14話 安全な拠点を確保は基本です
天神とドアには表札は掛けられていない。個人情報の流出が騒がれる昨今、表札をかける人は少なくなっている。天神の家は8階だ。15階建てのど真ん中、角部屋なので、多少うるさくしても大丈夫である。
金属製のドアには無数の引っかき傷があり、血がべっとりとペンキで塗ったようについている。先程までゾンビが出前ですけど開けてくれとお願いしていたからだ。今はひとつまみの灰となっており、血で汚れて、噛みちぎられた後の残る衣服だけが床に放置されている。
8階は静かなもので、他には誰もいなさそうだ。その8階、天神の住む部屋のドアがゆっくりと開いていく。
「うあー」
「ぞんびー、ぞんびー」
2人のゾンビがうめき声をあげつつ、ドアから歩み出てくる。男の顔は半分齧り取られて、血で真っ赤だ。乱杭歯を剥き出しに、両手を前に突き出してノロノロと歩く。女の方は脇腹の肉が抉られており、絶命しているとひと目でわかる。
白目を剥き出しに2人のゾンビはマンションの廊下を歩いていく。さり気なくポカリと女ゾンビを男ゾンビが殴ったが、気のせいか偶然であろう。哀れ、天神家は全滅してしまったに違いない。少なくとも監視カメラにはそう見えている。
「お前、ふざけんなよな。ゾンビのうめき声はヴァーだろ」
「どこかのゾンビはぞんびーとうめき声をあげるかもしれないのじゃ」
「そんなゾンビはいないから」
コソコソと話しながら、ゾンビたちは歩いていく。知性が生まれたのだろうか? 無論違う。
出雲の『変装スキルレベル3』の力だ。隠蔽と同じくレベル3のスキルだ。隠蔽はパッシブなので、マナの消費もないが、変装スキルは使用時にマナを消費することが判明した。マナ10でハリウッドの特殊メイクも真っ青の姿になれるのである。どこからどう見ても本物だが、実際は特殊メイクだ。ただし、スキルの力によるものなので、一般人は看破不可能だ。
特殊メイクなので、リムにも同様にスキルを使用した。即ち、2人ともゾンビの姿になっていた。欠点が一つあり、変装スキルを持つ出雲は演技もスキル補正があるので上手い。リムは変装スキルがないので、演技は素となる。そして大根役者なので、行動からバレる可能性があることだった。
とはいえ、監視カメラぐらいは誤魔化せるだろうと、出雲はスキルを使用したのだ。スキルを使用してから6時間休んでマナが回復してから、廊下に出たので、もはや昼である。
のろのろと歩き、エレベーターのボタンを押す。目指すは1階のセキュリティルームだ。このマンションはお高いだけあり、警備員が常に詰めている。そこにはマンションのモニタールームも兼ねているはずだ。
「のぅ、エレベーター呼んで良いのか?」
「8階から階段で降りるなんて俺は嫌なんですけど。大丈夫、ゾンビというのは日々の生活習慣に従って行動するパターンがあるんだ。だから、ゲームだと、ゾンビはなぜかエレベーターにいるだろう?」
ゲームを基準にするおっさんである。今までゾンビとの出会いはゲームや映画の中だけであったので仕方ない。本当に仕方ないかは不明であるが。
「そんなもんかのぅ」
「そんなもんだ」
たぶんねと、適当に頷く。ポーンと音がしてエレベーター扉が開く。
「ヴァ〜」
「あーあー」
「あぅ〜」
「ほらな?」
「たしかにの」
エレベーターの中にはゾンビたちが待ち構えていた。やはりゲームは正しかったのだ。満足げに出雲はエレベーター内に入りリムも後に続く。
意外なことに、ゾンビたちは出雲たちに襲いかかることはなく、ぼんやりと佇むだけだ。
「『変装』スキルを舐めていたな」
「たしかに妾もびっくりじゃ」
敵の目を誤魔化すことができるのは、人間のみではないらしい。魔物も目も誤魔化せるとはチートなスキルだ。
「変装に気づくのが知力判定なら、こいつら永遠に気づかんぞ?」
たしかにゾンビは知力ゼロであろう。襲われない方法が早くも判明したな。
「なるほど、変化の杖と同じ効果だったのか」
「エルフの森がどこかにあれば、飲み薬を大量に買い込めたの」
例えが古いおっさんであるが、魔物にもバレないのは都合が良いとほくそ笑みながら、エレベーターを1階に移動させる。ゾンビが身体を揺らしながら佇む横で気楽なおっさんたちである。
だが、8階から、順々に降りて行き、4階で止まってしまう。なんで停止したのか、すぐに理解して舌打ちする。
ガラガラと扉が開くと、予想通り人間たちが立っていた。中年の男女と6歳ぐらいの幼女だ。3人とも運動服を着込んでおり、リュックサックを担いでいる。幼女に至っては、その両手に狐のぬいぐるみを持っていた。
「ヒッ!」
家族は中から現れたゾンビたちに恐怖の顔で後退る。こいつら、ゾンビ映画を見たことないのかよと、自分のことは忘れて苛立つ。予想通りゾンビたちは新たなる餌に気づいて、一斉に襲いかかろうとする。
「ちっ」
ぞんびーぞんびーと、悪魔王は面白そうに家族へと襲いかかろうとするが、さり気なく蹴りを入れて、両手を掲げて扉を塞ぐように立ち位置を変える。ゾンビたちは出雲の腕に抑えられて、先に進めずジタバタとするだけとなる。
父親がその様子を見てチャンスだと叫ぶ。
「逃げるんだっ!」
「ええっ!」
「うん!」
踵を返して逃げ出す家族。あっという間に逃げて姿を消したので、大丈夫そうだと内心で安堵する。再びエレベーターの扉が閉まり、ゾンビたちは静かになった。
「なんじゃ、お主。人間不信ではなかったのかの?」
不思議そうにするリム。小首をコテンと可愛らしく傾げて尋ねてくるが、お前は助けるつもりはなかったよね? やはり悪魔ということだろう。それに酷い言い様だよな。
「ん? 酷い勘違いだな。人間不信じゃないと言っただろ。単に信用できないというだけだ。助けられるなら助けるよ。俺の被害が出ない限りにはな」
自分の力を知られずに助けられるのならば、普通に助けるよ? 利用されたりする可能性が高いので、そこは明確な線引きがあるんだよ。俺を血も涙もない男のように言わないでくれます?
