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バッドエンドスタート 〜世界は魔界と化しました  作者: バッド
1章 プロローグ

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30話 世界が変わった日

 神凪シュウは祓い師の中でも名門だ。その家系は古く、平安時代にまで遡れる。本当かどうかは定かではないが、家系図ではそうなっており、神凪の名前も祓い師の中では有名であった。


 古来より、日本を妖かしから護る守護者。それが神凪家が綿々と続けてきたことだ。祓い師の殆どは神凪家と同じく名門が多いが、その中でも群を抜いているのが、神凪家である。


 しかし、科学全盛のこの時代。祓い師の名門は昔と違い落ちぶれていた。金稼ぎの殆どを妖かしを、魔道具を倒すことに終始していた祓い師は明治の頃から徐々に力を落としていた。よくある話だ。暗闇に揺らめく不気味な影を映し出す油火はなくなり、闇をかき消す強い明かりを持つ電灯に代わった。災害は科学的な説明をつけられて、信仰は迷信となった。


 神道系統の名門である神凪家でも、段々と妖かし退治やお祓いの依頼が減り、収入は激減していた。他家は次々と祓い師をやめていった。無理もない。昔ならば、ちょっと悪いことがあれば祓い師への依頼があったが、今や精神科医にその仕事は盗られてしまった。サラリーマンをやって安定した収入を求めようとするのは当然の帰結だ。


 シュウだって祓い師の仕事など辞めれば良いと何度思ったことか。若い頃から心の片隅にその思いはあった。小さな社に固定資産税を払う方が大変な訓練用の山1つ。名門だからこそ、国に雇われたために固定収入はあったが、役人にオカルトだと蔑まれて安い月給で危険な魔道具の処理や頭のおかしい魔法使いと戦う日々。


 誰にも感謝されず、その恩恵は限りなく少ない。ことあるごとに経費削減を求められて、嫌味を言われながら戦わなくてはいけなかったのだ。


 それでも辞めなかったのは、名門出身だからではない。神聖力の高い者はみな善人か、純粋な者だが、シュウの性根は善人であったからだ。魔道具に取り憑かれて苦しむ人々、魔法を悪用して人々を陥れる邪悪なる者たち。見過ごすにはシュウは善人すぎた。


 少しでも自分たちの暮らしを良くするために、色々と活動はしていたが、腹黒い性格と善人であることは両立する。それがシュウという人間であった。


 そして、時代の分岐点は来たのだ。


「なぁ、少しだけここの結界を緩めてくれよ。きっと先細りする俺たち業界のためになるから」


 それは悪魔の囁きであった。核ミサイルを利用しての魔力爆発。その魔法の儀式を防ぐべく、敵の拠点を囲む結界を張っていた時であった。ある人間が話しかけてきたのだ。


「ここの結界を緩める?」


「たいしたことじゃない。結界符をそこの3枚だけ剥がして欲しい。なに、それだけさ。その程度なら、魔力爆発が起こっても、澱んだ魔力により悪霊が数十体現れるだけ。でも悪霊は兵士では対応できないから、僕たちが活躍できる」


 他の祓い師たちも集まっており、数千枚の結界符が貼られていた。シュウは百枚ほどの結界符を展開し、万が一の時に備えていたのだ。その結界符の数枚を剥がしてくれと、その者はお願いしてきた。


「それはできませんね。悪霊は物理攻撃は効きません。取り憑かれて殺される者が現れるでしょう」


 にべもなくシュウは断った。危険な話だったからだ。無為に人々を死なせるつもりはなかった。だが、ニコリと人懐っこい笑みでその者は言った。


「おいおい、周りを見てくれよ。何人の祓い師がいると思うんだ? 兵士は慌てるだろうが、死にはしないさ。生気を僅かに吸われる程度、明日は疲労で倒れているかもしれないけど、明後日にはピンピンしていると誓っても良い。そして、僕らは銃が効かない悪霊を倒したということで、多少は扱いが良くなると思うよ」


 フフッと笑い、ウインクをする目の前の者の台詞を聞いて考えてしまう。ちらりと周りを見るが、ここにいるのは一流の祓い師ばかり。悪霊は人を即死させるほどの力を持たない。生気を吸収されても、たしかに最悪数日間寝込む程度だ。


 だが、そのビジュアルはホラー映画真っ青の不気味な姿で、銃は効かない。兵士たちは恐怖し慌てるだろうが、祓い師たちならばあっさりと倒せる。その光景を見ればたしかに扱いは多少変わるかもしれない………。


