26話 太り過ぎは要注意だ
出雲は魔王ホウショクの腹にブローを叩き込んだ。既に大天使薬は飲んであるので、その力は多少硬い敵でもあっさりと砕けるステータスだ。
ミシリと音がして、ホウショクの風船のような腹がへこむ、と思いきや出雲の腕がミシリと鳴り、鈍い痛みが返ってきた。拳の骨にヒビが入ったかもしれない。
「む?」
硬い。まるで鉄の塊を殴ったようだと俺は眉を顰める。だが、そのまま踏み込む足に力を込めて、押し出すように腹を殴っている拳を突き出す。
「う、おおぉぉ?」
「ふんっ!」
俺が懐に入ったことに動揺したが、すぐに余裕を表すようにニヤリと嗤っていたホウショク。しかし俺が相手の予想外の怪力を持ち、ホウショクが硬いとわかっていても、さらに力を込めてきたのに、驚愕の表情となる。歯を食いしばって、全力にて拳に力を込めると、俺は驚くホウショクを殴り飛ばした。
ショッピングモールの床を砕きながらガコンガコンと金属が転がるような音を立てる。漆黒肌の餓鬼の身体は金属製らしい。一見すると肉に見えて、金属なわけだ。
対する俺は見かけは金属製。中身は普通の肉体だ。対照的だなと苦笑してしまう。変装スキルとウルゴス変装専用の腕輪により、俺の体は金属製にしか見えない。
しかも今の攻撃により、骨にヒビが入ったのか痛みがあるが、変装した腕は金属製の腕が少し歪んでいるように見える。変装スキルって、スキルというだけはある。凝り過ぎだよ。物理法則を超えたシステムって、本当に凄いね。
「グエッ」
床を勢いよく転がり壁に激突し、その身体をめり込ませたホウショクはうめき声をあげる。壁が砕けて、パラパラとコンクリート片が散らばる中で、のっそりと立ち上がり、俺を怒りの形相で睨んできた。だいぶ怒っているぽい。
「てめえも元は魔道具だろ。魂を喰って悪魔になったな、このやろう!」
「我は人に造られし機械仕掛けの神にして大魔王なり」
「このロボット野郎が! 元はブリキの玩具あたりだろ!」
へへへとゲスな笑みを浮かべてからかってくるホウショク。
「だが、吾輩の身体は喰らった物の力をものにできる『物質同化』を持つ。さっき神具を守っていた特殊合金を食ってな。あらゆる攻撃は通じないのだ。格好は貴様の方が良いが、強さは吾輩の方が上だ! その腕は早くも壊れそうではないか」
ゲハハハと高笑いをあげて、俺へとさらに侮蔑の言葉を吐いてくる。たしかに傷一つ負っていなさそうだ。何というチート能力持ち。さすがは魔王ということころか。まぁ、穴はありそうだけどね。
『説明しよう。天神出雲は神造魔神である。魔物と戦う際には段ボール金属の鎧に身を固めて、た、た、ブハハハなのじゃ』
思念にて口を挟んでくるリム。よくある特撮ヒーローものの説明をしてきたが、途中で笑いを堪えることができなかった模様。ゲラゲラとどこかに隠れながら爆笑してきた。不可視モードは本当にどこにいるのかわからないから、極めてたちが悪い。
『正体を知っている第三者目線止めてくれる? いい歳したおっさんが段ボールに身を包んでのヒーローゴッコとか哀しくなるだろ』
絶対に正体はバレないようにしないといけない理由ができた出雲である。バレたら、周りからあの歳でヒーローゴッコをしていたのよと、ひそひそ話をされるだろう。その場合は、自分探しの旅に出る予定です。
『大怪我した時も、その変装はどのような形になるのか楽しみじゃ。出雲の姿に戻ったら、きっとやんややんやの大喝采間違いなしかの』
『そろそろ真面目にやってくれ。ホウショクはからかっても、動じないと思って、戦闘態勢になるぞ』
まずは心理戦からということなのか、このブリキ人形め、感情もないんだろ、機械の身体で飯は食えるのかとか、からかってくるホウショク。だが、そんなことよりも二重の意味で正体バレが恐ろしいおっさんは、まったく反応しなかったので、諦めて身構えていた。
『分かったのじゃ。悪魔王アーイ! ピキーン! 奴の名前は魔王『ホウショク』。餓鬼の王にして硬度20合金パワーで、身体を金属化しておる。初心者のよくやるミスかの』
『よくやるミス?』
なんのこっちゃと、俺は首を傾げる。硬そうだし、強そうだぜ。苦戦しそうな敵に見えるんだけど?
