20話 人間も厄介だ
作戦室にいた人々は立ち去り、紫煙たちだけとなった。紫煙は適当に椅子に座り、音恩が母親の膝の上に乗り鼻歌を歌い嬉しそうだ。さすがは自称16歳。本当の歳は11歳の音恩である。いつもは戦闘で仲間に舐められないために16歳だと偽りを口にしているが、嘘なのはアホでもわかるだろう。
スエルタは壁に寄りかかり、天華は難しそうな表情で腕組みをしている。
シュウはにこやかな笑みを浮かべて、紫煙たちを見渡す。仕事でいない祓い師を抜かせば、この拠点にいる祓い師全員だ。20名程の数である。既になにが起こったのかをシュウは説明済みだ。
「というわけで、ウランは無くなり核ミサイルも消失した。世界は平和な世界となったわけです」
「それって、核ミサイルを無くそうとする勢力に良いように使われたってことではないのですか?」
天華が話を聞き、しかめっ面をしている。どう考えてもおかしい話だと気づいたのだ。
準備万端の政府、世界が崩壊するならミサイルでも撃ちこめば良かったのに、アニメのように最終決戦を祓い師と魔法使いで行ったこと。どう考えても、不自然な流れである。
「そのとおりだね。どうやら、上手く根回しをした人間がいるようだ。我々と相手側、各国の政府に政財界の重鎮を誰にも気づかれずに誘導した人間がいた。核ミサイル反対派の人のようだ」
「そんな奴がいるとはねぇ。それで核ミサイルを消失させる方法を魔法使いにとらせたと。そんな奴がいるとはねぇ……」
紫煙はその裏話を後ろ手にして、椅子を揺らしながら、迷惑な話だと顔を歪める。
「………なんのことはない。世界平和を目指した者だったということ。でも、そんな能力者がいた?」
そんな能力者がいたら組織は見逃すはずはないと、フードをかぶり、腕組みをしたスエルタが首を傾げる。
「能力者ではないんだ、スエルタ君。彼は準備が終わった時に銃で自殺した、ちょっと過激な一般人だったんだよ。最前線にいた祓い師がカメラで映した映像を見ていたんだけど、最後に全てを話してくれたよ」
「一般人だって!」
「こんな大掛かりなことをしておいてか!」
「どうやって魔法を知ったんですか?」
周りの祓い師たちが、予想外のことにざわめき動揺する。恐らくは天才的な魔法使いがこんなことをしたのだと、皆が思っていたのだ。
「うん……世界を滅ぼす方法を教えることができる者。誰にも気づかれずに行動させること。あらゆる勢力に根回しができるほどに立ち回れる人。そんな人間はいないよ。彼は願ったんだ、核ミサイルを無くす方法を。世界を相手に立ち回ることができて、誰にも気づかれないようにする力を欲した」
シュウの説明に、ゴクリとつばを飲み込む音がする。そんなことができる力を持つモノは限られている。
「うん、彼は魔道具に願ったんだ。善悪の区別なく、人を助けることもできれば、破滅させることもできる悪魔王の書にね。自殺する寸前にそのことを伝えてきた。高笑いと共に平和な世界が来ることに感謝するようにと告げてね」
その言葉に周りが驚く中で、シュウは周りを見渡す。悪名高い悪魔王の書。魂と引き換えにいかなる願いも叶える恐ろしい魔道具だ。なんの知識もない人間でも扱えることが、何より恐ろしい世界で一番有名な魔道具である。悪魔王と言われる由縁である。
「しかし、魔力爆発が世界にどれだけの影響を与えるかは知らなかったようだ。精々、核ミサイル格納場所の周りにゾンビが沸く程度と聞いていたんだろう。そして、その威力を知っていた政府はこの事件における核ミサイルの撤廃。財界は多少の混乱から生まれたあとの復興における好景気。そして、増えすぎた人口の削減。考えただけでも、これだけのメリットがあったらしい」
「この騒ぎはすぐに収まるのですか?」
「あぁ、そのとおり。全ては仕組まれていたからね。各拠点は準備は万端だ。23区に一つずつ霊的拠点を用意して大規模な結界を発動させているから、今頃はゾンビの行動も抑えているだろうしね。ゾンビだって、もうこの地域には見ないだろう? 神具の力は魔を寄せ付けない。後はゾンビや悪魔を殲滅して終わりなんだ。自衛隊と祓い師が合同で戦えば一ヶ月もかからないだろうね」
自信ありげに語り終えるシュウの言葉に、皆はホッとした顔となる。世界が崩壊したと思っていたのだ。楽観的な空気が漂う中で紫煙はヘッと口元を歪める。
シュウは言わなかったことがある。それは祓い師のことだ。誰にも知られない裏のヒーローは命を賭けて、安月給で戦っていた。今回のことでゾンビや悪魔を退治すれば、否が応でも人々はその存在を知るだろう。今回の厄災により祓い師や魔法使いを世界に知らしめて、地位向上も目指したのだ。今後、落ちぶれていた祓い師の名門は、かつての暗闇を恐れ、天災を神のやることだと人々が信じていた頃の、昔の栄華を取り戻すに違いない。
なんのことはない。だから、核ミサイルを触媒とした魔法を防げなかったのだ。誰も本気で止める気はなかったというわけだ。最前線で戦って死んでいった祓い師が気の毒に思えて、紫煙は嫌な感情を持つ。
「その後は決戦だったんだけど、スサノオはどこだい? 彼は先に転移で帰したはずだ。悪魔王の書を持っていたんだけど封印したのかな?」
