16話 時折現れるモブなおっさんをするぜ
市街は阿鼻叫喚の世界である。道路にはゾンビが徘徊しているのだ。昨日と違って血走ってはおらず、白目を剥いており、開いている口から乱杭歯を覗かせて、ヨロヨロと歩いている。その身体は食いちぎられており、頬がえぐり取られている者や、内臓が零れ落ちている者、手が折れて骨が覗いている者だ。
血だらけで、悲痛のうめき声をあげながら徘徊している。人間を見つけたら、小走りで襲いかかってもいた。人間の方が全力疾走だと速いが、スタミナが尽きて追いつかれていた。襲われた人間は悲鳴をあげて、その声でますますゾンビが集まって、むしゃむしゃと食べられる。
「たった1日でゾンビらしくなってるよ? なにあれ? 太陽光は苦手じゃないの?」
「あれは襲われて殺された奴らじゃろ」
通路の角から覗きつつ、出雲は目の前に広がる光景にドン引きする。少しだけ怖いんだけど。昼間でもビジュアル的に怖さを感じるんだけど。
朝になり小市民の心を取り戻したおっさんは、少し怖いよねと少し震えていた。
「銃、銃が無いとゾンビって戦いたくないよな?」
ゲームでも銃がないとゾンビとは戦いたくないおっさんである。せめて昨日のビジュアルであれば、まだ怖くはなかったんだけど。
「奇跡ポイントだといくつなのじゃ?」
「短銃で5000。でも、この日本で銃を持つつもりは今のところないぞ」
銃刀法違反は勘弁なのである。おっさんは刑務所に入りたくないのだ。それに銃を使う自信はさっぱりない。
「難儀な性格じゃの。でも、妾たちの声で気づいたぞ?」
30メートルは離れているにもかかわらず、ゾンビたちは出雲たちに気づき、小走りで近づいてきていた。この距離で気づくとはゾンビ侮り難し。周りも気づき集まってくる。その数は10体程度。
「倒すかの?」
「……いや、倒せない」
「倒せない?」
「そうだ」
不思議そうなリムへと覆いかぶさ、抱きしめる。
「リムは必ず守る! 俺の命に代えてもー」
必死な様相でおっさんは美少女を抱きしめて叫ぶ。その叫びで、ますますゾンビが集まってくる上に、棒読みだった。
「ははぁ〜ん。なるほどなのじゃ。ああっ、旦那様、妾も旦那様と一緒じゃ」
ニヤリと牙を覗かせて、リムも出雲を抱きしめ返す。理解力の早い悪魔王である。うへへ、リムの身体は柔らかいねと、出雲は必死な顔から鼻の下を伸ばす犯罪者へと表情が変わろうとしていたが、間一髪。
「ハァッ!」
空気を切り裂くような裂帛の声が響き、出雲たちに迫るゾンビを女性が刀を持って飛び込み、鋭い振りで袈裟斬りにする。
「ゔぁ〜」
白目を剥いたゾンビたちは出雲から、飛び込んできた女性へと目標を変えると、手を突き出して襲いかかろうとする。
「はっ! むん!」
迫るゾンビを切り払いながら、女性は僅かに腰を落とすと、刀を引き戻して構え直す。
「穢れしモノ、穢れし風よ、清浄なる音によりその動きを止めよ」
ゾンビたちが女性に迫ろうとすると、後ろから幼さの残る少女の声が聞こえて、鈴がシャンシャンと鳴り響く。見ると巫女服姿の少女が真剣な表情で神楽鈴を鳴らしていた。
シャンシャンと鈴を鳴らすと、小走りで近づいてきていたゾンビたちの動きが鈍くなる。普通のゾンビ並みに動きが鈍くなり、その隙を逃さずに、刀を持った女性が横薙ぎに次々と切り裂いていった。
脇腹を大きく切られたゾンビたちはガクリと膝を落として………また、立ち上がってきた。
「やはり一撃では倒せないか! ならば倒れるまで切り伏せるのみ!」
かっこいいセリフを口にして、再び女剣士は刀を振るう。腕が良いのだろう。動きの鈍くなったゾンビたちは、女剣士に近づくだけで、簡単に切られてゆく。腕を切られ、痛覚がないはずなのにゾンビが怯むと、連撃を入れてゆく。