「なるほどの。妾の勘違いであったか。基本的には普通なんじゃの」
「基本的にはじゃなく、完全無欠に普通なんだよ」
そこは間違えないでくれよと出雲はアピールして、1階に辿り着くと、セキュリティルームへと、ヴァ〜と叫びながら向かう。
「あの家族が逃げた先のことをまったく気にしないのは普通なのかの」
世紀末の主人公にはなれそうもないのと、リムも苦笑いしつつ後に続く。目の前の事態に対応はするが、後のことはまったく気にしない。既に忘れているようにも見える出雲はやはり歪んでいるのだと思いながら。
綺麗に磨かれた廊下を進み、セキュリティルームへて向かう。たしか本社へとネットワーク接続されており、監視カメラの内容は転送されていると聞いた覚えがある。
のそのそと進むと、時折ゾンビが徘徊しているが、人間の気配はない。先ほどの家族は例外で、皆は避難したのだろうか。
そこで気づく。気配?
「あぁ、失敗したぞ。神聖力感知よりも取得しないといけないスキルがあったぞ」
神聖力感知は、正義の味方が来た時に、すぐさま気づいて逃げることができるようにだったが、それよりも必要なスキルがあったよ。
『奇跡:気配感知レベル1取得。交換ポイント10万消費』
すぐに体内に新たなるスキルがインストールされたことを感じる。その範囲は100メートルだ。先ほどの家族に気づかなかったことから、このスキルが必要だと気づいたんだよな。しかし、これ問題がある。
「マナ消費はないけど、これらはアクティブかぁ」
意識しないと発動できないのだ。まぁ、一瞬意識するだけで使えるから、あまり不便と言うわけではないが。
「パッシブスキルにすると頭がパンクするのではないか?」
「あぁ、たしかに。だからアクティブなのかもな」
リムの言葉は核心をついているのかもしれない。情報量が膨大なのだ。なので意図的に抑える必要があるのだろう。
のそのそと歩きながら、お喋りを続けるゾンビ2人。監視カメラは音声は収集されないので、気にすることはないのだ。
「そういや、マンション内で魔力感知をしてなかったな」
通路を進むと、金属製の分厚い扉が開いたままになっているのを確認しながら、一応魔力感知を使用する。
「んん?」
ソナーのように、マンション内を魔力感知スキルか広がっていき、解析結果を送ってくる。だが、その結果がおかしい。
「なぁ、この扉の向こうに反応ありだぞ」
リッチほどではないが、強力な魔力を感じる。なんでなんだとリムに尋ねようとして
キラリ
なにか透明な光る物が扉から撓りながら、迫ってくる。ヒュンと音を立てると、出雲の身体に突き刺さる。
「ぐ? これは……」
テグスの様な糸が出雲の身体に突き刺さっていた。ヒュヒュンと音を立てて、何本も同じように突き刺さる。
「なんじゃこりゃ?」
リムも同様に糸が突き刺さってしまい、痛さで顔を顰めて、悲鳴を上げてしまう。
「アハハハ。ゾンビに変装ご苦労さま。でもわたくしの目からは逃れられないのだ〜」
1メートル程の金髪のフランス人形がケタケタと腹話術の人形のように口をカタカタと開け締めして、扉から浮遊しながら現れる。明らかに魔物である。魔力の桁がゾンビたちとは違うので、悪魔だ。
「さぁ、これからはわたくしの人形として、永遠をタノシ」
そのまま、ぐらりと身体を揺らがすと、床に落ちてサラサラと灰となった。刺さった糸も灰へと変わり消えていった。
「……なにこれ?」
『奇跡ポイント10万取得』
何もしないのに、灰へと変わったよ?
「う、うむ……こやつの名前はデビルドール。人を呪われし魔力の糸で操作して、死ぬまで玩具にする悪魔じゃな」
「あぁ、そういう……。直接俺と繋がっちまったか」
「だの。魔力を全て吸収されたのじゃろ」
「哀れ……出オチの敵だったな」
灰の中には、小さな金髪の人形が転がっていた。見るからに不気味で呪われそうだ。触るとリッチの宝石と同じくその力は出雲に吸収されて、清浄な空気を纏う人形へと変わった。
『奇跡ポイント2万取得』
「これもドロップアイテムか」
「どうやって使うかは、とんとわからないがの」
「それはある程度想像がつく」
リムへと答えながら、扉の中を覗いて、ウゲェと顔を顰めてしまう。スプラッタな光景があったのだ。人間って、腕が4本生えていたっけ? 頭が腹から生えていたりしたかなぁ?
「やばかったな。魔力吸収が無ければ、俺もあんなふうに玩具にされていたのか」
「看破もされたしの。ステータス上げておかないと悪魔相手には瞬殺されるやも知れぬぞ?」
「たしかに。少し真面目にステータスを上げることを検討するか」
この部屋は掃除が大変そうだと嘆息しながら、出雲はセキュリティルームを停止させるのであった。