2話 悪魔との取引はテンプレなのじゃ
地下に辿り着く。総務兼人事部の俺は地下には滅多にこない。美術品などの格納は営業などが行うからだ。外国の傭兵のように体格が良い傭兵であった。違った社員だった。特にうちは多国籍企業で、眉に傷がある金髪の強面、いつもくっちゃくっちゃとガムを噛んでいる黒人。筋肉隆々のアジア系と、多国籍企業であった。
変だとは薄々というか、濃々で怪しいとは思っていたんだ。たまにスーツの脇にホルスターとか吊り下げていたし。なんならチラリと玩具も見えたし。でも、ちょくちょく飲みに行ってたし、日本語も上手かったし、気の良い奴らだったんだ。なので、見てみぬふりをした。
だが、やはり裏はあったらしい。
「認識番号100095624」
壁に嵌められているモニターにカードを翳し、虹彩認証、音声認証、バイオリズム認証を部長が行うと、シェルター並みの分厚い金庫の扉がゴウンゴウンと開く。核ミサイルも通じなさそうな厳重さだ。
うん、美術品を仕舞うにも、少し厳重だなぁとは思ったんだ。でも、美術品は高価だし、これぐらいは普通なのかもしれないとも思っていたんだ。ルパンの孫とか、よくこんな感じの金庫を開けていたしさ。
「さぁ……はや……く。この、こ、この悪魔王の書を仕舞って扉を……」
震える声で部長は御札を取り出す。よくよく見ると御札ではなく、御札で厳重に雁字搦めにされた本のようだ。手帳ぐらいの大きさである。
部長はよろけながら金庫に入ろうとして、足を躓かせて倒れ込む。
「ちょ、ちょっと部長。死なないで欲しいのですが。警察に説明する時、なんと言えば良いんですか? ゾンビに襲われそうになって、倒しながら金庫に到達しましたが部長はゲームのゲストみたいに死んじゃいましたとか説明しろと? 第一発見者は疑われるんですよ?」
冗談であってくれと、部長の身体を揺するが、反応はなかった。限界だったのだろう。ここに来て扉が開いたことにより安心し、緊張の糸が切れて、命の糸も切れてしまったようである。
「死んじゃったか」
警察にどう説明すれば良いんだよと、俺は頭痛に襲われたように額を手で押さえる。参ったね、こりゃ。
部長の持つ本らしきものに視線を移す。なんかこれが厄災? とりあえず仕舞って扉を閉めれば良いのかなぁ。
「まぁ、部長の最後の言葉だ。言うとおりにしておくか」
御札に覆われた本を手に取り、金庫内に放り投げようとすると
『待て、人間よ』
脳内に誰かの声が聞こえてくる。禍々しい力を感じる声音だ。この本から聞こえてきたのだろう。なんというか、ありがちな展開である。おっさんをこの展開に巻き込んでほしくなかったよ。だが、仕方ない。話に乗ろう。
「待つよ。で?」
俺は床に座ると、御札をビリビリと破っていく。破れないかと思ったが、意外と簡単に破れて、漆黒の本が姿を現す。手触りからして、革のような感じだが、おどろおどろしい。
『へ? そこは、なんだ、どこから声がと慌てるところじゃないかのぅ?』
「俺にリアクションを求めないでくれ。そういうのはもっと若い奴にお願いしてくれよ。で、なんだよ、さっさと言えよ。やばい奴が近づいてきているから、お前の力を嫌でも使わないといけなくなるんだろ? はいはい、テンプレテンプレ。どうせそれもお前が誘導したりしているんだろ?」
『そなた、察しが良すぎるんではないかのぅ? ……ま、まぁ、予想と違うがそのとおりだ。今この瞬間、ここにはこの近くにいる呪われし悪魔が近づいて来ておる。妾と契約しなければ、その命、必ず失うであろう。ククク』
「ほくそ笑むのもスキップで。ほら、早く言ってくれ」
嘆息混じりに尋ねる。リアクション大王になるにはおっさんすぎるんだ。ブラボーぐらいなら言っても良いけどさ。
