29話 プロローグが終わるのじゃ
数日後、出雲は公園にいた。ショッピングモールから、数キロ離れた場所である。小さい公園に周りは建て売りの住宅街、そして、徘徊するゾンビたち。ゾンビたちは俺を見ても、襲ってこない。ゾンビのメイクをしているので。
「ここを拠点にするのかの? そうか公園か。段ボールは何枚いるのじゃ? これから梅雨に入るからしっかりとした拠点は必要じゃぞ?」
うんうんと頷き、ニヤニヤと褐色小悪魔は笑う。にゃろー、小悪魔スマイルも可愛いが、意地が悪い。公園を拠点にするのはそういう意味に捉えられるからな。
周囲はゾンビのうめき声以外は極めて静かだ。感知にもゾンビ以外はいないと感じられる。問題は監視カメラだが……。
「電気通じなくなったな」
ため息混じりにポツリと呟く。
昨日、遂にショッピングモールの電灯が消えた。インフラが遂に崩壊し始めたのだ。避難民は大騒ぎとなった。餓鬼の被害もそれほどなく、団地を解放していたために、楽観的にこの厄災は終わるだろうと考えていた者たちも、ようやく命の危機が迫っているのかもと自衛隊員や役人に押し寄せて不安を口にしていた。
電気が使えなくなった。即ち、監視カメラも動かなくなったというわけ。ようやく俺は自由に行動できるようになったのだ。正直待ちくたびれたよ。
本当はこういう日が来ないことを祈っていたんだ。元の世界に戻れることをどこかで期待していた。でもそうじゃない。どうやら本気でサバイバルゲームをやらないといけないようだ。
「魔王を名乗る存在。膨大な魔力を持つ水晶。世界は魔界へと人類の愚かさから」
「そういうの良いから。いらんから」
もっともらしく語り始めようとする、騙り始めようとする悪魔王へと俺は冷たい声音で遮る。ん? と愛らしい顔で小首を傾げるリム。その顔はニマニマと嗤っている。
「光と闇……何でもいいや。お前の言うことは一部は真実が混ざっているが、他は嘘ばかりだ。そうじゃないか? 真実は核ミサイルが使われただけ。そうだろ? リム……お前は脚本家にはなれないね」
「ほう? なぜそうだと思うのじゃ?」
「悪魔王の話を信じることはできない。人間側にもなにが真実でなにが嘘かわかっている者はいないのでは? なぜ、魔王が生まれる? どうして魔力の籠もった水晶なんかがあるんだ? 純粋な魔力。悪魔なら誰でも吸収できるように造られた魔力の籠もった水晶がな。ここはゲームの世界じゃないんだぜ」
はぁ、とため息を吐いて、リムを見つめる。本気にならないといけないのなら、気になっていたことを伝えておこう。はっきりさせるわけじゃない。伝えるだけだ。俺の意思を。
「それにそもそも雑な話すぎる上に、なぜ部長はお前を持っていた? 戦いで手に入れたにしては変だ。どうやって会社に来た? 俺が会社にいなかったら、お前は誰の手に渡る予定だったんだ?」
ずっと気になっていたのだ。陳腐なテンプレストーリー。バッドエンドにしても、捻りもなく素直すぎる。準備のできていた人間側、それを上回る力を見せる悪魔たち。しかし誰も彼もが予想外のことのように動きやがる。人間然り、魔王然り。計画的に動いていたにしては変だ。どうも、皆は誰かの手のひらで踊っている感じがひしひしとするんだよ。
「ふむ……。妾の契約者殿は用心深く思慮深い。本来はもう少し単純な思考の祓い師か、悪魔の手に渡る予定だったのじゃが……。まさか一般人に渡るとは思わなかったのじゃ。しかも想定外の願いにて妾の力を奪うとも思っていなかった」
俺とリムは公園の中で対峙する。二人は見つめ合い危険な空気が漂い始めた。
「聞きたいかの? 妾の言葉は証明できぬ。それが真実かどうかもわからぬじゃろうて。人間たちは環境保護団体の巻き起こした厄災とでも聞いておるかもしれぬ。真面目に信じている愚か者たち。真実は何処にあるのか、それでも聞きたいか? そうじゃな、この世界の次なる神を決める新たなる戦争とでも言えば良いかの?」
自らの身体を抱きしめて、艶かしくくねらせながら、からかうようにふざけた態度でリムは妖しく微笑む。
そうなのだ。悪魔王の言葉はまったく信用できない。部長が生きていてもそうだろう。人間側も真実を知っているとは到底思えない。なぜならば準備がお粗末すぎるからだ。魔王に対抗するにしては、その力が脆弱すぎるしな。
