15話 現実の行動はテンプレなのじゃ
晴天の下、都内は人の悲鳴と化物のうめき声で支配されている。家屋は燃え、車が壁に激突してクラクションが鳴り響く。怒号と銃声があちこちから聞こえて、阿鼻叫喚の地獄となっていた。
その中で、都内へと繋がるハブステーションの地域にて出雲の住むマンションがある。いわゆる億ションと言われるでかいマンションだ。おっさんは億ションと言い張るが、少し億には足りないそんなマンションだ。
そのマンションの受付ロビーにエンジン音を響かせて、2トントラックがブレーキもかけずに突進してきた。玄関前で急ブレーキがかかり、横倒しになると滑っていき、玄関扉を吹き飛ばし、入り口を封鎖する。
ガシャンとフロントガラスを突き破って、おっさんが飛び出てきて、ゴロゴロと転がって壁にぶつかり停止した。
「あだっ」
イテテと叫び、頭を押さえるのは天神出雲。再就職を考えるおっさんは常人なら大怪我を負うのが間違いない勢いで壁に突進して、痛えとのたうち回る。
「妾の契約者殿は粗大ごみの演技が上手いの」
「粗大ごみじゃねーよ! 体力が6も減ったよ。検証して良かったよ。あと、どれぐらい寝ると体力が回復するかも確認したいな」
ふざけんなよと、出雲は立ち上がり、またもやボロボロとなってしまったと、がっかりする。こんなにボロボロになるとはと、見下ろす服装はジャージであるが、破れてボロ切れだ。その下の皮膚は転んだ程度のかすり傷だが。
「一日経っても、その性格は変わらんのじゃな。いや、少し間抜け度が上がったか?」
「胡蝶の夢は諦めた。真面目に慎重に生きないとな。少し失敗したけど、頑丈さがわかって良かったよ。今日から出雲ネーターと名乗っても良いかも」
身体は痛いが骨が折れた様子もない。擦ったようで少し痛々しいが、許容範囲だ。ジャジャッジャージャーと下手くそな鼻歌を歌うので、騒音ネーターと読んでも良いかもしれない。
「そうなると妾はウェイトレスじゃの。喫茶店を探さねばなるまい」
「まだやっている喫茶店あるかねぇ」
軽口を叩きつつ、ステータスボードを確認する。
天神出雲
体力:20→50
マナ:20
筋力:20→100
器用:20→100
敏捷:20→50
精神:20
神聖力:20
奇跡ポイント:10万89
「脳筋のステータスにしたが、筋力はやはり防御力に密接しているようだな」
「じゃの。普通は死んどるからな」
俺のステータスボードを見ながらリムも頷く。……このステータスボードは他人に見えるのかな? これも検証が必要か。
「大丈夫。即死はないと思ったから、その時はポーション飲んでた」
体力が1でも残れば、ゾンビよりも早く再生できるおっさんである。その姿を見たら、このおっさんめと退治されるのは間違いない。いや、悪魔だった。
「激痛でも動けそうじゃものな……お主、頭もゲーム化したのではないか?」
瀕死の時はぐしゃぐしゃになっていそうな気がするのじゃと、口元を引きつらせるリム。
「た、たしかにポーションを持てなかったらやばかったな。でも、その時はリムが助けてくれ。口移しで」
「別に良いぞ? 証拠写真は撮っておくがの」
「やっぱ良いです」