『こやつは喰われた際の人間の時の記憶が強いようじゃ。そのために馬鹿なことをしとる。記憶に引きずられすぎで、普通の悪魔ならやらないことをしとる』
『ふむ?』
真面目な声音になり、蔑みの感情を籠めて悪魔王は教えてくる。
『魔力抵抗を考えずに物理防御力に魔力をほとんど注ぎ込んでおるのじゃ。物理、銃撃耐性ありで、他は脆弱なのじゃよ。弱点を突けばずっと出雲のターンじゃぞ』
『ゲームのような説明ありがとう。なるほど、物理的に硬い敵はゲームではどう倒すかというパターンだな。ということはだ、法力が使える場合、どうなるかか』
ホウショクを冷ややかな視線で見つめて、手のひらを翳す。
「ちっ。どうやらブリキ人形にほとんどなっちまったようだな、哀れな奴。魔法を使うのか? 効かねぇよ、散々祓い師から法力を喰らったがビクともしないんだ。ゲハハハ」
その身体は焼けただれているが、他にはダメージはない。ちらりと壊れた天井を見ると、様子を見ているのか、祓い師たちの姿がある。
たしかに祓い師の攻撃は通じなかったのだろうが、どうだろうな。
『水矢』
翳した手のひらの前に水が生まれて、矢の形となる。俺は軽く手を振ると、法力の水矢を放った。水矢はメジャーリーガーの投げるボールよりも速くホウショクへと向かう。
余裕の態度でホウショクは風船のような腹を突き出して回避する様子を微塵も見せない。
「そんな攻撃が通じゲッハァ!」
腹に命中し、再びホウショクはゴロゴロと転がる。矢の形をしているが、ただの水だとでも思っていたのだろう。間抜けな声をあげて、転がった。
「なるほど。神聖力抵抗値が無いのか」
どうしてゲームでは硬い敵には魔法で攻撃するとダメージを入れられるのかが判明したなと、俺はウンウンと頷いた。
「ば、馬鹿な! 俺の腹が抉れている! なんでだ? どうしてだ?」
よろよろとよろけてかながら立ち上がったホウショクであるが金属製の胴体は、ゼリーをスプーンで掬ったかのように抉れていた。驚愕と動揺、そして恐怖のないまぜになった声をあげるホウショク。気持ちはわかる。物理法則があった人間界では、特殊合金というだけあって硬いし、熱などあらゆる攻撃に耐性を持っていたんだろうな。
だが、あほだろこいつ。
「そなたはどうやってその合金を喰ったのだ?」
「はぁ? そりゃ、魔力抵抗もできない物だから、魔力を込めた吾輩の牙で………。あぁァァ! いや、だって祓い師の攻撃は通じなかったんだぞ?」
「哀れな。人間はその力が元々弱いのだ。そなたの低い魔力抵抗値でも防げる程度のものだったのだ」
序盤の町で売っているブーメランを伝説の武器扱いする人間たちである。さすがに魔王と呼ばれる悪魔なら、その程度の神聖力では通じなかっただけだ。
現に神聖力30の低い値の神の光でダメージを受けているし。俺の神聖力は今は200。その6倍以上の攻撃力を持っているのだからして。
「そ、そんな……。魔法耐性は別枠だったのか」
人間としての記憶が強いのか、ゲーム脳なのか、すぐに状況を理解したのだろうホウショクは、俺から少し後退る。なるほど、悪魔としての本能が強ければやらないステ振りということなのだろう。納得したよ。……でも、俺も物理防御力高めなんだけど?
