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19話 不死者は厄介なのじゃ

「こ、これはどういうことだね!」


 バンと長机を叩いて青褪めた中年太りの男が立ち上がり激昂する。その襟には階級章があるので、国防省のお偉いさんなのだろうか。その手がぶるぶると恐怖で震えていた。


「こ、こんな結果になるとは……想定外です」


 若きエリート警部も青褪めて焦っている。自信があったのだろう。周りのお偉いさんも同じく青褪めている。


「不死者は厄介なのです。これを恐れていたのですが、恐れていたとおりになりましたね」


 人々が余裕をなくし、恐怖を誤魔化すため、隣の人とお喋りを始め、騒々しくなり収拾がつかなくなりそうな時に、優しげで凛とした男の声が部屋に響き渡る。そこまで大きな声でもないのに、その声は不思議と皆の耳に入り、騒々しかった作戦室は静かとなる。


 どこから声がと皆が声の主を探すと、部屋の扉が開いており、烏帽子に神官衣を着込んだ男女が入ってきた。


「パパとママだ!」


 音恩が入ってきた男女が両親だと気づき喜びの声をあげる。


「おっと、生きてたのか」


 音恩に気づかれないように、紫煙は小さく呟き入ってきた2人を見る。最強と呼ばれる面々は皆今回の厄災を防ぎに行って死んだと聞いていたが、どうやら生きていたようだ。恐らくは彼らは自分たちと同じく後詰めにいたのだろう。神道は結界や補助系の方が優れているからだ。


 黒目黒髪の神凪かんなぎシュウ、銀髪碧眼の神凪かんなぎ音羽おとはだ。2人ともおっとりとした優しそうな顔立ちの美男美女だ。見た目と違い頭が切れるので厄介な御仁たちである。


「申し訳ありません。本来はここにすぐに来たかったのですが、外国からここまで来るのは苦労しまして、たびたび忠告の連絡はしていたのですが、どうやら気に留めてもらえなかったようですね」


 細目に近い瞳で、前列に座っている男たちをシュウが睨むと、男たちは顔を背けてゴホンゴホンと咳払いで返す。


「す、少し映画の影響を受けすぎていたかもしれないな。どういうことか説明してくれたまえ」


 反省の色を見せない男たちに小さく嘆息するとシュウはモニターの前に立つ。


「もう少し早く私たちが到着することができれば、今の作戦を中止にすることができたかもと心が痛いのですが、百聞は一見にしかずとも言います。もうおわかりになったかと」


 皆を見渡し、シュウは一拍おき、皆の注目を集めると告げる。


「不死者は死なないから不死者なのです。その名の通り」


 皆がその言葉を聞いて、納得してしまった。たしかにそのとおりだ。ゲームなどに影響されすぎており、不死者も普通に倒せると皆は勘違いしていた。だが、指だけになっても動いているゾンビを見て、たしかに不死なのだと理解した。


「だが、それでは倒せないではないか。人類は滅びを待つしかないと?」


「当然の疑問です。ですが不死者は倒せます。不死者は死なないという状態になっているだけで滅びない、存在が消滅しないと言うわけではない。不滅者ではないのです」


 高官が手を挙げて尋ねると、シュウはかぶりを振って答える。不滅ではないと。


「言葉遊びに聞こえるが、どういう意味なのだね?」


「存在を消滅させることはできるのです。古来よりそれが祓い師の仕事なのですよ。知っていたと思いますが?」


 片目を僅かに見開きシュウが言うと、気まずそうに高官は仰け反る。もちろん知っていた。裏で戦う者たちの話を。国も関係しているのだから当たり前だ。しかし、昔と違い、現代は活躍の場などほとんどない。精々ポルターガイストやら、廃屋や廃病院、事故現場のお祓い程度で、人を殺せるような悪魔などが出現するのは年に1、2回あれば良いほうだったのだ。


 主に魔道具や魔法はテロに使われることがあるため、戦力としては確保をしていた。アンダーカバーとしての会社を設立し、隠蔽部分には金をかけてもいた。無論、天下り先としてだが。だが、命を賭けて戦っていた祓い師への給料は安く、アンダーカバーの社員の方が給料が高く、ブラック企業と呼ばれておかしくない扱いだったのだ。