全てを知っている者は、悪魔王であり、真実を語らないことは間違いない。短い付き合いで、コイツが単に面白がっているだけだと理解しているからだ。
「神はいない。悪魔もいない。さて、となれば、それも嘘だな」
前にリムは言っていた。悪魔たちは全て魔道具だと。便宜上悪魔と言っているが、本当はそんな存在はいないのだ。リムの話を信じるならだけど。
「嘘ならどうする?」
じっと俺を見つめてくるリム。その瞳には昏き深淵が宿っているかのようだ。ふむ、嘘ならどうするか、か。
「改めて考えるに」
「考えるに?」
「どうもしない。とりあえずは拠点を作って安全を確保だな」
肩をすくめて答えてやると、拍子抜けしたようにその昏き印象が霧散するリム。
「なんじゃ、ここはいつかお前の企みを暴いてみせる! ドドーンとかなるんではないかの?」
拍子抜けしたように、口を尖らせて両手を掲げる小悪魔。その唇を摘んで笑ってやる。
「俺は平穏無事に過ごしたい。リムの裏話を聞いて悩むのは面倒なんだ。もうおっさんは難しい話とかしたくないんだよ」
うりゃと唇を引っ張りながら、目をスウッと細めると、冷えた声音で告げる。
「どうやら平穏無事に暮らすには地固めが必要みたいだからな。乗ってやるよ、お前の目論見とやらに。いや、俺だけはイレギュラーなのか? 何でも良い。とりあえずはできることをする。俺もゲーム世代だから、チートな力を持てば年甲斐もなくワクワクしちまうし」
唇を離してやると、くるりと振り返り公園の中央に行く。小さな公園だ。拠点にしても大魔王には狭すぎる。だが問題はない。ホウショクが術を教えてくれたのだ。
「検証と実践。知識の積み重ね、情報を集めて、この世界を生きてゆく」
神聖力を公園に流し込む。
「さぁ、堕ちたる神にして大魔王ウルゴスの居城の出現の時だ」
『奇跡:白亜の城と広大なる庭建設:交換ポイント100万ポイント』
耐性の無い物質は神聖力や魔力に弱い。砂のように扱える。粘土のように形を変えられるのだ。
奇跡により、半径500メートルが更地へと変わってゆく。コンクリート製のビルも、新築の一戸建ても、老舗の呉服問屋も、サラサラと砂のように崩れていき、何もかもが消えていった。膨大なる神聖力にゾンビも巻き込まれて灰となって風に吹かれる。
その後に高さ100メートルある白亜の城が地面から浮き上がるように出現する。優美な造形のお伽噺のような美しい城だ。周りには水晶でできた草木と、大理石の石畳。くるりと城を囲む3メートル程度の壁。
ほんの数分で、元から存在していたかのように、華美な城が目の前に建てられた。全ての人が見惚れるだろう美しい城と庭園。清らかなる神の城。ただし、防衛をまったく考慮していない城である。
「なんじゃ、華美な作りではあるが、耐性がないぞ? これでは魔法に耐えられぬ」
「良いんだよ、ハリボテで。ポイントは有効に使いたい。余裕ができたら補強するつもりだし、自宅は強固にするしな」
手をひらひらと振りながら答える。こんな馬鹿でかい城全体に魔法耐性を付与したらとんでもないポイントがかかるに決まっている。
「ハリボテ?」
コテンと不思議そうにリムは首を傾げるので、ニヤリと笑ってやる。
「あぁ、俺は自分が利用されるのは嫌いなんだ。普通の考えだとは思うけどね。こんな世界になったんだ。自由に生きたいし、面白おかしく怠惰に暮らしたい。でも身バレは嫌だから、ダミーとしてこの城を作ったんだ。立派な城に大魔王が住んでいます。どうぞ勇者はこの城を狙ってくださいってな」
利用されない方法の一つ。身バレを防ぐのだ。正体がバレたら、利用しようと人々は押し寄せるだろうから。それに矢面に立つのに、この城はちょうど良い。
「他の魔王が攻めるとなれば、たしかにここじゃろうて。あの餓鬼王でも簡単に忍び込めるかの」
「だろうな。それで良いのだ。だって兵力が俺とリムだけだぞ? 毎日徹夜して城を王様が警備するわけにもいかないし、最初から陥落しても良い城を造った。兵力が集まるまで、耐えられれば改修する。耐えられなければ、そのままゴミとなる」
