31話 まずは状況把握なのじゃ
東京と埼玉県の県境にある地域。都心へと入るのにそれほど時間はかからなく、駅前でも土地は高くはない。ちょうど住むのに良い立地条件の場所には団地が建ち並び、巨大なショッピングモールがその中心にあり、便利な地域。
そこから数キロ離れた場所に一戸建ての建ち並ぶ住宅街があった。既に過去形だ。世界を魔力が覆った厄災の日、人々を襲うゾンビや悪魔の群れにより放棄されたその一角は様変りしていた。
半径500メートルを大理石のようにつるりとした3メートルほどの高さの白い壁がぐるりと囲んでいる。その土地の中は更地が広がっており、水晶でできた木々が聳え立つ。中心には巨大な白亜の城が建っており、門から継ぎ目のない不思議な石畳が直線上に城まで敷き詰められている。
白亜の城は美しく壮大なものだ。柱には本物のように美しい天使の羽根を生やした女性たちや、獣たちが彫られている。まるで古代神殿のようであり、純白の粒子が微かに空気の中に混ざって煌めいて、神々しさを見せていた。
『神庭』
機械仕掛けの身体を持つ堕ちたる神にして大魔王ウルゴスの居城である。巨大な神聖力で、この城を一瞬でウルゴスが創り出したのだ。
人々はその神聖なる城を遠巻きに見て、畏れと恐れを持って、中の様子はどうなっているのか想像し話し合う。多くの天使たちが住んでいるのか、悪魔が蔓延っているのかと。
未だにその居城へと近寄ることはなく、ただただ噂話をするのであった。
実際にウルゴスの居城はどうなっているかと言うと……。
何もなかった。ハコだけで、謁見の間には何もない。玉座も無ければ、絨毯も何もない。ただ美しいレリーフの彫られた壁や床だけでガランとしていた。無人の寂しい城であった。
なにせこの城の持ち主であるウルゴスは、この城を居住用に作ってはいない。看板にウルゴス君のお城、建設中。近日公開予定! と書こうかと考えているぐらいだ。新しいアトラクション扱いである。
ならばウルゴスはどこにいるかというと……。
自宅に帰っていた。神庭からさらに10キロほど離れた場所にある億ションと言い張っているが、少しだけ金額が届かないマンションの一室である。
ウルゴスの中の人、天神出雲はリビングルームのソファに座り、眠そうにしながらまったりとしていた。テレビは既に映らなくなっており、電灯も点かない。蛇口を捻っても、水は出ない。スマフォはバッテリーが尽きて使用不可能だ。
インフラが完全に死んでおり、慌てても良いのに、眠そうにうつらうつらしていた。ついにはゴロリと寝っ転がり寝ようとしていたりする。
「なんじゃ、攻めて攻めて攻めまくって、まずは自分の支配地域を安定させるのではないのかの?」
反対側のソファに座る少女が脚を組みながら呆れた声を出す。ショートカットの銀髪に羊の巻き角を生やし、爬虫類のような縦に割れている黄金の瞳、褐色肌で豊満な胸にくびれた腰、悪戯そうな小悪魔の笑み、赤いコートを羽織り、ヘソ出しルック。背中にちこんと小さなコウモリの翼、お尻からもよくある悪魔の黒い尻尾を生やしている明らかに人間ではない存在。
元は人々の願いを叶える悪魔王の書と言われる少女、リムである。妖艶なる笑みを浮かべる美少女は何度も脚を組み変える。
「どうじゃ? 寝っ転がって、見えたかの?」
なにが見えたかは言わないリム。いったいなんのことだろうと、わざわざ寝っ転がり、リムが脚を組み変える様子を眺めるおっさん、天神出雲。奥さんだから、眺めていても罪にはならないのです。スケスケの黒か。わかっておるな、こやつ。
「スケスケの黒か、わかっておるなリム。それは他の男には見せないように」
「なんじゃ独占欲かの?」
「リムは可愛いしな。俺みたいな平凡のおっさんなら独占欲を持つのは当たり前だよね」
ニシシと出雲をからかうように見てくるリムだが、俺の返事に拍子抜けしたように口を尖らせる。
「そこは、そんなことはないぞとか否定するところではないかの? つまらないのじゃ。ラブコメならここで終了じゃ」
「俺は正直者なんだ。褐色肌の可愛らしい少女がおっさんの相棒なんだぞ? 普通だろ? 俺はテレビの中から現れた美少女を独占する自信があるね」