『フンッ。つまらぬ男よ。だが良いだろう。そなたは悪魔王の書を手に入れたのだ。そして、妾は3つの願いを叶えることができる! 金でも美女でも権力でも、その全てを叶えてやろう!』
「ありがちだな」
『そう言うと思うたが、現実の話じゃぞ? 願いを増やすといった願い、願いを叶えられなくなるといった願い以外は叶えることができる。もちろん不死もじゃぞ。それと我の力を超えるものは無理じゃ。今回の世界を滅ぼす術式を破壊せよ、などとかな』
俺の皮肉にも、からかうような思念で送り返してくる。ふむ……たしかに現実になると途方もない力だ。なんか気になる語句もあったが、後で聞く気になったら尋ねることにしてと。
「敵が近づいてきているなら、契約するしかない。それなら、契約するが代価は?」
『もちろん魂じゃ。そなたの魂じゃぞ。死後は妾の持ち物となる。呪われし悪魔契約じゃぞ』
「呪われし悪魔契約か。了解だ。では、願いの前に要望がある。確認でも良い。これは願いではないことを強調しておく」
あっさりと俺は了解する。だって足掻いても無駄そうだし。敵が来る前に準備をしておきたい。
『了解じゃ』
真剣な表情となり伝えると、悪魔王は俺の言葉を了承する。
そのあっさりとした態度に悪魔王の書は僅かに震える。嫌な予感がしたのだ。人間と悪魔との契約は知恵比べでもある。稀に負けることがあるのだ。百戦百勝とは悪魔でも無理である。その場合は知恵比べとはならないからだ。
そして平凡そうな男の纏う空気が一変した。冷ややかな空気を纏わせていることも気がかりであったが、その方が楽しいだろうと内心で嗤う。なんとなれば定命の者との契約は面白いものだからだ。
「願いの曲解、叶えた際の結果の歪曲を禁ずる。俺の願いと違った場合は、その願いは叶わなかったこととする。例を上げるまでもなく猿の手は知っているからな」
『良いじゃろう。当然のことじゃ』
猿の手。同じく願いを3つ叶える呪われし物だ。叶えた際の対価は必要ないので、悪魔の願いとは違うが、悪質だ。金を欲しいと願えば息子が死にその保険金が手に入る。息子を蘇生してくれと願えば、ゾンビとなって蘇生させて、最後はそのゾンビを滅ぼすようにと願う。必ず不幸になるアイテムである。
だいたいの人間はまずこの質問をしてくる。昔からそうだ。このやり方を防げば、知恵比べに勝利できると信じているのだ。
愚かなことだ。こちらは不死、相手は定命。金持ちにしてやっても、死ぬまで待てば良い。美女だって、権力だってそうだ。結局は寿命が尽きるまで待てば良い。3つ目の願いで不死を望めば、悪魔王の負けであるが、その場合は不死に耐えきれずに、自分から滅びを求めるようになるので、結局は同じ結果となるのである。不死とは本当に死なないわけではない。不滅を求めなければ、存在を消すことは可能なのである。
「俺の願いの性質上、1つ目と2つ目は同時に叶えること。できるか?」
冷え冷えとした口調、淡々とした声音で感情の感じられない男を前に悪魔王はニヤニヤと内心で楽しそうに嗤う。この男は楽しめそうだ。
『了解した。容易いことだ』
本来は嫌がる男に、なんとか誘導している悪魔をぶつけて、対抗するには妾との契約をせよと求めるつもりであったのだが、話が早すぎて悪魔はまだ来ない。対抗するための願いを叶えることなく、こやつは死んでいくかもしれないが、そちらの方が話が早い。死んで後悔すれば良い。
「よろしい。では願いの1つ目。呪われし悪魔の力を吸収。魔力って言うんだろ?」
『は?』
「2つ目、吸収せし力を反転させたエネルギーとする」
『なんだって?』
