、バネ仕掛けのように飛び出してくる。10メートルは離れてたのに、一瞬で間合いを詰めてきた。
「獣のような動きになっているな」
冷静に呟くと俺も対抗するべく走り出す。グールは腕を振り上げて爪を長剣のように伸ばす。ぬらりと光る爪には紫色の液体がついている。毒爪だよね、早くも状態異常攻撃をしてくる魔物が現れたか。
「シャッ!」
毒爪を光らせて、グールは袈裟斬りに腕を振るってくる。俺は一歩だけグールの懐に深く入り込み左拳で迫る腕を弾く。そのままさらに一歩踏み込むと、肘打ちをグールの顔に叩きこもうとするが
ガキン
空間が波紋を作り肘打ちを防ぐ。なにか、見えないが硬い物があった。
「『魔力皮膚』じゃ。強い魔物が持つ自然に纏っている障壁じゃな。特にグールはこれを纏うことが多い。銃弾をも数撃なら防ぐぞ」
未だに俺の背中にへばりついているリムが警告してきて、グールは厭らしそうにニヤリと口元を歪める。余裕の笑みだこと。
「なるほど。進化しているだけはあるな」
俺は脚の踏み込みを強くして、右脚を槍のようにグールへと繰り出す。先程と同じく空間に波紋ができて、俺の蹴りを押し止めるが
「はっ!」
気合いを入れて、さらに脚に力を込める。障壁がピシリと音をたてて、パリンとガラスを割ったように消えて、俺の蹴りはグールの頭を砕いた。
「多少硬いがなんとかなるな」
頭が無くなり灰へと変わるグールを横目に腰を屈めて、身体を回転させる。その遠心力を利用して回し蹴りをすると、続いて迫ってきたグールの胴体へとめり込ませた。その衝撃で灰へと変わるグールを気にせずに振り返ると、最後のグールが両手を俺へと振り下ろしてきた。
『十字引っ掻き』
『剛脚蹴』
クロスして振り下ろしてくる赤いオーラを纏う爪の攻撃に、出雲も対抗して蹴りの武技を放つ。赤黒いオーラを纏う切れ味鋭い爪と、純白のオーラを纏った出雲の蹴りが交差する。ぶつかり合うと、僅かにオーラ同士が押し合うが、すぐに純白のオーラが赤黒いオーラをかき消し、爪を砕きグールの胴体にめり込む。
「ガガ」
グラリと揺れて、体内に神聖力を叩き込まれたグールは苦しそうなうめき声をあげて灰へと変わるのであった。パラパラと砕いた爪が落ちるのを見ながら残心を解いて息を吐く。
「雑魚だ。ポイント30だってさ。これ魔封できる?」
がっかりの結果であった。こいつらを俺以外が倒した場合、1%の魔力を封印できる。1%……を。祓い師たちがグールたちを倒した場合はハウマッチ?
「恐らく無理じゃの。小数点以下の魔力は封印できまいて」
容赦のない小悪魔であった。聞きたくないセリフをニヤニヤと告げてきて楽しそうだ。ちくしょー。
「ガーン! やっぱりそうか。この強さでも無理かぁ」
おっさんは膝をついて落胆する。その可能性があるんじゃないかと思ってたんだよ。魔封地は役に立つんかな……。
「うむ……完全に出雲は敵の魔力を吸収しているわけではない。浄化しつつ残りの魔力を吸収しておるからなぁ……。悪魔が持つ元の魔力とそれを計算して……まぁ、封印できてもグールでも1程度じゃろうの」
「気休めだなぁ。裏技的な方法を考えないといけないなこれは」
俺の予定では人々が悪魔を倒して水晶をゲットして奉納してくれる予定だったのだ。だが、コレだと無理だなと思いながら、パンパンと手をはたいて、周りを見渡す。どうやら他にグールはいないようだ。子供たちも無事に去っていった。
「ぬおぉぉぉ、ボス、体術を、体術を1で良いからくださいよ〜」
顔を真っ赤にして、屋根へと登ってくるトニー。力は人間の数倍あるはずなのだが、動きが鈍い男である。運動不足のニートが高ステータスを手に入れてもこうなるという見本であった。
「え〜? 俺は少しずつスキルとかを付与して調整したいんだよ。悪魔の武技は使えるんだろ?」
「引っ掻きだけですよ、ボス! いや、初期の悪魔はスキル継承できないから、わかるけど。弱いのはわかるけど〜」
「わかったわかった。この件は社に戻って前向きに検討します」
「それ、検討で終わりますよね〜? ギャー!」
嫌そうなおっさんにニートが嘆きの声をあげる。お願いですと叫びながら手を滑らせて落ちていった。大丈夫、俺は聖者だよ? 善処するのは得意なんだ。
「お主ら、ゲームの世界に転移したのではないぞ?」
呆れたジト目でリムが俺の首に顔を押し付けてくるが、お前はいつまでへばりついているわけ?
