17話 偶然手に入るレアアイテムもあるのじゃよ
神凪音恩。神楽鈴を渡した少女は避難所である中学校まで案内がてら名乗った。なんと銀髪である。セミロングの髪は艷やかで光のもとで輝いて見える。瞳はルビーのように紅く煌めいている。くりくりした人懐こそうな顔立ちで、可愛らしい少女だ。背丈は低くて12歳ぐらいだろうか。胸は成長期はまだだよと答えるしかないだろう。
現実で銀髪とは初めて見るよと、出雲はジロジロと見てしまう。その視線に気づいて、音恩はムフンと胸を張る。
「私は悪魔祓い師なんだよ。英語でいうとエクソシスト。アニメでいうと、裏の世界の影ある戦士だね! あ、私の所属している組織は内緒。おじさん、記憶消されちゃうかもだし」
裏の世界の影ある戦士。なるほど、厨二病なのかな? し〜っと、人差し指を口元につけて言ってくるので、わかったよとおっさんは笑顔で答えてあげた。もしも教えようとしたら全力で逃げるつもりでもありました。
「助けてくれてありがとう。妻も私も命が助かって感謝の言葉もないよ。飴ちゃん食べる?」
「む、子供扱いしないでよね。これでも私は16歳だから。秘密の実験を受けて、歳を取らない設定にしているから背丈がちっこいだけだからね」
グレープ味の飴ちゃんを渡そうとすると、ムッと頬を膨らませて音恩は飴ちゃんを受け取った。すぐに口の中に入れて、幸せそうな顔に変える。その幼気な様子は16歳にはとてもじゃないが見えない。俺はいつアニメの世界に入り込んだのでしょうか? この娘が現実逃避しているのはわかったよ。その歳ならもう成長期は終わっているよ。
「ふむ、若い奥さんだな。助けられてよかった」
女剣士が俺とリムを見て、クールそうに微笑む。かっこいい女剣士だ。
「はい。懸命に口説き落としまして」
「旦那様に堕とされてしまったのじゃよ。あちらがのぅ、わかるじゃろ?」
ウヒヒと笑いながら余計なことを言うリムの脇腹をさり気なく抓りつつ、女剣士を見る。
蓮華天華。女剣士の名前だ。背丈は170ほど。背をピンと伸ばして颯爽と歩く姿は、女の子にモテそうな感じである。今のリムの言葉を聞いて多少顔を赤らめており、音恩の方はウワァと顔を押さえていた。音恩はなんかリアクションが演技っぽい少女である。
黒髪黒目で、ポニーテールにしている。なぜか剣道着を着ており袴姿だ。きりりとしたクールそうな真面目な女剣士という感じだ。少し上から目線なのが気になるが、女剣士ってそんなもんだよねと、出雲はアニメを基準に考えた。
2人ともエクソシストらしい。悪魔祓い師と言っていたか。英語だとエクソシストだからどっちでも良いか。
「しかし、妾を妻に据えるとはどうしたんじゃ?」
俺を下から覗き込むように見て、ニマニマ笑いをしてくるので、嘆息交じりに答えてやる。
「避難所でちょっかいを出されたら、お前は喜んで混沌を求めるだろ。夫なら妻に手を出すなと文句を言えるからな。浮気した妻がそれで消えても大丈夫だし」
見えるんだ。なんか真面目な青年とか、少し不良っぽい男が、リムを好きになる展開が。そして、俺は目の敵のように睨まれるわけ。予知能力者じゃなくとも想像できるわ!
