12話 コンビだと戦闘力は跳ね上がるんだ
リッチは炎により燃え尽きた2人を確認し、満足げに頷く。通路は未だに炎が逆巻き、高熱によりスプリンクラーが稼働する。ジリリと火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーの消火剤が炎を鎮火させようとしていた。
「ナニモノデアッタノカ………」
もはや炭化して、死ぬだけであろうと思ったのに、何やら薬のような物を飲み干すとその身体を回復させたのには、さしものリッチも驚いた。人間の法力はあそこまで威力はない。精々自然治癒力を高めて出血を押さえたり、かすり傷を治すぐらいだ。リッチの知識ではそうだった。瀕死から元に戻るとは思いもよらなかった。
「ワレラガケンゲンデキタヨウニ、テンシモモシヤケンゲンシタカ?」
自分の骨の手に持つ先端に拳大のルビーが嵌められている杖を見て考え込む。自分が顕現したのは、この呪われた宝石のお陰だ。なぜか魔力が満ちて、自分たちが受肉できるほど力が増大したのである。本来は宝石の持ち主が、不幸に遭う程度の力しかなかった宝石であったのに。
「マアヨイ、ジャマモノハコロシタ。アトハシノグンダンヲツクルノミ」
この地の人間を殺し尽くし、死者の楽園を作るのだと、リッチは移動しようとする。
「それは少し早いんでないかの?」
「ム!」
しかし、目の前の空間が歪み、先程の少女が現れる。何故と驚くリッチに、少女の隣から男もニヤリと笑い現れた。
「妾の不可視スキルは完全なのじゃ。あらゆる感知から、その姿を隠す。妾と一緒にいる者も効果範囲なのじゃ」
「アクマカ! ナゼニンゲンノミカタヲ!」
変身を解いたリムは、捻れた角、蝙蝠の羽に、漆黒の尻尾を生やしている。紛れもなく悪魔だとリッチはその姿に驚く。
「隠しておいたのじゃ。それと妾は天使に転職した!」
腰をかがめて、符を手にしながらリムはちっこい牙を剝いて、不敵に笑う。『不可視』スキルは『隠れ身』スキルとは性能が違うのだ。固有スキルなだけはあり、あらゆる感知からその姿を隠す。その手に掴んでいる物も含めて。1分間に1のマナを消費するが。不可視にする物の大きさにより消費量も変わる。出雲も隠していたので、1分間に3の消費量であった。
「ナゼダ!」
燃え尽きようとする人影からはたしかに生命を感知した。なのに、目の前に敵がいるのがわからない。
「『式神案山子』じゃよ! 生命感知も誤魔化せたようでなによりじゃ」
『式神案山子』。本人にそっくりの式神を符で作成したのである。案山子なので動くこともできないが、その代わりに感知魔法などを防ぎ、本人と誤認させることができる。
「フハハ! これぞ符使い! 妾大活躍!」
もはや妾の独壇場だと、調子に乗って高笑いをしつつ、リムは符を放つ。
『捕縛鎖』
リッチに命中した瞬間に、符は鎖と変わり絡みつくと、バチバチと青白く電光を散らし、その動きを封じる力を発揮した。
「これでマナは空なのじゃ」
「良くやった! 後は任せろ」
マナポーションを使いマナを回復させたが、それでも使い切ったのでリムにできることはもう無い。なので、リムは後ろに下がり、出雲が小刀を手に持ち、入れ替わる。
出雲もマナポーションで回復済み。残りのマナは10ある。自分の体内の神聖力を活性化させ、そのエネルギーを天叢雲へと注ぐ。
『スラッシュ』
振り抜いた後に純白の軌跡を残し、小刀は神聖なる光を宿しリッチに振り下ろされる。
「ムウ!」
『魔力爆発』
リッチは己の魔力を爆発させる。絡みついていた神聖鎖はあっさりと砕け散り、自由を取り戻すと杖を掲げて、迫る一撃を受ける。
