119話 強くなりすぎたね
出雲は少し思っていることがあった。
『ねぇ、俺、少し強くなりすぎたね?』
『成長テーブルがおかしいのじゃ。悪魔よりも数百倍早いわっ!』
アスタロトの繰り出す拳撃を片手で捌きながら俺はリムに思念で尋ねる。リムは不満そうに非難の声だ。まぁ、無理もないよね。
「おのれっ! 我を前に余裕があるかっ!」
アスタロトは俺の戦闘に手抜きを感じたのか、怒りの声を響かせて、さらに繰り出す拳撃を速くする。もはや残像も残らず、暴風だけが巻き起こっていた。
だが、俺にはしっかりとその拳が見えている。暴風の中に、微風すら起こさずに、まるでそこにいたかのように、手を動かして全てを受け流していく。
アスタロトの攻撃は強力だ。本来はその威力ならば、高位悪魔といえど粉々にできる。大悪魔であるアスタロトはスタートダッシュに成功し、他の大悪魔をも巻き込んで支配地域を大きく広げた。その際の魔力により、かなりの力を手に入れたはずであった。
しかし、神様であるウルゴスの方が上であった。金色の装甲を光らせて、特撮ヒーローウルゴスマンは余裕を見せていた。
「余裕なのは確かだな。そなたでは我には敵わぬ」
おっさんが言ってみたいセリフベストスリーを出雲は口にして、フッと笑う。
「馬鹿なっ! これほど戦闘力に差があるはずがない!」
アスタロトは焦った声をあげるが、俺は冷静だ。周りの仲魔は俺とアスタロトの戦闘に加われないために見守っている。これでもステータス500超え同士の戦闘だ。彼女らは俺たちが高速で移動しつつ、打ち合いをしているために、どこにいるかも視認できていない。暴風だけが二人がそこにいることを示していた。
「どこにいるかさっぱりわからないでしゅ」
「ハクたんがドーナツをポッケに隠したのはわかったでしゅ」
「じゅるい! あたちも食べましゅ」
緊張感のないやり取りをしているのは、幼女たちなので仕方ない。あいつらはもう見ないことにしておこう。
「がァァァ!」
嵐のように拳の連撃を繰り出し、蹴撃にて体勢を崩させようとしてくるアスタロトだが、俺には丸見えだ。フェイントを仕掛けてきても、通じない。
「これならばどうだ?」
苛立ちと怒り、信じられない結果になっていることにアスタロトは焦り、武技を放つ。
『極炎の輪舞曲』
身体に魔界の焔を纏わせる。空間が超高熱で歪み、辺りの温度が一気に上昇する。人間ならば、その熱された空気に肺を焼かれて死ぬだろう温度だ。
そして、アスタロトは残像を残し、身体を捻ると焔を纏わせて攻撃を繰り出す。触れただけで、灰になるだろう攻撃が、無数の拳となってウルゴスに迫る。
しかし、俺はその熱された空気を感じても、その灼熱の温度の拳が前に来ても、焦ることはなかった。
『空撃』
ツイッと腕を動かすと、拳を軽く突き出す。しかして軽い一撃に見えたその拳は滑らかに空間を裂くこともなく、焔の中に滑り込むとアスタロトの身体に命中した。
「ぐはぁっ!」
アスタロトの上半身は吹き飛び砕け、放ったはずの武技は消えて、魔界の焔は姿を失う。闇の血をアスタロトは流しながら、よろめきこちらを睨んでくる。
「なぜだ? なぜなんだ? これほどの差が出るはずがない!」
既に死に体のアスタロトへと、俺は嘆息しつつ教えてやる。教えても問題はなさそうだしね。後ろでリムがダンボのように耳を大きくさせて、盗み聞きをしているけどな。
「身体能力を上げるのはお前らでも可能だよな? だが、俺は戦闘術を上げられる。わかるか? 知識を高めることが可能なんだ」
「ち、知識だ、と?」
「そうだ。そなたが500の力を使うことができても、我は500の力を使いこなし、数倍の力にすることができる。技術の差は大きすぎるのだ。しかも我の技術は神の領域に既にある」
「知識………神め……そんな物を遺していたか……」
絶望の言葉を口にして、サラサラとアスタロトは灰に変わり、風に吹き飛び消えていった。後には元のリムのような禍々しい魔導書だけが残っていた。
ほいさと魔導書や逆さ十字架、闇の宝珠を回収しておく。
『奇跡ポイントを3億4500万取得しました』
さくっと終わったアスタロトイベントでした。
「えぇぇぇっ! そう言えばそうじゃ。その技術はどこからきてるんじゃ? チートすぎるじゃろ!」
今更ながらに気づいたのだろう。リムが絶叫しゴロゴロと地面に転がる。
「たしかにそうだよね。だから奇跡なんだろ? 茜たちも同様に技術が手に入っているじゃん。リムも符術の知識がインストールされているだろ?」
「ラッキーとか考えていたが、そう考えると怖いの……。妾たちは奇跡に脳を弄くられておるのだからの」
「そう考えると、生々しくて嫌っすね」
茜たちも戦闘が終わり、俺へと集まってくる。たしかにそうだなぁ。小説とかで、主人公とかそういうの気にしないけど、怖いもんがあるね。
「あたちは、サブにインストールして、メイン脳にはインストールしてないです」
「なんかハクだけ、常に俺たちの枠外にいるよね?」
ファイアーウォールとか必要かね? まぁ、奇跡さんを信じているし、信じないとなにもできんし、今更か。
「さて、残敵を掃討しましょうかね。皆、追撃をよろしく」
パンパンと手を打つと、皆へと指示を出しておく。さて、帰宅しようかね。
帰宅して、マンションに辿り着くと俺は居間でソファに座りながら考え込む。
「この神様システムって、恐ろしい仕様だよね」
「今更じゃの。もう妾はしーらない」
俺の膝の上に乗って、ゴロゴロとするリムさん。気持ちはわかる。
居間には茜や翔、トニーにハクと幼女天使たちもいる。皆、のんびりとした空気を醸し出していた。
「たぶんこれよりも弱い仕様だと悪魔に負けるんだよ。だけどこの仕様でスタートダッシュをすると、こうなると。まぁ、本当の神様がいての話だけどね」
「あ〜、たしかにそうじゃな。恐らくは本来のタイムテーブルは今は関東制圧程度なのでないか?」
それぐらいがちょうどよい速さだったのだろう。そうして少しずつ支配地域を広げて、涙あり、感動ありのストーリーが生まれていたのかもしれないね。
「まぁ、それはともかくとしてだ。続いてやることがあるんだ」
「ぬ? なんじゃ?」
不思議そうにリムは俺を見てくるが、前に言ってただろ?