ニヤニヤと小悪魔スマイルで小さな牙を見せながら悪魔王は答えてくる。可愛いなぁと思いつつ、お断りを入れておく。条例がまだ怖い。免許証持ってないかなぁ、リム。何千歳なのか記載されていれば問題ないのに。
「免許証を取得する気はないか? 身分証明書にもなるし良いと思うんだが」
「免許センターがまだやっていたら考えても良い」
「近場の免許センターを後で覗いてみるか」
「本気なのか、冗談なのかわからないのじゃ」
「復興するには時間かかるだろうなぁ」
ニヤニヤと笑い続けるリムの頭にチョップを入れて、ステータスについて考えてみる。
「体力はまんまヒットポイントだろ? 筋力は防御力も兼ねている。他も名前通りの力だろうな。器用が低いと、筋力を上手く扱えないのかね? サイボーグが恋人の頭を無意識に吹き飛ばすみたいな」
「救いがない漫画を例えにされると困るのじゃが、なぜ妾のピチピチ肌をつまむ?」
リムの手の甲をちょっとつまむと、ペシリとはたかれる。1ミリ程度だし、本気ではないから良いじゃん。
「綿飴みたいに千切れたら怖いなぁと。でも千切れる様子はないな」
頭の中で、無意識に力がコントロールされているっぽい。戦闘以外では人間と変わらない筋力か。これなら無意識に寝ている最中に恋人を破壊したりせずにすむ。恋人いないけど。
「『たたかう』コマンドを頭の中で押さないと筋力は出せないっぽい」
『たたかう』
『ほうりき』
『にげる』
この3つが頭に浮かぶのだ。簡単な方法で助かります。リングコマンドとか苦手なもんなので。
出雲の脳内はレトロゲームになった模様。
「ゲーム化が著しいの。防御力はどうなんじゃ? ていっ」
そこらに転がっているガラス片を手にして、リムは躊躇いを見せずに全力で俺の肌に突き刺す。プスリと刺さって赤い玉が浮き出てくる。
「リムの筋力は人間とは違うんだけど? 少し痛いんだけど? 体力が1減ったよ?」
人間の100%の筋力を出せる悪魔王だ。今は筋力10であるが、それでも俺にダメージを与えられたことに少し顔を顰めてしまう。あまり防御力補正は高くないのかも。ゲームでも鉄の鎧を装備するのと、高レベルの裸キャラの防御力はあまり変わらないし。
「肌は普通に艶がないおっさんの肌じゃな。感触はカサカサしておるが硬くない。普通の潤いのないおっさんの肌じゃな。どうやら肌の数センチ下に強固な鱗があるようじゃの」
「鱗いうな。ディスってくれてありがとう」
「本音でとるぞ」
シシシと笑いながら、毒舌を口にしながらリムは出雲の手のひらの検証をしてくれる。その綺麗な指で摘んだり、サワサワと触ったり。くすぐったくて少し気持ち良い。
毒舌でも、美少女だ。褐色美少女だ。見かけは美少女なのだ。なので、おっさんはそのまま触られることにした。美少女がおっさんの手のひらを触ってくれるなど、天変地異が起きないと無理なので。ゾンビ溢れる天変地異よ、ありがとうとこの時だけは感謝をする出雲であった。
「検証の結果、見た目は人間で大丈夫そうだな。ゲームキャラみたいな身体になったかと思ってけど、傷もつくし、再生したりしない。しないな?」
体力は43のままである。出血は異常な速度で止まっているが、体力値は回復しないし、怪我はそのままだ。即ち、人間と同じである。回復力がどれくらいか気になるところだ。体力ってスタミナも兼ねているんじゃないのか?