 今回は核ミサイル施設を魔法使いの集団に奪われたために、世界中から祓い師や魔法使いが集められている。しかし、兵士たちも多く、結局は銃を持つ兵士たちの活躍で終わるだろう。祓い師たちはオマケなのだ。作戦案を聞いたが、祓い師たちは兵士たちの後ろで銃では対処不能な敵を倒すだけの役割であった。


 それでも昨今では、一番の事件。きっと祓い師たちや魔法使いたちの歴史に残る事件になるので、皆は張り切っている。そして、シュウの予想では少しは祓い師たちの活躍する場はあるだろうが、完全武装の兵士たちの活躍には遠く及ばず、祓い師はやはり時代遅れと言われてきっと国からはさらに扱いが悪くなるに違いない………。


 ワイワイと正義感に満ちて、この事件を解決するのだと張り切っている祓い師たち。だが、その扱いは酷いものだ。悲しい心にその者はさらに囁いてきた。


「核ミサイルを魔法儀式に使うなんて無理に決まっている。爆弾を仕掛けてミサイルを爆発させたって、核反応は起こらないんだ。魔法使いがミサイルのセキュリティを破って、使用に持っていけると思うかい? デマさ。きっと魔力爆発を起こせる儀式は起こせるだろうけど、その影響範囲はここらへんだけだよ。なら、有効活用しようじゃないか」


「しかし……」


「娘さんに今年の誕生日プレゼントはなにを渡したんだい? また奥さんの手づくりケーキと手料理だけかな? 悪いことではないけどさ、新しい洋服とか本当は欲しいと思っているんじゃないかなぁ」


 その何気ない言葉にシュウは手を強く握りしめた。山の固定資産税、社の維持費、神具の手入れに必要な素材などなど。国からの月給ではとても足りず、妻はパートをやりたいが、社を守り毎日の清掃やら儀式があるのでできない。貧乏な自分たちは娘へのプレゼントはいつも妻の手作り料理だ。それでも音恩はプレゼントのお強請りなどをしたことはない。


 ちょっとぐらいなら良いのでは無かろうか? 少しばかり待遇が良くなり、妻には新しい服を、娘にはぬいぐるみをプレゼントできる程度にはなっても良いのではなかろうか?


「………良いでしょう。どうせ数枚では、ここの結界に影響はありませんし」


「良かった! だよね、僕たちも少しは良い暮らしをしても良いと思うんだよ」


 シュウはその話に乗ってしまった。満面の笑顔のその者はありがとうと囁いていなくなった。


 そうして、悪魔の儀式は、核ミサイルを利用した魔力爆発の儀式は発動した。誰もが想像もしていなかった。まさか本当に発動するとは。


 大規模な魔法陣。それはシュウたちの貼った結界をも利用していた。結界を緩めた箇所が魔法陣の線として扱われていたのだ。あの者はシュウだけではなく、皆に提案していた。少しだけある箇所の結界を緩めてくれよと。神聖力で満ち溢れた結界の中を通る空白地帯を作り上げて、魔力をその空白地帯に通した。


 魔力と神聖力は反発し、核ミサイルの爆発は魔力爆発となり、世界各地の核ミサイルや原子炉、ウラン鉱石と連動。世界は魔力に覆われた。


 騙されていたのだ。皆の意識をその者は利用していた。今思えば、その者の容姿を思い出せない。男なのか女なのか、若かったか、年寄りであったか。声音すらも思い出せなかった。


 シュウは自身の行ったことに青褪めた。ここまで、大規模な厄災になるとは思っても見なかった。それでも自身を誤魔化した。自分は数枚の結界符を外しただけだと。皆も同じ思いであった。誰もが共犯者となってしまった。


 それでもすぐにこの厄災は片付けられる。そこまでの影響はないはずだと考えていた。所詮は魔法。時代遅れの技なのだからと。


 爆発地点から、スサノオが戻ってきた時、その言葉を聞いて安心したこともある。傷ついていたスサノオはシュウたちに言ってきたのだ。


「敵は悪辣で、そしてただの一般人だった。核ミサイルをこの世から消したいだけの男だったんだ。その願いは叶えられて、その影響で各地にゾンビたちが現れているだろう。だが、俺たちなら楽勝だ。ようやく俺たちの時代がやってきたんだ」