ここまでド派手な城だ。まさかダミーだとは思うまい。攻めてきたら、そのままにして、敵の頭を俺たちで直接狙う作戦である。その場合は避難所も壊滅しちゃうだろうけど、どう考えても、リスクを取るしかないんだ。弱い兵士を創造して、数だけで守るとジリ貧になるだろうし。
「戦略シミュレーションゲームで、俺は三国に完全に分裂しているストーリーで、何回も新勢力としてたった一つの城から大陸統一を成したことがある」
「新勢力って、どうせステータスが優秀な奴らばかり作ったのじゃろ? ………そうか、そういうことなのかの。そなたは他の悪魔と違って、多種多様な眷属を自由に作れるからか」
リムは俺の言いたいことを、すぐに理解したらしい。見た目は小悪魔なのに、頭の回る娘だこと。
「当然平均能力値90以上だ。でもな、兵力も人口も最低でそれだけじゃ勝てないんだ。悠長に内政なんぞやってたら、敵はすぐに兵力を整えて、手出しができなくなるからな」
初期兵力と資金のままじゃあっという間に尽きるんだ。ならばどうするかというわけだが
「ゲームと同じだ。まずは攻めて攻めて攻めまくる。関東北東を支配地にしても、地脈は残っているし、悪魔たちもいるんだろう?」
「そこまではわからぬ。千里眼を使えないのでの。だがそのとおりじゃ。北東部には悪魔たちがいるじゃろうて。小魔王もいるはずじゃ」
「だろうな。水晶がそこかしこにあるとは思えないが、最低地脈に一つ仕掛けてあると推測している。いや、仕掛けてなくとも、対応するように近くに水晶は転がっているだろう?」
「その可能性は高い。魔力爆発は世界を魔力で覆うことになったが、かなりの量が地脈に染み込み、結局のところ水晶のような形となってしまったからの。魔王水晶。きっと悪魔たちはそう呼んでいるじゃろうて。今頃血眼になって探している者もいるはずじゃ、妾の契約者殿?」
クスクスと可愛く笑う悪魔王。やっぱり知っていたのか。そして、悪魔たちの中でもその水晶を元から知っている奴もいると。恐らくはリムと組んでいたか、情報を予め得ていた悪魔たちだ。
となると、俄然高レベルの魔道具は核ミサイルの魔力爆発の影響を受けなかったとの話も信憑性が無くなる。影響は受けたんだろう。たぶん……出力の問題を解決するような形ではなかろうか。
祓い師たちはチョロチョロと節約している蛇口の如き弱い神聖力しか扱えない。そのしょぼい力で悪魔たちに対抗していたのだとすると、悪魔たちも元々は出力が弱かったのだ。それは真実のはず。そして、魔界化した世界では弱くとも持てる魔力を100%扱える悪魔たちが生まれた。元々の強大な力を内包していたが、エンジンがしょぼかった悪魔たちはどうするのかという話だ。まさか諦めることはするまい。
その制限が外されそうになっているとしたら、かなりまずいことになるだろう。全てが嘘である可能性があり、なにが真実かはわからないけどね。
「しかし悪魔たちもそれぞれ魔王を名乗っているはずだ。何しろひ弱な餓鬼すら魔王となっていたんだからな。簡単には集められないだろ?」
「世は戦国時代。群雄割拠の世界となっているかもしれぬな」
「胡散臭い肯定ありがとう。だが、俺はそれを前提に戦略を立てるしかない。とりあえずは支配地の完全な制圧だ」
弱いところから制圧していく。俺はひ弱なおっさんだしね。
「で、本当の城は何処に作るのじゃ?」
「作らない。避難所に住むつもりだ」
「強固な自宅を作るんでは?」
「強固な自宅を作るのに、この程度のポイントじゃ足りないんだ。まずは自己強化しないと話にならないしな。きっとスタートダッシュしている悪魔もいるだろうし」
どうかの、とリムはそっぽを向いて口笛を吹く。テンプレな誤魔化し方だが、真実ではあるのだろう。だから自宅は作らない。もう少しパワーアップしてからだ。攻められたら終わりだ。これは賭けである。
「なので、ここは人間たちに守ってもらおう。俺の良いところは支援に人間が使えるところなんだぜ」
「悪魔たちは神聖力は逆立ちしても使えんからの。信用される担保はあると」
「ウルゴスは良いキャラだよね」
上手く戦力を向けてもらえば、非常に助かる。悪魔たちも強いけど、支援ぐらいにはなるだろ。
「都心は諦めて、最初は郊外からだ。さて、では行くとするか」
最初は小さいところを潰していこう。強くなるために。
そうして出雲とリムはふらりとこの場を離れるのであった。




