18話 やはり安全な拠点を作るよな
このショッピングモールは色々とおかしい。たしかに食料品はあるだろうし、衣服だって雑貨だってある。あるのだが、それと配給品が用意されているのは、また別の話だ。なんで毛布とか用意してあるわけ?
「まぁ、配給品が用意されていたのは、万が一ということで、非常用として用意されていたのはわかるんだが、なんでゾンビが来ないんだ?」
とりあえずは家族連れの隣に座り、バカップルの如く、肩を抱き寄せてイチャイチャするように周りには見せながら、コソコソと話し合う。
「たぶん、ここは強力な神具があるのじゃろ。結界タイプの神具じゃな。ゾンビ程度なら追い払えるやつかの」
「ふむ………そういう訳か。それじゃここは安全なのか。で、普通の避難所が無事なら政府も無事。もうすぐこの騒ぎも終わるだろうな」
当然の帰結である。政治家が自分たちが籠もる拠点より、普通の拠点を大事にしている訳がないのであるからして。
今まで少し不安だった。もしかして世界が崩壊したのではないかと。その不安が杞憂であったと胸をなでおろす。
「良かった。俺はまだ帰れるところがあったんだな」
「入り口に2トントラックを入れたけどの」
「あぁ、時が見える」
「それは別のキャラのセリフじゃ」
「あぁ、現実も見える」
やばい、そうだったと出雲は慌てるが、カメラには映ってないし、ハンドルの指紋は後で消しに行こうと心に決めて、気を取り直す。リムって、かなり古いネタにもついてこれるツワモノだな。
俺のネタについてこれるとは、おっさんが無駄に感心する中で、リムは足を伸ばしてパタパタと振ると眉根を顰める。どうやらなにかが気になっているようだ。
「何が気になっているんだ?」
リムの顔を覗き込むように聞くと、ううむとますます顔を顰めさせる。おっさんが顔を近づけるからだと言われたらショックを受けるぞと、あほな心構えをする出雲に伝えてくる。
「ここ、本当に普通の避難地区だと思うかの?」
「ん? 言っちゃ悪いが、便利そうで少し不便な立地だぞ? 都心に向かうのに少し不便だから、ショッピングモールに団地が密集しているんだぜ?」
便利すぎる立地だと団地を建設するのは難しいのだと出雲が問うと、頬に人差し指をツンとつけてくる。
「そのとおりじゃな。しかしじゃ、反対に言えば人口密集地で守りやすいように密かに準備もできるということではないかの? なにせこれだけの敷地を持つショッピングモールは都心にはそんなにはないぞ?」
「………そうか。もしかしたらエクソシストの連中の防衛拠点かもしれないということか」
それはあるかもなと、俺はリムの考えが一理あると気づく。このショッピングモールは郊外型で、都心を離れればいくらでもあるが、反対に広大な敷地を利用するために、都内では建設しにくい。
もしも簡易シェルターとするならば、学校などよりも遥かに利用しやすい建物なのだ。ならば、このショッピングモールの地下には秘密基地があってもおかしくない。何しろゾンビを追い払える力を持つ広域に渡って効果を顕す神具があるしな。ショッピングモールに入り切らなくても、周りの団地に住めば良い。団地周りでも、ゾンビはいなかったし。
「微妙な考察だなぁ……。やっぱ他の地域の様子もみたいな……。いや、もしも復興がもたつくとしたら、ここが混乱し始めるまで待てば良いのか」
「地味に酷い作戦じゃが、良い考えじゃ。様子を見るに、周りにはゾンビはおらず食料品もある。警察もおりエクソシストたちもおる。これだけ好条件なんじゃ。しばらく保つじゃろ」
「それなら俺のプランは少しおいておこう。こっそりと奇跡ポイントを貯めたいんだけどなぁ」
