115話 トニーはどこにいるのかの
音恩は神聖思念システムに呑み込まれちゃった。神聖力に満たされてあっさりと呑み込まれていた。
「悪魔はあたちがたおしゅ! 倒しちゃう!」
興奮してコンソールをぺしぺしと叩き、ホーリーカノンを連打する音恩。そのセリフは人間ではなく天使のものだ。天使というか、幼女のものだ。
「あ~わわ! たいへんたいへんでしゅ。このままでは神聖力に呑み込まれちゃうでしゅ!」
さんちゃんは慌てちゃう。このまま神聖力に呑み込まれたら、音恩たんは天使になっちゃうと。
「このままでは天使になってしまうのですか? 私はなんともないのですが」
「天華たんは変態ゲームオタクだから大丈夫なのでしゅ。ロボットで戦闘したい変態でしゅからね」
天然で悪意のない幼女の言葉に、ガーンとショックを受ける天華。悪意がないだけに、天華の心にグサリと刺さりショックを受けて項垂れちゃう。
「音恩しゃんの神聖力が高いのも理由でしゅけど」
「そうですか、なるほど、神聖力が高い者は影響を受けてしまうのですね」
天華はさんちゃんの後半の言葉を採用した。ゲームオタクの変態の部分は忘れることにした。魔王と恋人同士になる副作用アホになるという効果が現れた模様。
「このままでは天使の羽が生えちゃうのでしゅよ」
アイテムポーチから、さんちゃんは天使の羽を取り出すと、音恩の背中に付けようとうんせうんせと椅子を降りて、取り付けようとする。でもベルト部分が上手く取り外せなくて困っちゃう。
「ここの部分外してくだしゃい」
金具部分を外してくだしゃいと、天華に渡すさんちゃん。幼女の目はうるうるしていて、紳士諸君なら優しく頷き外してあげるだろう。だが、天華はうら若き乙女なので誤魔化されなかった。
「天使にしようとしているじゃないですか! だめ、駄目ですからね!」
「え〜、だめでしゅか? あたらしいおともだち……」
「天使にせずとも、お友だちになれますよ! 駄目です! シュウさんたちになんて言えば良いんですか!」
「わらえばよいとおもいましゅ」
「くっ! なかなかの返しぶり」
即座に答えるさんちゃんに、なかなかやりますねと天華は仰け反りながらも、秘策を使うことにする。トニーに天使が暴走した際に秘策として渡されたものだ。
「リュックサックにチョコクッキーが入っているのです」
「音恩たんを元に戻すでしゅよ」
さんちゃんは天華の必死な言葉に感動して、音恩を元に戻すことにした。シャキーンと人差し指を立たせると、音恩に近寄る。
「ふははは! メギドの炎に焼かれよ、悪魔よ!」
うひゃひゃと混乱して叫ぶ音恩。もはや神聖力に呑み込まれて、目はぐるぐると回っている。ペチペチとボタンを連打して、クイーンのマナをドンドコ削っていた。
「正気に戻ってくだしゃい、音恩たん!」
さんちゃんは力を込めて、音恩を神聖思念システムから放そうと力を使った。
「えい」
ぷすりと音恩の脇腹を人差し指でつついちゃう。
「きゃあっ!」
「えいえいてい」
「あははは、やめてぇ〜」
つんつんとさんちゃんが音恩をつつくと、音恩はキャハハと身体をくねらせて笑い悶える。面白くなってきたさんちゃんは、えいえいていと人差し指でつきまくる。
「待った! 戻ったから! 戻ったから!」
キャハハと笑いまくる音恩。その目は涙目で、それでもさんちゃんは容赦なくつつく。幼女は面白いと思うと容赦なく遊んじゃうのだ。
「そんな簡単なことで元に戻るんですか!」
「一応人差し指に神聖力を込めているのでしゅ」