「良かったの。普通の人間じゃな」
「もしかしてスタミナは別枠か? マスキングされている?」
「恐らくはそうじゃろう」
「だよなぁ……。まぁ、それがわかっただけでも良いか。とりあえず、このマンションに誰も入れないようにするかね」
見た目、人間なら良いかと、出雲はいい加減に頷き、周りを見渡す。2トントラックは上手く玄関ロビーを塞いでおり、中に入るには、隙間に身体をねじ込まないといけない。隙間はなにか他の部屋からバリケードに使える物を持ってきて塞げば良い。
「マンションは誰もいないのを確認済みかの?」
「ゾンビに変装して彷徨いた結果、誰も気配には感知しなかったからいないだろ。マンション内のゾンビも駆除済みだ」
ちなみに2人とも、未だにゾンビの変装をしている。なので、ゾンビにまったく気づかれずに行動できていたりする。
「意外と皆、家に閉じこもっていたりしないのな。俺なら家から出ないけど」
食料品を溜め込んで、出雲ならば家に閉じこもる気満々である。意外なことにこのマンションの住人はさっさと逃げたっぽい。
「日本人は銃を持っていないし、己の身を守るという考えは少ないのかも知れぬぞ。アメリカとかなら、皆は家に閉じこもっているのやもしれぬ」
「避難所に集まれと言われれば、集まるのが日本人か。でも映画を見ていれば、避難所が危ないと思わないか?」
よくゾンビ物である話だ。感染者が入り込んで、避難所は崩壊。皆は逃げ惑う。主人公たちは、避難所から危機一髪で脱出するのである。その場合、おっさんは画面端でゾンビにむしゃむしゃ食べられる役に違いない。
「置いていかれる可能性の方が怖かったのかも。避難所からトラックで安全な地域に移動するかもしれないし、家にいても詰む可能性は高い。いずれは食べ物は尽きるからの」
「あれか、霧の映画エンドパターンか………たしかにそのパターンはあるかも。現実的に考えるとやはり避難所一択かなぁ? ウイルスではないから、避難所に感染者が入り込むパターンもないしな」
リムの説明に納得する。でも、俺は閉じ籠もるけどね。裏口もトラックか車で塞いでおくつもりだ。
「俺には奇跡があるからな。食べ物も作り放題だし」
フフンと鼻を鳴らして、得意げに出雲は手を振る。とりあえず拠点結成のお祝いをするのだ。
「奇跡にてパンの交換レートを確認」
『コッペパン:交換ポイント1万』
は? なにかわけわからん数値だよ? バグったかな?
「えっと……肉の交換レートを確認」
『羊肉1キロ:交換ポイント100万』
あり得ない数値であった。コッペパンも肉も高価すぎるよ?
「な、なんで天使薬とコッペパンが一緒の数値なんだよ。おかしくない? 肉なんてあり得ない数値なんだけど」
予想と違う結果に、おっさんはワタワタと慌ててしまう。予想では、コッペパンは奇跡ポイント3とかだと考えていたのだ。バグかな? バグだよね?
「生命に関する創造は奇跡ポイントが高いのではないか? 神の領域に入るのやもしれぬ」
「そんなバカな! では、布の服の交換ポイントは?」
『布の服:交換ポイント2000』
「うぬぬ、布の服は安いじゃねーか」
布だって植物だ。極論を言えば植物を創造しているということになる。
「己の血肉にすることは罪になるということではないか?」
「線引きがそれか?」
結果を見て、リムは首を傾げながらも推測する。その推測は当たっているのかもと、何回か食べ物と衣服、その他雑貨を交換ポイントがいくつになるか確認しながら同意する。その原因も簡単に推測できる。神の奇跡だからだ。命あるものを食べて血肉にするのは大罪なのだろう。
食べ物だけ、異様にポイントが高い。1ポンドステーキは4000万でした。銀のナイフは1000だったのに。
「神の奇跡。意外と面倒くさいな」
「意外なところで弱点があったものじゃ」
何でも奇跡には頼れないことが判明した瞬間であった。
「………避難所に行くか」
「やはり現実でも映画どおりのところはあるのじゃな。勉強になったかの」
コンビニとかで食料品を盗んでも良いかもしれない。だが、その思い切りの良さは、おっさんには無理だった。昨日は夢だと信じていたのだ。今のおっさんは小市民なおっさんに戻ったのだ。警察怖いのだ。復興した数年後に突如として逮捕されるパターンを恐れたのである。だって、インフラは通信以外死んでないし。
「ならば、リュックサックを持ってくるとしようかの」
「ゾンビの変装も解かないとな。シャワーをもう一度浴びるとするか」
「一緒に入るかの?」
「そうだな、時間もないし一緒にシャワーを浴びるとするか」
時間がないからと、おっさんは頭の良い言い訳をしつつ部屋に戻る。本当に頭の良い言い訳かは不明である。一緒に入るのかのと、ニヤニヤとリムが笑って後に続く。
万が一の拠点をこのままにして、出雲は避難所に向かうことにしたのだった。
果たしてリムと一緒にシャワーを浴びれたかは不明である。