25話 ハッタリは必要なのじゃな
堕ちたる神にして大魔王であるウルゴスこと、変装している怠惰にして用心深いおっさんである出雲がホウショクと戦闘になる少し前の話である。
ショッピングモールの人気のないカメラもない通路の陰で、どんな姿に変装をしようかと悩んでいた。
「なぁ、どんな姿に変装したら良いと思う? 俺としては白い頭巾をかぶった男が良いと思うんだけど」
おっさんは自分が生まれてもいない頃のネタを口にする。白い頭巾をかぶった忍者が良いんじゃねと。
「その古すぎるネタには妾もついていけないのじゃ。そうじゃな、トドとか粗大ごみ系統の付喪神が良いのではないか?」
「スクラップを操る男か……なんかかっこいいな。四天王最後の男みたいで」
岩男と戦ったり、赤ん坊を助けに来た主人公と戦うために、スクラップを体に身に着けたりするのだ。結構かっこいいよなと、ニヤニヤと出雲は笑う。スクラップは身に着けないで、普通に戦った方が強いとは思うが。
「もう少し別のリアクションをしてくれ。つまらないのじゃ」
からかうリムの言葉を本気にとって出雲は考え込む。絶対に自分とはバレない変装が良い。今の姿に似てはいるがかけ離れた存在。俺が正体だと誰にも思われない変装が良い。
「となるとだ、奇跡ポイントをあまり使わないで………な、なんだ?」
ショッピングモールを突如として地下から噴き出してきた魔力が覆ってきたのだ。闇が建物を覆い、なにが起こったのかと動揺する中で、全てあっさりと出雲は吸収してしまう。
「おぉ……驚く間もなく、消えちゃったよ。魔力を吸収したよ?」
本来はなにか異変が起きるはずだったのに、壊れた掃除機のように魔力を吸収してしまい、慌てて手をあげたポーズで固まる出雲。少し恥ずかしくなり、咳をゴホンゴホンとして誤魔化そうとしていた。地震だと一人だけ会社で慌てたら震度1だった時と同じであった。
誤魔化しつつ、なぜかはわからないが、地下から原油の如く魔力が噴き出してきて、おっさんは思いがけないボーナスを貰ったことをモニターで確認できた。
『奇跡ポイント:160万ポイント取得』
「なんか、いきなりポイントが手に入ったぞ! 日頃の行いのおかげか?」
これも俺が善人だからだよねと、出雲は宣うが、たしかに禍々しい魔力を吸収するのだから、真っ黒な性格のおっさんにはふさわしいかもしれない。
大量のポイントに喜びの小躍りをしたおっさんだが、おっさんの小躍りは見る価値がないのでスルーしつつ、リムがなんの魔力かを推測して教えてくれた。
「この純粋な魔力は見覚えがあるぞ。あれじゃな、核ミサイルの儀式魔法の残滓じゃ。たぶん膨大な魔力を内包した水晶にでもなったのじゃろ。恐らくは地脈に設置して、その力を魔物が引き出して我が物としたのであろうよ」
さすがは悪魔王。あっという間に今の出来事を推測できたらしい。一瞬しか考えなかったので、最初からこのような事態になると知っていたのではないかと疑うほどに怪しいレベルである。
「地下の魔物らしき魔力も、一気にパワーアップしたっぽいな。ふーん」
なるほどねぇと、出雲は頷きつつ地下の魔物が急激に強くなったことを感知して考え込んだ。現状で自分の正体を隠す方法を。ポイントたくさん手に入ったので。リムは怪しいが元から怪しいので、ツッコむのは止めた。面倒くさい内容はとりあえずスルーすることにしたのだ。忍法おっさん聞きたくないことは聞かないでゴザルの術です。
それが堕ちたる神にして、大魔王ウルゴス。ちょっと設定がありがちな捻りのないボスである。ありがちではあるが、中の人が平凡なおっさんなのが少し違うところであろうか。でも、可愛らしいネズミのマスコットの中身もその可能性はあるので、ウルゴスの中身がおっさんでも問題ではないと出雲は気にしない。
「よし、それじゃ一気に使うぞ」
腕まくりをして、出雲は宙に浮くモニターに指を伸ばす。
「どのように使うか、期待しているぞ契約者殿」
ニヤニヤと笑いながら、リムが背中にピッタリと張り付いて、覗いてくる。ムニュリとした柔らかな感じがグッドだなと思いながら、真面目な表情となり出雲は素早く押下し始める。
そして、湯水の如く奇跡ポイントを消費したのだ。消費することにまったく躊躇いのないおっさん。その名は出雲。
取得したのはこんな感じである。
『交換ポイント10万:ウルゴス変装の腕輪。デウスオブマキナに変装できる。ハリボテなので防御力は段ボールレベル。ウルゴス時のみ、変装スキルに大補正』
『交換ポイント10万ポイント:固有スキル:虚実半鏡。神聖力を魔力に見せる偽りのスキル。純真な者には通じない』
『交換ポイント60万:念話スキルレベル2。500メートル内の者に念話を可能とする』
『交換ポイント10万:固有スキル:眷属念話。眷属と距離は関係なく念話可能』
『交換ポイント10万:固有スキル:降臨エフェクト。光の柱を生み出し、降臨したっぽいエフェクトを作る。柱の色は自由』
『交換ポイント10万:固有スキル:BGM。微かにどこからか聞こえるような音楽を奏でる』
『交換ポイント10万:神の光水晶。攻撃力30ダメージを1キロ圏内の全ての悪魔に与える。また、人間は15ポイント体力を治癒する。使い捨て』
『交換ポイント10万:浮遊レベル1。地上から1メートルだけ浮くことができる。1分に1のマナを消費する』