「最後の言葉が不穏すぎるが、なるほどの。妾は美少女じゃ。この容姿に引っ掛かる者は多かろう。頭が回るの」
「テンプレだろ。お前はリムさんのなんなんだと、誰かに言われたら夫ですと答えた方が簡単だからな」
「既婚者はハーレム展開はないぞ?」
「まぁ、リムだけで良いだろ。俺たちは運命共同体だしな」
了解じゃと、ウシシと笑うリム。もう少し頬を赤らめたりすれば、俺も絆れるかもしれないから、この程度の関係がちょうど良いな。
「ラブラブなんだね、愛なんだね、さっきもお互いを庇っていたし、私は感動しちゃった!」
「あはは。若い妻を持つなら、これぐらいの覚悟はしないとね」
音恩がキラキラした瞳で言ってくるので、空笑いをしながら頭をかく。これでどう見ても、不相応な妻を手にしたおっさんの出来上がりだ。羨ましいとは思われても、まさか強いとは欠片も思われまい。
音恩も天華も生暖かい目をしているので、多分大丈夫だろう。
「あ、またゾンビ! 倒しちゃうよ、祓っちゃうよ〜」
新しい神具を気に入ったのだろう。音恩がシャンシャンと錆びた神楽鈴を鳴らし、法力でゾンビを灰に変える。
「おぉ〜、凄いですね。本当に悪魔祓い師はいたんですね」
「あ……ありがと」
やんややんやと、おっさんが褒め称える光景を作ろうとしたが、音恩の顔は青褪めていた。ぐらりと揺れると膝をつく。
「どうした、音恩!」
驚いた天華が駆け寄り、少女の身体を支える。もしかして呪われていたかと、出雲も顔を青褪めていたが
「天華ちゃん……この神具物凄くマナを使うよ。私のマナが満タンでも多分3回が限界だよ」
気持ち悪そうに、吐きそうな顔で音恩は神楽鈴を見せる。何やら消費が激しいらしい。
「マナは多いが変換効率が悪いのじゃよ」
「チョロチョロとしか出せないもんな」
リムが小声で教えてくれるが、納得だ。俺よりもマナは5倍はありそうなのに、残念な結果である。
これは神具を渡しても、使えない可能性があるなと思い、ため息を吐いた。考えないといけないことがたくさんだこと。
「それだけ強力な神具だ。敵を追い払うだけにしておこう。すまないが、音恩をおぶってくれないか? 私は手が塞がると困るのでな」
「もちろんです」
「ごめんね、おじさん……」
青褪めている音恩。マナが尽きかけると身体も不調になると。俺はならないな……。
その後は、幸いにもゾンビに出会わずに進み
「ここだ。ここが避難所だな」
ショッピングモールに到着したのであった。
……うん、なんでショッピングモール?
ゾンビ映画ではお決まりの避難所に到着して、出雲は嫌そうな顔をするのであった。いや、誰でも嫌な想像ついちゃうよね?
ショッピングモールは、たしかにこういった場合では避難所として使えるだろうと、出雲は中に入りながら観察する。
ショッピングモールは警察の囚人護送用トラックを並べて壁としてあり、その隙間も車両と鉄条網で埋めている。ゾンビ程度ならば入られないようにということだ。警官や自衛隊員が歩哨をしており、その手には槍を持っている。うん? なんで槍? こういった場合は銃じゃないのかしらん。
「避難民を保護した。開けてくれ!」
天華が声をあげると、トラックの天井に立っていた警官が梯子を降ろしてくれるので、登って入る。
「大丈夫でしたか? ここならもう安心です。ちなみに噛まれてもゾンビにはなりませんので、怪我を負っておる人がいても、差別はしないように」
「はぁ? あぁ、そうなんですか、良かった。ウィルスじゃないんですね」
警官の言葉に、なんのことやらと不思議に思い、すぐに安堵する演技をする。たしかにそのとおりだ。俺たちは前情報で魔力が原因だと知っている。だが、ゾンビが徘徊して、人が最初に何が起こったかを考えれば当然の話である。
ウィルスだ。ウィルスが世界に広がり感染が始まったと考えるはず。最近のゾンビは欠陥ヘリしか作らない会社の作ったゾンビゲーム以来、その殆どはウィルス感染が原因なのである。
なので、テンプレで怪我をした人間が感染していると騒ぐ人間を防ぐためだろう、先に忠告をしてきたのだ。まずい、俺たちは天華たちにまったくウィルスの話を振らなかった。悪魔祓いと聞いて納得しちまった。迂闊である。