「なにか言いたいことがあるのかの?」
「もっと押し付けても良いです」
俺の頬に自分の頬をぐりぐりと押し付けてくる小悪魔。温かい体温とぷにぷにとした美少女の肌。最高です。もちろんおっさんは嫌じゃないよ? 己の欲望に忠実なおっさんなのだ。
「いちゃいちゃしないでくださいよ! 僕にも可愛らしい天使を創ってください! お姉さんタイプで、蔑んだ視線を向けて可愛がってあげるわ、貴方は私のペットよと……」
「さぁ、移動するぞ」
めげずに登ってきて、鼻の下を伸ばして語り始めるトニーの妄言をスルーして、陥落した避難所の方向へと向き直る。
「パルクールで行くぞ」
ゲームでパルクールという名前を知って、得意そうに何度も言うおっさん。少し使い方が変な気がするが、リムは生暖かい目でツッコむのはやめてあげた。
「了解じゃ。妾は出雲の背中にひっついておくかの」
「ちょっ、ちょっと待ってください、せめて体術をくださいって」
屋根の上を走り始める。トタン板の屋根がキシキシと音をたてて、不安定な足場だが、今の俺なら問題はない。昔なら落ちるのを恐れて、四つん這いになるだろうけど。うわぁと、再び転げ落ちていったニートみたいになったかもしれないけど。
屋根の上を駆け抜けて、ビルの窓枠に飛びつき中を通り、教えられた場所まで一直線で陥落した避難所に辿り着いた。トニーがすぐに屋根から落ちるので、仕方なく体術1もつけてやった。リムにも体術1をつけたので、全員で危なげなくパルクールを楽しめました。
ちなみに格闘表記は体術に変わってしまったので、俺の格闘2は体術2になった。格闘よりも体の動かし方も理解できるから体術表記がふさわしかったということだろうね。奇跡さんもバージョンアップする模様。頼むから下に修正するバージョンアップは止めて欲しいところだ。本当に奇跡さん、そこはお願いします。
「しかし……ここの魔王は誰なんだっけ?」
目の前に広がる光景に多少の驚きを見せて眺める。
「僕を偉そうに支配しようとしていたのは、ヌリカベです。上から目線で周りの悪魔たちを支配していました」
トニーの記憶に残っていたのは、恐らくはこの地の魔王であった。その時は魔王ではなかったようだが、今は魔王になっているのかな? でもヌリカベかよ。
「ヌリカベって、あれだろ? こんにゃくみたいなやつ。初期のゲームだと一反もめんと同じぐらい使えた妖怪」
「ちゃんちゃんこが一番使えたのを覚えているのじゃ」
「あのその話題には僕ついていけないです。さすがに古すぎますよ」
「精進が足りないな」
「そうじゃな。もっとレトロゲームを楽しむのじゃ。あの漫画原作のゲームはかなりあるぞ」
「なんだか僕が悪い流れ!」
まったく仕方ないやつだなと、トニーへと二人で冷たい声音で答えながらも、前の光景に首を傾げてしまう。リムにいたっては絶対零度の視線だ。おばさん呼ばわりするからだろ。愚か者め。
「あれがヌリカベ?」
微かに霧が漂い、射し込む光がぼんやりと建物を照らす。それはかなりの広さの建物であった。狭そうで広そう。よくわからない広さだ。目を凝らしても、その端は見えているようで見えない。
不思議な家屋だ。一棟しかないようで、宮殿のように延々と続いているようにも見える。
平屋だった。昭和初期にでも建てられたのか、古びた木造の平屋だ。窓ガラスにはバツ文字にガムテープが貼られており、隙間風が入りそうなボロい家屋。
「あれは『迷家』じゃな。山奥にあると言われる幻想の家。その広さは誰にもわからず、中の物を一つだけ持ち帰れるという妖しの家じゃ」
「なるほど。空間が歪んでいるのか。とするとヌリカベは『迷家』でもあるのか?」
ヌリカベ。なるほど、家を建てる能力があってもおかしくなさそうだ。だって壁を作るんだろ?
「あのヌリカベは魔力も元から高くて強かったですからね。そういう能力があってもおかしくないですよ」
「ほー。それは厄介だが………。ん? あの家、人がいないか?」
家の中を誰かが走っているのが見える。血相を変えて数人の人間が懸命に駆けていた。不思議な家屋に嵌められている窓ガラスに駆け抜けて行く姿が何度も映る。汗だくで息を切らせて後ろを振り返りながら。
空間がループしているのか、何度も同じ窓ガラスに通り過ぎる人影が映る。右から左へと駆け抜けていき、そしてまた右から現れて左へと駆け抜けて行った。
その後ろから緑の肌を持つ魔物、グールが嗤いながら追いかけていった。身体能力はグールが圧倒的に高いはずなのに、わざと手を抜いているのだ。猫がネズミをいたぶるように、楽しそうに口を開いていた。
窓ガラスに女性が張り付き、バンバンと拳で叩く。だが音は聞こえずに、恐怖の表情でパクパクと口を開く。
「仕方ない。助けに行くぞ」
「主人公っぽいですね。わかりましたボス。行ってらっしゃい!」
「あぁ、期待しているぞトニー」
他人事のようにトニーが手を振ってくるので、その手に小瓶を5本手渡す。
「なんですか、これ?」
「天使薬だ。強くてかっこいいトニーの力を見せつけてやれ」
「モテモテじゃな」
「ステータスが低い分はドーピングでいこうと思うんだ。任せたぞ。ほら、早く助けに行かないと殺されちゃうぞ?」
天使薬は安い。ステータスを上げるより、ポイントが節約できるしな。
「ぼ、僕を鉄砲玉にしている予感がしますけど……。たしかにチャンスですね!」
小瓶を口にあてて、一息で飲み干すトニー。その身体に神聖力が満ち溢れて、大幅に強化される。
「これは凄いですね。わかりました! この力なら無敵ですよ! 行ってきます! うはは、待っていてね、今助けに行きまーす!」
高笑いをしながら、ジャンプをして弾丸のように迷家にトニーは突撃していく。痩せぎすの男は壁をぶち破り中へと入っていった。
「空間を操る敵って強いよな」
「うむ。だがヌリカベじゃからのう。動きも鈍重そうじゃし、餓鬼と相性良いじゃろ。漫画でもコウモリに血を吸われて倒されていたし」
「餓鬼ならヌリカベを食べられるかね」
ステータスオール100なら勝てるかなと、出雲とリムはトニーを見守ることにした。大丈夫、勝てる、きっと勝てるよ。だって所詮は壁だもんな。