魔力爆発により、通常は床は腐り空気は澱み、その呪われし威力は人間に少なからず異常を与える。少なくとも身体が腐るはずであった。
だが、出雲の身体に魔力は吸収されてしまい、自らの魔力がガクンと減ってしまう。
「ヤッカイナ!」
杖に力を込めて敵の攻撃を弾き飛ばそうとするが、武技の威力により防ぎきれずにピシリピシリとヒビが入っていくと、パンと音を立てて砕け散ってしまう。
「なぬ! 刀が砕けた!」
出雲の持つ小刀も同様に砕け散り、破片が床にカチャカチャと落ちていく。マジかよと驚き舌打ちしつつ、よろめいたリッチの懐に鋭く踏み込み入り込む。
「殴打が弱点だったよな」
ヒュウと息を整え、呼気を高める。再び神聖力が身体を巡り、出雲の体に純白の粒子がチラチラと漂う。
「コォォ。燃え上がるぜ、不整脈。恐ろしいぜ動脈瘤、高血圧の波動、おっさんドライブ!」
「後で殴る」
リムが出雲の後ろで、へんてこなポーズを取りながら心底楽しそうに叫ぶ。余計なことしかしない悪魔王である。
絶対に後で殴ってやると誓いながら、出雲は神聖力を爆発させて、強く床を踏み込む。ビシリとコンクリートの床にヒビが入り、疾風の様な速さで拳を繰り出した。
『ラッシュ』
武技により、通常よりも遥かに速い拳撃を繰り出す。残像が残ってもおかしくない速さ。風斬り音が微かに鳴り、出雲は連打をリッチの胴体に打ち込む。
「ボ、ボウギョヲ」
リッチは己の身体が砕かれると見て、防御手段を考えるが、魔力爆発は吸収されてしまうので瞬間的な防御はできないと悟る。
それならば再生だと、自分の身体を魔力で覆おうとするが、それもこの目の前の男が触れるたびに吸収されて再生が行われない。
激しい連撃により、骨の身体にヒビが入っていく。
「マノチカラニヨリ」
詠唱をして、魔法による防御を画策する。この男は魔力そのものは吸収できるが、魔法に変換すると吸収できないと看破したためだ。
だが、その判断は近接戦闘ではあまりにも遅かった。
一秒
男の容赦ない連撃により、骨にヒビが入っていく。腰を捻り、右拳、左拳とその攻撃は止まることはない。
二秒
身体が砕けて、バラバラと床に骨が落ちていく。
三秒
『骨集へ』
「フンッ!」
ようやく魔法の詠唱が終わったと、発動させようとするが、最後までその力ある言葉は発動できなかった。出雲が最後になってさらに動きを加速させ力を込めると、リッチの頭蓋骨を右のアッパーを喰らわし、粉々に砕く。
「三秒。お前の詠唱時間は検証済みだ」
冷徹なる瞳にて、口元を不敵に歪める出雲の言葉を最後にリッチは砕け散り、その意志は希薄となって、魔力となり吸収されるのであった。
シュウシュウと音を立てて、黒き靄は出雲の身体に吸収されていく。性能の良い掃除機のように、全てを吸収し終えて、出雲は肩の力を抜く。
「疲れたぁ。こいつ強かったな」
『奇跡ポイント20万取得』
結果を見て、あんなに苦戦したのに、これだけかよと顔を顰める。もう少し欲しかったよ。
「うむむ……見たことのない強さであったの」
「ゲームの中なら見たことあるぜ。うん? なんだこれ?」
なぜか物凄い深刻な表情のリムに首を傾げつつ、落ちているルビーを手に取る。いかにも呪われていそうで血のように紅く、靄が見えたが、俺が拾うと靄は吸収された。そうして、煌めく美しいルビーへと雰囲気が変わる。
『奇跡ポイント10万取得』
『リッチの紅き宝石取得』
「なにか手に入れたぞ? ドロップアイテムか?」
