33話 事情を聞くのじゃ
煙と名乗った男の正体は実は天神出雲である。仙華と名乗る女の方はもちろんリムだ。
2人はニコニコと助けた少年少女たちを見る。どうやらおかしいとは思わないようだ。
「な、言ったじゃろ? 変装スキルと偽人の術を絡めれば、気づかれないと。小奴らはアロハシャツの男と袴姿の女に見えておる。妾の口調も変とは思わぬ」
「素晴らしい。これならこれからの変装も楽になるな」
うんうんと頷くおっさんは、アロハシャツではなく、普通のTシャツにズボンだ。リムも赤いコートに露出の多いいつものへそ出しルックだ。
ただ、その胸には『紫煙』、『天華』と書かれたマナの込められた名札がついている。ショッピングモールで知った祓い師の名前だ。
「真名を知れば操れる、古くから有名すぎるほどに有名じゃから、最近は対抗策が色々と作られた。なので、本人に呪いなどはかけられぬが、本人のフリをできる術が裏技であるのじゃよ」
「これなら身バレしなくてすむよ、良くやったリム、褒美に後で髪を撫でさせてくれ」
「誰の褒美なのかの」
小声で話す。そう、出雲は新たなる身バレを防ぐ術を手に入れていた。身バレを防ぐことに常に全力を注ぐおっさんである。その能力はこうだ。
『交換ポイント100万:固有スキル:偽人術。真名の人間だと認識される』
これと変装術を掛け合わすと、何ということでしょう、名札を変装スキルで作るだけで、名札の人間だと認識される。素晴らしい術であると言えよう。しかもスキルレベルが無いので、これ以上ポイントを注ぎ込む必要もない良いスキルだ。
「ダメージを受けると解けてしまうから気をつけるのじゃぞ」
「ダメージを負う戦闘の時はウルゴス君に任せるから大丈夫」
デメリットを考慮しても使えるスキルだ。なので、俺とリムにこのスキルを付けた。あと、リムに変装術スキルレベル3も付けた。合わせて360万ポイントを消費しました。これも先行投資だよね。
なにせピンチの時に現れるウルゴス。その時にいつもおっさんが近くにいたら、誰もがおかしいと思うに違いない。変身ヒーローものではないのだ。現実なのだ。鈍感すぎるほどに味方は鈍感ではないのであるからして。
トニー? トニーは身バレしてもいいだろう。こいつはお調子者っぽいので、絶対に普通に身バレするだろうし。チラチラと助けた少女たちへと視線を向けて、ロマンスを期待しているようだし。力を手に入れて調子に乗っている男であるので。拘束されたら、自爆して、後で双子の弟が現れればいいと思います。
「助けてくれてありがとうございます。僕の名前は、多治米英雄と言います」
リーダーっぽい、メガネ君が俺に勢いよく頭を下げてくると、周りもそれぞれお礼を言ってくる。
ポニーテールのエネルギッシュな女の子が柏田ラン。その妹の黒髪ショートヘアの少女がルン。茶髪セミロングの少女が遠山華子、そばかす少年が南野まだら、ごつい体育会系が日比谷コツオと言うらしい。
「私だけ14歳で、お姉ちゃんたちは16歳です! 高校の仲間なんですよ」
ルンと言う娘か無邪気そうな笑顔を向けて教えてくれる。高校の仲間ねぇ……ほーん?