「本当にそうなのか?」


 なぜかその言葉は先程の言葉と同じように感じられて、知らず不安をシュウは口にした。


「地に満ちる魔力はたいしたことはないだろ? それよりも転移の儀式を使ってくれ。この本の方が危険だ」


 たしかに魔力爆発が起きた時は強力な魔力が身体を走り抜けていったが、終わってみれば少しだけ空気に混じる魔力が多い、その程度であったので納得しつつ、本へと注意を向ける。


「それは?」


 手に持つのは封印の護符で包まれた物だった。なんだろうと首を傾げると、スサノオはあっさりと教えてくれた。


「悪魔王の書だ。敵を倒していたら、主犯が持っていて偶然手に入ったんだ。これは危険すぎるものだからな。すぐに封印するために金庫に仕舞っておきたい」


 悪魔王の書は祓い師たちの間で有名すぎるほどに有名な魔道具だ。何しろ神聖力も魔力もない一般人でも扱える願いの書。人を陥れて不幸にする上に、周りへの影響も甚大だ。


 転移の法術は数十人の一流祓い師が揃って、ようやく使える。危険度も考えて、スサノオを先行させて日本の東京へと帰還させた。


「ありがとう。金庫の中は他にも多くの超一級の魔道具もあるし、こいつも封印されても、退屈しないのじゃろうて」


 光の中に消えていくスサノオのニヤリと嗤う姿に、シュウは酷く不安を覚えたのだった……。




 あれから全ては変わってしまった。祓い師の地位を上げるどころか、世界は人類は滅亡する寸前であった。


 ショッピングモールの2階にて、ホールのど真ん中に置かれているウルゴス像を見下ろしながらシュウは思う。


「水も出なくなったぞ!」

「電気に続いてよ!」

「た、食べ物は大丈夫なんだろうな?」


 多くの人々が役人に詰めかけていた。もはや、役人も当初の余裕は欠片もない。


「落ち着いてください! 救援はすぐに来るので! まだ食料もあります!」


 人々が詰めかけて、役人は喉が枯れんとばかりに叫んでいる。だが、その言葉に人々は納得しない。転げ落ちるように、事態は悪くなっているのだから当たり前だ。


 ショッピングモールの隅にはガラの悪い者達が集まっており、何やら話し込んでニヤニヤと嗤っている。


「ウルゴス神よ! 我らに救いを与え給え!」


 早くも数人がウルゴスの像に祈りを捧げている。祈れば、救われると考えているのだろうか。あれは邪悪なる者にしか見えなかったのに、それでも縋りたいのだろう。


「あなた、これからの方針を決めるために会議をするって」


「あぁ、すぐに行きます」


 妻の音羽が迎えに来たので、微笑み返し歩き出す。この先の方針を考える。どのような方針を高官は考えているのだろうか。


「パパ! 皆のためにも頑張るよ、バシバシ頑張っちゃうよ!」


 妻の横にいる娘が張り切って腕を曲げる。シュウは娘の音恩の頭を撫でながら、結界符を数枚剥がした自分のやったことは悪だったのだろうかと考える。


 だが、答えはでない。理性は大したことはしていないと判断し、感情はとんでもないことをしたと叫んでいる。


 だが、やったことと言えば、数枚の結界符を剥がしたのみなので、罪悪感は殆ど沸かなかった。


「ぬいぐるみ……」


「どうしたのパパ?」


「いや、なんでもありません」


 娘にぬいぐるみをプレゼントしたいと考えた心が悪いとは思えないのだ。


 他の祓い師たちも似たりよったりなのだろう。この秘密は永遠に隠されることになるだろうと考えて、シュウは作戦室へと向かうのであった。

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[一言] ここまで割りと一気読みしました。面白かったです。 読みやすいところ、物語に入っていきやすいところ、おっさんが少しかわいげがあるところがいいですねー。 更新が楽しみなお話が一つ増えました、あり…
[一言] 専門家を安月給でこき使ってたら、そりゃあ心が揺れますよね! でも色々我慢させてる娘にささやかでもプレゼントしたいって気持ちを吹き込むとは……まさに悪魔の囁き。 この人はどういうポジションに…
[一言] 赤信号皆で渡れば怖くない、と同じ理論ですな しかし実際は赤信号どころではなく、黄泉平坂の道を皆で開通したっていう… 個々人一人ひとり辺りになると分散され罪の意識が無いようですが、やってしまっ…
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