「よし、やれ」
「了解でござる」
「任せろです」
「あたちたちの力を見せつけるのでしゅ!」
俺の合図に、一斉にリムへと襲いかかる仲魔たち。分裂した翔がリムの服の中に入り込み、ハクがふんふんと鼻息荒くその胸に飛び込む。こしょこしょと呟き、幼女天使たちが身体をくすぐる。
「こ、こら! なにをするんじゃ? ギャハハハ」
くすぐられて悶えて、床を転がり笑う。密かに思念で命令をだしていたのだ。リムの行動を封じろと。
「アハハハ! な、なにをするつもりじゃ?」
「いや、これからやろうとすることを見たら、きっと妨害すると思ってな?」
「な、なにをするつもりじゃ?」
ゲラゲラと笑い、涙目になってリムが聞いてくるので、目の前で見せてやる。
「奇跡さん。神ポーションを出してくださいな。俺の願いの通りに」
「願い?」
不思議そうにするリムは無視して、ピコンと音がした。
『交換ポイント10億:特殊神ポーション。マナを一時的に10万に、符術レベル9を一度だけ使用可能』
ぽんと俺の手元に白金に輝くポーションの瓶が現れた。恐ろしく神々しいポーションだ。
「あぁァァァ! 出雲、なにをするつもりじゃ、こら!」
俺の考えを悟ったのだろう。リムがくすぐらながら絶叫する。
「忘れていたと思うけど、ステータスを一時的に上げるポーションは安いんだ。マナを10万に跳ね上げることも可能なんだよ。天使薬がそういう仕様だったろ?」
すっかり忘れているみたいだが、当初はステータスポーションを使用して戦闘していただろ? そのばあい、自身の持つステータスを遥かに上回ることができたもんだ。
今の莫大な奇跡ポイントを使えば、これだけの物ができるのだよ。
「ノーカン、ノーカン! 奇跡、そなた少し考えよっ! TPOを考えるのじゃっ!」
「お前がマナ1万あれば、この惑星を浄化することができると言ったんじゃないか。その時にこれが可能だと思ってたんだ」
ポンと蓋を開けて、ゴクリと飲み干す。一気にマナが増えて、符術の知識がインストールされた。あまりのマナの膨大さにさすがにふらつき目眩がするが、すぐに使うから問題はない。
『惑星浄化符創造』
バチリと音がして、俺の眼前に白銀の粒子が集まっていく。その神々しさに皆は体を震わせて瞠目していた。
さすがに10億ポイントの符だ。恐ろしい力を肌で感じる。これ、使ったらやばいやつだ。
「待て待て待て! まだ西日本は悪魔のもの。日本を制圧してからにせんか? 感動的な終わりというやつじゃ」
「それがなぁ……東日本を支配しただろ?」
実は東日本を支配下に置いたときに、次に現れた選択肢があるんだ。
『東日本を支配しました。日本を支配しますか?』
「こんな感じ」
リムに映し出されたステータスボードを見せてあげる。東日本を支配した時に表示されていたんだ。
「えぇぇぇ! 倍々ゲームではないか! 運営! これは酷い。奇跡よ、やりすぎじゃ!」
うん、俺もそう思うよ。でも当初からの仕様だった。そして、県境を大悪魔が消したからこうなったんだ。俺も少し気まずいです。
「というわけで、符を使用します」
「全ての仕様を使うんではない! 当初の仕様は忘れる。そういう柔軟性は必要だと思うぞ?」
「思わないな」
「あたちに使わせてくださいです」
俺が使おうとしたら、ハクが横から手を伸ばして符を使った。
符が光り輝くと、全てが白く染まっていく。たぶんマンションだけではない。地球全てにこの神聖なる輝きは広がっている。
「こんなに神聖力を撒いて、人間は大丈夫なのです?」
「ハクよ、なぜそれを使う前に言わなかったんだ?」
これはやばいと青ざめるが既に遅し。
世界は神聖なる惑星へと変わり、人間たちは………。
これからのことを考えると、気が重いなぁ。