素人目にもわかる。刀を振るうのに慣れている動きだ。袈裟斬りから、切り返して腕を切り落とし、胴を薙ぐ。くるりとつま先を始点に回転しながらの首落とし。舞いのような美しい剣の振りである。
援護するために、巫女少女は一生懸命に神楽鈴を鳴らしている。
しかし、腕を切っても、胴体を切っても首を切り落としてもゾンビは再び女剣士に向かってくる。切られた腕は地面を這い、落とされた首はカチカチと歯を鳴らしていた。
「なぁ………なにか変じゃないか?」
巫女少女が俺たちの前に立ち、守りながら懸命に神楽鈴を鳴らす様子を見て、倒し終わったら揉み手をして、出雲はありがとうございますとお礼を言おうとしていたが、思っていたのと様子が違い首を傾げてしまう。
本来はあっさりとゾンビを倒して、大丈夫だったかと、キリリとかっこよい表情で女剣士は出雲へと言ってくるのでなかろうか。どう見てもこの娘たちは一般人ではないように見えるし。
ぶっちゃけ、かかわりあいになりたくない部類の娘たちだ。神聖力を感知したので、倒すのをやめたのである。
しかし思ったよりも遥かに苦戦している。女剣士が切って切って切りまくり、8回ぐらい剣撃を食らわすとようやく灰へと変わったのだ。このゾンビたちはヒットポイント2だよ? なんでこんなに苦戦をしているわけ? 周りからも集まってきて、対応限界レベルになりそうじゃん。
「あの子たちは新米? レベル1でゲームを始めたばかりの娘?」
リムを未だに抱きしめながら、小声でこっそりと問いかけると、小悪魔はフーッと耳元に息を吹きかけてきたので、ペチリと小突く。真面目になる時は真面目にお願いします。仕方ないのぅと、リムは小さく舌を出すと小声で教えてくれる。
「あやつらは新米ではない。妾が見るに中の上、上の下じゃの。戦いに慣れとるじゃろ」
「なら、なんであんなに苦戦しているんだよ。ゾンビたちのヒットポイントは1だろ?」
何しろ肩を小突くと灰になるのだ。これが人間なら、危なくて外を歩けないレベルの虚弱さだ。あんなにバッサバッサと切ってなんで倒せないわけ?
「ゾンビのヒットポイントは恐らくは10とか20じゃろ。弱点は神聖力。なので神聖力の塊の出雲の攻撃によりあっさりと倒せた。妾も勘違いしておったが、あれじゃ、出力の問題じゃ。神聖力をあの子たちは使っておるが、その力はどれぐらいかの?」
「そういえば、放っている神聖力は蛍の瞬きレベルだな……。内包している神聖力は俺よりも大きいのに……マジか」
リムの言葉の意味を理解して、驚愕した。そういや、出力がなんとか昨日言ってたな。人間もそうなのか。その体からはチョロチョロとしか神聖力を放つことができないのかよ。
「考えてみれば、神具が無いと人間は神聖力を碌に使えぬ。今までは良かったかもしれんが……」
「運営がバージョンアップしたから、ゴミになっちまったのか。なんてこった……。あの神具だと弱すぎるのか!」
だから、苦戦をしているのだと理解して、それでも助けに来てくれた正義の味方に感動する。最近のおっさんは涙脆いのだ。感動的な行動に弱い。
なので、強く心に誓う。
「絶対にばれないようにするぞ? ばれたらまずい」
それはそれ、これはこれと、聖人のはずのおっさんは自己保身をはかった。冗談ではない。力が違いすぎる。こき使われる主人公ルートは絶対にお断りだ。
「だがどうするのじゃ? このままでは彼女らは殺されるぞ?」
どんどんゾンビは迫ってくる。角から、壁をよじ登って、這いながら、その数はもう100に達しようとしていた。