「悪魔王の書は消えましたよ。叔父さんが最期に願ったのが、悪魔王の書を滅ぼせる力だったんで。監視カメラで確認したので間違いないです」
あの保管場所で命を散らした叔父さんの冥福を紫煙は祈る。無駄死にでないことを祈って。
「! ………あの数千年の永き時を生きてきた悪魔王の書が?」
予想外のことだったのだろう。目を見開き、この話が始まって初めて動揺した姿をシュウは見せる。どうせ上手く使いこなそうとか考えていたに違いない。
「間違いない。あのビルは膨大な神聖力の力も跡に残っていた。完全に滅びた。あのビルに保管されていた魔道具も全て浄化された。スサノオの命をもって」
「そうか……彼らしいね。それならば仕方ない。私たちは作戦通りにいこう。既に魔力爆発での影響は算出済だ。私たち祓い師の力で人々を助けようじゃないか」
「おおっ!」
「了解です」
「ヒーローというわけですね」
皆は力の見せ所だと笑い合う。人々を助けるついでに、力を見せつけるんだろと、紫煙は内心で呟く。そんなことを目的にして、どれだけの被害が出たと思っているんだろうかと、忌々しく思う。だが、影で多くの祓い師が死んでいったことも知っている。報われていないから、今回の話に乗った祓い師も多かったに違いない。
シュウたちも、この話に乗ったのではなかろうか。彼らは祓い師としては名門でその力も強力だが、小さな神社を持っているだけだ。自分の家門も同様である。
魔法使いと違い、金儲けに神聖力は使えないので、ボロボロの神社を修復する金もない有様だったのだ。まぁ、積極的に今回の目論見に乗ったわけではあるまい。シュウたちは腹黒いが、それでも命を賭けて悪魔を祓う善人であるのだから。消極的な賛成といった感じだろう。
「パパ! 私、こんな凄い神具手に入れちゃった! 活躍できちゃうよ、スーパーヒーローになっちゃうよ!」
「こんな神具をどこで? 超一級品じゃないか」
「助けた人から貰ったの? 音恩は神様に愛されているのね」
先日助けたおっさんから貰った強力な神具、神楽鈴をシャンシャンと笑顔で振って、シュウと音羽が神楽鈴に宿る神聖力を見て驚いている。あの神楽鈴はかなりの強さだ。今後のゾンビ退治に役に立つ。
「………シュウ。貴方たちはここに来る前にゾンビと戦った?」
「ん? ここにはヘリで来たからね。その前は輸送機だし、ほとんど出会わなかったよ。ただ倒した感じでは、少し魔力が高かったかな?」
「そう……」
シュウはスエルタの言葉に少し考えて答える。少しではない。かなりの魔力の魔物となっていたが、シュウたちの持つ神具は超一級で、彼らの腕も超一級だ。あの程度ならば誤差なのだろう。
「音恩が無事か不安だったの。だから急いで帰ってきたのよ」
「キャア、くすぐったいよぉ〜」
音羽が、娘をぎゅうと抱きしめて、頬ずりする。音恩がキャッキャッと身をよじらせて嬉しそうに笑顔となる。
「なにか心配なことでもあるのかい? だが、自衛隊の掩護を受けながら戦えば大丈夫さ。悪魔は銃で倒し、ゾンビは私たちが祓う。なに、悪魔はそこまでいないだろう。算出された影響だと、一級の魔道具が悪魔化するだけらしい。本部は悪魔が多かったと言うが、それは超一級の魔道具を何十点も保管していたからだろ? 全体で言うと各地の動物園から猛獣が逃げ出した程度だろうね。それも銃の前には無意味さ」
鋼のような硬い皮膚と、岩を切り裂く鋭利な爪、そして豊富な魔力を持ち魔法を使う悪魔は、祓い師にとっては脅威だ。銃を持っていても数人程度ならば魔法なりで殺される。
しかし、10人の完全武装の兵士ならば簡単に倒せる。なんとなれば、鋼のような硬い皮膚は、徹甲弾で貫くことが可能だし、対戦車ライフルなら、その体を粉砕できるのだから。
今までの経験から、シュウは問題はないだろうと穏やかに微笑む。
「スエルタさん、なにか気になることでも?」
「んん……特にない」
顎に手をつけて、スエルタは多少口籠るがかぶりを振って答える。どうやらなにかが気になっているようだが、確証はないようだった。紫煙はその様子が気になったが、ミステリアスな少女はそれ以上何も言わなかった。
「さて、それじゃ私たちの最初の目的は制圧区域を増やすことだ。まずは多くの人々を助けるためにも、都心に結界を張っていこう」
「了解です!」
「腕がなりますね」
「俺たちの力を見せる時ですね」
皆が意気軒昂に叫びを挙げて、準備に取り掛かる。そうして、祓い師たちは、都心へと自衛隊と共に向かうのであった。
1週間経過しても、都心へと至る入口にすらも入れないことになるとは露とも思わず。
そして、空母がセイレーンの群れに襲われているとの通信を最後に、総理たちからの連絡が途絶えることになるとも思わずに。
この厄災はすぐに終わると信じて、皆は出発するのであった。
魔力爆発は仕掛けた本人や魔法使いすら予想できない威力であり、人口の3割が減るだろうと言われていたこの厄災は実際は9割は減るレベルであり……。
魔界と化したこの世界では悪魔たちは知性を持って活動をするとは、欠片も思っていなかったのであった。