「あれな。良い事しかなかった少年じゃろ。倒れるまでやりまくった挙げ句に、病院に入院して主人公の彼女も奪った男じゃろ」
「あの展開は納得できないよなぁ。でも、俺も普通の男だから、ああいう美味しい展開に憧れるよ。あの後、後輩ちゃん、全く出てこなかったから、どうなったのかさっぱりわからんけど」
古い漫画ネタにもついてくるなぁと、大きくあくびをしながら出雲は眠そうにうつらうつらする。もう見えたから良いや。
「お主は目的を達成したら、あっさりと美少女を捨てそうじゃよな。妾を捨てないでくれよ?」
「俺はこれでも情が深いんだ」
「避難所からあっさりと戻ってきたではないか。あそこは神聖なる結界が消えて、ゾンビが集まってもおかしくないのじゃぞ? せっかく助けたのに全滅するかもしれんぞ、妾の契約者殿よ」
避難所はインフラが止まったことにより危険な空気が醸し出され始めた。なので、おっさんはあっさりと避難所を捨てたのである。
フフンと流し目を送ってくる小悪魔を見て、ようやく俺は起き上がることにした。ムクリと起き上がると、肩をほぐすように回して、真面目な顔に変えて答える。
「大丈夫だ。悪魔が攻めてこなけりゃ、あそこは祓い師や自衛隊員が大勢いるからな。ゾンビ程度なら守れるはずだ。反対にそれぐらいで滅びるぐらいなら、この先も生き残れない。俺も守りに回せる奇跡ポイントはないしね」
「そこらへんクレバーすぎて、普通の人間とは言えないの。あくまで自分の安全を考えるのじゃから。普通の主人公ならば、拠点を守ろうと、力を使うと思うぞ?」
「攻めに全振りするから仕方ないだろ。結局、避難所が滅びるような流れにはしたくない。攻めてこの地域を安定するか、攻められて滅ぼされるかのどちらかに賭ける」
「最近気づいたのじゃが、出雲はギャンブラーじゃの? しかも大張りするタイプじゃ」
ジト目となるリムの言葉にニヤリと笑い返す。ようやく気づいたのか。俺はここぞという時のギャンブルが好きなんだ。競馬で100万一点買いしたこともあるよ。銀行レースだったけどさ。マンションを買うのに少しだけお金が足りなかったんだ。
今回も大張りするだけの価値はある。スタートダッシュで予め動いている魔王たちに負けている可能性も考慮すると、のんびりとしてはいられない。
「ここで大勝ちして、戦力を整えたいんだよ」
「ならば、なぜにのんびりとしていたのじゃ?」
不可解そうに俺へと尋ねてくるが、考えていたのだ。どこを攻めれば良いか。
「地脈がどこにあるか、魔王がどこにいるか、そして一番重要なのが魔王水晶の取得だ。それらを解決する方法を考えていたんだ」
魔王を倒しても、たいした奇跡ポイントは貰えない。魔王水晶が必要なのだ。だが、戦略シミュレーションゲームと違って地域全体を俯瞰するようなシステムはない。自分で周りを調査するしかないのだ。その方法を考えていた。
ふむと、リムも腕を組んでソファに寄りかかりながら考え込む。
「たしかにそのとおりじゃ。探索調査系統の眷属を作るしかないのではないか?」
「そう思うよな。だが、ポイントは有効活用したい。撃墜される可能性がある眷属を創りたくないんだ。ということで閃いたのがこれだ」
テーブルに置いてある欠けた茶碗を指差す。古ぼけた茶碗だ。元魔王ホウショクの核であった魔道具である。今は魔力は吸収されて浄化されている。
「これが何なのじゃ?」
「もしかしたら、悪魔の時の知識があるかもしれないだろ? ならば、他の悪魔たちも知っているかもしれないと思うんだよ」
「なるほど、そうか、この魔道具を核に受肉をさせれば眷属が創れるからの」
「だろ? それに眷属を作るにあたり、検証をしたいんだ。いきなりリッチの宝石とか使いたくない」
こういうクリエイト系はゲームでは最初の頃はだいたい失敗するんだよね。なので失敗前提で惜しくないアイテムを使いたい。コモンアイテムでまずは試す感じである。
欠けた茶碗に手を翳して神聖力を送り始める。さてさて、2番目の眷属の創造だ。
『受肉』
ポツリと一言呟くと、神聖力が茶碗を包み込む。
「ジャジャーン、ジャッジャジャー」