「ほぅ。これは恐らくは魔道具じゃの。どういう効果はわからないが」
「これ、パクっても泥棒にならないよね? ならないよな? あ、警察に届けるか。半年経てば俺のもんだし、1割でも大きいぞ」
「1割は小額の時じゃ。金額が高すぎる時は、常識的な謝礼金額になる」
「え〜。マジかよ」
こんな大きな宝石だと、大金持ちだよなとおっさんは嬉しそうにするが、すぐに考え直す。即ち1割でも数千万貰えるだろうと。物知りリムが半眼になって教えてくれるので、落胆したが。
「それよりもまずいのじゃ。敵が強すぎる。今のリッチは見たことのない強さであった。妾が見たことないということは、紛れもなく最強と言うことじゃぞ」
胸を強調させるように、腕組みをして俺へと話しかけてくるリム。最強だったのか、さすがはリッチ。
「俺、RTAしちゃったか? ラスボスを倒した? だから、最強の天叢雲が破壊されたのか。なにか俺やっちゃいましたか?」
世界はおっさんの力により平和になった。そんな感じかな? やったね。まぁ、違うとはわかっているけど。
「そのセリフは死語じゃぞ」
「言ってみたかったんだよ」
おっさんでも一度は言ってみたかったんだよ。わかるわかるよ。おっさんには似合わないんだろ。使い古されているのは知ってるよ。
「それよりもじゃ。こやつは異常じゃった。妾に近い戦闘力を持ってたのじゃ」
「リムと同等だったのか? パワー違うだろ?」
「近いと言うとるじゃろ」
ムッと不満そうに頬を膨らませるリムだが、だいたい同じレベルという場合は相手の方が強いんだよ。
「でも、悪魔王は1億パワーだろ? リッチは20万だぞ?」
「そこじゃ。出力が違うのじゃ。妾は1億持っていても、その出力は100万パワー程。リッチは全ての力を余すことなく使えていたのじゃよ」
「あぁ……そういうことか。超神に超人がプロレスで戦える理由と同じだな」
納得だ。そりゃ大変じゃね?
「わかりやすい例えかはわからんが、そのとおりじゃ。普通は全力では力は出せぬ。人間は30%程度じゃが、魔道具は1%にも満たぬ力しか出せない。お主、そんなでかいルビーを見たことあるかの?」
「現実でこんな大きな宝石は見たことも聞いたこともないな。こんなに大きかったら、数百億するんじゃね?」
拳大のルビー。何カラットするのか想像もできない。たしかにこの大きさは逆に怖いよな。
「たぶん本来は豆粒よりも小さかったはず。今回のことで、世界の理が歪んだようじゃ。これは大変なことじゃよ? 今までとは比べ物にならない強力な悪魔も生まれているじゃろうて」
なるほどねぇ……。最強の刀はあっさりと砕け散った。最強の刀が。その理由も理解できた。理解したくなかったけど。
「わかった。あれだ、無印の竜の玉を探すアニメから、タイトルに超が付いた感じだな。なぜか別世界の宇宙の帝王と老師様が互角に戦える世界になった感じ」
ぽんと手を打ち納得する。例えていえば、ゲームで運営がこれまでの武器がゴミになるレベルのバージョンアップをした感じ。もう以前の最強の武器はちょっと強い武器に落ちたんだろう。
「この世界………魔界になったということじゃな。これは油断できぬぞ」
「その割に愉しそうな顔をするんだな」
ウシシとほくそ笑む悪魔王を見て嘆息する。俺は全然楽しくないんだけど。ちっとも楽しくないんだけど。おっさんは平和に平穏に暮らしたいんだけど。
「とりあえずあれだな、あれ」
「あれとはなんじゃ?」
「コンビニで酒買って帰る」
もう草臥れた。おっさんは活動限界です。とりあえず、このボロ切れみたいな服でも入店可能なことを祈ろうかな。