「なるほど。でも、なぜこんなところに? 危険だと思うんだけど」
「避難所はどうしたのかの?」
なんで子供たちがこんなところを彷徨いているのか、嫌な予感がビシバシする。なので、疑問の表情を浮かべるとメガネ君たちは辛そうな表情となった。
「貴方たちは祓い師ですよね?」
「ああ、そうだね。この先の避難所と連絡がとれなくなってね。調査しに来たんだ」
出雲は息を吐くように嘘をついた。本当は地脈を探しに来たのである。避難所はどうでも良い。聖者なので、頑張って生きていてねと心の中で応援はしてます。
メガネ君たちは俺の言葉を聞いて、仲間と目線を合わせてコクリと頷く。どうやら嫌な予感は当たったようだ。こういう予感だけは当たるんだよな。
「避難所は悪魔に襲われて、散り散りになりました。あそこはもうゾンビと悪魔の巣となっています。警官も祓い師さんたちも、今はどこにいるのかわかりません」
わからないと言いつつ、全滅していることを確信しているような言い方だ。そうか、ここの避難所は陥落したのね。
「今は俺たち高校の仲間たちが集まって、隠れ住んでいるんです。貴方たちはどこから来たんですか?」
「俺たちは南からやってきたんだよ。乗り捨ててあったトラックに乗ってね」
放置されたトラックは多かった。椅子にべっとりと赤黒い染みがついていたり、ハンドルに手首型のアクセサリーがついていたりしたけど、鍵は刺さっていたから、普通に運転できたのだ。
「南の避難所は無事なのかよ!」
体育会系の大柄な少年コツオが、俺たちへと勢いこんで尋ねてきて、周りの子供たちもメガネ君以外は期待に満ちた瞳になる。
「そうだな。今は1万人程度が避難してきている。自衛隊も祓い師もいるから安全だよ」
「やった! 助かるんだ!」
「良かったね、お姉ちゃん!」
俺の言葉に喜色満面の様子で、皆は喜ぶ。だが、メガネ君が手で制止して、こちらを鋭い視線で見ながら尋ねてきた。
「インフラは? そこはインフラは死んでないんですか?」
良い質問だと、苦笑いしてしまう。
「いや、うちの避難所もインフラは死んでるね」
だから俺も自宅に戻ったんだし。水の法術を使えればなんとかなるので。
やはりなと、メガネ君はなんだか偉そうに頷くと、仲間たちへと告げる。
「皆、避難所に行くのは無しだ」
「な、なんでだよ!」
コツオ君が血相を変えて、周りも驚きの表情となるが、メガネ君は俺へと視線を向けながら理由を説明する。
「1万人が住む避難所で、インフラが死んでいるのは致命的だよ、みんな。まず第一に水だ。1万人が使用する水をどこから用意する? 食べ物だって膨大な量が必要なんだ。煙さんには悪いけど、近い内にその避難所は内部から崩壊するだろう」
「そんなことはないんじゃない? だって頭の良い人もたくさんいるんだよ? なんとかなるんじゃないかな?」
茶髪の女の子、たしか華子という名前の娘がオズオズと意見を口にするが、メガネ君はにべもない。首を横に振ると言い返す。
「駄目だ。助けてくれてありがとうございます。でも、僕たちの避難所は教えられません。理解してくれると良いんですが」
なかなかはっきりという男の子である。社会に出たら先輩たちに潰されてしまう真面目君だ。学生時代は有能だと持て囃されても、社会人になると、その融通のなさが脚を引っ張るだろう。まぁ、社会もう崩壊しちゃったけどね。
「うん、俺たちも無理には聞かないよ。それよりも陥落した避難所を教えて欲しい」
もう少し玉虫色の答えをすりゃ良いのにと、内心では思いながら手をひらひらと振って尋ねる。
「あそこは悪魔たちが屯してますよ? 貴方たちは凄腕のようですが、多勢に無勢です。避難所には祓い師が十人はいたのに敵わなかったんですから」
「まぁまぁ、それは君の気にするところじゃないでしょ? 教えてくれないかなぁ?」
「良いですけど……あそこは地獄ですよ」
渋々ながら、メガネ君は避難所の場所を教えてくれて、俺はようやく目的地を知ることができるのであった。