フンスフンスとリムがエアオルガンを弾く。実に楽しそうな小悪魔リム。神の館だなと笑ってしまいながら茶碗を見ると、宙に浮いて光の球体に覆われる。ドクンドクンと鼓動をたてて蠢き、流し込まれている神聖力が最大になり、一段と輝いた。
眩しい光に目を細めながら、名前を付ける。
「節制の大天使にして、暴食を司る悪魔、生まれいでよ!」
激しい光が放たれて、リムが目がー目がとコロコロと転がる中で、球体が人型と変わって床に立つ。
背丈は170センチ程度。細い手足に漆黒の肌、昏き瞳を持つものであった。まさしく悪魔である。どうやら創造は上手くいった模様。
「あの……どうもです。僕を創り出してくれてありがとうございます」
気弱な声音でペコリと頭を下げてくる。
「うん、良くできたな。名前は倉田トニー。よろしくトニー。俺は天神出雲。こいつは俺の奥さんのリムだ」
どうやら良くできたようだと満足げに挨拶すると、トニーは昏き顔を向けて口を開く。
「あの、僕どこからどう見ても日本人です。なんでトニー……いや、語呂合わせとはわかりますけど……せめてトニーは止めてくれませんか?」
黒髪に黒い瞳、日本人の顔立ちのトニーは早くも悪魔たる性格を露わにクレームをつけてくる。
「良いじゃん、倉田トニー。な、リムもそう思うだろ?」
「受け狙いじゃろ? バッチリかの」
グーと親指を立てるリム。だよな、良いと思うよね。
「あと、7徳の大天使にして、7罪の悪魔という二つ名も恥ずかしいんですが? 僕のこの姿を見て、誰もそんな力を持っているとは思えないんですが! どう見てもニートですよ、ニート!」
「元がニートだったからだろ」
顔色の悪いトニーを見て、俺は平然と答える。
「そうですけど! いや、それは僕に記憶された元人間の知識ですよ! これは酷い、酷すぎます! せめてジャージ姿で作らないでくださいよ! もう少しまともな服装で作ってくださいよ!」
ボサボサの黒髪に、瞳には薄っすらと黒い隈が浮かび、不健康そうに痩せた身体、肌も黒くなく普通の日本人、その服が黒いジャージの男、倉田トニーは絶叫する。年齢は22歳程度。どこから見てもニートな男だった。
「ポイントを節約して作りたかったんだ。人型になったから良いだろ。検証できて良かった良かった」
「失敗作にしても酷すぎますよ! もうちょっと裏の有りそうな覚醒とかしちゃいそうなバックボーンで作ってくださいよ。これじゃ、ただのニートじゃないですか。失敗作とされた悪魔の僕はチートスキル持ちだった、とか希望していたのに!」
どうやらトニーは幻想を持っていた模様。でも元がニートなんだから仕方ないだろ。ニートに力を与えるなら、真っ当に働くおっさんに力を与えるよ。即ち俺です。
「良いじゃん、もしかしたら不定形生物になるかもしれなかったんだからさ」
「そうじゃの。まったく贅沢な男じゃ。そんなありがちな題名だと、ブクマはつかんの」
「やばい、ここブラックだ。僕はすぐに合体素材として消えていくパターンだ、これ」
あわわと青褪めて座り込み落ち込むトニーに俺とリムは顔を見合わせて、肩をすくめる。まぁ、そのパターンもあるのだろうけど、融合スキルがないんだ。融合スキルがあった場合はノーコメントにしておこう。
「トニーに欲しいのは悪魔の情報だ。それが目的なんだよ。覚えているか?」
「はぁ……そうですか。まぁ、一応あります」
そうして、トニーの話を聞く。その内容はというと、ちょうど俺の望む情報であったので、創造した価値はあったようである。
ちなみに倉田トニーのステータスはこんな感じ。
倉田トニー
毎月の維持費:5000ポイント
体力:100
マナ:10
筋力:10
器用:10
敏捷:5
精神:5
神聖力:10
固有スキル:暴食(20ダメージまでの魔力を喰い溜め込める)、節制(暴食で溜め込んだ魔力をブレスとして吐き出す)、物質同化(魔力、神聖力の無い素材と体重分だけ融合できる)、変身(餓鬼王に変身可能。ステータスに変化なし)
スキル:なし
奇跡ポイント50万を使って創造した大天使だ。性能の良い実験体1号だと言えよう。うん、人間体になったから成功だよね。毎月の維持費とやらがネックになりそうだけど。