 必要がないと言われてもおかしくない存在。それが祓い師であったのだ。銃の方が強いので、今までは問題はなかった。アニメや小説などとは違い、短銃の一発で、祓い師のほとんどは死ぬ。その程度の強さだったのだ。武術の達人と同じような存在であった。


 しかし今は世界がひっくり返った。その常識が通じなくなっている。高官たちは、毎年予算を削っていったツケを払うことになっていた。そして、最近はボランティア活動に近い予算で彼らが働いていることも。


「知っていた……。しかし現代で、君らの予算を増やせと言える状況ではなかったことも知っているだろう? どこの国もそれは同じだったんだ。今回のことで国民の理解は得られよう。正式に省として設立もできると思う。どうやって今回のことに対処するのかね?」


 飴をあげるしかあるまいと、議員の一人がため息を吐きつつ、問いかける。祓い師が国民の前で活躍すればするほど、なぜ今回の厄災が起きたのか、政治家の責任を問われ、祓い師は英雄扱いされる面倒なことになると予想しているからだ。こんなことにならないように自衛隊でのゾンビ殲滅作戦であったのだが失敗した。もはや、背に腹は代えられなかった。


 その腹黒い内心をシュウは見通しているのかわからないが、にこやかに説明を始める。


「不死者は私たちが倒します。その代わりに自衛隊には通常の悪魔を倒して頂きたい。普通の悪魔には銃は通用しますので。以前は銃の許可は下りないと言われて、術で対応しておりましたが、大丈夫ですよね?」


 圧を感じさせるシュウの言葉に、僅かに高官たちは顔を顰める。たしかに悪魔退治の時に銃の申請はあった。銃やバズーカならば簡単に倒せる悪魔だが、法力では苦戦するからだ。しかし、日本だけは、銃社会ではない。


 まさか、悪魔を退治するためにアサルトライフルを使用しましたなどと、マスコミに説明などできるわけはないので、許可は出さなかったのだ。そのため、日本だけは法力の使い方が他国に比べてダントツに上手くなったのは皮肉なことであろう。他国はまず銃を使うのが基本で日本は馬鹿なことをしていると蔑まれていた。


「わかった。もはや問題はあるまい。総理も了承するだろう」


 ゾンビが闊歩する世界となったのだ。国民は魔法の力を認めるに違いない。今回の厄災で、ある意味気楽になったとも言える。それに自衛隊との合同戦線ならば、面目丸潰れともならない。妥協して良い部分であろう。


「ありがとうございます。そういえば総理はどこへ? 閣僚の方々もほとんど見ないようですが?」


 モニターに映る各地の高官が映る映像にも総理はいないことに、シュウが尋ねると、ますます気まずそうに高官は顔を歪める。尋ねられたくはなかったのだが、周囲からの注目を受けて、苛立ちながら口を開く。


「総理たち閣僚はアメリカ軍の空母上に避難している。国民を置いて逃げたのではなく、上が倒れれば、無政府状態になることを恐れたためだ」


「驚きました。都内でも聖別を終えて、結界を展開してある総理たち専用のシェルターが有るにもかかわらず、空母に逃げたのですか?」


 殊更わざとらしくシュウが驚いたふりをして、周りの面々も予想外の内容にざわめく。まさか日本を脱出しているとは思わなかったのだ。


 政府閣僚は、世界の崩壊する可能性があるとの情報を掴んでおり、万が一魔力爆発が起こっても影響の受けない結界内に避難した。閣僚ばかりではない、政財界の重鎮たちの多くが避難したのだ。そのため、彼らは無事であるのはもちろん、一番良いシェルターに隠れていると予想していたが、まさか逃げているとは思いもよらなかった。


「空母から連絡はとれるのでしょうか? ……原子力空母は動けないはず。ロートルの空母を用意したのですか?」


 全ての原子力は核ミサイルから発電所まで、鉱石すらも全てが魔力爆発に利用された。原子力空母が動くはずはないのだ。そして、現役のアメリカ軍の空母は全て原子力空母のはずである。