外に出れば目立つに決まっている。おとなしくする時はおとなしくしておいた方が良いだろう。
ゴロンと寝っ転がり、大きく欠伸をする。履歴書書かないと駄目かなぁ。ダミー会社はまだ潰れていないかなぁ。
早くもこの騒ぎは終わりだなと楽観主義な出雲を見て、リムはそう簡単にいくかのと、少し思案げであったが、たしかに今は平穏だ。力を隠す気の出雲は今は動くまい。
「ま、このまま騒ぎが終わっても良いかの」
その場合、妾の戸籍やらなにやら用意する必要があるし、警察からは疑われるに違いない。きっと日常系バタバタラブコメディじゃなと、ウシシとほくそ笑んでコロンと出雲の隣に寝るのであった。
この避難所は恵まれているよねぇと、サングラスをかけてシャツにGパン姿の紫煙は作戦室とした部屋の椅子に座り、ニヘラと笑う。
ショッピングモール内は続々と生存者たちが集まってきており、ワイワイと騒がしくなっている。まだまだ食料品などは余裕があるが寝床がそろそろ足りなくなるかもしれない。周りの団地を開放する必要があるが、住人がいるし厳しいだろう。強制徴発など、この日本では難しい。
「まぁ、俺が考えることでもないよねぇ。そういうのは政府のお偉いさんが考えれば良いことだしねぇ」
サングラスの奥に隠れる目を細めて、蛇のようにニタリと笑い、周りを見る。元は研修にも使われていた会議室であり、長机にパイプ椅子がずらりと並び、前面にはモニターが嵌められて、他の地域と通信ができるようになっている。多くの警察官やエクソシストが座っており、ガヤガヤと話し合っていた。
「では、現在の状況を説明します」
本庁からやってきたと言う年若い警部が説明を始める。エリートなのだろう。キャリア職というわけだ。モニターには他の地域の作戦室とも繋がっており、各地の様子がわかる。
「ね、ね。ドラマみたいだね。やっぱりああいう人いるんだ。二枚目じゃないけど。ふつーの学生さんに見えるけど」
「俳優業をやってるんじゃないだろうし、顔に期待するな音恩」
ふんふんと興味津々で紫煙の隣に座っている音恩と天華がコソコソと話し合っている。
「………ドラマと違うところがある。あの人はチラチラと後ろの席に座っている上司を気にしている」
相変わらずフードを被って、顔を見せないスエルタが腕を組みながら話に加わる。たしかに自信満々な様子ではない。チラチラと前列の席に座る高そうなスーツを着た男たちを気にしている。たぶん上司なのだろう。警部の上司だから、警視とか言うのだろうか。警官の階級なんか知らないので、紫煙はその様子にやはりドラマとは違うよねぇと皮肉げに笑うだけだった。
「都内でのゾンビ騒ぎは収まる様子がありません。敵の強さは映画とは違いますので。なので、散発的に個別撃破を行うこととしました。現場を映します」
今は作戦説明をしていた。本来は自衛隊員が説明するのが筋だろうに、この後に及んで国内で自衛隊員に戦わせるのを嫌がった政治家が警察主導だとアピールさせるために警部に任せたのである。
警部の説明が終わり、モニターにゾンビと戦う自衛隊員が映し出される。各員が装甲車を盾にして、アサルトライフルを構えて、道路を突進してくるゾンビたちを狙っていた。総員で100名程の人数だ。20名は周りを警戒している。
8車線の国道を数千のゾンビたちが行進してくる。小走りで意外と速い。ヘリがゾンビの上空を飛び、自衛隊が集合している場所へと誘導している。ゾンビ映画で人類が反撃する際によく見る光景だ。
緊張気味の自衛隊員の隊長が耳に付けているインカムを押さえて、ヘリからの通信を聞いている。ゾンビたちが目に入ると同時に指示を出す。