怪しい物言いのさんちゃん。くふふと面白そうな顔をしているので、その言葉が本当か怪しい限りである。
あははと笑い悶えて、ようやく息を整える音恩。どうやら大丈夫らしいと天華は安堵するが、正気に戻った音恩がモニターの光点に気づき顔色を変える。
「魔力反応320! こちらに急速接近中! 高空から来るよ!」
「む! 魔王ですか!」
天華はモニターを確認し素早くレバーを引く。脚部スラスターから粒子が吹き出し、降下してきた巨人の剣戟から逃れる。剣戟が地上に振り下ろされると、ゴウンと爆発音が響き、噴煙と共に極寒の猛吹雪が巻き起こった。
ラブフィールドにより極寒の猛吹雪は威力を減衰させるが、それでも胴体が僅かに凍りつきダメージを受けてしまう。
パリンとガラスが割れる音がして、クイーンにかかっていた防御法術が解けてしまう。
「『不屈』が解けまちた! 『集中』『鉄壁』も効果時間が尽きちゃいまちたよ!」
「戦闘開始といきます! 法術を再度かけてください」
刀を引き抜きクイーンは戦闘態勢をとる。
「あたち、マナ回復もマナ増大スキルもとってないから、マナが足りないでしゅ」
「ご、ごめんなさい、天華ちゃん。カノンの連打で私もマナが枯渇しちゃった。もう空っぽになっちゃったよ」
さんちゃんが法術使用不可と答えて、気まずそうに音恩が頬をかく。
「燃費の悪さは変わっていないですね。それがこの機体の弱点というわけですか」
「お友だちから思念連絡あり! あの魔王は『霧の巨人王』フロストたん!」
さんちゃんがピカリンと目を光らせて、説明を始める。
「私の名前は祓い師の蓮華天華。この機体の名前はクイーン。魔王とお見受けする。ここで討伐させてもらうっ! この機体はそのために作られました!」
「祓い師? その人形には祓い師が乗っているのか。なるほど、神め、せこいことを。自身の眷属だけではなく、人間までをも使うとはな! なるほど、神であるか。良かろう、我が剣の錆にしてやるわっ!」
天華はクイーンを操作しながら吹雪の中に現れた巨人へと名乗りをあげる。フロストも咆哮をあげて凍結の剣を身構える。
ピリピリとした空気が重い圧を与えてくる。然し天華はそよ風を受けるように受け流して、レバーを押し倒す。
「いきます!」
「小賢しい!」
巨人は20メートルはある巨体だ。毛皮を着込み、強力な魔力が宿る魔剣を手にしている。だが、天華は怯えることなく、それどころか楽しそうに斬りかかる。
ガツンとお互いの繰り出す剣と刀がぶつかりあい、火花が散っていく。
クイーンは素早く踏み足を滑らせて、フロストに間合いを詰める。クイーンの繰り出す刀の一撃は素早く、そして滑らかであった。フロストの胴体を狙い、凍結の剣で弾かれると、素早く下段からの切り上げから、左右へと連撃を繰り出す。
機体に自身の剣技を乗せる天華。変態的な、いや天才的な操作能力である。マニュピレーターを操り、コンソールを高速で叩き、フットペダルを押し分ける。
「なかなかの剣技だ!」
積雪を踏み荒らし、フロストは余裕の態度で凍結の剣を繰り出す。クイーンの連撃は全ていなされて、反対に高速で斬りかかる。
ジャリリと火花が散り、クイーンの装甲が削られて凍りつく。フロストの攻撃は巨体から繰り出しているにもかかわらず高速の剣撃で、クイーンは遅れをとってしまう。
「くっ! かなり速い!」
「魔王と戦うには不利でしゅ! ビットも使えないでしゅよ」
フロストはその身に氷のオーラを宿らせている。そのオーラは吹雪となり、ビットを凍らせてしまうのだ。
「ビットが使えない機体では、まずくない? 負けちゃわないかな? カノンも使えないんだよ?」
