13話 気持ちの良い朝なのじゃ
ピピピと目覚まし時計がアラームを鳴らす。ピピピ、ピピピと。
出雲はもう朝かとアラームを止めて目を覚ます。ふわぁとあくびをしておっさんは最近はぐっすりと寝てしまうなぁ、歳なのかなぁと思いながらベッドから起き上がる。
傍らを見ると、褐色肌の美少女がすよすよと気持ち良さそうに可愛らしい寝息をたてながら寝ていた。
「うにゅ〜、もう食べれないのじゃ〜」
可愛らしい寝言を口にしながら、気持ち良さそうに寝たふりをしている。昨日帰ってすぐに寝たが、着替えがなかったので、出雲のジャージを着込んでいるが、わざとらしく胸元を開いているので、目のやり場に困ってしまう。
本当に困っちゃうよと、胸元をガン見しちゃうのは男の性だ。俺も二度寝して、さり気なく肘で胸をつついて良いかなぁと、おっさんは考えるが、訴えられたら負けそうなのでやめた。この娘は見た目15、6歳に見えるから条例を恐れました。
「とはいえ、家にまで連れ込むとは俺も泥酔してたんだなぁ」
再びあくびをしながら反省する。寝室で一緒に寝るとは俺らしくない。
出雲の家はマンションだ。オートロックの築3年の新しいマンションだ。2LDKで一部屋一部屋も広い。一括で買ったのは、両親が亡くなった際の保険金でだ。親戚も殆どおらず、家族はいない。孤独のおっさんは、家ぐらいは良いものが良いよなと、このマンションを買ったのである。
本棚には漫画や小説が並んでいる。肩身が狭そうに、資格の本が置いてあり、かなりぎゅうぎゅうに詰め込んでいるので、そろそろごみ捨てしないとなぁと思いつつ、面倒なのでしていない。
机にはパソコンが置いてあり、有線でのネット接続だ。ゲームをやるのにラグると嫌だなと思い有線にしたのだが、最近はとんとゲームをやっていない。FPSは面白いが、ある程度まで腕が上がると、本当に上手いプレイヤーとの差を感じて止めてしまったのだ。
本当は歳でお疲れ気味になってきたので、おっさんはFPSをやらなくなったのだが、都合の悪い事実はかっこいい記憶として改竄した。腕の差を感じたといえば少しかっこいい影のあるおっさんだよねと、しょうもない考えを持つおっさんである。
「うにゃ〜」
猫みたいに可愛らしい声をあげて、リムが仰向けになる。そのあざとい演技を気にすることはなく、眼福眼福と出雲は頷きながら昨日起こったことを思い出す。
「たしか少しお高い居酒屋で一人で飲んでたら、リムが絡んできて一緒に飲むことにしたんだよな。あの店は日本酒が美味かったなぁ」
馬刺しと日本酒が美味かったなぁと、昨日の居酒屋を思い出す。また行っても良いレベルだ。少し高かったけど。そこでリムと意気投合して飲んでから、家に帰ったんだ、たしかそうだ。
「お持ち帰りしちゃったけど、手は出していないからセーフ。この娘が20歳未満でもセーフ」
無邪気そうな小悪魔的な美少女だけど、居酒屋にいたのだ。20歳以上なのは間違いない。手を出していなけりゃ、それが事実でなくとも、言い逃れできるよねと、出雲は保身を考えながらリビングルームへと向かう。
「まにゃー、むにゃー」
リムが大声で寝言を口にするが放置である。
冷蔵庫に残っている食パン専門店で買っておいた6枚切りの食パンを取り出すとトースターに入れて焼く。その間に目玉焼を作り、スティックタイプのインスタントコーヒーを淹れる。瓶よりもスティックタイプの方が美味しい感じがするので。
地味に食べ物に拘るが、食べることを趣味にしてもたかが知れているので、味には拘っている。特に食パンは食パン専門店の物を一度食べたら、普通の食パンは食べれないと思うのだ。
「少しは慌てたりして良いのではないか、契約者殿よ」