「だから妾が言ったじゃろう、旦那様。ウィルスではないと。昔懐かしい呪いなのだと。ブードゥー教のゾンビ創造は正しかったのじゃ」
「悪かったよ、リム。愛するお前の主張だったが、さすがに半信半疑だったんだ」
「仕方のない旦那様じゃのう」
俺の頬をつんつんと細っこい人差し指でつつくリムを抱き寄せて、囁くように返事をする。ナイスフォローだ、リム。不自然に見えなければ良いがと、周りを窺うと、いい歳をしてイチャイチャとしやがってと、警官はおざなりに中へと指差す。
天華も音恩も俺たちの行動を、恥ずかしそうに見ていたが、その表情に疑いは見えない。内心でホッとしながら中へと入る。
ゾンビ映画で無駄に濡れ場シーンを追加するバカップルの役どころにしか見えないだろう。
「それでは蓮華さん、神凪さん、助けてくれてありがとうございました。では、さようなら」
「えぇ、気をつけてくださいね」
「まったねー、おじさん」
2人はついてこないようで、その場で責任者らしき者と話し始める。どうやら無事に避難所に辿り着けたようである。
ショッピングモールはかなり広い。まるで迷宮のようだ。たしか1階、2階がテナントが入り、その上の階がレストラン階やシアター階になっていた。立体駐車場と合体してるので、かなり便利な建物だ。
問題は広すぎて、いつゾンビが入り込むかがわからないところだ。まぁ、俺には魔力感知でお見通しなんだか、普通の人間では穴を塞ぎきれないはず。
しかしながら、この建物に接近するに従い、ゾンビの数は劇的に減っていった。本来はウワァとゾンビがうめき声を合唱しつつ、集団で包囲しても良いはずなのにだ。
「これは毛布です。配給は朝8時と夜17時の2回ですのでお忘れなくお願いします、怪我はないですか? 医者がいますので、怪我をしていたら仰ってくださいね」
役所の人間なのだろうか。入ってすぐに段ボール箱が山と積まれており、女性が笑顔で手渡してくれる。
「ありがとうございます。幸い無事でして助かりました」
「すぐにこの騒ぎもおさまりますので、それまでの辛抱ですよ」
本心から言っているのではなかろうが、それでもゾンビを駆逐できて、復興が始まると確信しているような物言いだった。不自然だ、なんでこんなに余裕なんだ?
違和感を覚えつつも、出雲はペコペコと頭を下げてお礼を言いつつ、その場を離れる。ショッピングモールは色とりどりの明かりが灯り、服屋や化粧品売り場、奥にはたこ焼き屋やドーナツ屋も目に入る。
盗難防止のためにシャッターがもちろん下りており、通路のあちこちに避難民が毛布を敷物にして疲れた顔で座っていた。その中には、マンションで出会った家族もいたので、生き残れたのねと少し嬉しい。
風船が壁にはいくつもぶら下げられて、ネオンが煌々と輝いている。モール内にはBGMが流れており、避難民や、シャッターが閉まっているテナント以外は普通の光景であった。その光景が物悲しさを語ってくる。
俺たちもどこか寝られる所を探すかと、キョロキョロすると、ベンチはなんだか体育会系の男たちがのさばっている。こんな災害が起きたのに、ワハハと笑ってお喋りをしており、周りの人間が迷惑そうな顔をしていた。
俺に気づき、隣のリムへと視線を移動させて、少し驚いた後に、仲間となにか話し始める。
「リムさんや。早速目立っているよ?」
「妾は美少女だからの。男たちに注目されるのは仕方ないのじゃよ」
「夫婦の設定にしておいて良かったぜ。行くぞ、なるべく人の目のある所で寝る」
夫婦だと公言すれば、男たちも絡んでくるまい。本当に夫婦設定にしておいて良かったよ。
「おい、リム。あそこらへんが良いんじゃないか?」
「え〜。旦那様とイチャイチャできなーい」
「それは家に帰った後でな」
体育会系の男たちが近づいてくるので、リムを抱き寄せて言う。リムも話に乗りラブラブバカップルを演じ、その会話を耳にした男たちはショックを受けて立ち去った。
「つまらんの」
「あんな雑魚はどうでも良い。それよりもなぜこの場所が安全か。検証を始めるぞ」
さて、なぜこの場所にゾンビが来ないかを調べるとしますかね。