「3つ目、その力を使えるようにする。俗に言う奇跡の力だな。これにて3つの願いを終えることにする」
『願いは叶った?』
悪魔王は契約通りに願いを叶えることとした。これは意識的ではなく無意識だ。それが呪われし悪魔契約なのである。悪魔王が嫌であっても発動する。
そうして発動した瞬間、悪魔王の書は眩く輝き光の柱を生み出す。出雲を巻き込み、ビルをもその強烈な光で覆う。ビルからは光の柱が立ち登り、闇夜を貫き辺りを照らし、天空まで届かんばかりに輝くのであった。
『ぎゃわー!』
悪魔王の書は一瞬で燃え尽きると灰になる。その灰からは光り輝く蛍のような淡い光の玉が浮かんできた。
「ふむ、願いは叶ったのか、な?」
出雲は首を傾げて、手をワキワキと動かす。何やら強大な力を感じたが、いまいちわからない。身体になにか清々しい力を感じるが、ハッカのガムを噛んでも同じ感じがするなぁと、有り難さゼロである。
「奇跡の力を使うにも、仕様は欲しいよな。では奇跡発動」
『奇跡:ゲームステータス化』
よくわからんけど、とりあえずと、出雲は片手をあげて願う。奇跡の力を寝言で使ったら怖いのでゲーム化である。わかりやすいのが一番です。
ズンと身体からなにかが抜けていく。満ちていたエネルギーがズンドコ失われていく。血が大量に抜けていく感じで気持ち悪いんだけど。
出雲の身体が神々しい光に覆われて、クラクラとする頭を振りながら耐えると、空中に半透明のボードが映し出された。
天神出雲
体力:10
マナ:0
筋力:10
器用:10
敏捷:10
精神:10
神聖力:0
奇跡ポイント:100530000
固有スキル:魔力吸収、魔力反転、奇跡
スキル:
「ふぅ。これならばいけるか? では次」
わかりやすい、数値化ブラボー。
『奇跡:自分の器の成長』
次は自分の器の成長だ。人間の器は決まっていると考えている。なので、成長するスキルは必須条件である。成長させようとして爆発四散は勘弁なので。
カッ、と再び身体が光ると視界がグニャリと歪む。今度こそ立っていることができずに、出雲は膝をついてしまった。身体がかき混ぜられて、粘土のように無理矢理固めたような感じである。
「気持ち悪っ! 吐きそうだ……。何だこりゃ?」
吐き気がする。ウゲェと四つん這いになって、フラフラとする身体をなんとかしようとする。泥酔よりも酷いね、こりゃ。
『愚か者が。そなたは人間を半分辞めたのじゃ。魂と肉体の器に成長を求めるのは、もはや人間を超えた者となるということじゃ』
蛍の光が俺の目の前に来て瞬くと思念を送ってくる。なるほど、よくわからんけど、まずいことをしたのかな?
『そなたの願い。そのような願いは初じゃ。感心したが次の奇跡が愚かであったの。世界を救うといった奇跡なら2割程の土地は浄化できたやもしれんのにの』
「よくわからない舞台設定はいらん。だけど、奇跡ポイントが大幅に無くなったのはわかるぜ」
なんと驚き、1億ポイントが失われていた。悪魔王の力を殆ど使い切ったのかな? それだけ成長スキルは強大なスキルだったということだろうな。たしかに普通の奇跡なら、よくわからんけど世界の浄化? とかできたっぽいのかもな。でも2割だろ?
「俺が強くなるのが最優先だ。この先に他の悪魔の物はあるのか?」
仕舞うと部長は言っていた。とするとだ。同じようなアイテムがあるに違いない。
『そなた……。神聖さが欠片も見えんがの?』
「気にするな。神聖さもただの道具。ゲームでだってそうだろう? 奇跡だって使うことができれば、ただの道具だ」
肩をすくめると、出雲は金庫の奥に歩いていく。さてさて、まずは戦闘準備をしなくちゃならないからな。ゲーム世代舐めんなよ。こういうパターンは時折妄想していたんだぜ。