子供たちがチラチラと俺たちを見ながら去っていく。助けを求めたいが、メガネ君の言うことも正しいと考えているのだろう。
「良いんですか、ボス? あの子たち放置して」
「うん、別に良いだろ。あの子たち、言葉にはしなかったが、多くの人間が避難所にはいると見た」
トニーが去っていく子供たちを気にして、俺に聞いてくるが、今は無理だ。
「多くの人間がいるのかの?」
「そうだよ。たぶん二桁はいるはず。大人が物資の確保に来ていないところを見ると子供たちだけだ。たぶん、食料も水もそこそこある安全な場所に隠れ住んでいるんだろうな」
「ふむ……奪われる可能性を考えたのか。たしかに助けに来た人間とはいえ信用できない。人間は家族が飢えれば、隣人を殺しても食べ物を奪う種族だからの」
ニヤニヤと悪魔王は嗤って俺へと顔を向けてくるので、髪の毛をクシャリと撫でて笑い返してやる。
「1万人だからな。飢えた人間が襲いかかって来ることを考えれば避難所を教えないと言う選択肢を取るのも無理もないな。それでも、もう少し玉虫色の答えにするべきだった。ありゃ、仲間から反感を買うぞ」
「坊やなのさ。クククク」
いらんことをドヤ顔で言うトニーをスルーして、これからのことを話す。
「運が良ければ助けに行くこともできるだろう。さて、それよりも地脈だ。陥落した避難所には地脈があると思うんだけど?」
「神具を使って結界を張るには地脈が一番だからの。そして、悪魔たちが狙うのもそれが理由じゃ」
「魔王水晶。しっかりと設置している相手だと良いんだけどな」
子供たちが見えなくなると同時に俺は地を蹴り跳躍する。人の力を超えたジャンプ力を見せて、2階建ての家の屋根へと降り立つ。
「なんでいきなりジャンプしたのじゃ?」
しっかりと俺にしがみついていたリムが柔らかい腕を俺の首に巻きつけて頬を押し付けてくる。リムの頬をぷにぷにとつつきながら微かに嗤う。
「少しは人情があることを教えないといけないと思うんだよ」
「ほう?」
手を軽く振り、辺りを見渡す。家屋が建ち並び、先程の子供たちが警戒しながら塀を登り、屋根の上を伝わって移動しているのが目に入る。
その動きは手慣れており、普通の速さではない。少し突き出したでっぱりを掴み、的確に移動しており、躊躇いがないことから、かなりの訓練を積んでいるようだ。
「パルクール部にでも入っていたのかね。彼らが物資調達に狩り出された理由というわけだ」
「ふむ。人間の中でも善性の者たちかの?」
「そうとは限らないが、それ以上にパルクールが上手い奴が潜んでいるようだな。出てこいよ」
クイと手を軽く振り、目を細める。と、俺たちの目の前にズンと屋根を軋ませて、何者かが降り立つ。
「ゲゲ。ナニモノダ?」
ズンズンと音をたてて、続いて2人。影から飛び出すように現れる。
「ニンゲンカ?」
「ニンゲンクウ?」
それは人であり、人ではなくなった者たちであった。硬質化した緑の肌、ナイフのような長い爪、その口は何十本もの牙が生え揃っており、紫色のよだれを垂らしている。その瞳は濁った黄色い瞳で、髪の毛はない。
「ほぉ、食人鬼じゃ。なんじゃこいつら? なんでさっき襲いかかって来なかったのじゃ?」
コテンと首を傾げるリム。俺にしがみつきなからなので、むにぃと頬に当たる。なかなか柔らかくてグッドです。
「こいつら、さっきから子供たちを見張っていたんだ。どうやら知性があるみたいだぞ」
俺の感知に引っ掛かっていたのに、襲いかかって来ないから不思議だったのだ。どうにも見張っているようで、なんだと思っていた。
「オマエタベテ、アイツラミハル」
「マオウサマノメイレイ」
ゲッゲッと嗤うグールたち。知性はあっても、子供よりもアホそうだ。
「そうだったのか。こ奴ら餌を探していたのじゃな」
「二桁の餌を探すために、泳がせていたようだね」
グールねぇ。ゾンビの進化系だけど、さて、どれだけの魔力を持っているのかね。あまり期待はできないけどさ。