「助けるに決まってるだろ」
『奇跡:錆びた神楽鈴創造。交換ポイント1万』
こっそりと2人の少女に気づかれぬように神楽鈴を創造すると、リュックサック内から取り出すふりをする。
「お、おじょーちゃん! これはうちの祖先の親戚の友人の従兄弟の隣に住む巫女様が使っていたという神楽鈴だが使うかい? 両手に持てるかな」
片手にしか神楽鈴は持っていない。もう一方に持てるかなと、出雲は問いかける。
「え? あ、うん、えと……まぁ、ないよりは良いかな? ありがたく受け取ります」
出雲が差し出したのは古びて錆びた神楽鈴だ。この少女が手にしている神楽鈴よりも連なる鈴は所々壊れて無くなっており、その音色も鈍い。
あまり意味がなさそうかもと思いながらも、気が良い娘なのだろう。受け取って神聖力を込めるとシャランと鳴らした。ダメ元でも数が多ければマシだと考えて。
「あ〜」
「ヴァ〜」
その音色を聞いた途端にくるりと踵を返してゾンビたちは逃げ出す。音色が聞きたくないと、嫌がり逃亡をし始めたのだ。
「え?」
その行動を見て、ぽかんと少女は口を開けて驚く。
「音恩!」
女剣士がゾンビたちが逃げたしたのを見て、すぐに事態を察して叫ぶ。音恩と呼ばれた少女もハッと気を取り直すと、神聖力をさらに込め始めた。
「穢れしモノ、清き風により、全て黄泉に帰れ!」
『黄泉送り!』
その瞬間、純白の粒子の色を付けた鈴の音色が少女を中心に広がっていく。ゾンビたちはその音色に触れた瞬間に灰へと変わっていき、またたく間に、100近いゾンビたちは全て消えていくのであった。
「ありがとうございます。命を助けてもらって、助かり」
ここだと、小学校の頃、木の役で鍛えた演技を見せようと揉み手をしながらお礼を出雲は口にしようとする。
「凄い! この神楽鈴凄いよ! うわぁ、あのゾンビたちを一撃で倒しちゃったよ!」
だが、少女が先にお礼を言ってきた。ぴょんぴょんとうさぎのように跳ねながら満面の笑顔だ。
「これは伝説の神楽鈴に違いないよ! これならゾンビなんかいくら来ても大丈夫だね。どんとこいゾンビめだね」
「それは良かった。助けてくれてありがとうございます。それは差し上げますので、避難所まで案内してもらって良いですか?」
「くれるの? これ、くれるの? やったー! 私最強になっちゃった」
きゃーと喜び、おっさんに抱きつこうとしてくるので、リムを盾にして防ぐ。知らない少女と抱き合う勇気はないのです。
「音恩、はしゃぐのはいい加減にしろ。避難所まで案内しようではないか。それとあの神楽鈴をどこで手に入れたかも教えてもらいたい」
そこへ女剣士が口を挟んで俺を見てくる。なので、米つきバッタのようにヘリくだり、お礼を口にする。
「おぉ。ありがとうございます! お願いします、その神楽鈴は昔から代々持っていれば良いことがあると言われていたので、金になるかと思い持ってきたんです」
無理があるかなと女剣士を覗き見るが
「たしかに時折そんな話は聞くな。神聖力の欠片もないようだし、そんなものか」
納得してくれたようで、安堵する。おっさんが力がバレないようにする手段その1。周りを強化する、だ。
錆びた神楽鈴:攻撃力12
ブーメランよりも強いと良いな。全体攻撃だから弱そうだけど。
「よく考えついたの」
「リムは神聖力を隠せるか?」
「不可視は様々なものを不可視にできる。ステータスぐらいなら消耗もなく隠せるの」
「ナイスだ、それでいこう。俺も隠蔽しておくしな」
リムを褒めつつ、これはもしかしたら、自分の力を隠せる方法が見つかったかもと、ふふふとほくそ笑み、出雲は避難所に案内してもらうのであった。