寝るふりを止めたリムが、ポリポリと頭をかきながら、寝室から出てくる。ふわぁとあくびをして、目をこしこしと擦りながら椅子に座り、俺をジト目で見てきた。
「昨日飲みすぎたんだ。同じ物を食べるか?」
「うむ。妾は蜂蜜をつけてくれ」
「あいよ」
食パンにつけるのは、子供っぽいが出雲はジャムだ。今はいちごジャムが冷蔵庫に残っている。蜂蜜はでかい瓶で買い込んであるので問題はない。
チンと音がしてパンが焼けたことを教えてくれるので、トースターから取り出してリムの皿にのせてやる。目玉焼きも追加でプレゼントだ。二人分にして、途中から目玉焼きをフライパンに追加したので、片方は少し焦げていたので、自分で食べることにする。リムは一応お客様だしな。
「あの居酒屋の日本酒美味かったよなぁ。種類も多かったし、今度また行こうかね」
「………妾は純米大吟醸を所望するぞ」
リモコンを手にしてテレビをつける。今日の占いの結果はなにかなと。
「なんじゃ、占いなど気にしておるのか?」
「いや、大嫌いだけど。占いの反対の結果になることが多いんだよ。しかも決まって良い占い結果ばかりが反対の結果になる」
パンをサクリと食べながら答える。食パンはパン・ド・ミが一番美味いなぁ。
「難儀な性格じゃのぅ。で、居酒屋がどうしたって?」
「昨日リムと出逢った居酒屋だよ。ほら、世界が終末を迎えたら自分はどうするかと話して盛り上がっただろ? 酔っていたからこそ、あんな話題で盛り上がれたんだよな」
「居酒屋のぅ。なるほど?」
ジト目でリムは俺を見つめながら、頭の角を触る。なかなか良くできているコスプレだよな。その蝙蝠の翼とか、尻尾とか。
「今日のニュースはつまらないなぁ」
ニュースキャスターが何やら喋っているが、今日はエイプリルフールだ。たしか午前中は嘘をついて良いんだっけ? 昔は一日中と思ってたけど違っていたらしい。
「あぁ、早く土曜日にならないかなぁ」
仕事をしたくないなぁと思いつつ、シンクに皿を入れて、窓際に移動する。カーテンを開けると空は雲一つなく晴天だった。気持ちの良い朝だ。近所で火事でもあったのか、パトカーのサイレンと消防車のサイレンがうるさい。
ドンドンとドアを叩く音がするので、来客かなと玄関に向かう。ドアを開けると、セールスマンみたいだったので丁重に断りを入れて、ドアを閉める。
「オートロックなのに、ああいう輩はどうやって入ってくるんだか。あ、俺はシャワーを浴びて身支度するから。適当に帰って良いよ」
歯も磨かないとと、浴室に入り、温かいシャワーを浴びてさっぱりする。泥酔して転んだのか少し汚い格好だった。洗面台で歯を磨くとリムが入ってくる。
「妾もシャワーを浴びるのじゃ。一緒に入るかの?」
「もう入ったよ。それにこれから会社だ」
悪戯そうにふふふと小さな牙を覗かせて笑う小悪魔に手を振って断る。社会人はオンオフをしっかりとしないといけないのだ。
「今年から新しい年度か。……年度切り替えのファイルとか変えないとなぁ」
テレビのニュースキャスターが泣きそうな顔でなにか言っているが、新卒なのだろうか。ニュースキャスターは冷静沈着じゃないといけないよな。
まだ出勤には時間があるなぁと、ソファに寄りかかる。スマフォのアプリゲームでもやろうかなぁ。頬杖をついて、テレビを見続ける。ニュースキャスターはあまりにも慌てているので、ディレクターが怒ったのだろう。ニュースキャスターに襲いかかり、慌てたのかカメラが横倒しになり、ニュースキャスターが怒られる画像が映し出されていた。
「放送事故か。年度始めから大変なことで」