『妾の契約者は元より神聖力の塊。その防御力はそこの魔王などよりも遥かに硬い。神聖力は100%の防御力にさらに耐性をつけて、ダメージ減衰が加わるといった感じじゃな。普通の悪魔は皆そうしとる。他の属性耐性を下げた分、他の耐性を上げるとああなるのじゃ』
『そりゃ良かった。やはり検証は必要なのね』
安堵しながら、ホウショクへと向き直り手を翳す。
『水矢』
「ぐへ」
水鉄砲を受けたように見えて、その威力は強大だ。ホウショクは再び吹き飛ばされる。
『水矢』
『水矢』
「ぶげっ、ゴハッ」
バッタンバッタンと吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がるホウショク。太っているというか餓鬼の身体は太っているので、ボーリングのボールみたいに転がっている。魔王なのに無様である。その姿はまるでチュートリアルのやられ役だ。初めて戦った悪魔よりも弱いかもしれない。というか、ステータスは高いかもしれないが、たぶんリビングアーマーの方が強い。
弱点ありすぎな魔王である。せめて物理反射でも無ければ、他属性全てが脆弱などありえない。これは弱いな………。でもマナが残り5になったな……困ったぞ。やっぱりボス戦にソロで挑むのは止めたほうが良いね。
俺の攻撃が止まったために、身体の各所が抉れた餓鬼王は、それでも驚異的な体力を持っているようで、よろけながらも立ち上がる。
「ぐ、は、も、もう法術は使わねぇのか? ヘヘッ、マナが尽きたんだろ? そうだよな、そうだよな! 耐久力を高めりゃ、相手のマナが尽きるまで耐えられる。そうしたらあとは俺のターン! ゲハハハ」
俺が法術を撃つのを止めたために、状況を理解したのか、ニヤニヤと嗤いながら俺を見てくる。ゲーマー脳なんだろう。
周りの人々はまだ状況を理解していないのか、ホウショクに圧倒的な力を見せている出雲ことウルゴスが勝つだろうと逃げていない。天井から覗いている祓い師はどうしようか迷っているな。狐のぬいぐるみを抱えた幼女がふんすふんすと眺めてもいた。
「さて、吾輩のターンだ、このブリキ野郎」
ニヤニヤと勝利を確信して、俺へと余裕の態度で歩き始める。でも、周りの期待にも答えないとな。
「悪魔は内臓を持たないのか。それに時折悪魔の本能に支配される」
こいつ、性格が時折暴力系になるんだよな。二重人格な感じだ。それに腹を抉ったり、顔が削れているのに、内臓が見えない。単に肉が詰まっているだけのようだ。悪魔の生態系ということだな。
『時間を置いたら、じわじわと悪魔の本能に支配される。まぁ、魂を喰われた人間の末路は決まっておる。さて、妾も参戦しようかの?』
『いや、少し待ってくれ』
ふふんとリムの得意気な思念が送られてくる。神聖力が100のリムだ。参戦すればすぐに方がつくだろうが……。それは俺が困る。圧倒的な力を見せないといけないので。
「吾輩のターン!」
『引っ掻き!』
俺の目の前まで近づいたホウショク。3メートルの背丈のために、上から見下す態度で、腕を振り上げる。
その手から伸びる剣のような爪に魔力を籠めて振り上げてくる。その爪には血のように赤黒い魔力を纏わせて振り下ろす。空間に赤黒いオーラを残して出雲を襲う。
5本の爪が切り裂かんと迫る。出雲は腰を屈めて地を這うように踏み込む。ぎりぎりで5本の爪の下をくぐり抜けると、横を通り過ぎて、左足を支点にクルリと回転して肘打ちを喰らわす。
「ご、が?」
ホウショクはその攻撃を余裕で受け止められると思っていた。だがベコンと大きくその胴体はへこみ、フラフラと後退る。
「な、なん?」
「検証だ。今度はしっかりと力を込めさせてもらった」
信じられないと、表情で教えてきながら聞いてくるが、当たり前だ。今度は体を巡る神聖力を放つように殴ったからな。
「物理耐性では駄目なのだ。さて、君には色々教えられた。ありがとう」
たくさんの知識を得ることができたよ。正直助かった。
「耐久力以外は雑魚同然。サラバだ、魔王ホウショクよ」
「はは……へへ……だが法術よりはダメージは少ねえ。ここからが本番だぜ」
「次は物理耐性。さて、ゲームのように本当にいかなる物理攻撃も効かないのか試させて貰おう」
気合いを入れ直して、未だに諦めないホウショク。ナイスガッツだ。
では検証を続けようかね。
『のう、出雲よ。傍から見るとそなたは特撮ヒーローみたいになっとるぞ』
『流してくれ』
余計なことを言わないでくれます? リムさんや。俺も少し気にしているんだからさ。