「撃てっ!」
最新装備を身に着けた自衛隊員は一斉にゾンビたちへと銃弾を放つ。アサルトライフルの一斉射撃により、弾丸のシャワーを浴びたゾンビたちは穴だらけとなり、その威力により次々と倒れていく。
「おぉっ。うちの隊員もやるね」
「そうですな、練度が高い」
国防省のお偉いさんなのか、スーツを着た初老の男たちが顔を見合わせて笑う。周囲もこんなものかと安堵の空気が部屋に流れる。
「ゾンビなど、映画で見飽きている。倒すなど簡単なことだ」
「ですな。ただ復興には大変な資金が必要となります」
「そこは国債発行でしょう。今期の総理には大変となりますが」
「次の選挙に勝つには、この災害を超えたという功績をアピールするしかありませんぞ」
ゾンビとはいえ、元は国民なのに、銃弾を受けて倒れていく姿を見てもなんとも思わないどころか、次の選挙の話をし始めるのは、政治家だろう。
この拠点は関東地区の何箇所かにある特別な霊的シェルターである。地下には実はシェルターもある。なので、近場の政治家たちはここに集まっていた。シェルターに籠もっていては、国民の様子がわからないと言って地上にいるが、実際は地上は平和そうで、地下は息苦しいからだと紫煙は知っている。
コンクリートに覆われた地下シェルターは、天井は低く、部屋も狭い。たった1日でも政治家たちは耐えられなかったらしい。
そして、映し出される光景に安堵の声をあげている。数千人のゾンビでも、アサルトライフルの一斉射撃には耐えられない。全員が倒れ伏して殲滅したと皆が思った時だった。
最初に倒したゾンビがよろよろとしながら立ち上がり、再び駆け出す。額に大きな穴を空けながら。
「なっ! 攻撃を続けろ!」
ほとんどのゾンビは頭を撃ち貫いた。現実でもゾンビの弱点は頭だろうと考えたのだが、立ち上がり平然と駆けてくるので、自衛隊員は皆驚愕し、再び銃弾をお見舞いする。
頭に今度は数発命中させて、ライフル弾により脳を弾けさせて倒れるが……ゾンビは再び立ち上がった。周りのゾンビたちも立ち上がってくるのを見て、自衛隊員はたんに銃弾の威力で倒れただけで、殺してはいなかったのだと理解して青褪める。
「頭への効果なし!」
迫るゾンビたちに、焦った表情で隊員が叫ぶと、隊長は必死な顔となり、狙いをかけるように怒鳴る。
「胴体を狙え!」
「狙っていますが、倒れるだけで、再び立ち上がってきます!」
ライフル弾の威力は、映画などで見るように小さな穴が空く程度ではない。指が通るほどの大穴を空けながら、その内臓をめちゃくちゃにする。グロ映像なので、音恩の眼を天華が塞ぐ程だ。
しかしゾンビたちは胴体に穴を空けながら、臓物を引きずりながらも、小走りで近づいてきていた。その姿に自衛隊員は恐怖の面持ちで攻撃を続ける。
足を吹き飛ばし、手を砕き、頭を貫いたところで、ようやくゾンビはその攻撃力を失った。未だに砕いた手の指は蠢き、顎だけとなってもカタカタと動いているが。
しかしそれはとてもではないが、安心できるものではなかった。一体倒すのに、マガジンを3つ使っていたからだ。自衛隊員たちは100人、ゾンビは数千人。一人の自衛隊員が持つマガジンは4つ。しかも一体に集中して攻撃をできるわけもない。
自衛隊員は懸命に攻撃を続け、装甲車の機銃が火を吹く。だが、倒しても倒してもゾンビたちは起き上がり、小走りで近づいてくる。周りにもゾンビたちは出現し、徐々に自衛隊員は接近され、最期には残弾がなくなり、襲われていく。
自衛隊員の断末魔が響き渡り、映像が終わる頃には、先程のゾンビごときと侮る空気は消え失せて、静寂のみが作戦室を支配するのであった………。