フッと笑って、俺は微かにディレクターに同情する。放送事故って、始末書とかになると聞いたことがある。
「そろそろ現実だと知るべきじゃぞ」
後ろから、頭をパカンと叩かれる。髪を濡らしたリムが苦笑しながら立っていた。
「髪乾かせよ。それも色っぽくて良いけどさ」
「サラリと口説き文句を口にするの、お主」
「胡蝶の夢だもの。別に良いだろ?」
パタパタと手を羽ばたかせる。おっさんの蛾の舞である。鱗粉があればきっと毒々しいに違いない。
「もう朝じゃ。外は大混乱、テレビは既にかくのごとし、さっきはゾンビが入って来ようとしたじゃろ?」
「いーやーだー。おかしくない? ゾンビ溢れる世界なんていらねーよ。きっと壮大なエイプリルフールだよ。ほら火星人が攻めてきたってやつだ」
おっさんはソファを叩いて、悲鳴混じりに叫ぶ。こんな現実は嫌なんだ、堅実に生きて来たのに、これは酷い。駄々っ子の様なおっさんの姿は放送コードに引っ掛かる可能性が高いが、そもそもテレビ放送は放送事故だらけの現実である。
テレビでは、慌てず避難をと繰り返していた泣きそうなニュースキャスターが、襲いかかってきたゾンビに喰われている。カメラは悲鳴しか聞こえないし、避難場所はどう考えても危険な場所だ。
外で鳴り響くサイレンの音と、人々の悲鳴、道路を走って逃げ惑う人々。死体に群がるゾンビたち。さっきはゾンビが出前ですとドアまでやって来ていた。
「昨日は夢だったんだ。そうだ、会社に電話しよう。今日は出勤できませんと」
たぶん電車は動いていないと思うんだと、スマフォで電話しようとするが、やはり不通。昨日から不通。公衆電話ならかかるかしらんと思ったが、道路にいる小走りゾンビたちの数にげんなりしてしまう。
まだ集団では行動していないようだが、それでも数十人はいる。すぐに数百人、数千人と増えるだろう。さすがに倒せるとは思えない。いや、倒せるのかなぁ。検証する気はとりあえずゼロである。
「あ〜、面倒くさい。これが現実だとは思いたくない」
頭を抱えて、昨日の行動はどこへやら、出雲はモブのおっさん役に相応しい行動をする。情けないと言って蔑んでくれても良い。誰かこの現実をなんとかしてくれ。
「残念ながら現実じゃの。そなた、なんだかんだ言って、検証していないかの? お主の大好きな検証じゃ」
「………電気、水はまだ生きている。放送も未だにこんな状況だが映っている。映っているというのが重要だ。まだ政府も無くなってはいないようだな」
からかうようなリムの言葉に、深くため息を吐いて立ち上がると、目を細めて呟く。
「こんな世界になったとは信じられないが、仕方ない。なぁ、思うんだが、この精神のステータス。俺に耐性を持たせていないか?」
精神20とステータスボードには書いてある。これは常人の2倍の精神力を持つ意味ではなかろうか? 即ちおっさんは常人よりも低いから、1.5倍ぐらい?
「喜怒哀楽に影響があるかはわからぬ。なんとなればゲームのステータスになるようにとアホな願いを奇跡にて叶えたのはそなたが初めてじゃ。普通はあるもので我慢せんかの?」
「自分ルールを導入しないと、この世界では生きていけない予感がするんでな。ステータスについては要検証だ。とりあえずは、検証はおいておこう」
リムへと半眼で答えながら人差し指を振る。
「オートロックのマンションだ。安全確保はテンプレだよな?」
「受付ロビーが破壊されておらなければの」
「それは対応策を考えてある。さて、準備を整えてゾンビ退治と洒落込みますか」
「デートの誘いにしては、ムードがなさそうじゃ」
ウシシと楽しそうに笑う小悪魔と一緒に出雲はマンションの確保に向かおうと、外に出ることを決意するのであった。