「たしかに不利ですが、この程度ならば!」
天華はめげすにフロストと打ち合う。刀の剣速は剣よりも速いはずなのに、フロストの大剣の方が遥かに速い。身体能力が大幅にフロストの方が上回っている証拠だ。
「ふん! 所詮は人形。いくら重い鎧を身に着けていても無駄な足掻きだ!」
フロストは自身の有利を悟り、ニヤリと口元を歪めると、剣にマナを注ぎ込む。凍結の剣は再び吹雪を纏い辺りを凍らせていく。
『凍結猛襲撃』
フロストは地を蹴り、一瞬でクイーンとの間合いを詰める。瞬きをする間に肉薄すると凍結の剣を繰り出す。その一撃は一瞬でクイーンを凍らせるだろう威力だ。
「くっ! 残りのマナを使いましゅ!」
さんちゃんは危機を感じて、最後に残ったマナを使い法術を使用する。
『閃き』
クイーンの機体が光ると同時に一瞬でフロストから超高速で間合いをとり、その一撃を回避する。回避されたことに、フロストは瞠目するがすぐに立ち直り、剣を構え直す。
「なかなか素早いではないか。だが、その技を連発できるのか?」
フロストの余裕の言葉にコックピット内であわわと慌てちゃう。
「最初に鉄壁とか使ったのは失敗でちた!」
1ターン目で法術を無駄に使っちゃったと、ゲーム初心者なさんちゃん。全部の法術を最初に使っちゃうのだ。きっと熱血や魂を覚えていても、最初に使って雑魚をオーバーキルしちゃうだろう。
「よくあることです。しかし、この魔王強い!」
天華はあるあるですねと気にせずに、フロストと対峙する。
クイーンはフロストへ刀を向けて、ジリジリと間合いを詰める。フロストは余裕の笑みで剣を構えて告げてきた。
「無駄なことだ。貴様の戦闘力は既に見切った。我の相手にはならぬ。とはいえ、さっさと倒して眷属たちを救わねばならぬ。次で終わらせよう」
「むっ」
天華も対峙する魔王の想定外の力には驚いていた。この機体で倒せぬ魔王がいるとは思っていなかったのだ。早まってしまったと、少し反省する。だが、それはほんの少しだ。
「フロストよ。貴方は強い。ですが私にも強い仲間がいるのです。いや、恋人ですね」
「ほう? ならばそやつを連れてくるが良い」
時間稼ぎのハッタリだとフロストは思っているのだろう。クックと嗤うと剣に再びマナを込め始める。次の一撃で決めるつもりだ。
だが、フロストが再度魔剣を振るおうとする前に、叫び声が森林から響く。
「ちょっと、待ったぁ!」
森林から雪玉が飛び出してきて、フロストへと向かってくる。フロストは眉をピクリと動かし僅かに動揺するが、即座に反応して雪玉に剣を喰らわす。
バカンと音を立てて雪玉が割れると、中から人が飛び出す。積雪の中にボスンと降り立ち、人間はニヤリと笑い親指をたてて決め顔になった。
「ウルゴス様に仕えるナンバースリー。暴食の魔王、最近は可愛らしい恋人を食べたいと思っている倉田トニー。恋人を助けるためにただいま見参! もちろん食べたいのは性てグフッ」
最後の言葉はクイーンに踏み潰されたトニーである。だが、ムクリと雪の中から起き出す。その身体には怪我一つない。
「無傷?」
「硬度20。僕の身体は何者も傷つけることはできない」
「ふむ。ナンバースリーか………ちっ、面倒くさいことになったがちょうどよい。貴様を殺してその首をトロフィーにしてやるわっ!」
フロストは剣を構えて、自身に比べると小さな魔王を睨む。どうやらこの者がナンバースリーというは本当だろう。
なぜならば自身と同じレベルの神聖力を宿しているのだから。