「あ〜、ゴホン。空母の一部は原子力空母ではない。このような場合に備えて、補助として他のエンジンを搭載させていた。落ち着いたら、総理から連絡は来るはずだ」


「このようなことが起こると予想していたと……。相変わらず政治家は頭の良いことですね。わかりました。ではそれまでは防衛を主とすることでよろしいでしょうか?」


「そうだな。各地の兵士が揃い、落ち着くのは数日はかかるだろう、それまでは全員待機の上、生存者の救助に尽力してほしい」


 ピクリと眉を動かすが、それだけでにこやかな笑みを崩さずにシュウは確認し、重々しく高官は頷く。このような偉そうな態度だけは上手い男だと、高官を見ながら紫煙は呆れる。


「だが、それこそが上に行く必要な能力なんだろうねぇ」


「ふん、上に行くための必須能力だというなら、私はいらんな」


 天華がフンと鼻を鳴らして馬鹿にしたように高官を見る。だが、ああいう人間こそが、予算を組み、俺らの首根っこを掴んでいるんだよねぇと紫煙は薄笑いとなる。まだまだ天華は若いねぇと。


 その後は、諸注意とこれからの方針を確認し、会議は終わった。紫煙たちは自衛隊員と共に行動し、ゾンビたちを結界付近で倒して、少しずつ削っていくことになった。


 この拠点には新米エクソシストを含めて30人ほどいる。他の拠点も同じように倒して削っていく作戦なので、地道ではあるが、少しずつ制圧区域は増えていくだろう。悪魔が出現したら、自衛隊員が倒す予定だ。魔法では銃には敵わない。肉体を持つ悪魔はあっさりと倒せるだろう。


 神凪夫妻がニコニコと笑みを浮かべながら紫煙たちの元に歩いてくるので、片手を上げて挨拶する。


「パパ、ママ! 無事でよかった!」


 音恩が両親に体当たりするかのような勢いで抱きつく。その瞳は僅かに涙ぐみ満面の笑顔だ。連絡が取れなかったので、音恩はかなり心配していたのだ。


「ごめんなさい、音恩。私たちは戦いのあとにすぐに日本に戻ってこようとしたのだけど、魔力爆発で各地が大変なことになっていて、ようやく輸送機を確保して帰ってこれたのよ」


「無事で良かったよ、死んじゃったかと思ったよ、本当に良かったぁ」


 強く抱きつく音恩へと、顔にかかる銀髪をサラリとかき分けて、音羽はニコリと微笑み、その頭を優しく撫でる。


「しかし予定と違ったね。本部で合流できるかと思えば、本部は陥落していたからね。私たちの方が驚いたよ」


「本部は聖別をかき消されたんですよ。お陰で魔道具が次から次へと悪魔になっちまって、中から崩壊しちゃいましたよ。自衛隊員が詰めていたら、なんとかなったかもしれなかったんですが」


 各個撃破されそうだったので、撤退。後ほど集合することになり、ここに辿り着いたのだ。


「それは気の毒に。まぁ、政治家など、そんなものですが。ですがこれからは違います。エクソシストに頼らなければいけない世界となったのです」


 シュウの瞳がキラリと輝き、不穏な空気を撒き散らす。嫌な光だと紫煙は顔を顰める。


「頼らないといけない世界ねぇ。なにか考えがあるようで」


「後で教えよう、人が少なくなってからね」


 シュウの笑みはまったく癒やされないなと思いつつ、話を聞く紫煙たちであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 思ったより生き残りがいましたね。 よかったよかったと見せかけて足の引っ張り合いが起こるのですね分かります。人間だし。 [一言] こりゃあ関わらない一択だ! けれど描写してるってことは……
[良い点]  良かった(´Д` )全ての魔物が不死化したのかと思ってたからゾンビの特性ゆえに不死化したってワケですな、これで悪魔や魔物まで現代兵器が通用しないんなら滅亡一直線でしたわな☆ [気になる点…
[気になる点] 政治家はほんまなー。防災費削った民主思い出しますな。 [一言] 本部? 聞き覚えがあるきがするな……。
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