『交換ポイント10万:神様ポーチレベル1。奇跡にて創り出した物を10キロまで亜空間に格納可能』
降臨エフェクトとBGMスキルは楽しそうと宣うリムへと付けた。そして、出雲のスキルはこうなった。
天神出雲
体力:50→100
マナ:20
筋力:100
器用:100
敏捷:50
精神:20
神聖力:20→50
固有スキル:魔力吸収、魔力反転、奇跡、器の成長、神聖力適性、受肉、虚実半鏡、眷属念話
スキル:魔力感知3、神聖力感知3、気配感知1、隠蔽3、隠れ身3、変装3、格闘2、短剣術2、氷術2、水術2、念話2、浮遊1、神様ポーチ1
リム
体力:20→50
マナ:30
筋力:10→20
器用:20
敏捷:10
精神:20
神聖力:30→100
固有スキル:浮遊、不可視、降臨エフェクト、BGM
スキル:符術2
一撃死を恐れて、出雲もリムも体力を上げて、神聖力による攻撃力と魔法抵抗力もアップ。そして、最後に手に入れたのがこれだ。
『交換ポイント10万:大天使薬。ステータスを全て200にする。効果時間10分』
大天使。最高の天使階級に聞こえるが、実は9階級の天使の階級の中で、最低の天使の上。即ち最低レベルより1段階上の階級である。
「これで万全の準備ができたな」
良い仕事をしたぜと、額の汗を拭い満足する出雲。リムはそんな出雲を信じられない様子で凝視する。
「まさか全てを使い切るとは、お主安全マージンは取る気は無いのか? もうポーションも交換できんぞ? 手持ちのポーションは一個もないのじゃぞ?」
「わかってないなリム。ポイントってのは、序盤はどんどん使った方が良いんだよ。勿体ないとケチると、結局ボス戦とかで苦労する羽目になるんだよな。符で回復役と支援役は任せたから」
「ゲーム脳じゃのう。万が一を考えぬのだな?」
ジト目となり、背中に張り付いているリムがよじ登り俺の肩へと小さな牙を覗かせて、顔を乗せてくる。小悪魔の頭を撫でてやりながら、冷静に答えてやる。
「地下の魔力は膨大だ。魔物は強力になっているし、なによりもだ」
「なによりも?」
「今回は圧倒的な力を見せて、敵を倒さないといけないんだ。人間がウルゴスを頼りにしたいと思うぐらいにな。祓い師でもなんとかなりそうだと思われるレベルの強さじゃ駄目だ。こいつがいないと生き残れない。そんな力を見せつけないとな」
口端を皮肉げに上げつつ、俺はウルゴスとして変装した場合のことを予想する。悪魔を倒しても、ぎりぎりの戦いとかだと、ウルゴスなんかいなくても良いだろうと思われて、人間たちが殺そうとしてくるパターンがあると思うんだ。だって見た目は悪魔だしな。危険な悪魔は倒しておこうと思われるのが一番困る。
さりとて人間の姿で戦えば、こき使われる未来は想像できちゃう。力ある者の義務だとか言ってな。嘘付け、そんな義務はねーんだよと、漫画でその言葉を主人公に言うヒロインとかを見るたびに嫌だったんだ。じゃあ弱者の義務はなんだよと聞きたいところだ。人ってのは、集団を作れば強者を虐めることのできる弱者になれるんだぞと言いたい。
義務じゃないんだ。人の良心の問題なんだよ。それを義務とか言ったら、戦っている善人の主人公が可哀想だ。でも、人間って義務という言葉で押し付けようとするんだよね。
なので、押し付けられない存在を考えた。堕ちたる神にして、大魔王ウルゴスだ。義務として戦いを押し付けようとすれば、悪意となって大魔王になっちゃうぞと、牽制すれば人間はウルゴスをこき使おうとするのを躊躇うはず。あとは人間に殺されなければ問題なし。
「うぅ〜む……酷い人間不信と言いたいところじゃが……じゃよなぁ。お主の言うとおり。人間に変装するとそうなるじゃろうの。特に政治家とか善人気取りの声の大きい者がこき使おうとするじゃろうて」
苦笑するリムの頭を乱暴にワシャワシャと撫でながら頷き返してやる。そうだろう? 普通に考えてろくな未来が待ってないよな?
「というわけで、俺の考えた『こき使われないウルゴス君』作戦を発動させたいと思います」
人差し指を振りながら、フフンと鼻を鳴らすと、リムも面白そうな表情となる。
「良いじゃろう。それじゃ妾にエフェクトとBGMは任せるが良い。大丈夫、これまで神様降臨詐欺はたくさんやってきたからの。皆は騙されること間違いなしじゃ」
ブルンと胸を震わせて、リムはむふふと自身のスキルを確認する。もっとエフェクトが欲しいのぅと、少し不満だが、それはこの先の話じゃなと。
そうして、堕ちたる神にして大魔王のウルゴスは生まれた。人類を救いつつも、神として存在を確定させるか、大魔王として魔界を創るかわからない天秤の存在。神聖力と魔力を併せ持ち、未だに生まれたばかりなので、力も強くない。だが、人間はこれからの悪魔との戦いにて頼らざるを得ない。そんな存在。
実際はおっさんが変装しているだけの、なんちゃって悪魔。おっさん魔神ウルゴス君の爆誕である。
これがうまくいけば、遠慮なく悪魔を退治できるだろうし、奇跡ポイントを貯められるよなと、出雲はほくそ笑むのであった。
普通は生き残るために戦闘にポイントを使うだろうに、おっさんは多くの奇跡ポイントを自分の正体がバレないようにするためだけに費やしたのだった。そのことが人間不信である証明にも思えるが、説得力がありすぎて、今のところ出雲の性格をリムは読みきれなかった。
そうして、時間はホウショクとの戦いに戻る。